オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃

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第1章 冒険者はじめます

3話 三十六計逃げるに如かずの極意

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「とりあえず、安全確保が最優先だ。そろそろ移動しよう」

 サディエルはそう言いながら、装備の最終確認を終えて立ち上がる。

「この魔法陣についても、正直、今の俺らに知識は無いし、今すぐどうこうは出来そうにもない」
「私たちの持ち物が原因でしたら、何かしらの反応があるはずですし」

 槍の様子を確認し終えたリレルが、にっこりと微笑み

「長年ここを訪れた冒険者たちの魔力を、この陣が踏まれるごとに、違和感を覚えさせない程度だけ吸い取っていた、ってことなら可能性はありそうだがな。どちらにしろ、情報が無さすぎる」

 オレが召喚されたはずの魔法陣を何度も踏みながら、アルムが付け加えた。
 彼の言う通りだったら、魔力不足で魔法陣が発動しない為、今すぐ戻れる可能性は低い。

 しかも、サディエルたちの中には、生粋の魔術師や魔法使いっぽい人がいない。
 仮にどちらかが居たら、何かしらの案、もしくは召喚した張本人として問い詰めることも出来たが、それも無理だ。
 現時点で解決方法が無い以上、魔物が徘徊するダンジョンにいる理由もない。

「まず洞窟遺跡の外に出る。それからヒロト君の身の振りを考えつつ、一度、街へ戻ろう」
「はーい……って、いいんですか? 付いて行っても」

 特に何も言ってないけどオレ、普通についていく流れになってるけど。
 それ以前に、当たり前のように言ってるこの人たちは、相当お人よしな気がする。

 いや、助かります。ここで置いてけぼりとかシャレにならないわけだし。

「イセカイ? から来た、右も左もわからずに困っている人を、それじゃあ、って放置する奴がいるのかい、君の世界では?」
「……いない、と思いたいです」
「思いたい?」

 オレの返答に、サディエルは首を傾げる。

「いや、みんながみんな、そうじゃないけど。なんで助けたんだー! とか、なぜか逆に悪者扱いされたりとか、されるし。助けない方がいい時も、あったりとか」

 恩を仇で返される。
 例えば、泣いている子供にどうしたの? と声をかけるだけで変質者や誘拐犯と言われる。

 例えば、交通事故に合ってるところを助けようとしたら、自分の車を奪われたとか。
 良いことをしたら必ず返ってくるっていうけど、じゃあいつ返ってくるんだよ、むしろ悪いこと起こったじゃん! ってことだってある。

 それを聞いたサディエルはうーん……と、少し悩んだ後

「それ、ヒロト君が実際に経験したこと?」
「え、いや、オレは経験が無いですよ。他の人たちが……」

「その他の人って、知り合い?」
「……違います」

「じゃあ、見ず知らずの第三者の経験談を、どこで聞いたんだ? 君が説明してくれたイセカイのカガクで?」
「インターネットっていう、他の人の体験談を見ることが出来る場所、ですね」

 掲示板とか、青い鳥とか言ってもわからないだろうし、うん。
 それを聞いて、サディエルは腕を組んで難しい顔をする。

「知りすぎも問題だよな。ヒロト君の感受性が高いが故、とも言えなくはないし」
「そうですよね。困ってるんだから『助けて』って、言うだけでいいと思いますし」

 リレルもうんうんと頷く。

「危険を警戒するのって、普通だと思うんですが。この世界だって、弱い仲間をパーティから外すとか、ありますよね」

 オレの話を聞いて、サディエルはアルムに視線を向け。

「あるのか?」
「さぁ、僕は聞いたことないぞ。デコボコすぎて、なんで組んでるのか理由さっぱりな奴らは、ゴマンと見てきたけど」

 そう返答してくる。
 あぁ……そうか、こっちの世界にはネットがないから、経験談とか、そういうのが広まらないのか。
 ってことは、もし悪いことがあっても、出回らないから知らない可能性が…… 

「つまり、ヒロト君は根暗な情報ばかり聞き続けて、明るい情報を一切見ない生活をしていたって事か」

 ん?

「確かにそうですね。暗い話題が1つあると、明るい話題が100個あっても、そちらを信じますし」
「なるほどな。根拠のない心配事や不安の96%は、実際には何も起こらないって、僕の師匠も言ってたな」

 え、あの……

 なんかいつの間にか、オレが悪いことばっかり考えて前に進めない、ダメな子みたいな感じに解釈されてないか?
 というか、されてるよね。
 ちょ、ひどくない!?

「そういう事なら、ゆっくりと "納得" して貰うのが1番だな。その為にも、まず洞窟遺跡を出よう!」

 ……なんというか、あれだ。

 漫画とか小説で人間を信じられない! って、つっけんどんしているキャラに対して、主人公が光属性全開で信じてもらえるようにするって感じ。
 うん、それだ、オレの今の立場、間違いなくそれだ。

 違う、オレが想像している異世界に来た時の立場は、むしろサディエル側なんですけど。
 しかし、期待のまなざしを向けるサディエルたちに対して、反発する理由も、断る理由すらもないオレは……

「わかりました……とりあえず外に出てから」

 そう答えるしかないじゃん、どうしろと。
 本当に、一般的な異世界行ってる人たちは、どうやってこういう状況好転させてるんだよ。

 そもそも、一般冒険者の目の前に現れた時点でおかしいんでした。

「じゃあ早速移動をっと、ごめん忘れてた。ヒロト君、先に1つ質問だ」
「はい、何でしょうかサディエルさん」

「サディエルでいいよ。質問というのは……10分の間、全力疾走は出来る?」

 脳が、彼の言っている言葉を理解することを拒絶した。
 そろそろ頭が回らなくなってきたのを感じながらも、必死に脳内で複勝してからオレは叫ぶ。

「無理! 無理です!」

 即答だよそんなの!
 オレ、長距離選手でも、駅伝ランナーでもないんだよ!?
 そりゃ学校の授業である程度の距離走ることはあるけど、全力疾走では……
 あれ? けど、敵から逃げる時ってだいたい全力疾走してるよな、結構な時間……こういうファンタジー系だと。

 嫌な予感が、ひしひしとして来たオレをしり目に、サディエルたちは『だよなー』っと納得の顔。

「やっぱりか。運動していない人の全力疾走は、"普通" にやったら8秒程度、無呼吸状態なら40~45秒ぐらいって、この前、聖王都の研究議会が発表してたからな。今までの内容から出来ないよな、とは思っていた」
「ちょっと待って!? 出来ないって、分かり切ってたことを『出来る?』って聞いたの!?」

 オレの正論中の正論と豪語させて貰いたい叫びを聞いて、アルムが訂正を入れてきた。

「悪いな、サディエルの言葉が足りてなくて。今の質問の正確な意図は、3割ぐらいの力で全力疾走を10分間出来るか、だ」
「それは一体、どういう意図の質問なんでしょうか、アルムさん」

「魔物から逃げるために必須技術だから」

 魔物から、逃げ……え?

「戦わないの!?」
「むしろ、なんでわざわざ戦うんだ」

 なにそんな当たり前のことを。
 むしろ、何故戦わないのかの方が本気で不思議なんだけど。

「戦って、安全になったら先に進めば良いと思います!」
「最終手段だな、挟み撃ちとかじゃない限りはやらない。武器の消耗が激しいし、何よりも戦闘中に他のモンスターが騒音聞きつけて寄ってくるし」
「だったら時間かけないように一瞬とか、魔術とかでさくっと!」

 そして3人は黙る。
 あれ、この展開ちょっと前の会話出会ったような空気に……

「うーん、かなりの認識差だ。1つ1つ、ゆっくりと差異を埋めないとダメそうだな。地上まで可能な限り、最短ルートの最小戦闘で行こう。アルム、リレル、他に意見はある?」
「僕は異議なし」
「私も問題ありませんよ」

「というわけで、道中説明しながら行こうかヒロト君」

「いや、10分は無理ですけど走れは……いえ、わかりました」

 ダメだ、本当にオレが思っているファンタジー世界の普通が通用しない。
 魔物倒せばアイテム手に入ったりとか、素材も手に入るとか、色々あるんじゃないの!?
 それなのに逃げ一手!?

 本当に……どうなってんだよ、この世界。

 頭を抱えながらも、オレたちは魔法陣がある部屋を出る。
 洞窟遺跡、と彼らは言っていたけど、洞窟の中にある遺跡もしくは炭鉱って感じの場所であり、しっかりと壁があるし、床も敷かれていた。

「『戦わないで逃げる』についてなんだけど、理由はいくつかある」

 周囲を警戒しながらも、サディエルは逃げに徹する理由を話し始める。

「街から街への移動も、こういった洞窟や遺跡探索全般でも、戦うより逃げる方が圧倒的に利点の方が大きいんだ」
「強い魔物を倒せれば、魔物の素材を手に入れたりとかさ、そういうのあるんじゃないの?」
「持てる量に制限があるからな」

 あー……持てる量の問題。
 そっか、ゲームでも漫画とかでもだいたい無制限収納みたいなのが当たり前だから忘れてた。

「でも、素材を仮にスルーしたとしても、倒した方がやっぱり安全だよな?」
「そこで、積極的に戦闘を行うことに対して持ち物以外にも、特に大きな問題点を2つ挙げようと思う。まず1つ目、武器の耐久が持たない」

 武器の耐久?
 急に耐久の話が出てきて、オレは思わず目を点にする。

「なんで!?」
「消耗するよ、どんな武器でも。ヒロト君の世界では、使ったものは消耗しない、魔術のような代物があるのかい? その、カガクってやつで」

 むしろこっちが魔術扱い。

 いっくら現代科学でも消耗しないものって……ないよな。
 だいたい何かしら消耗するよな、うん。
 謳い文句で「一生使える」とか「永久に」とかはよく聞くけどさ。

「戦闘になれば、必ず武器が消耗する。だから、次の鍛冶屋に行ける機会まで、武器を持たせる必要があるんだ。俺の場合は、避けられない戦闘のみを想定して、こうやって3本所持している」

 サディエルは左手で、自身の剣を軽く叩く。
 そうだった。彼は、3本も剣を帯剣している。
 てっきり二刀流とかそういう意味でかと思ったけど、違ってたのか。

「次の目的地まで遠く、元の街に引き返すにも遠い場所で武器が使えなくなったら、流石に死活問題ですものね」
「どんな物も有限だし、魔物との戦闘も無傷じゃ済まないからな」

 リレルとアルムが、サディエルの言葉を補足する。
 魔物に襲われていて、それを返り討ちにすることを死に急ぎって。

「もちろん例外もある。荷馬車の護衛なんかは、依頼者の安心を報酬にしてるから、明確な『戦果』として、魔物退治は必須なんだ。予備武器や退治した魔物の戦利品も、全部荷馬車の空きスペースに詰め込めるしな」

「あれ、魔術は?」
「連戦してたら、すぐ魔力切れになるかな」

 魔力切れ、ゲーム的にはMP切れか。
 武器は消費するし、魔力は有限となれば、消耗が最も少ない手を取るのが利口だよな。
 荷馬車の護衛に関しては、しっかりと魔物倒したよ、ってアピールがいるし、条件が整っているから連戦が許されると。

 何だろう、現実寄りな理由過ぎて泣きそう。

「んで、問題点2つ目だが……仮に倒せても、魔物の死骸問題がある」
「あ、それは想像つく。魔物の血に釣られて他の魔物が寄ってくるんでしょ」

 正解! と3人は同時に花丸を上げるかのようなノリで答えてくれる。
 あの、オレは出来の悪い生徒か何かですか……?

「魔物は鼻も利くが、耳もいい。そもそも戦っている最中から、隙あらばって近づいてくる。気がつけば、挟み撃ちと連戦が確定だ」

 サディエルの説明を聞いて、眩暈がして来た。

 倒しても増える、素材は持ち切れない、武器だけは消耗する。
 死にたくなければ逃げるが勝ち、三十六計逃げるに如かず。

 オレは思わず遠い目をしながら、RPGゲームのことを思い出す。
 決して耐久は減らない、魔力だってアイテムでさくっと回復して使いたい放題。
 キャラによっては消費無しとかいう状態で当たり前のように連戦し、時にはレベリングいるからって、何時間も魔物を狩り続けるキャラクター。

「一般的な勇者の冒険譚RPGと、全然違う……!」

「勇者とは、職業だったのでしょうか?」
「いや、偉大な功績を結果的にした人物が、後世になって呼ばれる称号のはずだが」
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