突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

なるほど自分はかなりかわいいらしい

　伊織はセバスチャンが持ってきてくれたクッキーの皿を見下ろした。しっとりとしたジャムのクッキーはとても美味しかった。確かに、酸味もあって甘すぎない、伊織好みの味だった。以前この屋敷でいただいたクッキーも美味しくてすべて平らげてしまったことはあるけれど。けれど、それを誰かに話したことはない。

「イオリ？」

　メイドからも執事からも声をかけられたことはない。アルバートとしか話したことはない。けれど、確かに食べやすく配慮された食事は多かったように思う。アルバートはほとんど食べないのにティータイムには甘いものがあって、それに合うお茶も用意されていた。ただそれはアルバートが食べる分だと思っていた。辛いものが苦手だった伊織の前に辛いものが出たのは一度きりで、無理して食べてからは一度も見ていない。伊織が見ていない間に伊織の部屋は整理されていて、毎日ふかふかのベッドで寝られたし着るものも毎日きれいにされていた。この世界の下着はどんなものなのだろうかと思っていたのに、伊織がもともと穿いていたものとほとんど同じような形、色の下着を用意されていて驚いた。他の人の下着はどんなものか分からないけれど、おそらく配慮してくれたことぐらい分かった。

「どうして、」
「あれ、イオリ気づかなかったの？」
「何に？」
「イオリが来た日から代わる代わるみんなイオリの様子見に来てたのに」
「えっ」

　そういえば毎日食事をするときに毎回メイドや執事が変わるなあとは薄らと思っていた。ただこの屋敷は広いから使用人の数も多いのだろうなと思って当たり前のことのように思っていた。

「イオリの世話、みんなやりたがるから順番になってるんだけど」
「じゅんばん」
「気づかなかったんだ？」
「いや、働いてる人多いなあって思ってました」

　なぜ一高校生の伊織の様子を見に順番待ちまでしているのだろうか。特に話したこともない人たちなのに。

「イオリがかわいいからね」
「かわいい……？」

　ひょっとして、この世界の美醜って伊織が思っているものと違うのだろうか。伊織は元の世界では普通、中の中ぐらいの容姿をしていた。黒髪黒目、健康的な肌、特に特筆した特徴もない、普通の人間だった。中肉中背よりも細身の部類ではあるが、少なくとも平均的であるはずだ。アルバートのような美しい容姿をしているわけでもない。幼いころはかわいいかわいいと言われていたが、高校生にもなればかわいいなんて言われることもなく、かといってかっこいいと言われるような部類でもなかった。

「かわ、いい……？」
「かわいいよ、イオリは。少なくとも今まで見たことのある人間の中で一番かな」

　なるほど元の世界とはかなり違う美醜感覚である。伊織はこの世界に来ての高待遇にようやく納得できたのだ。