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第5章 王都へ
155ー問題発生
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宿に戻ってくると、そこはまるで宴会場だった。旅芸人に扮したメイドさん達が宿屋1階の食堂へ食事に来ている人達の間を回りながら歌を披露している。
大きな木のジョッキで豪快に酒を煽っている人。手拍子をしている人。一緒になって歌っている人。
みんな超良い笑顔だ。そんな人達を掻き分けてユリシスじーちゃんやバルト兄の元へと移動した。
「バルト兄さま、どうしたのですか?」
隆はもう楽器で、咲は歌で参加している。楽器が入ると盛り上がり方が違う。ジョッキを掲げながら席を立って一緒になって歌い出した。みんな、一体どうしたんだ? まだ真っ昼間だぞ。
「鬱憤が溜まっているんだろう」
「そうなんですか?」
「皆、思う所があるみたいだよ」
この街に来たばかりの頃だったら……
こんなに活気のある街なのにどうして? と、思っていたかも知れない。
だが、ついさっきの出来事が俺の考えを変えた。まぁ、あんな事があれば馬鹿でも分かる。
「バルト兄さま、この街は大丈夫なんですよね?」
ちょっと心配になっちゃったぞ。この馬鹿騒ぎ、鬱憤を晴らしていると言われると納得ができる。
「さあ、どうなんだろうね」
ニコッとするバルト兄。どうだろうって……どうなんだよ。
「なるようにしかならないさ。いくら父上だってできる事とできない事があるよ」
「それは分かっていますけど」
「なんだ? ココも余所の領地の事を心配する余裕ができたのか?」
「兄さま、そんな言い方酷いです」
プクッとふくれてみせた。だってそんなごまかしはズルイぞぅ。
「ディオシスお祖父様から聞いただろう?」
「相反するですか?」
「そうだ。そんな貴族が治める領地で父上が出張る訳にはいかないよ」
「そうでした」
そりゃそうだ。世直しの旅じゃないんだし。先を急ぐ旅だ。尚且つ、王子を安全に王都まで送り届けなければならない。
王都に着いたらどうするんだろう? 王都こそが危険なんじゃないのか?
「ココ、大丈夫だ」
「バルト兄さま?」
「あちらが上手くやってくれているよ」
「そうなんですね」
「ああ。さすが、母上のご実家だよ」
「あぁ~……」
貴族の間では真しやかに、武闘派のインペラート家、頭脳派のセーデルマン家と言われているらしい。
セーデルマン家とは母の実家だ。代々文官家系で過去には何度も宰相を務めたこともあるらしい。俺は全く知らない。
なんせ、うちとは距離がある。王都在住と辺境在住だ。何日も掛かる距離をそう簡単には行き来できない。
しかし、そんな正反対の家系から母はよく婚姻したよな。しかも、母の実家は侯爵家だ。改めて考えるとびっくりだ。
「ハハハ、ココは考えている事が本当によく分かるね」
「バルト兄さま、じゃあ当ててください」
「母上だろう?」
「うわ……当たりです。どうして母さまは父さまを選んだのかと思ってました」
「だよな。でも大恋愛だったそうだよ」
「そうなんですか!?」
「ああ。父上の世代の貴族には有名な話らしい」
そういえば……
「バルト兄さま、深紅のガーネットですか?」
「そうだよ。父上が射止めたんだ」
「えぇ~、どうしてかしら?」
「ハハハ、ココは酷いね」
「だって、父さまと母さまって違いすぎて」
「そうだね。確かに武と知だ。正反対なのかも知れない。でも、代々の辺境伯が大事にしてきたものは何なのか分かるかな?」
「えっと……領民あっての領地、ですか? 領民の命ですか?」
「そうそう。ココは偉いね。その両方だ。その考えは共通していたんだ」
「あ……民あっての国ですか?」
「その通りだよ。だからね、母上のご両親と父上は意気投合したらしいよ。もちろん、母上の気持ちも鷲掴みだ」
鷲掴みって……その表現はどうだろう?
そうか。仕事は違っても、目指すところは一緒ってことかな。
「難しい事を考えてないで、ココも食べな」
「はい、兄さま」
賑やかな中で俺は昼飯を食べていた。
食べ終わって甘いものが欲しいなぁ、なんて思っていた時だった。
突然、宿兼食堂兼飲み屋の入り口が大きな音を立てて開いた。
「大変だ! 領主邸が水浸しになってるんだと!」
1人の男が大きな声で知らせてきた。いや、知らせと言うよりも……
「いい気味だぜ!」
言いふらしにきたんだな。しかし、『いい気味』とは。
「なんだ? どうしてそうなったんだ?」
「分かんねーけどな、下水がうまく流れなくて逆流しているらしいぞ」
「あれだろ? ケチって途中で下水を修繕するのをやめたからじゃねーのか? 拡張しなかったから詰まってんだろ?」
「うげー、汚ねー!」
「アハハハ! ケチるからだ!」
口々に色々な事を言っている。これはよっぽど嫌われているなぁ。しかし、その下水道から溢れた排水が街に流れてこないか?
「くるだろうね」
「バルト兄さま」
「ココ、駄目だ。手を出すんじゃない」
「……はい」
相反しているのは分かっている。だが、領民の生活を守らなくて良いのか? 下手したら食料も駄目になるぞ。何より衛生環境が最悪じゃないか。
「若さまぁ、まだですぅ」
「分かってるって」
さっきまで中心になって歌っていた咲と隆がもう俺のそばにいる。
「若、まずいッスね」
「な、まずいよな」
「でも駄目ですぅ。旦那様が動かれない限りは駄目ですぅ」
その父はどこだ? この場にはいないみたいだが?
「お祖父様達と部屋にいるよ。もう耳に入っているだろう」
「バルト兄さま、ロディ兄さまもいません」
「ロディは別件でちょうど領主邸に向かっていた筈だ」
領主邸に? 関わらないのじゃなかったのか?
大きな木のジョッキで豪快に酒を煽っている人。手拍子をしている人。一緒になって歌っている人。
みんな超良い笑顔だ。そんな人達を掻き分けてユリシスじーちゃんやバルト兄の元へと移動した。
「バルト兄さま、どうしたのですか?」
隆はもう楽器で、咲は歌で参加している。楽器が入ると盛り上がり方が違う。ジョッキを掲げながら席を立って一緒になって歌い出した。みんな、一体どうしたんだ? まだ真っ昼間だぞ。
「鬱憤が溜まっているんだろう」
「そうなんですか?」
「皆、思う所があるみたいだよ」
この街に来たばかりの頃だったら……
こんなに活気のある街なのにどうして? と、思っていたかも知れない。
だが、ついさっきの出来事が俺の考えを変えた。まぁ、あんな事があれば馬鹿でも分かる。
「バルト兄さま、この街は大丈夫なんですよね?」
ちょっと心配になっちゃったぞ。この馬鹿騒ぎ、鬱憤を晴らしていると言われると納得ができる。
「さあ、どうなんだろうね」
ニコッとするバルト兄。どうだろうって……どうなんだよ。
「なるようにしかならないさ。いくら父上だってできる事とできない事があるよ」
「それは分かっていますけど」
「なんだ? ココも余所の領地の事を心配する余裕ができたのか?」
「兄さま、そんな言い方酷いです」
プクッとふくれてみせた。だってそんなごまかしはズルイぞぅ。
「ディオシスお祖父様から聞いただろう?」
「相反するですか?」
「そうだ。そんな貴族が治める領地で父上が出張る訳にはいかないよ」
「そうでした」
そりゃそうだ。世直しの旅じゃないんだし。先を急ぐ旅だ。尚且つ、王子を安全に王都まで送り届けなければならない。
王都に着いたらどうするんだろう? 王都こそが危険なんじゃないのか?
「ココ、大丈夫だ」
「バルト兄さま?」
「あちらが上手くやってくれているよ」
「そうなんですね」
「ああ。さすが、母上のご実家だよ」
「あぁ~……」
貴族の間では真しやかに、武闘派のインペラート家、頭脳派のセーデルマン家と言われているらしい。
セーデルマン家とは母の実家だ。代々文官家系で過去には何度も宰相を務めたこともあるらしい。俺は全く知らない。
なんせ、うちとは距離がある。王都在住と辺境在住だ。何日も掛かる距離をそう簡単には行き来できない。
しかし、そんな正反対の家系から母はよく婚姻したよな。しかも、母の実家は侯爵家だ。改めて考えるとびっくりだ。
「ハハハ、ココは考えている事が本当によく分かるね」
「バルト兄さま、じゃあ当ててください」
「母上だろう?」
「うわ……当たりです。どうして母さまは父さまを選んだのかと思ってました」
「だよな。でも大恋愛だったそうだよ」
「そうなんですか!?」
「ああ。父上の世代の貴族には有名な話らしい」
そういえば……
「バルト兄さま、深紅のガーネットですか?」
「そうだよ。父上が射止めたんだ」
「えぇ~、どうしてかしら?」
「ハハハ、ココは酷いね」
「だって、父さまと母さまって違いすぎて」
「そうだね。確かに武と知だ。正反対なのかも知れない。でも、代々の辺境伯が大事にしてきたものは何なのか分かるかな?」
「えっと……領民あっての領地、ですか? 領民の命ですか?」
「そうそう。ココは偉いね。その両方だ。その考えは共通していたんだ」
「あ……民あっての国ですか?」
「その通りだよ。だからね、母上のご両親と父上は意気投合したらしいよ。もちろん、母上の気持ちも鷲掴みだ」
鷲掴みって……その表現はどうだろう?
そうか。仕事は違っても、目指すところは一緒ってことかな。
「難しい事を考えてないで、ココも食べな」
「はい、兄さま」
賑やかな中で俺は昼飯を食べていた。
食べ終わって甘いものが欲しいなぁ、なんて思っていた時だった。
突然、宿兼食堂兼飲み屋の入り口が大きな音を立てて開いた。
「大変だ! 領主邸が水浸しになってるんだと!」
1人の男が大きな声で知らせてきた。いや、知らせと言うよりも……
「いい気味だぜ!」
言いふらしにきたんだな。しかし、『いい気味』とは。
「なんだ? どうしてそうなったんだ?」
「分かんねーけどな、下水がうまく流れなくて逆流しているらしいぞ」
「あれだろ? ケチって途中で下水を修繕するのをやめたからじゃねーのか? 拡張しなかったから詰まってんだろ?」
「うげー、汚ねー!」
「アハハハ! ケチるからだ!」
口々に色々な事を言っている。これはよっぽど嫌われているなぁ。しかし、その下水道から溢れた排水が街に流れてこないか?
「くるだろうね」
「バルト兄さま」
「ココ、駄目だ。手を出すんじゃない」
「……はい」
相反しているのは分かっている。だが、領民の生活を守らなくて良いのか? 下手したら食料も駄目になるぞ。何より衛生環境が最悪じゃないか。
「若さまぁ、まだですぅ」
「分かってるって」
さっきまで中心になって歌っていた咲と隆がもう俺のそばにいる。
「若、まずいッスね」
「な、まずいよな」
「でも駄目ですぅ。旦那様が動かれない限りは駄目ですぅ」
その父はどこだ? この場にはいないみたいだが?
「お祖父様達と部屋にいるよ。もう耳に入っているだろう」
「バルト兄さま、ロディ兄さまもいません」
「ロディは別件でちょうど領主邸に向かっていた筈だ」
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