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わかってた…… ~水戸ユキヤスの話④~

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 ひと月経つ頃には、僕もヴァルドさんも言いたい事を言い合える仲になった。もう一つの家族のように、友のようにいつも僕に寄り添って支えてもらっている。
 ヴァルドさんのまわすカメラの前では、僕は自然と笑顔を向けられるようになった。アップロードした動画には、不思議と高評価が付けられていたのには首を傾げるしかなかったけど。
「神々の力が働いているのもあるが、やはりユキが魔界でウケやすい……庇護欲を誘う人間性だという部分も大きいだろう」
 自称僕のマネージャーらしく、日夜撮影に編集に広報活動と、同じ部屋の中にいるのになんだかんだと忙しく立ち回っているヴァルドさんには頭が上がらない。何か手伝えないかと思ったけれど、ヴァルドさんの好みのアイドル衣装的なものを着るのがご褒美らしい。
 今日は某アイドルグループのPVで見たような、少しカッコイイ系の服だ。白地に青色のパイピングが施されたジャケット、胸には金色のコサージュ、すらりとしたボトムスも同じく白色で汚しそうで正直怖い。
「ヴァルドさんが着たらいいのに。僕より絶対似合う……」
「俺が似合っても仕方がない。それにユキにだってとても似合っている。凄く可愛い」
「あ、ありがと……」
 エル字型のパソコンデスクに座り、キーボードとマウスをカチカチと鳴らしながら、ヴァルドさんは当たり前のように僕を褒めてくる。最初の頃より慣れてもいいはずなのに、どうしてだろうか、最近は以前よりも気恥ずかしい。褒められるとソワソワとして、胸の奥がキュウと締め付けられるようだ。
 なんの変哲もない白いシャツも、ヴァルドさんが着ると一流品のように見える。カリスマ性もそのオーラも、魔人だからという理由以上に彼個人の資質によるものが大きいように思える。
 魔人は誰でも美しいと日本では言われていたけれど、彼の実直な人柄と優しさに触れたら誰でも好きになってしまうだろう。きっと魔界でだってファンが沢山いたり、恋人がいたりするんだろうか。
「あれ……?」
 そう考えたところで胸がグッと苦しくなる。恋人。そんな話は聞いた事が無いけれど――これだけ魅力的な人物に、いない訳がない。
「やだ」
「――? どうしたユキ」
 無意識に出てしまったらしい言葉を拾われ、パソコンに向かっていたヴァルドさんが振り返る。視線が合っただけで鼓動が大きく跳ねた。自分は最近なんだかおかしいのだ。ヴァルドさんと一緒にいる事は文句なしに楽しいのに、たまにこうして苦しくなる。
「ううん、なんでもない」
「そうか? ちょうどいい、これを見てみろ。ユキの動画に付いたコメントなんだが――日本語に変換されているだろう?」
 そう言われ、椅子に座るヴァルドさんの肩越しに画面をのぞき込んだ。
――ユキちゃん可愛いわ! 私の弟になって!
――素朴さが良いんだよな。ユキ応援してるよ! 頑張れ!
――魔界で人間ってだけで珍しいけど、皆が褒めてる意味、分かるわ。
 それはただの自己紹介だったり、下手ながら歌ってみた動画だったり、うっかりお茶を零しただけのワンシーンだったり、この一か月上げた動画への沢山のコメントだった。箸にも棒にも掛からないような自分に、こんなにも温かいメッセージが来ているなんて思ってもいなかった。
 今まではヴァルドさん越しにしか聞いた事の無かった言葉が、実際に目の前で文字として見るとなんだか――ジンと胸が熱くなる。
「皆お前を応援している。いっただろう、ユキは皆に愛される資質があるんだ。神々の力が無かったとしてもきっと、誰にでも好意を持ってもらえる人柄なのだよ」
「誰でも?」
「ああ」
「――ヴァルドさんも?」
「ああ、もちろ――は?」
 椅子の背もたれ越しに、振り向かないヴァルドさんの焦りが伝わってくる。僕も、何でこんな質問をしてしまったのか自分でも理解できないけれど。
 平静を装ってはいるけども、僕も多分ヴァルドさんと同じくらいには慌てているのだ。バクバクと激しい心臓の音は、背もたれに阻まれて聞こえていませんように。
「いや、その、……もちろん、好きだが。どうしたユキ。何か不安にでもなったか?」
 ゆっくりと振りむこうとするヴァルドさんの首に後ろから抱きついた。今、顔を見せたらきっとバレてしまう。もう僕は気付いてしまったのだ、僕が――この人を好きになってしまったのだと。
 自覚してみれば、今までの自分の身体の異変はただの恋煩いだ。自分の事となるとこんなにも人は鈍くなってしまうのかと笑ってしまう。
 でもここからどうしよう。恋を自覚した僕はもう、この人と平静を装って一緒に暮らす事が出来ないかもしれない。でもそれはすなわち、神々へ対価の支払を拒否したことになってしまう。それでは結局世界に魔獣が現れ人々は苦しむし、ヴァルドさんにも迷惑が掛かってしまうのだ。
 どうしたらいい。どうしたら。
「……ユキ。本当にどうしたんだ? コメントはどれもおかしなものはなかったと思うが……。何か辛いのか? 私はユキのマネージャーのつもりだ。何でも言ってくれ」
「辛い。ヴァルドさんを好きになっちゃって辛い」
 ぐるぐると考えてしまっても、もう自分ではどうしようもない。触れている想い人の身体からは、息を飲む様子が伝わってくる。隠しきれないのならもう言うしかない。言って、振られて、泣いて、それからまたアイドルを頑張ったらいい。
 それでも断頭台に上がったようなこの状況は、ヴァルドさんの言葉が聞きたいというのに自分の鼓動が耳の傍でがなり立てる。
「すまない、ユキ」
 困ったような想い人の声が、妙に広いこの空間にぽつりと落ちた。
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