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守りたくなる人間アイドル!? ~水戸ユキヤスの話③~
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「えっと、皆さん見てますか? 人間界からやってきたユキです。この世界でアイドルにならないと向こうに戻れないので、魔界の皆さん応援してくださいね」
カメラに向かって手を振り、ぎこちない笑顔を振りまいた。ぎこちないのは仕方ない、だってこれはもう十五回目程リテイクを繰り返している。
「……ふむ。こんなものかな。初々しさと、別の世界で頑張っている健気さ、そしてお前の可愛らしさが出ていると思う。外見的な意味ではない……そうだな庇護欲としての可愛らしさとでも言おうか。小動物の保護に似ている。だがそれもアイドルとしてやっていくには大事な要素だ」
ようやく終わったこの撮り直しに、僕は安心して胸を撫でおろす。
「別に可愛く無くてもいいけどね。これを編集して……魔界のネット上で公開するんだっけ?」
「そうだ。まずは毎日動画を公開していく。そこからライブ形式の配信を行い、デビュー曲も用意せねばならん。新曲の発売に合わせてプロモーションを入れて……。よし、忙しくなるな」
そう言いながらもニヤリと笑うヴァルドさん。アイドルオタクにアイドルを作らせたらどうなるのか、そんな実験をしてないかい、神様。
※※※
この真っ白な部屋では、欲しいと思ったものは気付けば隣にあった。食べ物も、トイレも、お風呂も、必要に応じて現れそして消えた。そのためヴァルドさんの欲しがる機材や環境も一瞬で出現したし、テレビで見たことのあるような収録スタジオまで現れた時にはもう神々の遊びに笑うしかなかった。
守りたくなる人間アイドル、というへんてこなキャッチコピーをぶら下げて一週間。僕はヴァルドさんとずっとこの部屋で生活をしていた。彼は一人で外に出られるはずなのに、この生活を一緒に続けてくれている。仕事や家族は大丈夫なのだろうか。ヴァルドさんは何も言わないけれど。
「よし、じゃあ明日は日頃の生活を見せる感じで動画を撮ろうか。アイドルの私生活も大事だからな」
「私生活……って言っても。この真っ白い空間で?」
「人間界のお前の部屋を出して貰えばいいだろう」
なるほど。そう思った瞬間に、目の前には僕の自室があった。
自分の家に戻ってきたのかと一瞬勘違いしてしまいそうになる。でも窓から見える景色は真っ白なまま。本当の自分の部屋ではないかと期待してしまっていたのだろう、僕は肩を落とした。
無意識に気を張り詰めていたらしいこの生活は、別に辛いとも苦しいとも思ってはいなかった。学校は休みみたいなものだし、食べたいと思えばすぐに美味しい食事が現れて、眠いと思えば直ぐにふわふわのベッドが現れた。
でも。だけど。
「――泣くな、ユキ。すまない、急にこんな所に呼び出されて不安だったろう。俺は自分の手でアイドルを作れると、お前の気持ちをないがしろにしてしまっていたな」
止めよう、止めようと努力しても、一度出てしまった涙は中々ひっこんでくれない。ヴァルドさんの優しい言葉が、僕の頬をさらに濡らす。
身体をふわりと抱きしめられる。二人きりで生活していると言っても、こんなに至近距離で接することは無かった。薄いシャツ越しでもわかる、鍛えられた男の人の身体の温もりが優しく感じられる。
「だいじょ、ぶ。助けてもらって、感謝してるよ」
それに、神様に逆らったら災いが起きちゃう。助けてもらった僕に選択肢なんて無いし、頑張ってサポートしてくれているヴァルドさんのためにも頑張りたい。。
へらりと笑えただろうか。涙と鼻水でぐちゃぐちゃかもしれない。ぼやける視界を擦ってみれば、ヴァルドさんはフイと顔をそむけた。あ、やっぱり汚かったか。
「流石アイドル候補生……。可愛いな」
「へ? ……ああ、庇護欲が湧くアイドルだっけ」
言っておくけど僕は別に可愛くは無い。身長だって百七十近くはあるし、ドラマでエキストラも難なくこなせるであろう通行人その一の顔面偏差値だ。可もなく不可もない、そんな僕をヴァルドさんはたびたび可愛いと称する。
守りたくなる人間アイドルというキャッチコピーは、ひょっとして強くて逞しい魔界の人たちにとっては有効なのかもしれないなあ。
「ん……ごほん、まあ、そうだな。よし、ユキ。落ち着いたなら顔を洗っておいで。今日は撮影を休んで、のんびり過ごそう」
柔らかい表情で微笑まれると、どちらがアイドルかわからない。こんな人に生まれたい、とは流石にそんな身の程知らずの事は思わないけれど、ここまで美しいと性別を超越した美が確かにある。
ソファとスナック菓子、そして大型テレビも出現した簡易的な居間で僕たちは、一日ほんとうに他愛のない会話をして過ごした。
僕の家族の事、学校の事。ヴァルドさんの普段の仕事や日本のアイドルの誰が好きなのかとか。テレビをザッピングしながら、僕たち二人の距離は少しずつ近いものになっていった。
カメラに向かって手を振り、ぎこちない笑顔を振りまいた。ぎこちないのは仕方ない、だってこれはもう十五回目程リテイクを繰り返している。
「……ふむ。こんなものかな。初々しさと、別の世界で頑張っている健気さ、そしてお前の可愛らしさが出ていると思う。外見的な意味ではない……そうだな庇護欲としての可愛らしさとでも言おうか。小動物の保護に似ている。だがそれもアイドルとしてやっていくには大事な要素だ」
ようやく終わったこの撮り直しに、僕は安心して胸を撫でおろす。
「別に可愛く無くてもいいけどね。これを編集して……魔界のネット上で公開するんだっけ?」
「そうだ。まずは毎日動画を公開していく。そこからライブ形式の配信を行い、デビュー曲も用意せねばならん。新曲の発売に合わせてプロモーションを入れて……。よし、忙しくなるな」
そう言いながらもニヤリと笑うヴァルドさん。アイドルオタクにアイドルを作らせたらどうなるのか、そんな実験をしてないかい、神様。
※※※
この真っ白な部屋では、欲しいと思ったものは気付けば隣にあった。食べ物も、トイレも、お風呂も、必要に応じて現れそして消えた。そのためヴァルドさんの欲しがる機材や環境も一瞬で出現したし、テレビで見たことのあるような収録スタジオまで現れた時にはもう神々の遊びに笑うしかなかった。
守りたくなる人間アイドル、というへんてこなキャッチコピーをぶら下げて一週間。僕はヴァルドさんとずっとこの部屋で生活をしていた。彼は一人で外に出られるはずなのに、この生活を一緒に続けてくれている。仕事や家族は大丈夫なのだろうか。ヴァルドさんは何も言わないけれど。
「よし、じゃあ明日は日頃の生活を見せる感じで動画を撮ろうか。アイドルの私生活も大事だからな」
「私生活……って言っても。この真っ白い空間で?」
「人間界のお前の部屋を出して貰えばいいだろう」
なるほど。そう思った瞬間に、目の前には僕の自室があった。
自分の家に戻ってきたのかと一瞬勘違いしてしまいそうになる。でも窓から見える景色は真っ白なまま。本当の自分の部屋ではないかと期待してしまっていたのだろう、僕は肩を落とした。
無意識に気を張り詰めていたらしいこの生活は、別に辛いとも苦しいとも思ってはいなかった。学校は休みみたいなものだし、食べたいと思えばすぐに美味しい食事が現れて、眠いと思えば直ぐにふわふわのベッドが現れた。
でも。だけど。
「――泣くな、ユキ。すまない、急にこんな所に呼び出されて不安だったろう。俺は自分の手でアイドルを作れると、お前の気持ちをないがしろにしてしまっていたな」
止めよう、止めようと努力しても、一度出てしまった涙は中々ひっこんでくれない。ヴァルドさんの優しい言葉が、僕の頬をさらに濡らす。
身体をふわりと抱きしめられる。二人きりで生活していると言っても、こんなに至近距離で接することは無かった。薄いシャツ越しでもわかる、鍛えられた男の人の身体の温もりが優しく感じられる。
「だいじょ、ぶ。助けてもらって、感謝してるよ」
それに、神様に逆らったら災いが起きちゃう。助けてもらった僕に選択肢なんて無いし、頑張ってサポートしてくれているヴァルドさんのためにも頑張りたい。。
へらりと笑えただろうか。涙と鼻水でぐちゃぐちゃかもしれない。ぼやける視界を擦ってみれば、ヴァルドさんはフイと顔をそむけた。あ、やっぱり汚かったか。
「流石アイドル候補生……。可愛いな」
「へ? ……ああ、庇護欲が湧くアイドルだっけ」
言っておくけど僕は別に可愛くは無い。身長だって百七十近くはあるし、ドラマでエキストラも難なくこなせるであろう通行人その一の顔面偏差値だ。可もなく不可もない、そんな僕をヴァルドさんはたびたび可愛いと称する。
守りたくなる人間アイドルというキャッチコピーは、ひょっとして強くて逞しい魔界の人たちにとっては有効なのかもしれないなあ。
「ん……ごほん、まあ、そうだな。よし、ユキ。落ち着いたなら顔を洗っておいで。今日は撮影を休んで、のんびり過ごそう」
柔らかい表情で微笑まれると、どちらがアイドルかわからない。こんな人に生まれたい、とは流石にそんな身の程知らずの事は思わないけれど、ここまで美しいと性別を超越した美が確かにある。
ソファとスナック菓子、そして大型テレビも出現した簡易的な居間で僕たちは、一日ほんとうに他愛のない会話をして過ごした。
僕の家族の事、学校の事。ヴァルドさんの普段の仕事や日本のアイドルの誰が好きなのかとか。テレビをザッピングしながら、僕たち二人の距離は少しずつ近いものになっていった。
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