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まともな神様は、いないの!? ~水戸ユキヤスの話②~

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 僕の静かなパニックが落ち着いた頃、美しい青い髪の毛の魔人さんは、自分をヴァルドと名乗った。別世界に行くゲートは王族のみに許された能力らしく、基本的に僕たちの世界で見る魔人は全て王族なのだとも知る。偉い人だとは分かっているものの、二人きりのこの部屋で膝を突き合わせると何だか変な仲間意識が生まれてしまうなあ。
「僕は水戸ユキヤスです。水戸が姓でユキヤスが名前」
「ふむ。ユキユゥス……ユキでいいか。とにかくユキがアイドルとして成功するまで、我々はこの部屋から出られない。ここまでは大丈夫か?」
「はい、あのでもヴァルドさん。正直、ヴァルドさんは出られるんじゃ? 出れないのは僕だけでしょう?」
 部屋に連れてきてくれたのはヴァルドさんだけど、生き返るという神の恩恵を受けたのは僕一人だ。
「何を言っている? お前一人を残して行ける訳がないだろう」
 何てことの無いようにさらりと言われて、一瞬で顔が朱に染まった自覚がある。うう、真のイケメンは顔だけじゃなくて性格までイケメンだった。高校生にもなって恥ずかしいけれど、やはりこんな状況下で頼れる人がいるというのは安心する。
 頭をポンと撫でられて、その大きな手の感触に肩の力が抜けた。
「大丈夫だユキ。俺がお前をトップアイドルにしてやるからな」
 いや、その心配をしてたわけじゃないんだけどもね??
 しかし、この部屋から出られないのにアイドルを目指すとは。首を傾げていると、隣でゴトリと固い音がした。パソコン一式とカメラと音声を拾う為だろうか、見た事も無いようなゴツいマイクまである。
「魔界にもパソコンとかあるんだね」
「お前たちの世界よりもやや発展しているが、基本的には生活に大差はないな。ふむ、現行モデルとは中々ザリーヌ神も太っ腹だな。インターフェースも一流メーカーのものだし……」
 機械には疎いがヴァルドさんは詳しい様だ。ここは任せたら良いのだろう。これはあれか? 配信系のアイドルをやったらいいいのだろうか。僕みたいなどこにでもいるような男がやって再生回数が稼げるのかは分からないけど。
「編集ソフトも入っているし……よし。これなら配信できるだろう。ユキいいか、まずはネットアイドルを目指す」
「は、はい」
 ヴァルドさんの目がやけに真剣なのは気のせいだろうか?
「そしてある程度の地位を築けたらきっとこの部屋を出られる。そしたらメディア露出を増やして各番組に出演しよう。ゆくゆくは魔界ドームでソロライブを出来るほどに成長させていきたい」
「はへ?」
「握手会はプレミア価格で極小人数でやろう。アイドルを万人に触れさせるなど愚の骨頂、アイドルとは消費させるものではない、消費を促す存在でなくては。俺が――いや、神がついているからにはトップアイドルにしてみせよう」
 まてまてまて? この部屋を出るためにアイドルになるのでは? アイドルになるためにこの部屋を出るんじゃないぞ? 平凡なだけの俺がドーム? 番組出演? 何を言っているんだろうヴァルドさんは。
「日本のドルオタである俺が付いている時に、ユキにこの神託が下されたのはきっと運命なのだろう。神だけじゃない、俺の全ての知識と経験、そして権力を使ってお前を一流アイドルに育て上げてやるからな!」
 なんということでしょう。この美しい魔人は、アイドルオタクだったようだ。
 僕がぽかんとしていると、後からクツクツと笑い声が聞こえた。
 この部屋にいるのは僕と、そしてヴァルドさんだけのはずなのに。
 そのおかしさにヴァルドさんも気がついたらしい。ほぼ同時に振り返ると、そこには赤髪の男の人と、その腰を抱くようにして立つ銀髪のイケメンが立っていた。
「あっは、凄いな、あの子の悪ふざけに律儀に付き合ってあげてるのかい? 初めまして人の子とその運命。僕はテイル。こっちは僕の大切なシヴァンだよ」
 テイルと名乗った銀髪の男性は、赤髪のシヴァンを抱き寄せつむじにキスをした。
 大切……大切って、そういう意味で!?
 ドキドキしながら二人を見ていると、隣から硬質な声が上がった。
「……何者だ」
 警戒した声で、ヴァルドさんが問いかける。それはそうだ、僕たち以外は誰であろうと出入りできないはずだ。そう神様が決めたと、さっきヴァルドさんが言っていて。
「と言うことは、神様?」
 神様の作った空間なら、神様が自由に出入り出来るよね?
 僕がそう問いかけると、テイルはニコリと微笑んだ。
 だけどそれはヴァルドさんが即座に否定する。
「いや、神々は我々の前に姿を現す事などない。貴様らは何者だ」
 食ってかかる言い方に、彼らは気分を害した様子もない。いや、赤髪の男性は酷く苛立った様子だけど。こちらを射殺さんばかりに見つめてくる。
 怖くて思わず傍にいたヴァルドさんの袖を掴む。
「ええっとね、僕もね神サマってやつなんだよね。この世界を治めてる一柱なんだけど、愛を司ってるからどうにも認知度が低いんだけど。あっ、その目はまだ疑ってる? やだな、証拠見せるね、ほら」
 神様だと急に言われても、信じられる訳がない。
 だけとテイルが腕を振り上げると、真っ白だった空間が突然星空に変わった。無数の流れ星が輝き、消える。その美しさに僕はぽかんと口を開けた。
「綺麗でしょ。これくらいならあの子の作った空間でも干渉できるんだよ。そもそもこの空間に、神様じゃなかったら入って来れないのはそっちの子も知ってるでしょう?」
 ヴァルドさんは押し黙った。
 つまり、本当にそうなのか。目の前にいるのは本当に神様――?
「そう。ごめんね、うちのザリーヌ――ああ、このタチの悪い仕組みを作った神なんだけど。ザリーヌには後でよく言って聞かせるから。僕たちは僕たちで、別の目的があって君たちに会いに来たんだ」
「目的……?」
「実は僕たち、異世界を繋ぐ縁結び相談所って言うのをやってて――わ、やめて、そんな胡散臭そうな目で見ないで」
 急にセールストークみたいなのをぶち込まれたら、そりゃ胡散臭くも見えちゃうよ。隣のヴァルドさんも、僕と全く同じような表情をしている。
 困った表情をするテイルとは裏腹に、隣に立つシヴァンはこちらに食ってかかかる。ええっと、この人も神様なんだよね? こういう柄の悪い人、学校にもいたなあ。
「おい、黙ってりゃお前ら、テイルを前に生意気過ぎるんだが? 神だぞ? あン?」
「わあ、すいませんすいません! ええっと、その縁結び相談所っていうのは何ですかっ」
 迫力のある顔面を近づけてくるのは、赤毛の神様――シヴァンさんだ。慌てて敬意を表してみると、フンと鼻を鳴らされる。
 血気盛んなシヴァンさんを、テイルさんは後ろから「大人しくしてね」と言って抱きしめた。言われた通りに大人しくなるのだから、テイルさんはまるでドッグトレーラーのようだ。
「この世界は複数の神に管理されてるんだけどね、その一柱がイタズラ好きのザリーヌなんだ。まああの子にも困ったものだけど、幸か不幸かこうして運命を引き合わせてくれたんだから、悪く無かったといえばそうなんだけど……」
「いや悪ぃだろ。イタズラに魔獣放つのはどう考えても悪ぃだろ」
 マトモそうに見えた銀髪のテイルさんだけど、感覚はどうも人間と違うらしい。むしろ好戦的だと思った赤髪のシヴァンさんの方が、やけにまっとうな意見を述べているのは不思議な気持ちだ。
「それで、お二人は何を目的にいらしたのでしょうか」
 そうヴァルドさんが聞くと、神様たちは顔を見合わせ、そしてこちらを向いて微笑んだ。
「僕はね、愛の神なんだ。一つの運命が結ばれたとき、僕の力が増す。今回は全部お膳立てされてたからね、ちょっと様子見に来てみただけなんだよ」
「お膳立て……?」
 僕とヴァルドさんはほぼ同時にそう呟いた。
 何をお膳立てされているというのだろうか。いま僕たちは別の神様によって隔離されて、無理難題をふっかけられているわけなんだけど。
「あの――?」
 疑問を口にしようとしたところを面倒くさそうな声で遮られた。
「あーもういってテイル。帰ろうぜ。これは遠くないうち纏まるだろ。ほっといていいだろ」
「そうかな? ああっ、ひょっとして調子が悪いのかいシヴァン! 帰ろう、今すぐに!」
「いやそういう訳じゃねえけど……まあそれでいいや。んじゃ、人の子、頑張れよ。えーっと、アイドルだっけ? お前も大変だな」
 心底不憫そうな顔でそう哀れまれた直後、二人の姿はスッと消えた。
「う、うわああああそうだったあああ……!」
 忘れていた、忘れたかった。僕がこの部屋を出るためには、アイドルとして活動しなければならないのだ。見た目も才能もパッとしない、ただの平凡な学生の僕が。
 がくりと項垂れる僕の肩を、ヴァルドさんは優しく叩く。
「神が直接励ましてくださったのだ。頑張ろうユキ。私も全力で支援すると誓う」
「やる気を出さないでえええええ」
 そうじゃないんだよおおおおお……。
 神様っていったって、ここに閉じ込めた神様とはまた違うんでしょ?
 その癖何か面白がってたし……。僕の周りには碌な神様がいないことに絶望しながら、こうして僕の魔界初日は過ぎて行ったのだった。

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