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僕が魔界でアイドルに!? ~水戸ユキヤスの話①~
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いつもと同じ教室で、いつもと同じ先生の授業を聞く。
日本史の授業は暗記しろと言われると途端に苦痛になるんだけど、難波先生の授業は雑談が多くて聞いていて楽しい。
「――という訳だ。そこで魔界との交流が始まった経緯があるんだが、当時の大統領が気に入らなった魔界のお偉いさんが、窓口を日本に決めたものだから。そりゃあ大変だったんだぞ」
「せんせー! 魔人がアキバ文化に興味があったから窓口が日本になったって、本当ですかあ?」
「うん? ああそれは有名な都市伝説だがわからんなあ。なんせ魔界とのゲートが偶発的に開いてまだ20年足らず、魔界とのゲートも基本的にあちらからしか開かれないし、まだまだ謎が多いんだよなあ」
そう言って顎をぽりぽりと掻く難波先生は、小奇麗にしたらモテそうなのにいつもぼさぼさとだらしない恰好をしている。いや、それでも目ざとい女子あたりは先生を追い掛けたりしているけれど、当然のように先生は適当に受け流している様子を何度も見た。
魔界。それは僕が生まれる前には二次元ファンタジーと言われていたらしい。外国のとあるところで偶然開いたゲートから魔物――魔界の異形動物――が現れた時にはパニックだったらしい。そしてそれを追いかけて、知性ある魔人が現れた時にはそれは別の意味で混乱を極めたとか。
「たまに日本政府と会談している情報しか、我々一般人には提供されんからなあ。いやそれにしても魔人は美形揃いだ。まさに人間離れしているな魔人は」
先生が言う通り、魔人は人とよく似たカタチをしているにも関わらず大変美しい。北欧を思わせる彫りの深い整った顔立ちが、より研ぎ澄まされたような……ある宗教家は神のような美しさだと讃えて悪魔信仰かと大問題になったと聞いている。
今はキチンと魔人は悪魔とは同列ではないと教育されているが、それくらい昔から人を惑わす魅力があるのだ、魔人は。
「先生も一度魔人に会うのが夢なんだ」
教職員すら虜にする、魔人。滅多に地球と交流せず、たまに魔物が漏れ出て討伐して帰る。そしてその魔物はどうも地球のいくつかの難病に効くとかで、年に一度あるかないかの魔物の出現を、各国はソワソワと待っているらしい。
まあ、僕にとっては遠い外国のような話で、今日も一階の教室から見える校庭は平和だ。
「よーし、じゃあここテストに出すからな!ちゃんと覚えておけよ」
ぼんやりと窓の外を見ていた僕はその一言で我に返る。慌てて握っているだけだったシャープペンを持ち直して、板書された内容をノートに取ろうとしたその時。
僕と同じ窓際の席の生徒が一人、二人と騒ぎ出した。おい、あれ……、そんな声に導かれるまま外に視線を向けて絶句した。
「なに……? 黒い……モヤ……。まるでゲート、みたいな……」
「ゲート……ゲートだ!」
「嘘ぉ!逃げなきゃ!」
あの黒いもやもやが本当にゲートだとすれば十中八九、あそこを通して魔物が現れるからだ。地球上の銃も刃物も毒すら効かない生き物が。
教室は一気に平静さを失った。
そしてそれは他のクラスでも同様だったようで、授業中だというのに廊下に逃げようとする生徒達で一気に校内が騒がしくなった。
「押さない、駆けない、喋らないだぞ! いいか!みんな落ち着いて体育館に避難しろ!」
難波先生の声も、半狂乱の生徒達には届かないらしい。ぎゃあぎゃあと我先にと出ようとする生徒で廊下はいっぱいのようだ。窓際の席の僕は教室のドアにも遠い、ただ自分の席で現実感のなさに呆然としていた。
「……っ魔物だ――!」
誰かのその声で、一部の生徒は教室内に戻って窓際に張り付く。モヤの中からゆっくりと、四足歩行の大型獣が出てくるのが見えた。玉虫色のぬるりとした質感の皮膚、背中には無数のイボが付いていて、ぱっくりと割れた口からはダラリと舌が垂れている。目は陸に上がった深海魚のように飛び出していて、どう表現しようにも酷く醜く恐ろしい。
ゆっくり、ゆっくりと歩いてくる魔物。テレビの向う、教科書の向うでしか知らなかった存在が僕の日常に浸食してきた。
夢じゃないかと思うほど現実味はないけれど、遠くで悲鳴を上げる女性徒の声が妙にリアルだ。僕と同じようにどこか他人事のように感じているのか、何人かの男子は興奮した様子で窓際でスマホを構えている。
「うっわきっも……! なあこれアップしたら再生数稼げるんじゃねえ?」
「いやその前にテレビ局に売ろうぜ」
「すげえっ! え……」
昂ぶった様子の生徒の声が、途中で途切れた。何だろうと思う間も無く僕の体に強い衝撃が走る。次いで窓ガラスの割れる音と体に走る激痛。
「……っあ……!?」
声を出そうとして、肺から何かが押し出される。机を汚すそれは自分の血液で、僕の腹に突き刺さるぬるりとした物はあの魔物の舌ではないか。だけどそれ認知する前に、僕の意識はそこで途切れた。
日本史の授業は暗記しろと言われると途端に苦痛になるんだけど、難波先生の授業は雑談が多くて聞いていて楽しい。
「――という訳だ。そこで魔界との交流が始まった経緯があるんだが、当時の大統領が気に入らなった魔界のお偉いさんが、窓口を日本に決めたものだから。そりゃあ大変だったんだぞ」
「せんせー! 魔人がアキバ文化に興味があったから窓口が日本になったって、本当ですかあ?」
「うん? ああそれは有名な都市伝説だがわからんなあ。なんせ魔界とのゲートが偶発的に開いてまだ20年足らず、魔界とのゲートも基本的にあちらからしか開かれないし、まだまだ謎が多いんだよなあ」
そう言って顎をぽりぽりと掻く難波先生は、小奇麗にしたらモテそうなのにいつもぼさぼさとだらしない恰好をしている。いや、それでも目ざとい女子あたりは先生を追い掛けたりしているけれど、当然のように先生は適当に受け流している様子を何度も見た。
魔界。それは僕が生まれる前には二次元ファンタジーと言われていたらしい。外国のとあるところで偶然開いたゲートから魔物――魔界の異形動物――が現れた時にはパニックだったらしい。そしてそれを追いかけて、知性ある魔人が現れた時にはそれは別の意味で混乱を極めたとか。
「たまに日本政府と会談している情報しか、我々一般人には提供されんからなあ。いやそれにしても魔人は美形揃いだ。まさに人間離れしているな魔人は」
先生が言う通り、魔人は人とよく似たカタチをしているにも関わらず大変美しい。北欧を思わせる彫りの深い整った顔立ちが、より研ぎ澄まされたような……ある宗教家は神のような美しさだと讃えて悪魔信仰かと大問題になったと聞いている。
今はキチンと魔人は悪魔とは同列ではないと教育されているが、それくらい昔から人を惑わす魅力があるのだ、魔人は。
「先生も一度魔人に会うのが夢なんだ」
教職員すら虜にする、魔人。滅多に地球と交流せず、たまに魔物が漏れ出て討伐して帰る。そしてその魔物はどうも地球のいくつかの難病に効くとかで、年に一度あるかないかの魔物の出現を、各国はソワソワと待っているらしい。
まあ、僕にとっては遠い外国のような話で、今日も一階の教室から見える校庭は平和だ。
「よーし、じゃあここテストに出すからな!ちゃんと覚えておけよ」
ぼんやりと窓の外を見ていた僕はその一言で我に返る。慌てて握っているだけだったシャープペンを持ち直して、板書された内容をノートに取ろうとしたその時。
僕と同じ窓際の席の生徒が一人、二人と騒ぎ出した。おい、あれ……、そんな声に導かれるまま外に視線を向けて絶句した。
「なに……? 黒い……モヤ……。まるでゲート、みたいな……」
「ゲート……ゲートだ!」
「嘘ぉ!逃げなきゃ!」
あの黒いもやもやが本当にゲートだとすれば十中八九、あそこを通して魔物が現れるからだ。地球上の銃も刃物も毒すら効かない生き物が。
教室は一気に平静さを失った。
そしてそれは他のクラスでも同様だったようで、授業中だというのに廊下に逃げようとする生徒達で一気に校内が騒がしくなった。
「押さない、駆けない、喋らないだぞ! いいか!みんな落ち着いて体育館に避難しろ!」
難波先生の声も、半狂乱の生徒達には届かないらしい。ぎゃあぎゃあと我先にと出ようとする生徒で廊下はいっぱいのようだ。窓際の席の僕は教室のドアにも遠い、ただ自分の席で現実感のなさに呆然としていた。
「……っ魔物だ――!」
誰かのその声で、一部の生徒は教室内に戻って窓際に張り付く。モヤの中からゆっくりと、四足歩行の大型獣が出てくるのが見えた。玉虫色のぬるりとした質感の皮膚、背中には無数のイボが付いていて、ぱっくりと割れた口からはダラリと舌が垂れている。目は陸に上がった深海魚のように飛び出していて、どう表現しようにも酷く醜く恐ろしい。
ゆっくり、ゆっくりと歩いてくる魔物。テレビの向う、教科書の向うでしか知らなかった存在が僕の日常に浸食してきた。
夢じゃないかと思うほど現実味はないけれど、遠くで悲鳴を上げる女性徒の声が妙にリアルだ。僕と同じようにどこか他人事のように感じているのか、何人かの男子は興奮した様子で窓際でスマホを構えている。
「うっわきっも……! なあこれアップしたら再生数稼げるんじゃねえ?」
「いやその前にテレビ局に売ろうぜ」
「すげえっ! え……」
昂ぶった様子の生徒の声が、途中で途切れた。何だろうと思う間も無く僕の体に強い衝撃が走る。次いで窓ガラスの割れる音と体に走る激痛。
「……っあ……!?」
声を出そうとして、肺から何かが押し出される。机を汚すそれは自分の血液で、僕の腹に突き刺さるぬるりとした物はあの魔物の舌ではないか。だけどそれ認知する前に、僕の意識はそこで途切れた。
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