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ツガイ ~社畜・遠藤アキヒコの話③~

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「いつまで寝てやがる!」
「……っぐあ!」
 腹を踏まれ、その衝撃に目を覚ます。うっかり普段の生活下であると勘違いしてしまったが、俺はまだ異世界にいたらしい。そしてこいつらは人を起こす時に、何故暴力を振るうのか。ズキズキと傷む身体をさすりながらも、次の攻撃を受けないためにもさっさと立ち上がった。
 そういえば、昨日のあの少年はどこに行ったのか。聞いてみたいけれど、目の前の男はいかにも気が短い様子だ。縄の付いた首輪をグイと引っ張られて外に連れ出される。引きずる鉄球が皮膚を擦り、歩く度に激しい痛みが襲ってくるが、歩を緩めれば何をされるかわからない。歯を食いしばりながら男の歩調に合わせた。
 外はとっくに日が高かく、こんな環境で我ながら厚かましく寝られたものだと感心する。
 砂埃の舞う村の中を抜け、俺はどこに連れて行かれるんだろう。
「よかったなあ? お前の買い手が付いたぜ。バラバラにされるか、とんでもない金持ちのコレクションにされるか……まあ、黒髪黒目で良かったな。もし平凡な男なら、今頃殺されてるかアイツみたいに死ぬまで奴隷だ」
「アイツ?」
 思わず聞き返してしまって口をつぐむ。また殴られてしまうのではと身体を固くしていると、男は機嫌がいいらしい。殴らないどころか返答までしてきた。
「お前んところに飯を持って行かせただろう。あのチビだ。あいつもこの辺で拾ったんだがな、最初は身なりのいいガキで売ろうかと思ったんだが……アイツを売ろうとする度おかしな事が起きやがる」
 この村の子供では無いと思ってはいたがあの少年も、どうやら俺と同じようにこの男に拾われてしまった子供のようだ。
「突然嵐が来たり、人買いのやつらの馬車が崖から落ちたりな……そのせいであのチビを買い取ろうとするヤツはもういねえんだ。とにかく気味の悪いガキだ。大して何もできねえチビだが、大人顔負けの力はあるからな……。なんでこの村に居座るのかはわからねえが、仕方なしにこの村に置いてやってンのよ」
 ああそういえばあいつ朝から見かけねぇなと、男は独り言のように呟く。
 確かに抱きしめて寝たはずのあの子は、今朝は村の中にさえいなかったのだろうか。今になって逃げたのだろうか、この鉄球を付けてよく歩けると感心する。俺はもう歩きたく無い程に、痛みが全身に回っているというのに。
「まあ、この辺なら村からも見えねえし、悪くねえだろ。おい」
「うっ……」
 首輪を強く引かれて、這いつくばる形で地面に倒れた。ボコボコとした木の根が身体のあちこちに当たって痛い。あー絶対これどっかから血が出てるだろうな。そう考えていると上から男がのしかかってくる。
「は……?」
「出荷前の味見だよ、味見ぃ。見た目よりも高く売れる理由があるんじゃねえのか、黒髪黒目にはよお。具合がイイ、とかな。なあに、男なら処女だろうが非処女だろうがバレねえだろう」
 いやいやいやいや、俺がいつ自分の処女性の心配をした!? してないからな! ベルトを外そうとして四苦八苦しているいかつい男を、どうやったら倒せるか考えて、すぐに諦めた。
 いや、こんな大男を倒すのは無理だろう。運良く逃げられても土地勘が無い。いやいや、だからと言って犯されるのは勘弁してくれ。百歩譲って俺が突っ込む方ならば……いやいやいやいや、こんな男相手には勃ちません。
 そしてベルトのバックルにこんなに感謝したことがあっただろうか? この世界にはベルトが無いのだろうか、外せなくてイライラしている様子が少し面白い。まるで貞操帯のように俺を守ってくれる……洋服の紫山でサンキュッパだったそれに、俺は感謝を捧げた。
「くそが……!」
「……っ⁉」
 一瞬の間を置いて、顔がジンジンと熱く痛んだ。
 殴られたのだ。苛立つ様子の男は呆然とする俺に向かってニヤリと笑い、その汚れたズボンをずるりと下ろすと、勃起したモノを取り出した。
「ひ……っ」
 俺が犯されるなんて、笑い話だと思っていた。なんだかんだいって他人ごとのように感じていたのに、それが突然実感として眼前に突きつけられる。この男は俺を陵辱しようとしているのだと、俺の人権などこの世界ではないのだと。
「……っ、やめろ……、っう」
 息が、詰まる。呼吸が苦しい。大きく息を吸おうとしても、全く酸素が肺に入ってこない。陸の上にも拘わらず、溺れていくようなこの状態には覚えがありすぎる。発作だ。
「おとなしくしてりゃ可愛がってやってもいいぜえ」
 胸を押さえて苦しむ俺の目の前に、男の汚い陰茎が突き出された。舐めろという事なのか、だが今はそれどころでは無い。平時でもまっぴらごめんだが、それ以上に今は呼吸が、できない。呼吸をどれだけ繰り返しても、脳に酸素が回らない。
「おら、さっさと――なんだ……っ!?」
「――な、に……っ?」
 突然爆風が吹き荒れ、男の身体が俺から離れた。
 もちろん簡単に吹き飛ばされるような華奢な人間では無い。
「ぐあ……っ!?」 
 木の幹に身体を打ち付けたらしい男が、潰れたカエルのような声を上げる。俺はと言えば、今一体何が起こっているのか理解が出来ていない。
 だけど男が離れたせいなのか、突然呼吸が楽になる。こんな風に一瞬で発作が改善することなど殆ど無いのに。
「……っ、はあ……っ、――?」
 気配を感じて顔を上げると、そこには一人の男が立っていた。
「アキ、迎えに来るのが遅くなった。すまない怪我は無いか。あいつは殺しておいたらいいか」
「いやいやいや、殺すのは駄目でしょ人として」
 反射的にそう答えるが、俺の前で手を差し伸べるこの男は何者だろうか。無意識に手を伸ばすと、その手を強く引き寄せられ、抱きしめられた。
「ちょっと何……」
 離れようとするのに身体がびくとも動かない。なんて馬鹿力だ。
 だけどその大きな手が、俺の背中を優しく撫でさする。その感触が不思議と気持ちよく……、そしてその手が動く度に、胸を押しつぶす苦しさが治っていく。
 良い匂いがする……ってそうじゃない。
 少し桃色がかった短髪は襟足が刈り上げられていた。質が良いだろうかっちりとした異国の服は日本人では着こなせないほど華やかで、だけどそのカラフルな色調が、不思議とその大柄な体躯によく似合っている。
 その上3Dですかと言いたくなるほどの現実離れした美形が、なんで今、俺を抱きしめている? まるで愛おしいと言わんばかりのその瞳の色は綺麗な緑色で……そしてその色には見覚えがあった。
 昨日のあの、小さな子供だ。
「うんんん???」
「運命の番いと出会えた影響か、今朝身体が突然成長していたんだ。お前と出会うために予言された村でずっと待っていたが、まさか出会えた途端に急に成体になれるとは思っていなかったからな。全裸では愛をこいねがえないと、一旦城へ戻っていたのだが……先にあの村を全滅させておくべきだったか? 我がアキに手を出すとは」
「いやいやいやいや、全滅、だめ、絶対」
 何でこの人すぐ不穏な事を言うのか!? 怖いやめてくれよ こっちは企業戦争しかない平和なニホンで育ってるだからな!
 美形はパッと俺の顔を見つめ、一瞬目を見開いたと思うと、恥じらうように頬を染めて目を背けた。なんだ、なんだ、どこの乙女だお前は。
「俺の番いは優しいな……。そんなところもいい」
「つがいとは」
 さっきから連呼されるそれは、ひょっとして、ひょっとして?
「俺の運命。俺の唯一。魂の半分。それが竜人の皇子たる俺の伴侶、アキのことだ」
 あっれー神様、この人男だけど? それともムキムキの女の人? んな訳ないよねえええ?? 運命の相手のところに送るって言ってたけど、性別間違ってない~? どうなってんのおおお?
「長かった。竜人の王族は番いと出会わなければ成体になれない。お前を待ちわびて早数百年、神託に従ってあの村でずっとアキを待っていた。出会った瞬間にわかったぞ……お前は……俺の番いだと」
 熱を孕む瞳が、すうっと細められる。ドキリと心臓が高鳴るのは何故なのか。愛しげにその手が頬に触れるだけで、顔が赤くなる。あれ、なんだこれは。
 イケメンが顔を寄せてくる。何をされるのか分からないほどウブな訳じゃない。さっきの男に同じ事をされていたら頭突きをかまして逃げていただろう。
「ん……」
 そうすることが自然なのだと、そう錯覚するほどナチュラルに、俺は瞳を閉じてその唇を受け入れた。男同士である違和感などそこには何も無くて、触れた柔らかさが心を満たしてくれるような気持ちにすらなった。
 薄く開いた唇から、するりと彼の舌が侵入してくる。
「ふ……っン」
 舌先が口内を弄る。思っていたより嫌じゃ無い。それどころかこの口づけを愛しく感じてしまうのは、確かに神様の言う運命の相手だという証なのか。頬にかかるその長い髪の毛の感触すら、ゾクゾクとした快楽を生み出した。
「ンン……」
 何故か甘く感じるその唾液を飲み込んだ。
「愛してる……アキ」
「ちょ、おま……えええええ!?」
 さっきまで男が格闘していたはずのベルトが、まるで魔法のように外れてズボンごと落ちる。なに、なにこれ!
「さあ番おうか」
「動物かあああああ!!」
 あまりに即物的なその行動に、頭をスパンと叩いてしまった。
「……何か問題でも?」
「問題大ありだろうが! おま、お前ええええ!」
 きょとんと首を傾げるその動きが可愛い……ってそうじゃない! 早くもほだされそうになってしまう、くそ、悔しいけれど運命の相手だというのは本当なのかもしれない。男同士だとか、そもそもこいつ誰だよとか、突っ込みたいことは山のようにあるにも拘わらず、この相手を甘やかしたくて仕方ない。
 元の世界に未練はない、運命の相手と言われてすぐには納得は出来ていない。だけど不思議とこの男の隣は呼吸がしやすい。それだけでもここにいる価値はあるような気がした。
 こうして俺は、無事に神様たちの導きによって運命の相手と出会えたのだった。

~つづく~
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