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1巻
1-3
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ついに今日、龍人の姫と対面する。そして予定では明日、城内にある小さな神殿で挙式をする予定だ。だが騎士が僕を急かすのは別の理由があった。
本日午後に到着を予定していたはずの龍人国の客人たちが、既に貴賓室で待機しているのだ。
そのせいで城内は一時騒然となっていたらしい。
なぜなら彼らはわずかな人数で、それも龍の姿で城内の中庭に降り立ったのだ。龍人との婚姻は極秘扱いだったこともあり、初めて見る龍の姿に恐怖で失神した者もいたと聞く。
幸か不幸か、僕はその時湯あみをさせられていたせいで現場は見ていない。ただいくつもの悲鳴が遠くから聞こえ、世話をしていた侍女たちも落ち着かない様子だった。その後しばらくすると騎士が飛び込んできて、早急に支度をと急かされたという訳だ。
突如現れた龍人たちを迎えるために、王である父は予定を変えて既に彼らと面会をしているらしい。僕はやや遅れて、彼らの待つ部屋へと急ぎ足で向かっているのだ。
「扉を」
父と龍人たちが控えている貴賓室の前に立つと、騎士たちの手で扉が左右に開かれた。
窓の多い室内から、眩しい日差しといくつもの視線が注がれるのが分かる。
「お待たせしました。ニヴァーナ王国第二王子、イル=ニヴァーナが参りました」
片膝をつき、深く礼をした後、顔を上げる。この国で王に対する敬礼だ。
顔を上げた先の父は準礼装に身を包み、なぜか苦い顔をしていた。さすがの父も、初めて出会う龍人に怯えがあるのかもしれない。
広い室内には複雑な模様の絨毯が敷かれ、中央にあるテーブルには巨大な花器が置かれていた。
瑞々しい花々は、この日のために用意されたことが窺える。
チラリと見えた人影は少なく、そのうちのどれかが僕の妻になる女性なのだと思うと、緊張も高まっていく。
「来たな、イル。こちらへ座りなさい」
声を掛けられて気が付いたが、父の隣に座るのは初めてかもしれない。婿入りの時になって初めて親子としての距離を得るとは、人生はなんとも分からないものだと苦笑した。
長いテーブルの前で父の従者が椅子を引いた。促されるままそれに腰を下ろすと、隣にいる父からかすかなため息が聞こえた。
大ぶりの花が活けてある巨大な花瓶を挟んで、向こう側にいるのが龍人たちなのだろう。
視界をふさぐ花を避けるように頭を動かし、僕の妻となる姫へと視線を移す。
「え……」
覚悟はしていた。
龍とは醜い獣のような、口が裂けた姿かもしれないと想像していた。
だけどそこに座っていたのは化け物じみた外見でもない、わずかに長い耳だけを除けばほとんど人間と変わらない女性だった。いやむしろ、今まで見たどの人よりも可憐で愛らしい。
少し癖のある赤毛を短く整えて、同色のくりっとした瞳は長い睫に縁取られている。誰が見ても見惚れてしまうような可愛らしさに一瞬拍子抜けする――けれど。
「こ、子供……⁉ こんな小さな女の子が、僕の、婚約者なのか⁉」
年はまだ十三にもならないくらいだろうか。美少女は襟が詰まった異国の赤い服に身を包み、澄ました顔で座っている。
この子供が僕の、妻になる!?
どの国も女性の王族は結婚が早い傾向があるが、だからといってこれはないだろう。
僕の慌て方を見て、少女は落ち着いた様子で咳払いをした。それからにっこりと彼女が微笑むと、それだけでまるで花が咲いたように周囲の空気が和らいだ。
そしてその小さな唇を、ゆっくりと開く。少女にしては少し低めの声だ。
「初めましてイル=ニヴァーナ王子。私はお世話係の赤龍、ホンスァと申します」
「え。君が婚約者では、ないの」
安堵したような、肩透かしを食ったような。そんな心境で思わず呟くと、少女改めホンスァは、気を悪くした様子もなく微笑みを絶やささず言った。
「なんて畏れ多い。私なぞが王子の結婚相手なんて」
首をやや傾げて、口元に手を添える品のある仕草は、お世話係と自称しなければどこぞの姫君だと言われても納得できそうなものだった。よく見れば、爪も色鮮やかに染められている。
「そしてこちらが、貴方様の婚約者であられるタイラン様です」
「は――?」
こちらが僕の婚約者、だって?
少女が膝から何かを抱え上げたまま、席を立つ。
それは少女の腕の中に収まる程度の大きさであり、渦を巻くようにして丸まった――
「……ヘビ?」
艶のある真っ黒な鱗に覆われた身体には、良く見れば頭部から尾にかけて同色のたてがみのようなものが生えている。さらにマジマジと観察すると、鷹のような鋭い爪もあり、言った直後に自分の失言に気が付き口元を押さえた。
ヘビではない。これがきっと、龍だ。
「龍でございます、イル様。たとえ結婚相手とはいえ、御言葉にはお気を付けください。本来であればそのようなことを龍人族の前で申しましたら、龍の吐く炎で焼かれても文句は言えませんよ」
コロコロと笑うホンスァだったが、目は笑っていない。やはりこれは失言だった。
吐くのか、炎を。
君が? それともその長い身体の龍が?
「す、すまない。その、知らなくて」
「ちなみに私は雄。こう見えても成人男性です。これだけ愛らしい外見ですので勘違いなさるのは致し方ありませんが、こちらも併せてお気を付けくださいますよう」
さらに衝撃的なことに、子供にしか見えない彼は成人男性だと言う。
小さくて可愛い少女、もとい少年はどうやら見た目通りの人物ではないらしい。こんなことを言うのは失礼かもしれないが、儚げな外見に似合わず随分しっかりした人だと冷や汗をかく。
それではその彼が膝に抱える龍は一体、どのような人物なのだろうか。
「陛下も。いい加減ヒト型になってください」
ホンスァはペチペチと、静かなままの龍の胴体を叩く。
そんな風に叩いて良い相手なのか? いやそもそも、ホンスァは、この龍をなんと呼んでいた?
「陛下。黒龍陛下。そろそろ重いんですけどぉ? 照れてるんですかぁ?」
その言葉にハッとして、思わず隣の父に叫んだ。
「な……黒龍陛下⁉ 父上、どういうことですか⁉ 結婚相手は貴族の姫だと言っていたではありませんか! 女王陛下がお相手だなんて、聞いていません! まさか僕が、王配になるんですか⁉」
狼狽える僕を前に、父は苦々しげな表情で首を横に振る。
「さっきからお前は。少しは落ち着かぬか、客人の前で情けない」
「ッ、申し訳ございません」
父の叱責に居住まいを正したものの、僕は一般的な婿入りの用意しかしていないのだ。王配ともなればまた違う勉強も必要だっただろうに、誰もそんなことは教えてくれなかった。
「お前の相手は龍人国の頂点、黒龍陛下だということだ。それはこちらも今の今まで聞いておらぬ。先ほど知ったばかりで困惑しているのは皆同じ。とはいえお前の結婚は違えられん。わかるな?」
その言葉にこくりと頷く。
この婚姻は、国と国の結びつきだ。新たな戦争を回避するための、交渉手段でもある。
つまり相手が誰であろうとも、いや龍人の王が相手ならば尚更、この結婚話を取りやめることはできないと、さすがの僕だって理解している。
「取り乱してしまい、申し訳、ございませんでした」
ゆっくりと息を吐き、乱れてしまった呼吸を整える。
相手が誰であろうとも、僕がすることは一つだけ。この国の王族として政略結婚をする。僕の役割は変らないのだから、慌てることは何もない。
「それと、お前の相手は女王ではない」
「え……?」
父は僕を見ないままそう呟くと、眉間に寄せる皺を深くした。苦虫を噛みつぶしたようなその態度は、全てが想定外だと雄弁に告げている。
しかし僕だって、父の言っている意味が分からない。
陛下と呼ばれる人物が結婚相手なのに、僕の相手は女王ではないと言うのだ。龍人国は、何か特殊な貴族制度が存在するのだろうか。
そう考えていたところに突然、張りのある低音が耳に滑り込んできた。
「結婚相手が男とは知らなかったのか、イル王子」
声のする方へと視線を向けると、そこにはすらりとした背の高い男が立っていた。見た目は二十五から三十手前程度だろうか、長く癖のない黒髪を後ろで三つ編みにして、同じく真っ黒な異国の詰め襟、確かこれは旅行記には長袍と書かれていた、龍人国特有の服を着ていた。
そして僕を一瞬だけ見たその顔に、僕の視線は釘付けになった。いや、僕だけじゃない。突然この部屋に現れた、神が手ずから創ったような美しい顔に全員が目を奪われる。
女性のようではなくむしろ男性的だというのに、こんなにも美しいという形容詞が似合う人物を、僕は今まで見たことがない。兄も美形だと騒がれているが、恐らくこの人の隣に立った途端に霞のように存在感を消してしまうだろう。
特異なのは容姿だけではない。周囲を圧倒する強烈なオーラにも思わずひれ伏してしまいそうになる。
端麗なその容姿と、甘く響く低音の声は支配的で、その全てで彼こそがこの空間の統治者なのだと理解させられる。
僕を含めた周囲の視線をよそに、男性は優雅に椅子に腰掛ける。その所作は指の先まで美しく、洗練された立ち居振る舞いだ。
「ホンスァ、うちの外相たちはどうなってるんだい」
「さあ~? すみません、私まだ小さいのでちょっと分かりかねますね」
「はあ……ホンスァ、お前ももういい歳だろうに、いつまでも若ぶって」
「煩いですよ、陛下」
軽快な二人のやりとりに、僕は口をぽかんと開けるしかなかった。
目の前にいる華やかな二人。そのうちの一方の男性に向かって,ホンスァは今なんと言った?
「こくりゅう、へいか……? 黒龍陛下、ですって? 貴方が?」
男は僕を見て、にこりと笑った。隣で額を押さえている父が視界に入る。
僕の結婚相手は『陛下』だが、『女王』ではないと言っていた。
女王陛下ではなくて、陛下。その矛盾が今あっさりと、綺麗に晴れてしまったのだ。つまり。
「そうだよイル王子。私の花嫁」
黒龍陛下は自分の胸元に手を当てて、放心する僕に優雅に言い放つ。
「ぼ、ぼくが、はなよめ……? う、うそ、僕は男なんかと、結婚しなきゃいけないのか⁉」
政略結婚は許容できる。それが他国の人間であろうと――龍人だろうと。だけどそれがまさか相手が男性だなんて思いもしないだろう!
我が国では同性愛への理解はまだ浅く、僕の身近でもそんな話は聞いたことがない。異性婚が常識であるこの国で、同性結婚だなんて前代未聞だ。
「なんで、お、男なんかと……っ」
「イル。言葉を慎め」
父の叱責も、もはや右から左へと通り過ぎる。
しかも僕が、花嫁? ウエディングドレスを着るのは、男の僕なのか?
ドレスを身に纏う滑稽な自分の姿を想像して寒気がした。男の腕に手を添えて歩き、人々に嘲笑される自分の姿が目に浮かぶ。
「イル王子、勘違いしないでおくれよ」
「へ……え?」
黒龍陛下はそう言うと、スッと僕の顎を指先で上げた。
いつの間にか隣に立っていた彼と僕の身長差は、きっと三十センチ近くあるのだろう。随分見上げることになったその美麗なかんばせに、僕は相手が男だということも忘れて一瞬見惚れてしまう。
「君が望もうと望むまいと関係ない。君はもう私の妻になることが決まっているんだよ」
「な……っ!」
男の矜持をたたき割るような言葉をぶつけてくるこの人が、僕の結婚相手だって?
「君に似合う、素敵なドレスを用意させるよ。きっと綺麗だ」
細められたその漆黒の瞳には、怒りに震える僕の顔が映っていた。
僕に、ドレスだって? 男の僕にそんなもの、似合う訳がないだろう!
売り言葉に買い言葉。怒りのまま言葉が飛び出した。
「ぼ、僕は! 貴方と結婚なんてお断りです!」
黒龍陛下の後ろで、ホンスァが頭を抱えている。隣の父からは、痛い程の憤怒が伝わってくる。ハッと我に返った時にはもう遅い。
結婚を撤回され、龍人を敵に回しかねない発言を謝罪するべきか。いやでもこれは正当な怒りではないかと葛藤すること、一瞬。
「イル。後で執務室に来なさい。話がある」
青筋を立てた父の、地を這う声音が聞こえてくる。
こうして僕と黒龍陛下の、最悪すぎる顔合わせは幕を閉じたのだった。
第三章
顔合わせ直後から、周囲は目に見えて慌てふためいていた。
まず、姫を想定して整えられた離宮は、男二人で暮らすには華やか過ぎたという。どうせ滞在するのは一ヶ月だ。僕はそのままでも良いと思うけれど、国の威信にかけてそうとはいかず、カーテンや絨毯、テーブルセットに至るまで交換する破目になったたらしい。
男同士の設えとなれば全てを整え直さなければならず、それはもう出入りの商人から下働きたちまで上を下への大騒ぎなのだそうだ。
この国での滞在期間は一ヶ月だが、離宮の調度品を整えるのに早くて五日、遅ければ一週間ほどかかると聞いている。その間僕は今まで通り城の自室に、そして黒龍陛下とホンスァは来客用の部屋で過ごすこととなっている。
さらに龍人国から来るのは貴族の娘だと侮っていたせいで、計画されていた結婚式は正式なものと比べて随分簡略化していたらしい。龍人国の王を迎える結婚式としてはあまりにみすぼらしいということで、こちらの準備も大臣始め城中をひっくり返したような騒ぎになっていた。
おかげで秘密裏に動いていた龍人国との結婚は、城中に知れ渡ってしまった。男同士の結婚という内情もあり厳しく箝口令を敷いたそうだが、すぐに広まってしまうだろう。
予定通りの日程で結婚式を行うために、随分無理をしたような顔でレナードは告げる。
「――以上です。取り急ぎ、本日は予定通り城内の礼拝堂で結婚式を執り行います。相手が誰であろうと、とにかく龍人国との縁を結んだ事実を残さなくてはいけません」
「わかってる」
昨日の顔合わせから一夜明けた今日。自室で食べていた朝食の場に珍しく来客があったかと思えば、父の側近であるレナードだった。昨日の僕の失言については、あの後父に随分叱られた。
確かに、少なくとも直接本人に向かって言うことではなかった。
王族の端に名を連ねている者として、相応しくない態度だったと僕自身も反省している。
昨日のことを思い出しながらレナードの言葉を聞いていると、彼は手帳をぱたんと閉じて言った。
「式後に予定していた披露パーティーについては、別日程で調整しなおしています。龍人国の王が滞在するのであれば、国内の重要貴族たちも招かねばなりませんからね」
本来はお茶会規模の、こぢんまりとしたパーティーを開く予定だったと聞いている。僕に関心のない兄や父は、恐らく欠席するつもりだっただろう。
とはいえさすがに王を相手にそれではまずい。だがいかに招待状を出そうとも、蛇蝎のごとく嫌っていた龍人を歓迎してくれる貴族がいるのかどうかは疑問だ。
レナードはいつも通り無表情のまま、淡々と連絡事項を告げてくる。
僕は話を聞きながら朝食を咀嚼するものの、もはや味なんてわからない。つまりこのまま今日の結婚式は進められるということか。残りわずかな時間で、僕は男の龍人の伴侶となる。
「それでは、私はこれで。くれぐれも失態を重ねることがありませんよう」
彼はそう釘を刺し、部屋を出て行った。
今後の予定や注意事項を伝えてくれたのかと思っていたが、きっと言いたかったのは最後の一言なのだろう。昨日のようなことを二度としてくれるな、という牽制をしにきたのだ。
正直今朝までは、まだ夢であれと願っていた。だがそう都合良く世界は回らず、僕の世話をする侍女たちも、いつもに増して嫌々な態度で接してくるのだから間違いない。
時折ひそひそと聞こえてくる「男の癖に」という会話はきっと、男の身でありながら嫁ぐ僕へ向けた言葉なのだろう。
この国で前代未聞である龍人との婚姻は、男同士の婚姻という二重苦だ。祝福される訳がないとは思っていたが、国のための政略結婚でこの扱いは少しばかり気が重くなる。誓ったはずの未来の妻への誠意は、相手が男だと分かった途端どこかに霧散してしまったのだから僕も嫌な人間だ。
「失態、かあ」
皿にはまだパンとフルーツが残ったままだったが食べる気が湧かず、申し訳ないと思いながらも侍女に下げてもらった。レナードはああ言ってきたものの、全てがもう遅い気がする。
僕の私室は三つの部屋がある。外の廊下に面している応接室を兼ねたこの部屋、そこから一歩中に入ったプライベートな書斎と、その隣には寝室だ。食事をとっていた応接室から、バルコニーに繋がる書斎へと移動すると、そこにはレナードが「失礼のないように」と伝えてきたその対象が優雅にソファに腰を下ろしていた。
「全く、人間たちは慌ただしいな。そう思わないかホンスァ」
「ですねえ~? やはり我々より寿命が短いせいでしょうか。人口は多いものの身体も弱いし、あっさり死んじゃいますからねぇ。花の命のように、けなげに咲いているのかも?」
この部屋の主であるはずの僕をよそに、早朝から華やかなお茶会が繰り広げられていたことを、きっとレナードは知らないのだろう。僕だってまさか朝の六時から、黒龍陛下がお茶を飲もうと突撃してくるなんて思ってもいなかった。
一旦こちらの部屋に通したものの、すぐに僕の朝食が運ばれてきたため話を聞くこともできなかった。二人の会話から、僕とレナードの会話はきっと筒抜けだったのだろう。
昨日の今日、それも結婚式の朝から一体なんの用事で来たのだろうか。
「ふむホンスァ、お前はなかなか詩人だね」
当の黒龍陛下と言えば、なぜか僕の私室で長い脚を組み、自前のティーセットを使って優雅にお茶を啜っていた。小さな飲み口の茶器に口を付ける仕草は完璧で、器を上げ下げする動作一つひとつが洗練されている。
ホンスァも黒龍陛下の向かいに座って同じようにお茶を飲み、ニコニコと愛想をふりまきよく分からない会話に興じている。その場所だけ見れば、まるで一枚の完成された絵画のように麗しい。
朝食を終えた僕には、式の準備が始まるまで少しばかり自分の時間が与えられている。
結婚式を控えた、独身最後の瞬間。
それなのに今、自室だというのに身の置き場もなく、ただ棒立ちで室内の光景を眺めていた。
「どうしたのイル。朝食が終わったのなら座るといい」
「ええっと……」
僕の部屋とはいえ、この二人で完成された場所に同席するのはなんだか躊躇われてしまう。
いたたまれない気持ちのまま側に寄り、おずおずと話しかけてみる。
「あの、黒龍陛下? 僕が言うのもなんですけど、昨日結婚を拒否した相手の部屋で、どうして寛いでいられるんです?」
この件については、昨日散々父に怒鳴られた。一国の王を前にしての婚姻拒否は、あまりに失礼極まりない、二度とするなと厳しく注意を受けた。そういう父の彼らに対する評価はさておき、国王として国益を損なう行為は看過できないのだろう。
確かに売り言葉に買い言葉とはいえ、さすがに僕が全面的に悪かったと反省している。
だけど黒龍陛下も悪い部分はあったと思う。男同士の結婚を茶化すようなことを言うからだ。
僕には死刑宣告にすら聞こえたというのに、このふざけた婚姻を事前に知っていたのか、彼に動じた様子は一切なかった。
「タイラン。そう呼ぶことを許そう。私の姫君」
「~~陛下! 僕は男ですっ!」
「タイラン」
黒龍陛下は頑なにこちらの話を聞かない。名前を呼ばない限りは話を進めない気なのだろうか。
ともあれ、一国の王に対して酷い態度を取る僕を許容しているのだから、こう見えて懐は広いのかもしれない。父であれば決して、血の繋がった僕にでさえ、こんな口答えは許さないだろう。
僕は渋面を隠さず、渋々とそれに応えた。
「タイラン……様。あの」
「ふむ、まあいいか。じゃあとりあえずそれで。なんだい、イル」
黒龍陛下は自身の隣をポンポンと叩き、僕をそこに座るように促してくる。
これは隣に座れということか? 普通は正面だろう。
しかし相手は一国の王である。今日が挙式ではあるもののまだ婚姻前で、黒龍陛下の機嫌を損ね婚姻を破棄される訳にはいかない。
そう、昨日散々父に叱られたのも結局はそれだ。そしてはっきりと言われた。僕は『人身御供』なのだと。黒龍陛下の機嫌を損ねるな、お前一人の命でどうにかなるのなら安いものだ、と。
父も怒りのまま本音を吐き出していた様子で、あまりに直接的なその言い方に僕の頭はスッと冷えた。
この婚姻はただの契約だ。過剰に反応する方がおかしいのだ。
今更ではあるけれど、彼の不興を買うようなことは控えた方がいいと思い、僕は大人しくそこに腰を下ろした。
昨日僕はこの人に結婚したくないと宣言したというのに、全く気にした様子はない。
むしろ僕の方が気まずい。昨晩もよく眠れなかったし、朝食後に押しかけて来られてからずっと、何を言われるのか気が気じゃなかった。
「だから、その。昨日は……言い過ぎました。申し訳ございません」
いつまでもこの気まずさを抱えている訳にもいかず、こうなったらもう先に謝るしかない。僕は思いきって頭を下げ謝罪した。
相手は王、それもヒトよりも強者である龍人だ。あんな失礼な発言をしたのだから、本来はくびり殺されても文句は言えないのかもしれないが、できたら結婚生活は少しでも円満に始めたい。
それがたとえ、国のための契約であろうとも。
しかし頭を下げたまま、待てど暮らせどなんの反応も返ってこない。
「……あの?」
「イルのつむじは、左巻きか」
どうでも良い部分を注視されていたことに、ガクリと力が抜ける。
謝罪で頭を下げている時に、それを言うのか。つむじなんか気にする場面ではないと思うのに。
「今まで知れなかったことを知れるのは、こんなにも嬉しいのだな」
その上つむじらしき部分を、つんつんとつつかれている。さすがにそれはどうなのか。
殊勝に頭を下げたはずの僕も、思わずムッとなり顔を上げてしまう。
「ちょ……!」
至近距離に、まるでよくできた彫像のような顔があった。油断している所でバチリと目が合い、その深い闇色の瞳に意識を吸い込まれそうになる。
美しすぎるこの顔に、見慣れる日はくるのだろうか。どうしてこの人は、こんな奇跡のような整った顔をしているんだろうか。
美貌から目を離せずにいると、その口元が華やかな弧を描く。
「どうしたの。私の顔はイルに気に入ってもらえたのかな」
悪戯っぽく微笑む黒龍陛下――もとい、タイランの声が甘く響く。そこに僕の失態を咎める雰囲気は全くなく、それどころかトロリと甘く煮詰まるような柔らかさがあった。
「べ、別に……っ、お、男の顔なんて」
そう否定しながらも、顔に熱が集まっていく。見惚れていたのは事実だが、この熱はそれを指摘された恥ずかしさだけではない気がした。
真っ赤になっているだろう僕から、タイランは明後日の方向に視線を外した。何も言わないまま、顔を手で覆っているのはなぜだろうか。
先ほどの僕のつむじを押すという奇行もそうだし、なんだか様子もおかしい。
何も言わないタイランと、その真横で困惑する僕をよそに、正面からはクツクツと楽しそうな笑い声が聞こえる。ホンスァだ。
黒龍陛下であるタイランのお世話係だという彼は、僕の思う側近の距離感とは随分違う。主と同じテーブルでお茶を飲み、軽口を叩く。タイランとホンスァの関係には、まるで友人のような親しさが垣間見えた。
「タイラン様もね、ドレスを着せたいだなんて軽口で怒らせてしまったと、昨晩は随分落ち込んでたんですよ。花嫁に会えるのを今か今かと楽しみにしてたのに、結婚したくないように言われて、つい口を滑らせてしまったのだと。どうか許してやってください」
「あ……」
確かにそうだ。僕はわざわざ龍人国から来てくれた方に、面と向かって結婚したくないなどと暴言を吐いてしまった。男と結婚することを茶化した彼に対しての言葉とはいえ、失言には違いない。
僕が彼の言葉に腹を立てたように、彼も僕の言葉で傷ついたのだ。男同士の結婚だとは知らなかったにしても、結婚相手への礼を欠いていた。
彼らは初めから男である僕を迎え入れる気でいて、だからなんら動じなかったのだろう。だとすれば、僕とこの国の対応はあまりにも杜撰だ。
「タイラン様、本当に――」
重ねて謝罪をしようとした僕に、タイランは顔を上げ手のひらを見せることで言葉を制した。謝罪はもういい、そういうことなのだろう。優しいおおらかな方なのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。この部屋に来てから彼は、一度も僕に非難めいた言葉を使わない。
部屋の空気がいつもより暖かく感じられるのは、彼らの持つ優しさのおかげだろうか。不思議なものだ。同じヒトばかりがいる城内で、一番僕を思いやってくれるのが龍人だなんて。
そんなタイランの思いやりに心を打たれていると、彼はなぜか苦虫を噛み潰したような顔をホンスァに向けた。
「ホンスァ、お前ね、そんなことをペラペラ言うものじゃないよ。旦那の面子があるだろう」
「旦那の面子なんてそんなもの、豚にでも食わせたらいいんですよ。面子で妻の機嫌が買えるなら安いものでしょう」
タイランの頬はほんのり朱に染まっていた。少しだけ上気した顔が不思議な色気を醸していて、思わず見入ってしまう。
一瞬だけ、お互いの視線が絡んで時間が止まった気がする。
漆黒の瞳が、タイランに見惚れる僕を映している。いたたまれないその空気に焦り、先ほど止められたというのに半ば無意識に謝罪を口にした。
「あの、申し訳ございませんでした。タイラン様、僕……」
掠れた声で謝ることしかできないのがもどかしく、思わずタイランの広がった袖口の端を掴んだ。顔を見上げて謝罪の言葉を繰り返すと、彼は「うっ」と呻いてまた僕から顔を背ける。
「あの……?」
僕はその不可思議な行動が理解できなくて、ホンスァに視線で助けを求めた。
世話係の彼はソファの肘置きにもたれかかり、タイランに向かって実に愉しそうに言葉を投げた。
「やれやれ。婚前からこれでは、尻に敷かれるのが目に浮かびますね、タイラン様」
「煩いよホンスァ」
「……? あの、本当に申し訳なく――」
「それはもう良い。二度も三度も謝らせるほど、私は狭量な男ではないよ」
ぶっきらぼうな言葉だったが、そこに柔らかな気遣いを感じた。謝罪を受け入れてもらったことに安心して胸を撫で下ろすと、またタイランが「うっ、かわ……」と呻いた。
そうは見えないが、ひょっとして身体のどこか悪いのだろうか。
だがホンスァは楽しそうにこちらを見ているだけだし、特に大きな問題ではないのだろう。
タイランはすぐに姿勢を改めると、僕の手を取った。大きな手のひらが包み込む。
「私たちには会話が足りない。お互いを知るための時間が必要だ」
「あ……」
ひょっとして、この早朝からの来訪は、それを伝えるためのものだったのだろうか。確かに昨日の顔合わせを引きずったままの挙式は、あまり良いものではないだろう。お互いのことを何も知らず、誤解しあったままでは気まずさがある。だけどそれを僕が考えつくよりも先に、こうして王である自分から動いてくれた。
僕のような相手にまで敬意を払ってくれる。この人は本当に、なんて凄い方なのだろう。
「黒龍陛下、イル様。そろそろご準備をお願いいたします」
入り口に控えていた侍女の声に身体が強ばる。
結婚式は午後三時から、城内にある小さな礼拝堂で執り行われる。
隣にいる男性と、龍人と。僕は今日、結婚するのだ。
「イル。緊張しなくても良い」
タイランの腕が、静かに僕の肩を抱いた。初めて感じる他人の体温に緊張して、勝手に身体がビクリと震えたものの、それは決して不快ではない。
「分かって、ます」
「いや、君は分かってないよ」
耳元に寄せられた唇が、ごく小さな声で言葉を紡ぐ。
本日午後に到着を予定していたはずの龍人国の客人たちが、既に貴賓室で待機しているのだ。
そのせいで城内は一時騒然となっていたらしい。
なぜなら彼らはわずかな人数で、それも龍の姿で城内の中庭に降り立ったのだ。龍人との婚姻は極秘扱いだったこともあり、初めて見る龍の姿に恐怖で失神した者もいたと聞く。
幸か不幸か、僕はその時湯あみをさせられていたせいで現場は見ていない。ただいくつもの悲鳴が遠くから聞こえ、世話をしていた侍女たちも落ち着かない様子だった。その後しばらくすると騎士が飛び込んできて、早急に支度をと急かされたという訳だ。
突如現れた龍人たちを迎えるために、王である父は予定を変えて既に彼らと面会をしているらしい。僕はやや遅れて、彼らの待つ部屋へと急ぎ足で向かっているのだ。
「扉を」
父と龍人たちが控えている貴賓室の前に立つと、騎士たちの手で扉が左右に開かれた。
窓の多い室内から、眩しい日差しといくつもの視線が注がれるのが分かる。
「お待たせしました。ニヴァーナ王国第二王子、イル=ニヴァーナが参りました」
片膝をつき、深く礼をした後、顔を上げる。この国で王に対する敬礼だ。
顔を上げた先の父は準礼装に身を包み、なぜか苦い顔をしていた。さすがの父も、初めて出会う龍人に怯えがあるのかもしれない。
広い室内には複雑な模様の絨毯が敷かれ、中央にあるテーブルには巨大な花器が置かれていた。
瑞々しい花々は、この日のために用意されたことが窺える。
チラリと見えた人影は少なく、そのうちのどれかが僕の妻になる女性なのだと思うと、緊張も高まっていく。
「来たな、イル。こちらへ座りなさい」
声を掛けられて気が付いたが、父の隣に座るのは初めてかもしれない。婿入りの時になって初めて親子としての距離を得るとは、人生はなんとも分からないものだと苦笑した。
長いテーブルの前で父の従者が椅子を引いた。促されるままそれに腰を下ろすと、隣にいる父からかすかなため息が聞こえた。
大ぶりの花が活けてある巨大な花瓶を挟んで、向こう側にいるのが龍人たちなのだろう。
視界をふさぐ花を避けるように頭を動かし、僕の妻となる姫へと視線を移す。
「え……」
覚悟はしていた。
龍とは醜い獣のような、口が裂けた姿かもしれないと想像していた。
だけどそこに座っていたのは化け物じみた外見でもない、わずかに長い耳だけを除けばほとんど人間と変わらない女性だった。いやむしろ、今まで見たどの人よりも可憐で愛らしい。
少し癖のある赤毛を短く整えて、同色のくりっとした瞳は長い睫に縁取られている。誰が見ても見惚れてしまうような可愛らしさに一瞬拍子抜けする――けれど。
「こ、子供……⁉ こんな小さな女の子が、僕の、婚約者なのか⁉」
年はまだ十三にもならないくらいだろうか。美少女は襟が詰まった異国の赤い服に身を包み、澄ました顔で座っている。
この子供が僕の、妻になる!?
どの国も女性の王族は結婚が早い傾向があるが、だからといってこれはないだろう。
僕の慌て方を見て、少女は落ち着いた様子で咳払いをした。それからにっこりと彼女が微笑むと、それだけでまるで花が咲いたように周囲の空気が和らいだ。
そしてその小さな唇を、ゆっくりと開く。少女にしては少し低めの声だ。
「初めましてイル=ニヴァーナ王子。私はお世話係の赤龍、ホンスァと申します」
「え。君が婚約者では、ないの」
安堵したような、肩透かしを食ったような。そんな心境で思わず呟くと、少女改めホンスァは、気を悪くした様子もなく微笑みを絶やささず言った。
「なんて畏れ多い。私なぞが王子の結婚相手なんて」
首をやや傾げて、口元に手を添える品のある仕草は、お世話係と自称しなければどこぞの姫君だと言われても納得できそうなものだった。よく見れば、爪も色鮮やかに染められている。
「そしてこちらが、貴方様の婚約者であられるタイラン様です」
「は――?」
こちらが僕の婚約者、だって?
少女が膝から何かを抱え上げたまま、席を立つ。
それは少女の腕の中に収まる程度の大きさであり、渦を巻くようにして丸まった――
「……ヘビ?」
艶のある真っ黒な鱗に覆われた身体には、良く見れば頭部から尾にかけて同色のたてがみのようなものが生えている。さらにマジマジと観察すると、鷹のような鋭い爪もあり、言った直後に自分の失言に気が付き口元を押さえた。
ヘビではない。これがきっと、龍だ。
「龍でございます、イル様。たとえ結婚相手とはいえ、御言葉にはお気を付けください。本来であればそのようなことを龍人族の前で申しましたら、龍の吐く炎で焼かれても文句は言えませんよ」
コロコロと笑うホンスァだったが、目は笑っていない。やはりこれは失言だった。
吐くのか、炎を。
君が? それともその長い身体の龍が?
「す、すまない。その、知らなくて」
「ちなみに私は雄。こう見えても成人男性です。これだけ愛らしい外見ですので勘違いなさるのは致し方ありませんが、こちらも併せてお気を付けくださいますよう」
さらに衝撃的なことに、子供にしか見えない彼は成人男性だと言う。
小さくて可愛い少女、もとい少年はどうやら見た目通りの人物ではないらしい。こんなことを言うのは失礼かもしれないが、儚げな外見に似合わず随分しっかりした人だと冷や汗をかく。
それではその彼が膝に抱える龍は一体、どのような人物なのだろうか。
「陛下も。いい加減ヒト型になってください」
ホンスァはペチペチと、静かなままの龍の胴体を叩く。
そんな風に叩いて良い相手なのか? いやそもそも、ホンスァは、この龍をなんと呼んでいた?
「陛下。黒龍陛下。そろそろ重いんですけどぉ? 照れてるんですかぁ?」
その言葉にハッとして、思わず隣の父に叫んだ。
「な……黒龍陛下⁉ 父上、どういうことですか⁉ 結婚相手は貴族の姫だと言っていたではありませんか! 女王陛下がお相手だなんて、聞いていません! まさか僕が、王配になるんですか⁉」
狼狽える僕を前に、父は苦々しげな表情で首を横に振る。
「さっきからお前は。少しは落ち着かぬか、客人の前で情けない」
「ッ、申し訳ございません」
父の叱責に居住まいを正したものの、僕は一般的な婿入りの用意しかしていないのだ。王配ともなればまた違う勉強も必要だっただろうに、誰もそんなことは教えてくれなかった。
「お前の相手は龍人国の頂点、黒龍陛下だということだ。それはこちらも今の今まで聞いておらぬ。先ほど知ったばかりで困惑しているのは皆同じ。とはいえお前の結婚は違えられん。わかるな?」
その言葉にこくりと頷く。
この婚姻は、国と国の結びつきだ。新たな戦争を回避するための、交渉手段でもある。
つまり相手が誰であろうとも、いや龍人の王が相手ならば尚更、この結婚話を取りやめることはできないと、さすがの僕だって理解している。
「取り乱してしまい、申し訳、ございませんでした」
ゆっくりと息を吐き、乱れてしまった呼吸を整える。
相手が誰であろうとも、僕がすることは一つだけ。この国の王族として政略結婚をする。僕の役割は変らないのだから、慌てることは何もない。
「それと、お前の相手は女王ではない」
「え……?」
父は僕を見ないままそう呟くと、眉間に寄せる皺を深くした。苦虫を噛みつぶしたようなその態度は、全てが想定外だと雄弁に告げている。
しかし僕だって、父の言っている意味が分からない。
陛下と呼ばれる人物が結婚相手なのに、僕の相手は女王ではないと言うのだ。龍人国は、何か特殊な貴族制度が存在するのだろうか。
そう考えていたところに突然、張りのある低音が耳に滑り込んできた。
「結婚相手が男とは知らなかったのか、イル王子」
声のする方へと視線を向けると、そこにはすらりとした背の高い男が立っていた。見た目は二十五から三十手前程度だろうか、長く癖のない黒髪を後ろで三つ編みにして、同じく真っ黒な異国の詰め襟、確かこれは旅行記には長袍と書かれていた、龍人国特有の服を着ていた。
そして僕を一瞬だけ見たその顔に、僕の視線は釘付けになった。いや、僕だけじゃない。突然この部屋に現れた、神が手ずから創ったような美しい顔に全員が目を奪われる。
女性のようではなくむしろ男性的だというのに、こんなにも美しいという形容詞が似合う人物を、僕は今まで見たことがない。兄も美形だと騒がれているが、恐らくこの人の隣に立った途端に霞のように存在感を消してしまうだろう。
特異なのは容姿だけではない。周囲を圧倒する強烈なオーラにも思わずひれ伏してしまいそうになる。
端麗なその容姿と、甘く響く低音の声は支配的で、その全てで彼こそがこの空間の統治者なのだと理解させられる。
僕を含めた周囲の視線をよそに、男性は優雅に椅子に腰掛ける。その所作は指の先まで美しく、洗練された立ち居振る舞いだ。
「ホンスァ、うちの外相たちはどうなってるんだい」
「さあ~? すみません、私まだ小さいのでちょっと分かりかねますね」
「はあ……ホンスァ、お前ももういい歳だろうに、いつまでも若ぶって」
「煩いですよ、陛下」
軽快な二人のやりとりに、僕は口をぽかんと開けるしかなかった。
目の前にいる華やかな二人。そのうちの一方の男性に向かって,ホンスァは今なんと言った?
「こくりゅう、へいか……? 黒龍陛下、ですって? 貴方が?」
男は僕を見て、にこりと笑った。隣で額を押さえている父が視界に入る。
僕の結婚相手は『陛下』だが、『女王』ではないと言っていた。
女王陛下ではなくて、陛下。その矛盾が今あっさりと、綺麗に晴れてしまったのだ。つまり。
「そうだよイル王子。私の花嫁」
黒龍陛下は自分の胸元に手を当てて、放心する僕に優雅に言い放つ。
「ぼ、ぼくが、はなよめ……? う、うそ、僕は男なんかと、結婚しなきゃいけないのか⁉」
政略結婚は許容できる。それが他国の人間であろうと――龍人だろうと。だけどそれがまさか相手が男性だなんて思いもしないだろう!
我が国では同性愛への理解はまだ浅く、僕の身近でもそんな話は聞いたことがない。異性婚が常識であるこの国で、同性結婚だなんて前代未聞だ。
「なんで、お、男なんかと……っ」
「イル。言葉を慎め」
父の叱責も、もはや右から左へと通り過ぎる。
しかも僕が、花嫁? ウエディングドレスを着るのは、男の僕なのか?
ドレスを身に纏う滑稽な自分の姿を想像して寒気がした。男の腕に手を添えて歩き、人々に嘲笑される自分の姿が目に浮かぶ。
「イル王子、勘違いしないでおくれよ」
「へ……え?」
黒龍陛下はそう言うと、スッと僕の顎を指先で上げた。
いつの間にか隣に立っていた彼と僕の身長差は、きっと三十センチ近くあるのだろう。随分見上げることになったその美麗なかんばせに、僕は相手が男だということも忘れて一瞬見惚れてしまう。
「君が望もうと望むまいと関係ない。君はもう私の妻になることが決まっているんだよ」
「な……っ!」
男の矜持をたたき割るような言葉をぶつけてくるこの人が、僕の結婚相手だって?
「君に似合う、素敵なドレスを用意させるよ。きっと綺麗だ」
細められたその漆黒の瞳には、怒りに震える僕の顔が映っていた。
僕に、ドレスだって? 男の僕にそんなもの、似合う訳がないだろう!
売り言葉に買い言葉。怒りのまま言葉が飛び出した。
「ぼ、僕は! 貴方と結婚なんてお断りです!」
黒龍陛下の後ろで、ホンスァが頭を抱えている。隣の父からは、痛い程の憤怒が伝わってくる。ハッと我に返った時にはもう遅い。
結婚を撤回され、龍人を敵に回しかねない発言を謝罪するべきか。いやでもこれは正当な怒りではないかと葛藤すること、一瞬。
「イル。後で執務室に来なさい。話がある」
青筋を立てた父の、地を這う声音が聞こえてくる。
こうして僕と黒龍陛下の、最悪すぎる顔合わせは幕を閉じたのだった。
第三章
顔合わせ直後から、周囲は目に見えて慌てふためいていた。
まず、姫を想定して整えられた離宮は、男二人で暮らすには華やか過ぎたという。どうせ滞在するのは一ヶ月だ。僕はそのままでも良いと思うけれど、国の威信にかけてそうとはいかず、カーテンや絨毯、テーブルセットに至るまで交換する破目になったたらしい。
男同士の設えとなれば全てを整え直さなければならず、それはもう出入りの商人から下働きたちまで上を下への大騒ぎなのだそうだ。
この国での滞在期間は一ヶ月だが、離宮の調度品を整えるのに早くて五日、遅ければ一週間ほどかかると聞いている。その間僕は今まで通り城の自室に、そして黒龍陛下とホンスァは来客用の部屋で過ごすこととなっている。
さらに龍人国から来るのは貴族の娘だと侮っていたせいで、計画されていた結婚式は正式なものと比べて随分簡略化していたらしい。龍人国の王を迎える結婚式としてはあまりにみすぼらしいということで、こちらの準備も大臣始め城中をひっくり返したような騒ぎになっていた。
おかげで秘密裏に動いていた龍人国との結婚は、城中に知れ渡ってしまった。男同士の結婚という内情もあり厳しく箝口令を敷いたそうだが、すぐに広まってしまうだろう。
予定通りの日程で結婚式を行うために、随分無理をしたような顔でレナードは告げる。
「――以上です。取り急ぎ、本日は予定通り城内の礼拝堂で結婚式を執り行います。相手が誰であろうと、とにかく龍人国との縁を結んだ事実を残さなくてはいけません」
「わかってる」
昨日の顔合わせから一夜明けた今日。自室で食べていた朝食の場に珍しく来客があったかと思えば、父の側近であるレナードだった。昨日の僕の失言については、あの後父に随分叱られた。
確かに、少なくとも直接本人に向かって言うことではなかった。
王族の端に名を連ねている者として、相応しくない態度だったと僕自身も反省している。
昨日のことを思い出しながらレナードの言葉を聞いていると、彼は手帳をぱたんと閉じて言った。
「式後に予定していた披露パーティーについては、別日程で調整しなおしています。龍人国の王が滞在するのであれば、国内の重要貴族たちも招かねばなりませんからね」
本来はお茶会規模の、こぢんまりとしたパーティーを開く予定だったと聞いている。僕に関心のない兄や父は、恐らく欠席するつもりだっただろう。
とはいえさすがに王を相手にそれではまずい。だがいかに招待状を出そうとも、蛇蝎のごとく嫌っていた龍人を歓迎してくれる貴族がいるのかどうかは疑問だ。
レナードはいつも通り無表情のまま、淡々と連絡事項を告げてくる。
僕は話を聞きながら朝食を咀嚼するものの、もはや味なんてわからない。つまりこのまま今日の結婚式は進められるということか。残りわずかな時間で、僕は男の龍人の伴侶となる。
「それでは、私はこれで。くれぐれも失態を重ねることがありませんよう」
彼はそう釘を刺し、部屋を出て行った。
今後の予定や注意事項を伝えてくれたのかと思っていたが、きっと言いたかったのは最後の一言なのだろう。昨日のようなことを二度としてくれるな、という牽制をしにきたのだ。
正直今朝までは、まだ夢であれと願っていた。だがそう都合良く世界は回らず、僕の世話をする侍女たちも、いつもに増して嫌々な態度で接してくるのだから間違いない。
時折ひそひそと聞こえてくる「男の癖に」という会話はきっと、男の身でありながら嫁ぐ僕へ向けた言葉なのだろう。
この国で前代未聞である龍人との婚姻は、男同士の婚姻という二重苦だ。祝福される訳がないとは思っていたが、国のための政略結婚でこの扱いは少しばかり気が重くなる。誓ったはずの未来の妻への誠意は、相手が男だと分かった途端どこかに霧散してしまったのだから僕も嫌な人間だ。
「失態、かあ」
皿にはまだパンとフルーツが残ったままだったが食べる気が湧かず、申し訳ないと思いながらも侍女に下げてもらった。レナードはああ言ってきたものの、全てがもう遅い気がする。
僕の私室は三つの部屋がある。外の廊下に面している応接室を兼ねたこの部屋、そこから一歩中に入ったプライベートな書斎と、その隣には寝室だ。食事をとっていた応接室から、バルコニーに繋がる書斎へと移動すると、そこにはレナードが「失礼のないように」と伝えてきたその対象が優雅にソファに腰を下ろしていた。
「全く、人間たちは慌ただしいな。そう思わないかホンスァ」
「ですねえ~? やはり我々より寿命が短いせいでしょうか。人口は多いものの身体も弱いし、あっさり死んじゃいますからねぇ。花の命のように、けなげに咲いているのかも?」
この部屋の主であるはずの僕をよそに、早朝から華やかなお茶会が繰り広げられていたことを、きっとレナードは知らないのだろう。僕だってまさか朝の六時から、黒龍陛下がお茶を飲もうと突撃してくるなんて思ってもいなかった。
一旦こちらの部屋に通したものの、すぐに僕の朝食が運ばれてきたため話を聞くこともできなかった。二人の会話から、僕とレナードの会話はきっと筒抜けだったのだろう。
昨日の今日、それも結婚式の朝から一体なんの用事で来たのだろうか。
「ふむホンスァ、お前はなかなか詩人だね」
当の黒龍陛下と言えば、なぜか僕の私室で長い脚を組み、自前のティーセットを使って優雅にお茶を啜っていた。小さな飲み口の茶器に口を付ける仕草は完璧で、器を上げ下げする動作一つひとつが洗練されている。
ホンスァも黒龍陛下の向かいに座って同じようにお茶を飲み、ニコニコと愛想をふりまきよく分からない会話に興じている。その場所だけ見れば、まるで一枚の完成された絵画のように麗しい。
朝食を終えた僕には、式の準備が始まるまで少しばかり自分の時間が与えられている。
結婚式を控えた、独身最後の瞬間。
それなのに今、自室だというのに身の置き場もなく、ただ棒立ちで室内の光景を眺めていた。
「どうしたのイル。朝食が終わったのなら座るといい」
「ええっと……」
僕の部屋とはいえ、この二人で完成された場所に同席するのはなんだか躊躇われてしまう。
いたたまれない気持ちのまま側に寄り、おずおずと話しかけてみる。
「あの、黒龍陛下? 僕が言うのもなんですけど、昨日結婚を拒否した相手の部屋で、どうして寛いでいられるんです?」
この件については、昨日散々父に怒鳴られた。一国の王を前にしての婚姻拒否は、あまりに失礼極まりない、二度とするなと厳しく注意を受けた。そういう父の彼らに対する評価はさておき、国王として国益を損なう行為は看過できないのだろう。
確かに売り言葉に買い言葉とはいえ、さすがに僕が全面的に悪かったと反省している。
だけど黒龍陛下も悪い部分はあったと思う。男同士の結婚を茶化すようなことを言うからだ。
僕には死刑宣告にすら聞こえたというのに、このふざけた婚姻を事前に知っていたのか、彼に動じた様子は一切なかった。
「タイラン。そう呼ぶことを許そう。私の姫君」
「~~陛下! 僕は男ですっ!」
「タイラン」
黒龍陛下は頑なにこちらの話を聞かない。名前を呼ばない限りは話を進めない気なのだろうか。
ともあれ、一国の王に対して酷い態度を取る僕を許容しているのだから、こう見えて懐は広いのかもしれない。父であれば決して、血の繋がった僕にでさえ、こんな口答えは許さないだろう。
僕は渋面を隠さず、渋々とそれに応えた。
「タイラン……様。あの」
「ふむ、まあいいか。じゃあとりあえずそれで。なんだい、イル」
黒龍陛下は自身の隣をポンポンと叩き、僕をそこに座るように促してくる。
これは隣に座れということか? 普通は正面だろう。
しかし相手は一国の王である。今日が挙式ではあるもののまだ婚姻前で、黒龍陛下の機嫌を損ね婚姻を破棄される訳にはいかない。
そう、昨日散々父に叱られたのも結局はそれだ。そしてはっきりと言われた。僕は『人身御供』なのだと。黒龍陛下の機嫌を損ねるな、お前一人の命でどうにかなるのなら安いものだ、と。
父も怒りのまま本音を吐き出していた様子で、あまりに直接的なその言い方に僕の頭はスッと冷えた。
この婚姻はただの契約だ。過剰に反応する方がおかしいのだ。
今更ではあるけれど、彼の不興を買うようなことは控えた方がいいと思い、僕は大人しくそこに腰を下ろした。
昨日僕はこの人に結婚したくないと宣言したというのに、全く気にした様子はない。
むしろ僕の方が気まずい。昨晩もよく眠れなかったし、朝食後に押しかけて来られてからずっと、何を言われるのか気が気じゃなかった。
「だから、その。昨日は……言い過ぎました。申し訳ございません」
いつまでもこの気まずさを抱えている訳にもいかず、こうなったらもう先に謝るしかない。僕は思いきって頭を下げ謝罪した。
相手は王、それもヒトよりも強者である龍人だ。あんな失礼な発言をしたのだから、本来はくびり殺されても文句は言えないのかもしれないが、できたら結婚生活は少しでも円満に始めたい。
それがたとえ、国のための契約であろうとも。
しかし頭を下げたまま、待てど暮らせどなんの反応も返ってこない。
「……あの?」
「イルのつむじは、左巻きか」
どうでも良い部分を注視されていたことに、ガクリと力が抜ける。
謝罪で頭を下げている時に、それを言うのか。つむじなんか気にする場面ではないと思うのに。
「今まで知れなかったことを知れるのは、こんなにも嬉しいのだな」
その上つむじらしき部分を、つんつんとつつかれている。さすがにそれはどうなのか。
殊勝に頭を下げたはずの僕も、思わずムッとなり顔を上げてしまう。
「ちょ……!」
至近距離に、まるでよくできた彫像のような顔があった。油断している所でバチリと目が合い、その深い闇色の瞳に意識を吸い込まれそうになる。
美しすぎるこの顔に、見慣れる日はくるのだろうか。どうしてこの人は、こんな奇跡のような整った顔をしているんだろうか。
美貌から目を離せずにいると、その口元が華やかな弧を描く。
「どうしたの。私の顔はイルに気に入ってもらえたのかな」
悪戯っぽく微笑む黒龍陛下――もとい、タイランの声が甘く響く。そこに僕の失態を咎める雰囲気は全くなく、それどころかトロリと甘く煮詰まるような柔らかさがあった。
「べ、別に……っ、お、男の顔なんて」
そう否定しながらも、顔に熱が集まっていく。見惚れていたのは事実だが、この熱はそれを指摘された恥ずかしさだけではない気がした。
真っ赤になっているだろう僕から、タイランは明後日の方向に視線を外した。何も言わないまま、顔を手で覆っているのはなぜだろうか。
先ほどの僕のつむじを押すという奇行もそうだし、なんだか様子もおかしい。
何も言わないタイランと、その真横で困惑する僕をよそに、正面からはクツクツと楽しそうな笑い声が聞こえる。ホンスァだ。
黒龍陛下であるタイランのお世話係だという彼は、僕の思う側近の距離感とは随分違う。主と同じテーブルでお茶を飲み、軽口を叩く。タイランとホンスァの関係には、まるで友人のような親しさが垣間見えた。
「タイラン様もね、ドレスを着せたいだなんて軽口で怒らせてしまったと、昨晩は随分落ち込んでたんですよ。花嫁に会えるのを今か今かと楽しみにしてたのに、結婚したくないように言われて、つい口を滑らせてしまったのだと。どうか許してやってください」
「あ……」
確かにそうだ。僕はわざわざ龍人国から来てくれた方に、面と向かって結婚したくないなどと暴言を吐いてしまった。男と結婚することを茶化した彼に対しての言葉とはいえ、失言には違いない。
僕が彼の言葉に腹を立てたように、彼も僕の言葉で傷ついたのだ。男同士の結婚だとは知らなかったにしても、結婚相手への礼を欠いていた。
彼らは初めから男である僕を迎え入れる気でいて、だからなんら動じなかったのだろう。だとすれば、僕とこの国の対応はあまりにも杜撰だ。
「タイラン様、本当に――」
重ねて謝罪をしようとした僕に、タイランは顔を上げ手のひらを見せることで言葉を制した。謝罪はもういい、そういうことなのだろう。優しいおおらかな方なのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。この部屋に来てから彼は、一度も僕に非難めいた言葉を使わない。
部屋の空気がいつもより暖かく感じられるのは、彼らの持つ優しさのおかげだろうか。不思議なものだ。同じヒトばかりがいる城内で、一番僕を思いやってくれるのが龍人だなんて。
そんなタイランの思いやりに心を打たれていると、彼はなぜか苦虫を噛み潰したような顔をホンスァに向けた。
「ホンスァ、お前ね、そんなことをペラペラ言うものじゃないよ。旦那の面子があるだろう」
「旦那の面子なんてそんなもの、豚にでも食わせたらいいんですよ。面子で妻の機嫌が買えるなら安いものでしょう」
タイランの頬はほんのり朱に染まっていた。少しだけ上気した顔が不思議な色気を醸していて、思わず見入ってしまう。
一瞬だけ、お互いの視線が絡んで時間が止まった気がする。
漆黒の瞳が、タイランに見惚れる僕を映している。いたたまれないその空気に焦り、先ほど止められたというのに半ば無意識に謝罪を口にした。
「あの、申し訳ございませんでした。タイラン様、僕……」
掠れた声で謝ることしかできないのがもどかしく、思わずタイランの広がった袖口の端を掴んだ。顔を見上げて謝罪の言葉を繰り返すと、彼は「うっ」と呻いてまた僕から顔を背ける。
「あの……?」
僕はその不可思議な行動が理解できなくて、ホンスァに視線で助けを求めた。
世話係の彼はソファの肘置きにもたれかかり、タイランに向かって実に愉しそうに言葉を投げた。
「やれやれ。婚前からこれでは、尻に敷かれるのが目に浮かびますね、タイラン様」
「煩いよホンスァ」
「……? あの、本当に申し訳なく――」
「それはもう良い。二度も三度も謝らせるほど、私は狭量な男ではないよ」
ぶっきらぼうな言葉だったが、そこに柔らかな気遣いを感じた。謝罪を受け入れてもらったことに安心して胸を撫で下ろすと、またタイランが「うっ、かわ……」と呻いた。
そうは見えないが、ひょっとして身体のどこか悪いのだろうか。
だがホンスァは楽しそうにこちらを見ているだけだし、特に大きな問題ではないのだろう。
タイランはすぐに姿勢を改めると、僕の手を取った。大きな手のひらが包み込む。
「私たちには会話が足りない。お互いを知るための時間が必要だ」
「あ……」
ひょっとして、この早朝からの来訪は、それを伝えるためのものだったのだろうか。確かに昨日の顔合わせを引きずったままの挙式は、あまり良いものではないだろう。お互いのことを何も知らず、誤解しあったままでは気まずさがある。だけどそれを僕が考えつくよりも先に、こうして王である自分から動いてくれた。
僕のような相手にまで敬意を払ってくれる。この人は本当に、なんて凄い方なのだろう。
「黒龍陛下、イル様。そろそろご準備をお願いいたします」
入り口に控えていた侍女の声に身体が強ばる。
結婚式は午後三時から、城内にある小さな礼拝堂で執り行われる。
隣にいる男性と、龍人と。僕は今日、結婚するのだ。
「イル。緊張しなくても良い」
タイランの腕が、静かに僕の肩を抱いた。初めて感じる他人の体温に緊張して、勝手に身体がビクリと震えたものの、それは決して不快ではない。
「分かって、ます」
「いや、君は分かってないよ」
耳元に寄せられた唇が、ごく小さな声で言葉を紡ぐ。
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