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 ヨウスケとエダールが転移した先は、見覚えの無い部屋だった。
 とはいえ、ヨウスケが城内に滞在した時間もそう多くなく、自室と謁見の間、そしてヴィーの私室しか知らなかった。
 高い天井と華やかな調度品、三階以上の高さにあるのだろうその大きな窓の向こうには街並みが見える。窓際に置かれた飴色の机は重厚感のある艶があり、並んだ本棚の中は分厚い本が詰まっていた。
 自宅が三軒は入りそうな部屋の中をぐるりと見渡していると、覚えのある声がした。
「はあ、遅いですね貴方たちは」
「リィア……いや、ドゥアか?」
 現われたのはヴィーの側仕えである双子の片割れだった。よく似たこの二人は見分け方が分からない程だ。ヨウスケたち平民を邪険に扱うこの男は、むっつりとした顔で腕を組んでいる。ここまであからさまなのは主君が傍にいないせいだ。
 そう思い至ってヨウスケはハッとした。
「そうだよ。ヴィーからのあの手紙なんなんだ? お前なら聞いてるだろ」
「聞いてますよ。……まったく、口の利き方がなってない平民ですね。ヴィー様も、力の失った魔法使いなど気に掛ける価値も無いというのに」
 正面から言われてヨウスケは苦笑した。元・大魔法使いであるヨウスケのことを、ヴィーから聞いているのだろう。あの友人は「国を救った英雄なのだから言葉に気をつけて」と釘を刺すために言ってくれたに違いないのに、目の前の魔法使いには逆効果だったらしい。
 異世界に来てたまたま強い力を得たヨウスケと違い、国の魔法使いはほぼ貴族で構成されている。滅多に現われない魔法使いが、双子で現われたこの子達の家は大喜びだっただろう。甘やかされて育てられたのかもしれないとヨウスケは思ったが、隣で黙っていたエダールの声は、静かな怒りを湛えている。
「ドゥア。お前の片割れも似たようなものだろう。身内を棚に上げて他人を批判するな」
「なっ、なんですか貴方。それはどういう――」
 現われた双子のうち一人は、ドゥアだったらしい。本人も否定しないのだから正解なのだろう。
 エダールの言葉に食ってかかろうとするドゥアを遮るようにして、その場に光が溢れた。
 現われた魔法陣の中から、三人の人物が姿を現した。
「ドゥア、遅いので陛下をお連れしましたよ」
 一人は双子であるリィア、そして中央に立つのは苦い顔をしたこの国の主ヴィー、そしてもう一人、ヨウスケが初めて見る顔だった。
 とろみのあるクリーム色の布をたっぷりと使った服は、銀色の縁取りがしてあった。首元には赤い宝石をぶら下げているこの男は、顎と首が一体化する程太っていた。穏やかそうに見えるその瞳の奥は、どうも胡散臭そうに見えてしまう。
「ほっほ……これはまことに。陛下、可能性は高いかと思われます」
 喋る度に顔の肉を揺らして、男はそうヴィーに話しかける。
 ヴィーは眉根を寄せて、ただ静かに「そうか」と言った。
 訳の分からないヨウスケたちをじっと見つめて、そしてため息を小さく零した。
「突然呼び出してすまなかったなヨウスケ。一度座ってくれ。大事な話をしたい」
「あ、ああ……エダール、こっちに――」
 普段と違う話し方をする友人に、ヨウスケは少し怯んだ。目の前にいるのはこの国の王なのだと、改めてその立場の違いを見せられた気分になる。
「悪いがヨウスケ。エダールは別室に行って欲しい。そちらでこちらの――モユ大司教との質疑がある」
「な……どういう事だ」
 何も知らずに呼びつけられ、再び何も語られずに離ればなれになれと。流石にヨウスケもカチンときたが、先にソファに座ったヴィーが、腕を組みながら辛そうな顔をしている事に気がついた。
 ヨウスケも大きなため息をつく。
 そして、ヴィーと向かい合う形でどっかりとソファに腰を下ろした。
「エダール、付いていけ」
「でも、ヨウスケが」
 いつだってエダールは、自分よりもヨウスケを心配する。その優しさが嬉しくないと言えば嘘になる。甘やかされてると、ヨウスケは知らずはにかんだ。
「心配すんな、俺だって何かあっても大体対応できる。問題ねぇよ。なあ、ヴィー? そもそもお前の城で、俺たちが危険に晒される事なんてねぇよなぁ?」
「保証しよう」
「な? 行ってこい。帰りに城下で飯でも食って帰ろうぜ」
 ヨウスケとヴィーの言葉で納得したのか、エダールはリィアに促され、大司教と共に扉の向こうへ出て行った。
 その扉の閉まる音を聞き終えてから、ヨウスケは改めてヴィーに向き合った。
「んで? どういう事だ?」
 二人きりになった室内で、ヴィーは頭を抱えた。その後ろに立つドゥアはツンとすまし顔だ。
「どうもこうも……ホント、ごめんね~? 先に謝っとくから」
「うえ、なんだよマジで。俺がここに来たくないって知ってるお前が呼ぶ位だ、なんかヤベー事でもあったんだろ」
 ヨウスケとヴィーは共に旅をした仲間であり、ヨウスケの唯一の友人だ。困ってるなら助けてやりたいという気持ちに偽りは無かった。
「どこから話せばいいのか……。ねえ、ヨウスケ。僕たちが瘴気を封じたきっかけの話は覚えてる? 元々人が住める土地じゃ無かったこの国を、神子が瘴気を封じる事で豊かな土地になったって話」
 突然昔話をしはじめたヴィーに戸惑いつつも、ヨウスケはそんな事もあったなと思いを馳せた。
「あ? ああ、覚えてるぜ。その神子が魔法使い以上に魔力を持ってたんだろ? 昔の俺みたいに。神子不在だから、異世界から俺を召喚して封じさせたんだよな。つぅか、普通に考えてお前らヒデー事してっからな……。平凡な大学生を誘拐すんなって話だろ」
「その節は本当にごめんねぇ。我が国も逼迫していて、父上の暴挙を止められなかったんだよ」
 元の世界にも戻れないと聞いた時に、一番最初に思ったのはSubとしてDomの一人もいない世界でどう生きようかという事だったが、エダールとの出会いもありなんとかこうして息をしている。
「あの瘴気の森で暮らすって君に、最初は反対したものだけど。今となってはそれが正しかったのかもしれないと思ってるんだ」
「どうせ一人だしな。田舎のスローライフに憧れてたし……それに」
 Domのいないこの世界で、公的な抑制剤も無い中で、自分がどう狂っていくのかが分からず怖かった。醜態を晒さずに死にたい――森での暮らしにそんな後ろ向きな理由もあったことを、目の前の友人には伝えることが出来なかった。
「いや、なんでもない」
 伝えたところで何になるのか。それに今は自分の傍にDom――エダールがいる。
 エダール。その養い子の事を考えるだけで、ヨウスケの胸は暖かな気持ちに包まれた。Domとしてではなく、一人の人間として、エダールは特別な人間になっている。それは家族愛ではなくもっと違う、愛だという事をヨウスケはもう認めていた。
 獣の耳を持つ、過保護なエダールを思い浮かべて、ヨウスケは無意識に微笑んだ。その表情を、ヴィーが仄暗い瞳で見つめていたことには気がつかずに。
「話がそれちゃったね。言い伝えでは瘴気を封じる神子は、百五十年に一度、瘴気が吹き出す時期に現われる、とされているんだ。文献によるとたしかにほぼ同じ時期に現われていたんだけど、今回はそれが無かった。神殿と一緒に、ずっと神子を探していたんだよ。……獣の耳を付けた神子を」
「……は?」
「エダールは、銀髪に赤い瞳をしているね。あの組み合わせだけなら、国内なら少し珍しい程度だけどいないわけじゃない。だから僕も気がつかなかった、見落としてしまっていたんだ」
 待て、どういうことだ。ヨウスケはそう言いたかったが、言葉にするまでもなくその答えを理解していた。
「エダールが、この国の神子だよ」
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