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Domの命令
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銀髪の少年エダールは、そのままヨウスケが自宅に連れて帰った。
近くに人間の気配などないあの廃村で、まだ少年であるエダールが一人で暮らすなんて許せなかったのだ。
いや、そんなものは建前で、ヨウスケが彼をあんな所に残して行くことが許せなかったのだ。
「エダール、随分さっぱりしたな」
「ん」
お湯を沸かし、風呂に入れたエダールは随分綺麗になった。ほかほかと湯気を立てるエダールを見つめて、ヨウスケは無意識に口角を上げた。
言葉の少ないエダールだったが、やはり風呂が気持ちが良かったのか、尻尾がシャツの裾からパタパタと揺れている。そう、尻尾まで生えていたのだ。
だけど日本のアニメで育ったヨウスケから見ると尻尾は想定内で、むしろケモ耳と言えば尻尾だもんなあとのんびりとその動きを見るだけだった。
「ちょっとここ、座って。髪の毛拭いとこうぜ」
「ん。わかった」
自分のシャツを羽織らせれば、まだ少しダボつく。その様子にヨウスケは保護欲を刺激されてにんまりとした。椅子に座らせ、タオルでワシャワシャと頭をかき混ぜる。嫌がる様子はないどころか、尻尾が嬉しそうに揺れている。
だけど長く不潔な環境で過ごしていたせいか、髪の毛は絡まり櫛で梳いても解けそうにない。これは切るしかないと、ヨウスケは引き出しからハサミを取り出した。
「なあエダール、ちょっと髪の毛を――」
切っても良いか。振り返りながらそうヨウスケが問いかけると、エダールはその銀のハサミを見た瞬間、髪の毛を逆立てる勢いでこちらを警戒し睨み付けた。
「……っ、エダール……!?」
「嫌だ……!」
ぼんやりとしていたエダールの、明らかな抵抗にヨウスケは驚いた。そして慌てる。そんなに嫌なら切らないが、それにしてもこのエダールの様子は尋常ではない。
警戒し、ハサミに――いや何かに怯えている?
「どうしたんだ? そんなに髪を切られたくないのか? それともハサミが怖いのか?」
「――っ、それを近づけるな……。『やめろ』!」
飛び出したエダールの命令(コマンド)に、ヨウスケの身体はビクリとすくみ、ハサミをカシャンと床に落とした。
SubはDomの命令に逆らえない。逆らいたくとも抵抗できない。それ故プレイは双方の合意と信頼が必要で、日本であればKneel(ニール)やStay(ステイ)など、特別な単語が用いられている。その単語によってDomは命令を与え、Subは従うのだ。
だがエダールの場合は違う。
「っ、コマンドの単語じゃなく、言葉自体に少し魔力の気配もある……? 言葉自体が力を持っているのか? こんなの、聞いたことがない」
そしてそれに従ってしまうSubのヨウスケ。
一体、目の前のエダールとは何者なのか。
義務教育でしか知らなかった性知識を動員しても、今自分の置かれたこの状態は異常だと分かる。
考える事は沢山ある、だがヨウスケにとってそれは優先事項では無かった。
パニック状態になったエダールは、毛を逆立て、身体を震わせている。真っ白な顔で、周囲全てが敵だと言わんばかりなのに、今にも崩れ落ちそうな危うさだ。
「嫌だ、殺さないで、まだ、嫌、死なない――!」
不穏な単語を言い放つ少年を、ヨウスケは思わず抱きしめた。
ヨウスケにとって、こんな風に誰かを抱きしめるのは初めての経験だった。
「エダール! 大丈夫、大丈夫だ……! もうハサミは無い! ほら、な?」
小さく震え、緊張し、時折身体がビクビクと大きく痙攣する。乱れた呼吸は徐々に落ち着き、シャツ越しにその体温を感じる頃には随分大人しくなった。
ヨウスケは抱きしめたままその背中をトントンと叩き、自分に身体を預けるエダールを愛おしく思った。
(母性、いや父性って、こんな感じなのかな)
子供が好きだった訳ではない。エダールも、幼いという程小さくもない。だけど思春期の子供らしい未発達な身体が、妙に庇護欲を刺激するのかもしれない。
自分の変化に、ヨウスケは笑った。
つい今朝までは、残りの人生を一人で生きる決意をしていたはずなのに。エダールに出会った途端、自分のこの変わりようはなんなんだろうか。
眠ってしまったらしいエダールが、コトンと頭をヨウスケの首すじに寄せた。
可愛いなと思ったところで、その伝わる温度にギョッとする。
「……熱い? って、熱? うわっ、熱があるだろコレは!」
慌ててエダールの額に手を乗せると、驚く程体温が高い。
しかし少し考えればあの廃村であんな薄着で座っていたのだ。季節はもう初雪がいつ降ってもおかしくない。熱を出さないわけがないのだ。
ヨウスケは、自分の至らなさに思わず舌打ちをした。
「っ、とにかく、寝かせて……、そして薬を」
自分の寝室に運び、エダールをベッドに横たえた。常備している解熱剤を大人の半量、スプーンで唇に流し込む。コクリと鳴った喉に安心して、ヨウスケは椅子をベッド横に手繰り寄せ座った。
エダールは眠ったまま、苦しそうに息を荒げている。
「ごめんな、俺……気がつかなくて」
諦めていたDomが目の前に現われたと浮かれて、自分の事しか考えていなかった。まだ保護者の要る年齢だろうに、唯一の大人がこんなに頼りなくて申し訳ない。
「ごめん……ごめん、エダール」
布団から出ている指先を、ぎゅっと握った。
近くに人間の気配などないあの廃村で、まだ少年であるエダールが一人で暮らすなんて許せなかったのだ。
いや、そんなものは建前で、ヨウスケが彼をあんな所に残して行くことが許せなかったのだ。
「エダール、随分さっぱりしたな」
「ん」
お湯を沸かし、風呂に入れたエダールは随分綺麗になった。ほかほかと湯気を立てるエダールを見つめて、ヨウスケは無意識に口角を上げた。
言葉の少ないエダールだったが、やはり風呂が気持ちが良かったのか、尻尾がシャツの裾からパタパタと揺れている。そう、尻尾まで生えていたのだ。
だけど日本のアニメで育ったヨウスケから見ると尻尾は想定内で、むしろケモ耳と言えば尻尾だもんなあとのんびりとその動きを見るだけだった。
「ちょっとここ、座って。髪の毛拭いとこうぜ」
「ん。わかった」
自分のシャツを羽織らせれば、まだ少しダボつく。その様子にヨウスケは保護欲を刺激されてにんまりとした。椅子に座らせ、タオルでワシャワシャと頭をかき混ぜる。嫌がる様子はないどころか、尻尾が嬉しそうに揺れている。
だけど長く不潔な環境で過ごしていたせいか、髪の毛は絡まり櫛で梳いても解けそうにない。これは切るしかないと、ヨウスケは引き出しからハサミを取り出した。
「なあエダール、ちょっと髪の毛を――」
切っても良いか。振り返りながらそうヨウスケが問いかけると、エダールはその銀のハサミを見た瞬間、髪の毛を逆立てる勢いでこちらを警戒し睨み付けた。
「……っ、エダール……!?」
「嫌だ……!」
ぼんやりとしていたエダールの、明らかな抵抗にヨウスケは驚いた。そして慌てる。そんなに嫌なら切らないが、それにしてもこのエダールの様子は尋常ではない。
警戒し、ハサミに――いや何かに怯えている?
「どうしたんだ? そんなに髪を切られたくないのか? それともハサミが怖いのか?」
「――っ、それを近づけるな……。『やめろ』!」
飛び出したエダールの命令(コマンド)に、ヨウスケの身体はビクリとすくみ、ハサミをカシャンと床に落とした。
SubはDomの命令に逆らえない。逆らいたくとも抵抗できない。それ故プレイは双方の合意と信頼が必要で、日本であればKneel(ニール)やStay(ステイ)など、特別な単語が用いられている。その単語によってDomは命令を与え、Subは従うのだ。
だがエダールの場合は違う。
「っ、コマンドの単語じゃなく、言葉自体に少し魔力の気配もある……? 言葉自体が力を持っているのか? こんなの、聞いたことがない」
そしてそれに従ってしまうSubのヨウスケ。
一体、目の前のエダールとは何者なのか。
義務教育でしか知らなかった性知識を動員しても、今自分の置かれたこの状態は異常だと分かる。
考える事は沢山ある、だがヨウスケにとってそれは優先事項では無かった。
パニック状態になったエダールは、毛を逆立て、身体を震わせている。真っ白な顔で、周囲全てが敵だと言わんばかりなのに、今にも崩れ落ちそうな危うさだ。
「嫌だ、殺さないで、まだ、嫌、死なない――!」
不穏な単語を言い放つ少年を、ヨウスケは思わず抱きしめた。
ヨウスケにとって、こんな風に誰かを抱きしめるのは初めての経験だった。
「エダール! 大丈夫、大丈夫だ……! もうハサミは無い! ほら、な?」
小さく震え、緊張し、時折身体がビクビクと大きく痙攣する。乱れた呼吸は徐々に落ち着き、シャツ越しにその体温を感じる頃には随分大人しくなった。
ヨウスケは抱きしめたままその背中をトントンと叩き、自分に身体を預けるエダールを愛おしく思った。
(母性、いや父性って、こんな感じなのかな)
子供が好きだった訳ではない。エダールも、幼いという程小さくもない。だけど思春期の子供らしい未発達な身体が、妙に庇護欲を刺激するのかもしれない。
自分の変化に、ヨウスケは笑った。
つい今朝までは、残りの人生を一人で生きる決意をしていたはずなのに。エダールに出会った途端、自分のこの変わりようはなんなんだろうか。
眠ってしまったらしいエダールが、コトンと頭をヨウスケの首すじに寄せた。
可愛いなと思ったところで、その伝わる温度にギョッとする。
「……熱い? って、熱? うわっ、熱があるだろコレは!」
慌ててエダールの額に手を乗せると、驚く程体温が高い。
しかし少し考えればあの廃村であんな薄着で座っていたのだ。季節はもう初雪がいつ降ってもおかしくない。熱を出さないわけがないのだ。
ヨウスケは、自分の至らなさに思わず舌打ちをした。
「っ、とにかく、寝かせて……、そして薬を」
自分の寝室に運び、エダールをベッドに横たえた。常備している解熱剤を大人の半量、スプーンで唇に流し込む。コクリと鳴った喉に安心して、ヨウスケは椅子をベッド横に手繰り寄せ座った。
エダールは眠ったまま、苦しそうに息を荒げている。
「ごめんな、俺……気がつかなくて」
諦めていたDomが目の前に現われたと浮かれて、自分の事しか考えていなかった。まだ保護者の要る年齢だろうに、唯一の大人がこんなに頼りなくて申し訳ない。
「ごめん……ごめん、エダール」
布団から出ている指先を、ぎゅっと握った。
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