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番いという存在への考え

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「ミルさん! 話があるんだけど!」

 朝一でやってきた彼の腕にしがみつく。絶対逃がさないぞという万感の思いを込めてそれはもう執念を込めて握りしめた。
 午前中の日差しが注ぎ込む小さな小屋の中では、いくらミルさんでも逃げ切れまい。

「えっこわァ。どうしたの番い殿ぉ」

 おどけた様子のミルさんだけど、こう見えて王族。その上クロウのお身内だ。何も事情を知らないなんてポーズは断固拒否する

「もう三晩もクロウが帰ってこないんだけど。どういう事なんだよ」

 じとりと睨み付ける俺から、ミルさんは露骨に視線を泳がせる。

「ええっとぉ、護衛騎士から伝達なかったぁ? 急ぎの仕事があるから暫くあいつだけ泊まり込みになるってぇ」

「聞いた。聞いたけど、そんなことする人じゃないじゃん、クロウって。今までなら何しても帰ってきてたし、絶対俺を一人で寝かせる事なんかなかった。おかしい」

 そうなのだ。ピッピくんが怪我をして、ピッピパパと接触したあの日から、クロウの様子がなにか変だ。
 確かにあの日は俺も動転していて、おかしな態度を取ってしまった気がする。その上なんだかネガティブな感情に支配されて、良くない事も想定しまくった。クロウの来ない寝室で朝まで悩んでて、でも結局眠くなったその日の昼間でぐっすり寝たら「直接クロウにぶつかろう」という至極まっとうな発想に行き着くことができた。
 睡眠は大事。強くそれを思ったね。
 で、問題は直接本人に問い合わせようとした途端、人づてに「暫く帰ってこない」なんて聞かされてしまった訳だ。

 こっちは拳で語る準備もしていたというのに――いやこれはちょっと嘘だけど。とにかく話し合いをして、自分は彼の本当の番いなのか聞こうという心構えをしていただけに、食らわされた肩透かしに苛立ちが募るのも致し方ないだろう。

「は~。意外とあいつも愛されてるねぇ。……羨まし」

 ぽつりと零したミルさんの言葉に、俺は慌てて、思わず掴んでいた腕を離す。

「べ、別に愛してないし! 俺をこんな所に連れてきた責任があるだろって話だし⁉」

「あ~はいはいご馳走さまぁ」

「ちょっと待って!? なんで俺がツンデレたみたいな流れになってんの!?」

 頭をポンポンするなっ!

 俺はクロウに怒ってるんだけどっ。
 だけど茶化していたミルさんが、急に真面目な顔をした。

「いや、本当にさぁ。俺みたいなのからすると羨ましい訳よ。それだけわかり合える相手がいるって」

「ミルさんにもそのうち番いが現れるんじゃないの」

 俺の言葉に、ミルさんは薄く笑う。
 あ、これは何か失言してしまったなと、冷えた空気で察してしまった。

「俺はねぇ、番いなんていらないんだよぉ。むしろ、現れてくれるなって思ってるタイプ」

「え、そう、なの?」

 竜人にとって番いという存在は大切なものだと聞いていた。だから皆その相手を望んでいると思っていたんだけど違うのか?
 ミルさんは丸太椅子に座り、俺をテーブルを挟んだ向かいに腰掛けるように促す。話が長くなるのかもしれない。素直にそれに従った。

「お、お茶だそうか?」

「お気遣いなくぅ。ほんと、番い殿はいい子だねぇ」

 そういえば、こうして落ち着いてミルさんと話をするのは初めてかもしれない。
 お茶もないとどうしても手持ち無沙汰になってしまって、話しをするときのお茶の重要性について思いを馳せてしまうな。
 そわそわと落ち着かない俺に、ミルさんは「あのね」と話を切り出した。

「俺さぁ、何度も告白を断ってる相手がいるんだよねぇ」

 えっまさかの恋バナ……! 友達のいなかった俺にとって初めての経験だ。さっきとは違う意味でそわそわしてしまう。

「好きになる相手が番いじゃない事も多いんだよね竜人って。だからいつか本当の番いが現れちゃうのかって、怯えてる。俺たち竜人はその原始的な本能に逆らえないからさぁ」

「そう、なんだ」

 ピッピくんも似たような事を言っていた。

「王族にはね、番いが見つかる可能性は高いよ。竜としての探知能力にも優れてるし、多分そういう星の下に生かされてるんだと思う。ルンルンちゃんも番い持ちだしねぇ」

 運命だと言えばそこまでだけど、つまり王族であるミルさんも番いが見つかる可能性が高いんだろう。だけど本人は番いは欲しくないと言う。

「俺にねぇ、ずっと何十年もアプローチしてくる子がいるんだよぉ。だけど腐ってもほら、俺って王族じゃん? いつ番いが現れるのかと思ったら、あの子が俺に本気であればある程、受け入れる訳にはいかないんだよねぇ」

 これは俺が聞いても良い話なのだろうか。想像以上に内容が重い。
 ミルさんは窓の外を見ながら、ため息をつく。

「だからって、あの子はちょっと飛躍しすぎなんだけど」

  少し遠くを見つめてほんの僅かに微笑むミルさんは、きっとその人の事が好きなんだろう。好きだからこそ悲しませたくなくて、いつか現れるかもしれない自分の番いに怯えている。
 番いというものが竜人にとってなんなのか、考えさせられてしまう。

「だからさぁ、俺は番いなんて無かったらいいのになって思う訳よぉ。そしたら障害が一個なくなるでしょぉ? 番いが絶対現れないなんて、断言できないもんねぇ……」

「ミルさん……」

「竜人は寿命が長いっしょ? だから今までいなかった番いが突然現れて、狂っちゃう恋人や夫婦はいるんだぁ。愛してたはずの相手の事すらもうどうでも良くなって、番いに夢中になっちゃうの。そんなの目の当たりにしたら、そりゃいくらこのミルさんだって、ちょっと躊躇しちゃうんだよねぇ」

 自嘲するように笑うミルさんは、今までそんな人がいたのだろうか。彼自身に番いがいなくても、恋人に番いが現れないとも言い切れない。

 彼らは相手の心変わりに怯えながらも、それでも恋をしているのだろうか。

「竜人にとって番いは神聖でぇ、なにより優先されるんだよねぇ。だから年寄りにはは恋人関係や夫婦を仮の相手だって思ってる人が多いし、番いが現れたら優先するのは当然って考えてる。だけどさぁ……俺はそれってどうなのかなって思っちゃってんの」

 竜人にとっての番いの考え方も、人によってそれぞれなのか。
 だけどそうなると、俺という存在も誰かを――ピッピくんを不幸にしているのかもしれない、なんて思ってしまう。だって俺さえいなければ、ピッピくんは何事もなくクロウの隣に立っていたのだ。

「……番い殿の前で言う事じゃなかったねぇ。ごめんねぇ」

 そう言ってミルさんはいつも通りの笑顔を作る。

「だからまあ、竜議会もクロウの番いを認めるべきって派閥と、番いなんかに捕らわれずピッピくんと結婚するべきって派閥で意見が綺麗に分かれちゃってるんだよねぇ。寿命長いだけ話し合いもしつこくてさ。だからクロウも掴まっちゃって帰れなくなってるんだよぉ。許してやって」

 クロウが帰ってこない理由は分かったけど、それがこれだけ放置される理由にはならない気がする。だって今までのクロウの態度と違いすぎるじゃん。
 本心を見せてくれた彼になら、言ってもいいだろうか。聞いてくれるだろうか。
 俺は膝の上で両手を握り、彼に向き合い直した。

「あの、さ。番いだから好きになるの? いくら番いだからって、知らなかった相手を急に好きになれるものなのかな」

 ミルさんは一瞬きょとんとした顔をして、それからにんまりと笑った。

「なに~番い殿、不安なのぉ? あんなにクロウに愛されてるのにぃ」

「あ、愛してたらこんな放置しないじゃん」

 そもそも俺、本当にあいつの番いなのか? 
 流石にそれをミルさんに問いかける勇気は出ないけど。
 俺の内心を知らないミルさんは、あははと軽快に笑う。

「ん~じゃあ会いに行ってみる?」

「はえ?」

「何が不安なのか番いもいない俺には分かんないけどさぁ、やっぱそういうのって相手に言った方が良いっしょ? って事で王宮に行ってみよぉ」

 ピクニック行こうぜ、みたいな軽いノリで誘われても。
 今までそこから遠ざけるみたいにして、ここに囲われてた気がするんだけどな。

「……行っても迷惑じゃないかな」

「番いってさ、竜人にとって唯一無二で何より大事なんだからぁ。喜びこそすれ絶対怒んないって。って番いのいない俺が言うのもなんだけどねぇ」

 問題なし、とミルさんが太鼓判を押してくれる。
 そう言ってくれるなら……ダメもとで押しかけようか。
 確かに今のまま、一人で悶々と考えていても埒が明かない。
 俺は王宮へと乗り込む決意を固めた。

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