朝5時に、ピンポン鳴ったら、妻できた。 (えっちバージョン)

マナシロカナタ✨ねこたま✨GCN文庫

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第1章 朝5時にピンポン連打する異世界押しかけ妻

第26話 見えない努力

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 …………

 ……

「ん――」

 ぐっすり眠っていたはずなのに、なぜだか俺はふと目が覚めてしまった。
 別にトイレに行きたいわけでもなく、充分に寝たわけでもない。
 もう一回寝ようと思えばいつだって寝られる。

 けれど俺は気付いていた、キッチンと部屋を仕切るドアの隙間からわずかに光が漏れていることに。

(まさか泥棒か!?)

 最初はそう思ったものの、そう言えばと思い直す。
 エッチした後にそのまま一緒に抱き合って寝たはずのエリカがいないのだ。

 ってことは十中八九キッチンにいるのはエリカだな。

(しかしエリカの奴、夜中にキッチンで何してるんだ? 腹が減って夜食でも食べてるのか?)

 ふと「鶴の恩返し」という昔話が頭をよぎった。

 半ば押しかけ妻のように冴えない主人公の元に恩返しにやって来た鶴は、美しい反物を織って主人公を裕福にする。

 しかし決して見るなと言われていた反物を織る姿――本来の姿である鶴になった姿を見られた鶴は、もう居られないといって主人公の元を去っていくという日本昔話だ。

「でも俺の場合は、別に見るなともなんとも言われてないもんな……」

 こっそり何をしてるんだろう、なんかすごく気になるな。
 そもそもこっそり覗き見をすること自体が人としてどうかと思わなくもないんだけど。
 そこはなんて言うか好奇心が勝ちました!
 
 俺は抜き足差し足忍び足でキッチンと部屋を仕切るドアまで近づくと、わずかな隙間からそっとキッチンを覗き見る。

 するとそこには当然のようにエリカがいて、

「ふむふむ、これがデスクトップパソコン。そしてこっちがノートパソコン。これはタブレット……? これがスマホでこっちがガラケー……?? 携帯できる電話が携帯できるパソコンに進化したんですか!? もうこれ完全に別物では!?」

 慣れない手付きで悪戦苦闘しながら、スマホを操作してブツブツと呟いていた。

「えーと、さらにこれはテレビですよね、これは知っています。でもこっちはモニター? ぱっと見だと見分けが付きませんね? そもそもテレビとモニターの何が違うんでしょうか? モニターでもアベマTVってのは見れるんですよね? この『TV』ってテレビのことですよね……はて?」

 エリカはスマホの画面を覗き込みながら――言葉にすることで考えを整理するためだろう――小さな声であーだこーだ言っている。

(なにしてるんだ? まさかパソコンについて勉強してるのか?)

「えーっとなになに……ほぅほぅ……ふむふむ……つまりNHKが見られるものがテレビで、そうでないものはモニターと。NHKにあらずんばテレビにあらず、なんですかこのNHKとかいう偉そうなやつらは!? 許せませんね! 異世界から来て必死に知識を詰め込む人の気持ちも少しは考えてくださいよ! あなたたちのせいでヘンテコな区別になっているんですよ!!」

 小さな声で器用にキレるエリカはしかし、すぐに真面目な口調に戻った。

「おっと、いけませんいけません。わたしは基幹世界『ディ=マリア』を代表してこの世界にやって来たんです。世界を救った勇者様であるトールに最高かつ最大の恩返しをする義務があるんです。難しいとか今まで習ったことよりはるかに進んでるとか、泣き言は言ってられないんです。この世界の常識も知らずにトールに迷惑をかけるわけにはいかないんですから」

(な──っ、お前――)

「それに勇者様は──トールはとても優しい人でした。いきなり押し掛けたわたしのことを、それはもう大切にあつかってくれて。ちょっとエッチなお猿さんでしたけど、エッチの最中でもちゃんとわたしのことを気づかってくれました。だからお父さんお母さん、故郷のみんな……わたしはこの世界で立派に務めを果たしてみせます。だから、だからどうか『ディ=マリア』でエリカのことを見守っていてくださいね……」

(な――……っ)
 少しだけ寂しそうに言ったエリカを見て、俺は小さくない衝撃を受けていた。

 ハタチかそこらの少女が、単身異世界にやってきたのだ。
 しかも一度来たら戻れない片道切符の異世界転移だ。

 そんなの――そんなの寂しくないはずがないじゃないか。

 10年勤めた会社が倒産して無職になった時、俺はどうしようもなく不安だった。
 ただでさえ微妙だった人生が完全に詰んだと思った。

 でも俺には心配して食料を送ってくれる両親がいたし、日本国の誇る手厚い失業保険は俺に再起のための6か月のモラトリアムを与えてくれた。

 でもエリカは違うんだ。
 家族も知り合いもいないこの世界にたった一人でやってきて、初めて会った俺を勇者と崇め、押しかけ妻として同居することになったのだ。

 それで不安にならないわけがないじゃないか……。

 エリカの見た目も言動も日本人以上に日本人らしくて、しかもバカなことばっかり言うせいで俺はそのことを完全に見落としてしまっていたのだ――。

(くそっ、俺の大バカ野郎!)

 俺はドアの隙間から覗き見するのをやめると、そうっとベッドへと戻った。
 真っ暗な部屋で天井を見上げる。

 もう少しエリカに優しくしようと。
 この世界で唯一エリカが何者であるかを正しく認識している俺だけは、何があっても最後までエリカの味方でいようと。
 絶対にエリカを見捨てたりしないんだと。

 何もできない俺だけど。
 だけどエリカの味方でいることだけはできるから――!

 俺はベッドの中で天井を見上げながら、強く強く、そう誓ったのだった。
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