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最終章
第63話 完全勝利
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「ぐ……っ」
リフシュタイン侯爵の目が大きく見開かれ、その顔が醜く歪む。
「『1つ、リフシュタイン侯爵の孫がローエングリン王となった暁には、グランデ帝国がハンナブル王国へ侵攻するに際して援軍を派兵しない』」
「ばかな! ハンナブル王国を見捨てるというのか!」
「ハンナブル王国は最も友好的な同盟国だぞ!」
「それを裏切るなどと!」
貴族たちが一斉にざわめき始めた。
貴族たちの中にはハンナブル王国の貴族と姻戚関係にある者も多くいるため、ある意味当然の反応だ。
「皆さま、この場はどうぞご静粛に、ご静粛に。では国王陛下、どうぞ続きをお読みください」
しかしジェフリー王太子がそれを鎮め、ローエングリン国王の読み上げが再開される。
「『1つ、ファブル皇子はリフシュタイン侯爵がローエングリン王国の王位を手に入れられるよう、様々な軍事的支援を行なう』」
「そういや3年前に回してやった暗殺者は悪かったな。簡単に返り討ちにあったそうじゃないか」
「し、知らぬ! そんなものは知らぬ! この男は私を陥れようとしているのだ!」
「おいおい、そりゃないだろ。ジェフリー王太子殿下が帰国できないようにと、戦をするわけでもないのに何度もハンナブル王国との国境沿いに兵を出してやっただろ? それも忘れたのか?」
「知らんと言ったら知らん! 知らん知らん知らん!!」
リフシュタイン侯爵はまるで痴れ者のように知らん知らんと繰り返す。
しかしローエングリン国王は読み上げるのをやめはしない。
「『1つ、グランデ帝国はハンナブル王国との国境沿い諸州を手に入れるにとどめ、それ以上の侵攻は行わない』」
「『1つ、リフシュタイン侯爵が戦争の仲裁に乗り出したる時は、グランデ帝国はその和解案を受け入れてすみやかに兵を引く』――以上だ」
覚え書きを読み上げたローエングリン国王の声は怒りに打ち震えていた。
最後にまとめるようにファブル皇子が言った。
「つまりこういうことさ。グランデ帝国と長年敵対関係にあったハンナブル王国との戦争に勝った実績で、俺は皇位継承レースで兄貴たちをごぼう抜きして皇帝になる。リフシュタイン侯爵は孫をローエングリン国王にすえることで実質この国を手に入れ、さらには2国の戦争の仲裁をすることで国内の地位を盤石にする、ってね」
「し、し、し、知らぬ……ワシは、ワシはなにも知らぬ……なにも、な、なにも……」
知らぬ知らぬと繰り返すリフシュタイン侯爵。
しかしその言葉はもうまったくと言っていいほど力が籠っていなかった。
それもまた当然である。
密約を交わした相手が――しかもグランデ帝国の皇族である――証拠とともに証言をしたのだから。
いくらリフシュタイン侯爵と言えどもこれを覆す手立てを持ち得はしなかった。
「ははっ、自分から持ちかけてきた密約だろう? 今さら何を言ってるんだ」
「何ゆえこのようなことをするのだ……ワシを破滅させてなにが目的なのだ……」
「はぁ? そりゃ密約の存在がバレたからさ。俺はこれがバレたせいで兄貴達から完全に睨まれちまったんだぜ? そのせいでもう俺が皇位を継ぐ目はなくなっちまった。お前のせいで俺が皇帝になる野望はジ・エンドだ。その意趣返しくらいはしたってバチは当たらないだろうが」
「ワシはバラしておらぬ……であれば、バラしたのはファブル皇子殿下ではありませぬか……黙っておけばこうはなりませんでしたぞ……」
「バレた密約ほど無価値なものはないからな。ジェフリー王太子殿下は3年にわたる入念な調査で、俺とお前との密約の存在にたどり着いた。そしてそれを俺の兄貴たちに知らせたのさ。それ以降、兄貴たちは俺をおおいに警戒するようになった」
「なぜ……なぜ……黙っていさえすれば……」
「そりゃ俺が黙ってりゃ兄貴たちも確証はなかったろうぜ? だがな、少なくともここまで疑われた時点で俺にとっちゃバレたも同じなんだよ。お前と違って俺は国内に強固な権力基盤を持っていないからな。警戒されたら最後、何もできなくなる」
「それでなにもかも暴露したと言うのか……」
「もともと兄貴たちの方が皇位継承順位は上で、俺がそれを上まわるには目に見える実績が必要だった。だが今後は俺は兄貴たちから徹底的にマークされる。実績作りはさせてもらえなくなる。つまり密約がバレた以上、お前はもう俺にとって用済みということだ」
「これは裏切りだ……酷い裏切りだぞ……」
「おいおい何を言ってるんだ。先に自分の国を裏切った奴の言葉とはとても思えないな? 裏切り者はお前の方だろうが、リフシュタイン侯爵」
「ぐ……」
リフシュタイン侯爵はついに完全に言葉を失った。
「リフシュタイン侯爵。最も古き貴族たる侯爵家の当主として何か申し開きがあるならば聞こう。ただし下らぬ言い訳と保身は余の怒りをさらに増すだけと心得よ」
ローエングリン王の言葉にリフシュタイン侯爵は何事か言いかけて――、
「何もございませぬ……」
そう、絞り出すように答えた。
その後リフシュタイン侯爵は肩を落としたまま、近衛兵に拘束されて王の間より連れ出されていった。
国家反逆者として、これから厳しい取り調べが待ち受けていることは誰の目にも明らかだった。
ジェフリー王太子は隣にいるミリーナの肩を優しく抱きながらそれを見送る。
文句なしの完全勝利だった。
リフシュタイン侯爵の目が大きく見開かれ、その顔が醜く歪む。
「『1つ、リフシュタイン侯爵の孫がローエングリン王となった暁には、グランデ帝国がハンナブル王国へ侵攻するに際して援軍を派兵しない』」
「ばかな! ハンナブル王国を見捨てるというのか!」
「ハンナブル王国は最も友好的な同盟国だぞ!」
「それを裏切るなどと!」
貴族たちが一斉にざわめき始めた。
貴族たちの中にはハンナブル王国の貴族と姻戚関係にある者も多くいるため、ある意味当然の反応だ。
「皆さま、この場はどうぞご静粛に、ご静粛に。では国王陛下、どうぞ続きをお読みください」
しかしジェフリー王太子がそれを鎮め、ローエングリン国王の読み上げが再開される。
「『1つ、ファブル皇子はリフシュタイン侯爵がローエングリン王国の王位を手に入れられるよう、様々な軍事的支援を行なう』」
「そういや3年前に回してやった暗殺者は悪かったな。簡単に返り討ちにあったそうじゃないか」
「し、知らぬ! そんなものは知らぬ! この男は私を陥れようとしているのだ!」
「おいおい、そりゃないだろ。ジェフリー王太子殿下が帰国できないようにと、戦をするわけでもないのに何度もハンナブル王国との国境沿いに兵を出してやっただろ? それも忘れたのか?」
「知らんと言ったら知らん! 知らん知らん知らん!!」
リフシュタイン侯爵はまるで痴れ者のように知らん知らんと繰り返す。
しかしローエングリン国王は読み上げるのをやめはしない。
「『1つ、グランデ帝国はハンナブル王国との国境沿い諸州を手に入れるにとどめ、それ以上の侵攻は行わない』」
「『1つ、リフシュタイン侯爵が戦争の仲裁に乗り出したる時は、グランデ帝国はその和解案を受け入れてすみやかに兵を引く』――以上だ」
覚え書きを読み上げたローエングリン国王の声は怒りに打ち震えていた。
最後にまとめるようにファブル皇子が言った。
「つまりこういうことさ。グランデ帝国と長年敵対関係にあったハンナブル王国との戦争に勝った実績で、俺は皇位継承レースで兄貴たちをごぼう抜きして皇帝になる。リフシュタイン侯爵は孫をローエングリン国王にすえることで実質この国を手に入れ、さらには2国の戦争の仲裁をすることで国内の地位を盤石にする、ってね」
「し、し、し、知らぬ……ワシは、ワシはなにも知らぬ……なにも、な、なにも……」
知らぬ知らぬと繰り返すリフシュタイン侯爵。
しかしその言葉はもうまったくと言っていいほど力が籠っていなかった。
それもまた当然である。
密約を交わした相手が――しかもグランデ帝国の皇族である――証拠とともに証言をしたのだから。
いくらリフシュタイン侯爵と言えどもこれを覆す手立てを持ち得はしなかった。
「ははっ、自分から持ちかけてきた密約だろう? 今さら何を言ってるんだ」
「何ゆえこのようなことをするのだ……ワシを破滅させてなにが目的なのだ……」
「はぁ? そりゃ密約の存在がバレたからさ。俺はこれがバレたせいで兄貴達から完全に睨まれちまったんだぜ? そのせいでもう俺が皇位を継ぐ目はなくなっちまった。お前のせいで俺が皇帝になる野望はジ・エンドだ。その意趣返しくらいはしたってバチは当たらないだろうが」
「ワシはバラしておらぬ……であれば、バラしたのはファブル皇子殿下ではありませぬか……黙っておけばこうはなりませんでしたぞ……」
「バレた密約ほど無価値なものはないからな。ジェフリー王太子殿下は3年にわたる入念な調査で、俺とお前との密約の存在にたどり着いた。そしてそれを俺の兄貴たちに知らせたのさ。それ以降、兄貴たちは俺をおおいに警戒するようになった」
「なぜ……なぜ……黙っていさえすれば……」
「そりゃ俺が黙ってりゃ兄貴たちも確証はなかったろうぜ? だがな、少なくともここまで疑われた時点で俺にとっちゃバレたも同じなんだよ。お前と違って俺は国内に強固な権力基盤を持っていないからな。警戒されたら最後、何もできなくなる」
「それでなにもかも暴露したと言うのか……」
「もともと兄貴たちの方が皇位継承順位は上で、俺がそれを上まわるには目に見える実績が必要だった。だが今後は俺は兄貴たちから徹底的にマークされる。実績作りはさせてもらえなくなる。つまり密約がバレた以上、お前はもう俺にとって用済みということだ」
「これは裏切りだ……酷い裏切りだぞ……」
「おいおい何を言ってるんだ。先に自分の国を裏切った奴の言葉とはとても思えないな? 裏切り者はお前の方だろうが、リフシュタイン侯爵」
「ぐ……」
リフシュタイン侯爵はついに完全に言葉を失った。
「リフシュタイン侯爵。最も古き貴族たる侯爵家の当主として何か申し開きがあるならば聞こう。ただし下らぬ言い訳と保身は余の怒りをさらに増すだけと心得よ」
ローエングリン王の言葉にリフシュタイン侯爵は何事か言いかけて――、
「何もございませぬ……」
そう、絞り出すように答えた。
その後リフシュタイン侯爵は肩を落としたまま、近衛兵に拘束されて王の間より連れ出されていった。
国家反逆者として、これから厳しい取り調べが待ち受けていることは誰の目にも明らかだった。
ジェフリー王太子は隣にいるミリーナの肩を優しく抱きながらそれを見送る。
文句なしの完全勝利だった。
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