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第四章 リフシュタイン侯爵の陰謀
第47話 国王夫妻と夕食会(4)
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「合格……ですか?」
しかし当のミリーナはローエングリン国王の言葉の真意が分からずに、小首を傾げてしまった。
「いやはや、実に素晴らしい答えであったぞミリーナ。そんなにすぐに定まるものは覚悟ではない、か。うむ、まったくもってその通りよの。気に入ったぞ、さすがはジェフリーが選んだ娘なだけはある」
「お、お褒めに預かり光栄ですわ」
突然のローエングリン国王の態度の変貌ぶりに、ミリーナは目を白黒させながらも感謝の言葉を口にした。
すると、
「父上、もしや最初からこの質問に正答などなかったのではありませんか? なんと答えるかではなく、ミリーナがそう答えるに至った理由や態度を見ようとしていたのでは?」
ジェフリー王太子がどこか呆れたようにローエングリン国王に問いかけた。
「まぁ、そういうことであるな」
「父上はミリーナを試したのですね?」
「おいおいジェフリー、そう怒るでない。父が息子の交際相手がどのような娘なのか心配をするのは当然のことではないか」
「やり方というものがあるのではないかと、俺はそう言っているのですよ」
「それこそ実にいいやり方だったではないか? ミリーナの素晴らしい答えが聞けて、ジェフリーも内心満足しておるのだろう?」
「ぐっ、それはまぁ、ミリーナの答えを聞いて嬉しくなかったと言えば嘘になりますが……」
ローエングリン国王にあっけらかんと言われてしまい、ジェフリー王太子は完全に言いよどんでしまった。
それもそのはず。
ミリーナの『答え』を聞いて、この場で一番嬉しく、誇らしく、満足していたのは他ならぬジェフリー王太子だったのだから。
であれば、もはやこれ以上の抗議などはできようはずはなかった。
「ジェフリーが納得したところで、さてミリーナよ。先ほどの答えは実に素晴らしいものであった。なにより覚悟がないと言ったそなたの言葉に、余は覚悟の片鱗を垣間見た。そなたはその時さえ来れば、いつでも覚悟を持つことができるのだろう」
「お褒めに預かり光栄です、国王陛下。ですが少々買いかぶりが過ぎるというものですわ」
「それこそ謙遜が過ぎるというものではないかの。それもまたそなたの魅力の1つなのであろうが。そしてそんなそなたであればこそ、余も安心して我が息子を任せることができるというもの」
「身に余るお言葉、光栄にございますわ」
完全にミリーナのことを気に入って、相好を崩してそれはもうべた褒めするローエングリン国王とミリーナが和気あいあいと会話していると、
「お待ちください父上、俺をミリーナに任せるとはどういう意味でしょうか?」
さっきから完全に蚊帳の外に置かれてしまっていたジェフリー王太子が、少し拗ねたように口を挟んだ。
こんな子供っぽい姿を見せるのは、幼い頃より王になるべく厳しく育てられてきたジェフリー王太子にしてはとても珍しいことである。
「どういう意味も何も、言葉の通りであるぞ? ミリーナにならお前の手綱をしっかりと引いてもらえるという意味だ」
「父上はまさか俺が牛馬かなにかと勘違いしておりませんか?」
「それこそまさかよ。ジェフリー、お前は優秀な人間だ。それこそ平凡な王に過ぎぬ余よりもはるかにな。じゃがの、ミスのない人間などこの世におりはせぬのだよ」
ローエングリン国王は、ジェフリー王太子とミリーナに語り聞かせるように言葉を紡いでいく。
「孤独に押しつぶされそうになった王が判断を誤りかけた時、たとえ嫌われようとも王妃は王の間違いを正さねばならん。王の孤独を共有するとはそういうことだ。孤独を分け合った上で間違いを正すことができる存在。ミリーナからはその心の強さが存分に感じられる」
「父上……」
「本当にいい子を見つけたな、ジェフリー。これで余はいつでもこの国をお前に託すことができる」
「ミリーナのことを認めていただき、本当にありがとうございました」
ミリーナのことを認めてもらい、さらにはいつでも国を託せるとまで言われて、感極まったジェフリー王太子の目からは一筋の涙が零れ落ちた。
そのまましばらく、誰も何も言葉を発さずに心地の良い沈黙に浸っていると、
「じゃあそろそろ真面目なお話は終わりにして、食事にしませんか?」
今まで静かに聞きに徹していた王妃様が笑顔でそう提案し、雰囲気が一変する。
「であるな。今度こそ食事にするとしよう。ミリーナ、たくさん話してのどが渇いておるだろう。今日のために25年物の赤ワインを用意しておる。まずはそれでのどを潤すがよいぞ」
「すっきりとして口当たりの良いワインですから、女性でも飲みやすいはずですわよ。ミリーナはあまりお酒は強くないと聞いておりましたから、なるべく飲みやすいものを用意させましたの」
「お心遣いありがとうございます、国王陛下、王妃様。喜んでいただきますわ」
「それとミリーナの命を守ってくれたメフネアの護り石についても、早くミリーナの口から聞かせてもらいたいわね。その胸に付けているネックレスよね? 手に取って見せてもらってもいいかしら?」
「どうぞご覧くださいませ」
ミリーナはメフネアの護り石を首から外すと王妃様に手渡した。
「ここにナイフが突き刺さったのね? 怖かったでしょう?」
「正直申しますと、その瞬間は何が起こったかが分かっておらず、恐怖も何も感じませんでしたの」
「はっはっは、ミリーナはなかなかに豪胆なところもあるのだのぅ」
「国王陛下、女の子に豪胆などと言うものではありませんよ」
「そうか、そうだな。これはすまなんだ。この通りだ、許してくれミリーナ」
「いいえそんな。国王陛下が謝罪されるようなことでは――」
「だめですよミリーナ。既にここは『身内』の場です。身内の男の悪い所はちゃんと悪いと正しく指摘してあげることこそ、女の務めなのですから」
「母上、そこでなぜ俺を見るのですか?」
「ミリーナもなんでも間違いは正してあげてくださいね」
「だからなぜ俺を見て言うのでしょうか?」
――とまぁ話は弾みに弾んで。
こうして国王夫妻ともすっかり打ち解けたミリーナは、夕食会が終わった後も長々と引き止められ、様々な話をして親交を深めたのだった。
しかし当のミリーナはローエングリン国王の言葉の真意が分からずに、小首を傾げてしまった。
「いやはや、実に素晴らしい答えであったぞミリーナ。そんなにすぐに定まるものは覚悟ではない、か。うむ、まったくもってその通りよの。気に入ったぞ、さすがはジェフリーが選んだ娘なだけはある」
「お、お褒めに預かり光栄ですわ」
突然のローエングリン国王の態度の変貌ぶりに、ミリーナは目を白黒させながらも感謝の言葉を口にした。
すると、
「父上、もしや最初からこの質問に正答などなかったのではありませんか? なんと答えるかではなく、ミリーナがそう答えるに至った理由や態度を見ようとしていたのでは?」
ジェフリー王太子がどこか呆れたようにローエングリン国王に問いかけた。
「まぁ、そういうことであるな」
「父上はミリーナを試したのですね?」
「おいおいジェフリー、そう怒るでない。父が息子の交際相手がどのような娘なのか心配をするのは当然のことではないか」
「やり方というものがあるのではないかと、俺はそう言っているのですよ」
「それこそ実にいいやり方だったではないか? ミリーナの素晴らしい答えが聞けて、ジェフリーも内心満足しておるのだろう?」
「ぐっ、それはまぁ、ミリーナの答えを聞いて嬉しくなかったと言えば嘘になりますが……」
ローエングリン国王にあっけらかんと言われてしまい、ジェフリー王太子は完全に言いよどんでしまった。
それもそのはず。
ミリーナの『答え』を聞いて、この場で一番嬉しく、誇らしく、満足していたのは他ならぬジェフリー王太子だったのだから。
であれば、もはやこれ以上の抗議などはできようはずはなかった。
「ジェフリーが納得したところで、さてミリーナよ。先ほどの答えは実に素晴らしいものであった。なにより覚悟がないと言ったそなたの言葉に、余は覚悟の片鱗を垣間見た。そなたはその時さえ来れば、いつでも覚悟を持つことができるのだろう」
「お褒めに預かり光栄です、国王陛下。ですが少々買いかぶりが過ぎるというものですわ」
「それこそ謙遜が過ぎるというものではないかの。それもまたそなたの魅力の1つなのであろうが。そしてそんなそなたであればこそ、余も安心して我が息子を任せることができるというもの」
「身に余るお言葉、光栄にございますわ」
完全にミリーナのことを気に入って、相好を崩してそれはもうべた褒めするローエングリン国王とミリーナが和気あいあいと会話していると、
「お待ちください父上、俺をミリーナに任せるとはどういう意味でしょうか?」
さっきから完全に蚊帳の外に置かれてしまっていたジェフリー王太子が、少し拗ねたように口を挟んだ。
こんな子供っぽい姿を見せるのは、幼い頃より王になるべく厳しく育てられてきたジェフリー王太子にしてはとても珍しいことである。
「どういう意味も何も、言葉の通りであるぞ? ミリーナにならお前の手綱をしっかりと引いてもらえるという意味だ」
「父上はまさか俺が牛馬かなにかと勘違いしておりませんか?」
「それこそまさかよ。ジェフリー、お前は優秀な人間だ。それこそ平凡な王に過ぎぬ余よりもはるかにな。じゃがの、ミスのない人間などこの世におりはせぬのだよ」
ローエングリン国王は、ジェフリー王太子とミリーナに語り聞かせるように言葉を紡いでいく。
「孤独に押しつぶされそうになった王が判断を誤りかけた時、たとえ嫌われようとも王妃は王の間違いを正さねばならん。王の孤独を共有するとはそういうことだ。孤独を分け合った上で間違いを正すことができる存在。ミリーナからはその心の強さが存分に感じられる」
「父上……」
「本当にいい子を見つけたな、ジェフリー。これで余はいつでもこの国をお前に託すことができる」
「ミリーナのことを認めていただき、本当にありがとうございました」
ミリーナのことを認めてもらい、さらにはいつでも国を託せるとまで言われて、感極まったジェフリー王太子の目からは一筋の涙が零れ落ちた。
そのまましばらく、誰も何も言葉を発さずに心地の良い沈黙に浸っていると、
「じゃあそろそろ真面目なお話は終わりにして、食事にしませんか?」
今まで静かに聞きに徹していた王妃様が笑顔でそう提案し、雰囲気が一変する。
「であるな。今度こそ食事にするとしよう。ミリーナ、たくさん話してのどが渇いておるだろう。今日のために25年物の赤ワインを用意しておる。まずはそれでのどを潤すがよいぞ」
「すっきりとして口当たりの良いワインですから、女性でも飲みやすいはずですわよ。ミリーナはあまりお酒は強くないと聞いておりましたから、なるべく飲みやすいものを用意させましたの」
「お心遣いありがとうございます、国王陛下、王妃様。喜んでいただきますわ」
「それとミリーナの命を守ってくれたメフネアの護り石についても、早くミリーナの口から聞かせてもらいたいわね。その胸に付けているネックレスよね? 手に取って見せてもらってもいいかしら?」
「どうぞご覧くださいませ」
ミリーナはメフネアの護り石を首から外すと王妃様に手渡した。
「ここにナイフが突き刺さったのね? 怖かったでしょう?」
「正直申しますと、その瞬間は何が起こったかが分かっておらず、恐怖も何も感じませんでしたの」
「はっはっは、ミリーナはなかなかに豪胆なところもあるのだのぅ」
「国王陛下、女の子に豪胆などと言うものではありませんよ」
「そうか、そうだな。これはすまなんだ。この通りだ、許してくれミリーナ」
「いいえそんな。国王陛下が謝罪されるようなことでは――」
「だめですよミリーナ。既にここは『身内』の場です。身内の男の悪い所はちゃんと悪いと正しく指摘してあげることこそ、女の務めなのですから」
「母上、そこでなぜ俺を見るのですか?」
「ミリーナもなんでも間違いは正してあげてくださいね」
「だからなぜ俺を見て言うのでしょうか?」
――とまぁ話は弾みに弾んで。
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