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第三章 アンナローゼの悪意

第30話 アンナローゼ、成敗(2)

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 そして同時に。
 アンナローゼが言ったとおり、リフシュタイン侯爵が関わっていないのも恐らくは事実だろうと、ジェフリー王太子は推察する。

(やり手で鳴らすリフシュタイン侯爵がこんな直接的な手法を、よりにもよって自分の娘にさせるはずはないからな)

 リフシュタイン侯爵であればもっと上手なやり方で、本当にそれが正しいことであると周囲の誰もが納得するような形でもって、巧みに事を運ぶはずだった。

(仮に直接的な手段を用いるにしても、その時は自分とは全く繋がりがない人間を、失敗しても構わない捨て駒として都合よく利用することはずだ)

 絶対安全なところから、負けることのない勝負をしかける。
 リフシュタイン侯爵はそういう老獪な策略家だった。

 事実ジェフリー王太子ですら、アンナローゼとの婚約話が持ち上がったと思った時にはもう半ば既成事実のように話が進められてしまっていたのだ。

(リフシュタイン侯爵の人のいい笑顔と柔らかな物腰に騙されてはいけない。それでは全てが彼の都合のいいように動かされてしまう)

 ジェフリー王太子がそんな風に思うようになったのも、このアンナローゼとの婚約話があったからだった。

 ジェフリー王太子もそれまでは本当に、リフシュタイン侯爵のことを建国以来の信頼できる忠臣だと思っていたのだ。
 政治能力が高く、貴族たちを取りまとめて国に尽くしてくれる極めて有能な人間だと。

 しかし今のジェフリー王太子は少し警戒感を持ってリフシュタイン侯爵を見るようにしていた。
 するとリフシュタイン侯爵の裏の顔が――高い権力志向が、忠臣の姿の陰にちらほらと見え隠れすることに気付いたのだ。

 ともあれ。
 そんな熟練の策士たるリフシュタイン侯爵が、娘にライバルを襲わせるなどといった下の下の策を行わせるなどということは、天地が翻ってもあり得ないことだった。

 よって今回の一件は婚約破棄を起因とするアンナローゼ個人の暴走だと、ジェフリー王太子はそう結論付ける。

 だから少しだけ語気を弱めると、アンナローゼに言い聞かせるように語り掛けた。

「アンナローゼ、君が俺との婚約絡みでミリーナに思うところがあるのは理解できる。頭で分かっていても心で納得できないのが、人というものだからな」

「は、はい……」

「しかしだからといってあまりオイタが過ぎるようだと俺も大事おおごとにせざるを得ない。俺の言葉の意味は、冷静になった今ならもう分かるよな?」

「申し訳ありませんでしたジェフリー王太子殿下。こたびの一件、なにとぞお父さまとお母さまにはご内密にしていただきたく……」

「もちろん俺だって事を荒立てたいわけじゃない。リフシュタイン侯爵家は初代国王以来の重臣だし、今後はミリーナに余計な口出しはしないと誓えば特別にこの場は不問に付そう」

「ローエングリン王家のユニコーンの紋章と、リフシュタイン侯爵家・初代当主アバレイア=マルス=リフシュタインの名に懸けて、金輪際このようなことはしないとお誓い申し上げます」

「その言葉、王太子である俺がしかと聞き届けたぞ。決して違えるなよ、アンナローゼ=リフシュタイン」

「ジェフリー王太子殿下、そしてミリーナ様。こたびの暴挙、誠に申し訳ありませんでした。アンナローゼ=リフシュタイン、ここに付してお詫び申し上げます」

 アンナローゼは床に正座をすると、頭を床に擦り付けるように深々と頭を下げた。
 アンナローゼの取り巻きも慌ててそれにならう。

「ならばいい、今回に限っては特別に許す。ただし配置換えは行うぞ。お前をミリーナの近くには置いておけない」

「は、はい。心得ておりますわ……」

 配置換え――つまり同じ高級女官であっても、何の権力を持ちえない末端の端役に左遷するということだ。

 後日、アンナローゼは保麗女官長──宮中を綺麗に清掃し美しく保つための女官たちの長に任命、実質左遷された。
 また取り巻きたちも一般女官への降格となった。

「ではもう行け。君たちの顔を見ているのも不愉快だ」

 強い口調で促されて、アンナローゼたちは逃げるようにこの場を後にした。

 こうしてミリーナはあわやロストバージンの危機から脱し、王宮の隅にある人気のない小部屋にはミリーナとジェフリー王太子だけが残された。
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