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第二章 王宮女官ミリーナ
第18話 歌唱コンテスト(2)
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歌唱コンテストの参加者が全員歌い終わった後。
「これで最後だ、どうだったミリーナ?」
「ある程度は絞り込めたかと思います」
「そうか。ちなみに俺の中では優勝候補は最後の2人だな。リフシュタイン侯爵家令嬢アンナローゼと、商家の娘システィナ。俺はこの2人の歌が特に気に入ったが、どちらも素晴らしくて甲乙つけがたい。実に悩ましいところだ」
「私もジェフリー王太子殿下と全く同じ意見ですわ」
「ならちょうどいいな。ミリーナ、君の意見でどちらが優勝かを決めるとしよう」
「何が『なら』で、何が『ちょうどいい』のですか!? 一体どうすればそのような結論になるのです! 最後はちゃんとジェフリー王太子殿下がお決めになってくださいませ!」
いきなりの無理難題に、ミリーナはジェフリー王太子にだけ聞こえるように小声で抗議した。
(この前もいきなり外交デビューをさせられましたし、もしかしてジェフリー王太子殿下は私に無理難題を吹っ掛けてあたふたする姿を見て楽しんでおられるドSなのではありませんか!?)
あまりのことに、ついついそんな不敬なことまで思ってしまいそうになるミリーナだ。
しかしジェフリー王太子は珍しく、少し疲れたような顔を見せると自嘲気味に呟いた。
「正直言うと、俺にも色々としがらみがあってな。公正ではない判断をせねばならん時もままあるのだ。しかし今日せっかくこうやって君と一緒に、この美しい調べを楽しんだのだ。俺としては良いものは良いと言って、最後まで気持ちよく終わりたくもある」
「王太子という立場にあられても、しがらみはあるのですね」
「多くの者に担がれる立場であればこそ、より一層しがらみからは抜け出せないものさ」
「言われてみれば確かにそういうものなのでしょうね、世の中というものは」
その言葉にミリーナは大いに納得してしまった。
それは王太子付き女官になった自分がまさに今、様々なしがらみに囚われるようになってしまったからだ。
その与えられた地位以外ミリーナ自身は何も変わっていない。
であるにもかかわらず、今のミリーナには多くの貴族やその子女たちが土産を持って面会を求めてくるのだ。
それだけでなく、実家のエクリシア男爵家にも様々な貴族が縁を繋ぐべく贈り物を持って訪ねてきているらしい。
貧しく家格も低く領地も持たない宮廷貴族の父エクリシア男爵は、他の貴族からの面会を簡単には断れない。
そしてそんな風に父と会った上で、懇意にしていると言われてしまっては、ミリーナも無下に断ることはできず、様々な相手と面会せざるを得なかったのだ。
そんなミリーナの事情はさておき。
「だがしかしだ。もし君が俺と同じ意見だったのならば、俺は心置きなくそのしがらみを投げ捨てることができる、君となら俺はなんだってできる。だからミリーナ、ここは君が選んでくれ。もしも君が俺と同じ意見ならば俺はそれを採用する」
その不意に見せた弱気な言葉に、ミリーナはジェフリー王太子の中にある苦悩を感じざるを得なかった。
私だけはこの人に寄り添ってあげないといけないと、どうしようもない程強く思ってしまったのだ。
それはミリーナの心の奥に刻まれた思い出の残滓――ミリーナ自身は何となくしか覚えていないが、別れ際にジェンが見せた寂しげな表情と似ていたこと――がそうさせたのだった。
「分かりました。ですがあくまで決めるのはジェフリー王太子殿下であり、私のは参考意見ということでお願いしますわ。それがこの場の最高責任者たるジェフリー王太子殿下の果たすべき職責かと存じますので」
「そうだな、分かった」
「では……そうですね、私としては商家の娘のシスティナの方が、歌が好きだという気持ちが強く伝わってきた気がしました」
「ふむ」
「対してリフシュタイン侯爵家令嬢アンナローゼ様は少し技巧に走り過ぎていて、技術的には上手くあっても聞いている者の心を震わせるという点において、ほんのわずか劣っていたように思いますわ」
「ほぅ……」
「あ、いえ、もちろん単なる私個人の感想ですし、ものすごく僅差の勝負なのですけれど」
「いや実を言うと、俺も同じように思っていた。システィナの方がわずかに心を震わせる歌であったとな」
「そうだったのですね」
「だが両者に大きな差がなく、どちらが勝ってもおかしくない状況であれば、俺は本来であればリフシュタイン侯爵家令嬢アンナローゼを勝たせなくてはならん。貴族の面目を守るために」
「そのお気持ちはよく分かりますわ。ではやはり――」
アンナローゼ様を勝たせるのですね――というミリーナの言葉を上書きするようにジェフリー王子は力強く宣言した。
「だがこうやって君が俺を後押ししてくれた。俺は君との時間を一点の曇りもない特別な時間にしたいのだ。よってここは己の心に従って、正しく評価すると決めた。優勝はシスティナとする」
そういうわけで。
ミリーナの後押しもあって、今年の王家主催の歌唱コンテストの優勝者は商家の娘システィナに。
2位はリフシュタイン侯爵家令嬢アンナローゼに決まり幕を閉じた。
「これで最後だ、どうだったミリーナ?」
「ある程度は絞り込めたかと思います」
「そうか。ちなみに俺の中では優勝候補は最後の2人だな。リフシュタイン侯爵家令嬢アンナローゼと、商家の娘システィナ。俺はこの2人の歌が特に気に入ったが、どちらも素晴らしくて甲乙つけがたい。実に悩ましいところだ」
「私もジェフリー王太子殿下と全く同じ意見ですわ」
「ならちょうどいいな。ミリーナ、君の意見でどちらが優勝かを決めるとしよう」
「何が『なら』で、何が『ちょうどいい』のですか!? 一体どうすればそのような結論になるのです! 最後はちゃんとジェフリー王太子殿下がお決めになってくださいませ!」
いきなりの無理難題に、ミリーナはジェフリー王太子にだけ聞こえるように小声で抗議した。
(この前もいきなり外交デビューをさせられましたし、もしかしてジェフリー王太子殿下は私に無理難題を吹っ掛けてあたふたする姿を見て楽しんでおられるドSなのではありませんか!?)
あまりのことに、ついついそんな不敬なことまで思ってしまいそうになるミリーナだ。
しかしジェフリー王太子は珍しく、少し疲れたような顔を見せると自嘲気味に呟いた。
「正直言うと、俺にも色々としがらみがあってな。公正ではない判断をせねばならん時もままあるのだ。しかし今日せっかくこうやって君と一緒に、この美しい調べを楽しんだのだ。俺としては良いものは良いと言って、最後まで気持ちよく終わりたくもある」
「王太子という立場にあられても、しがらみはあるのですね」
「多くの者に担がれる立場であればこそ、より一層しがらみからは抜け出せないものさ」
「言われてみれば確かにそういうものなのでしょうね、世の中というものは」
その言葉にミリーナは大いに納得してしまった。
それは王太子付き女官になった自分がまさに今、様々なしがらみに囚われるようになってしまったからだ。
その与えられた地位以外ミリーナ自身は何も変わっていない。
であるにもかかわらず、今のミリーナには多くの貴族やその子女たちが土産を持って面会を求めてくるのだ。
それだけでなく、実家のエクリシア男爵家にも様々な貴族が縁を繋ぐべく贈り物を持って訪ねてきているらしい。
貧しく家格も低く領地も持たない宮廷貴族の父エクリシア男爵は、他の貴族からの面会を簡単には断れない。
そしてそんな風に父と会った上で、懇意にしていると言われてしまっては、ミリーナも無下に断ることはできず、様々な相手と面会せざるを得なかったのだ。
そんなミリーナの事情はさておき。
「だがしかしだ。もし君が俺と同じ意見だったのならば、俺は心置きなくそのしがらみを投げ捨てることができる、君となら俺はなんだってできる。だからミリーナ、ここは君が選んでくれ。もしも君が俺と同じ意見ならば俺はそれを採用する」
その不意に見せた弱気な言葉に、ミリーナはジェフリー王太子の中にある苦悩を感じざるを得なかった。
私だけはこの人に寄り添ってあげないといけないと、どうしようもない程強く思ってしまったのだ。
それはミリーナの心の奥に刻まれた思い出の残滓――ミリーナ自身は何となくしか覚えていないが、別れ際にジェンが見せた寂しげな表情と似ていたこと――がそうさせたのだった。
「分かりました。ですがあくまで決めるのはジェフリー王太子殿下であり、私のは参考意見ということでお願いしますわ。それがこの場の最高責任者たるジェフリー王太子殿下の果たすべき職責かと存じますので」
「そうだな、分かった」
「では……そうですね、私としては商家の娘のシスティナの方が、歌が好きだという気持ちが強く伝わってきた気がしました」
「ふむ」
「対してリフシュタイン侯爵家令嬢アンナローゼ様は少し技巧に走り過ぎていて、技術的には上手くあっても聞いている者の心を震わせるという点において、ほんのわずか劣っていたように思いますわ」
「ほぅ……」
「あ、いえ、もちろん単なる私個人の感想ですし、ものすごく僅差の勝負なのですけれど」
「いや実を言うと、俺も同じように思っていた。システィナの方がわずかに心を震わせる歌であったとな」
「そうだったのですね」
「だが両者に大きな差がなく、どちらが勝ってもおかしくない状況であれば、俺は本来であればリフシュタイン侯爵家令嬢アンナローゼを勝たせなくてはならん。貴族の面目を守るために」
「そのお気持ちはよく分かりますわ。ではやはり――」
アンナローゼ様を勝たせるのですね――というミリーナの言葉を上書きするようにジェフリー王子は力強く宣言した。
「だがこうやって君が俺を後押ししてくれた。俺は君との時間を一点の曇りもない特別な時間にしたいのだ。よってここは己の心に従って、正しく評価すると決めた。優勝はシスティナとする」
そういうわけで。
ミリーナの後押しもあって、今年の王家主催の歌唱コンテストの優勝者は商家の娘システィナに。
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