上 下
13 / 67
第二章 王宮女官ミリーナ

第12話 荒々しくも情熱的な口づけ

しおりを挟む
「いえ、ですが私は昨日の夜にテラスで初めてジェフリー王太子殿下とお会いして、ほんの少しばかりの話をしただけですわ」

「そうだ。昨日、君と話をした。そして俺の妃に迎えるには君しかいないと直感したのだ。何の問題がある?」

「僭越ながら申し上げますと、さすがにそれはいかがなものでしょうか? 私は家格の低い男爵家の娘ですし、取り立てて容姿が優れているわけでもございません。これ以上大事になる前に、もう一度冷静になって考え直された方がよろしいのではありませんか?」

「なんだ? 俺の妃候補になるのは不満か? もしかして君は他に好きな人でもいるのか?」

「…………いえ、そういうわけではございません」

 好きな人がいるかと問われ、ミリーナは「いない」と答えたものの、しかし即答することができなかった。

 今現在ミリーナにはっきりと好きだと言えるような相手はいない。
 それは間違いのない事実だ。

 しかしジェフリー王太子に問われた瞬間、ミリーナはあの初恋のジェンを思い出してしまったのだ。

 夏の太陽のように目を輝かせて笑うジェンの顔を思い出してしまい、ミリーナは即答することができなかったのだ。

 もう10年も前の子供の頃の淡い想い――そう切って捨てるには、ジェンの笑顔はミリーナの心の中で大きく育ちすぎてしまっていた。

(好き、というのとは多分違うの。でも私の心の中にはまだジェンの笑顔が確かにあるんだわ。幼い時分にたった1日、一緒に街を回っただけのジェンという名前以外どこの誰とも分からぬ男の子。だっていうのに、あの天真爛漫な笑顔は今も私の心の中で嬉しそうに笑いかけてくるのですもの――)

 ジェフリー王太子に改めて問われたことで、ミリーナはそのことを強く理解してしまったのだ。

 しかしそんなミリーナの恋する乙女の表情を見たジェフリー王太子の心は、身も焦がすような激しい嫉妬の炎で埋めつくされてゆく。

「そうか、君には想い人がいるのか」

「い、いえ、本当にそういうのではないのです、ないのですが――」

 言いかけたミリーナの言葉はしかしそこで止まった。
 止められてしまった。
 ジェフリー王太子がミリーナを抱きすくめると、強引にその唇を奪ったからだ。

 チュッ、チュ、ンチュ、チュ、チュパ……

 力強い腕でミリーナを抱きしめたまま、ジェフリー王太子はミリーナの唇を激しく荒々しく蹂躙していく。

「ぁ……だめ、ん……っ、ぁん……」

 優しいイメージのジェフリー王太子が見せた荒々しくも情熱的な振る舞いに、ミリーナは最初驚きで身体を強張らせてしまった。

 びくともせずにすぐに諦めたのだが、抵抗しようとジェフリー王太子の腕の中でもがきもした。

 雄という圧倒的な強者に自由を奪われなすがままにされることに、本能的な恐怖を覚えてしまったからだ。

 しかし力強くミリーナを抱きしめながら一心不乱にミリーナの唇をむさぼるジェフリー王太子の姿に、ミリーナは自分のそんな拒絶の心が次第に溶かされていくのを感じていた。

 抜群のルックスを誇る王太子から突然愛の告白をされ、さらには情熱的に唇を奪われる――まるでロマンス小説のようなシチュエーションは、ミリーナの乙女心を大いに刺激してやまなかった。

 けれどミリーナは、はすっぱな尻軽女ではない。
 実家はしがない下級貴族とはいえ、貴族の娘としてしっかりと教養とマナーを学んできたミリーナは、表面上の顔立ちの良さなどで心の奥まで簡単に許すような女では決してない。

 だというのに――。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...