上 下
1 / 1

~ノートルダムの鐘楼の上で~

しおりを挟む
 あの日、私が人生で最も恥ずかしかった瞬間。
 それはノートルダム大聖堂のシンボルである鐘楼、そのてっぺんでの出来事だった。

「じゃあミク、人数制限が厳しくてみんなは行けないからミクだけ登ってきていいよ」

 私は友達と一緒にパリに卒業旅行中だったんだけど、有名観光地のノートルダム大聖堂の鐘楼は入場できる人数の制限が厳しかったため、じゃんけんで勝った私だけが鐘楼の上へと登ることができたのだ。

「上からの景色は最高だよ! なんかの映画でも言ってたし」
「だから私たちの分まで楽しんで来てね」

 そんな友達の言葉に乗せられ、私は鐘楼に登り始めた。
 最初は上を見上げながら軽快に登っていたが、段々と足取りが重くなっていく。

(じゃんけんに買ってチャンスをゲットできたとはいえ、階段を登るのが地味にしんどいかも……)

 そうは言っても私が一人だけ上まで行くことができるのだから、皆の分まで楽しまなければ申し訳が立たない。
 私は長い長い階段をひたすら登って行った。

 そしてひーこら言いながらとうとう鐘楼の上に到着したのだが――それまで階段を上るのに息を切らせていたことも忘れて、私は眼下に広がる広大なパリの景色を前に、感動で胸がいっぱいになっていた。

「すごい景色……! パリの全てが見渡せそう! おっとと。後でみんなに見せるための動画を撮らないと」

 私はスマホを取り出すと、動画を撮影しようと両手で構えた。

 その瞬間だった。
 突然の突風が吹いて私のスカートが盛大に持ち上がり、あろうことかパンツが丸見えになってしまったのは――!
 
「ひやんっ!?」

 とっさにスカートを抑えたものの、私は驚きと恥ずかしさで身動きができなくなってしまう。
 周囲の観光客の笑い声が耳に響く。
 恥ずかしさに顔が真っ赤になっていくのが分かる。
 穴があったら入ってしまいたかった。

 ――と、
「大丈夫?」
 そんな私に近くにいた男性が声をかけてくれた。

 日本語だ。

 彼は私の周りで笑っている他の観光客を威嚇するように睨むと、一転して笑顔になって私の手を取り、フランス貴族のように優しく下までエスコートしてくれたのだった。

「ありがとうございました」
 お礼を言う私に、

「いいってことさ。外国じゃ日本語は通じないし、日本人同士助け合わないとね」
 彼は爽やかな口調で短く言うと、柔和な笑みを浮かべたまま観光客でごった返すパリの街並へと消えていった。

「あ、しまった。名前と連絡先くらい聞いておけばよかったな……」
 そのことに私が気付いたのは、彼の姿が完全に見えなくなってしまってからのことだった。


 ――それから数年後。

 私は再びパリにいた。
 外資系に就職した私は、短期出張でパリに仕事にきていたのだ。
 ハードスケジュールで明日にはまた日本に帰国しないといけないのだが、それでも何とか仕事を終わらせて時間を作って、あの思い出のノートルダム大聖堂へとやってきたのだ。

 おりしも今日はあの日と同じ日付け、そして同じ時刻だった。
 運命に導かれるように、あの時助けてくれた彼に会えるかなと、そんな淡い期待を抱きながら私はノートルダム大聖堂の鐘楼の一番上へと上っっていった。

 てっぺんまで行くと、数年ぶりの広大なパリの景色が私の目に飛び込んでくる。

「ま、会えるわけないんだけどね。パリにどれだけ人がいるんだって話だし」

 自嘲するように笑いながら、

「帰ろうっと」
 鐘楼を折りかけたところで、不意に突風が吹いた。
 おっと、今度は好きにさせないわよ、と思いながら私はすぐにスカートを抑えて事なきを得る。

 だから気付くのに遅れた――目の前にいた彼の存在に。

「あれから同じ日、同じ時間に毎年ここに来てたんだ。また君に会えるかなって思ってさ。でもいい加減、今年で最後にしようかなって思ったんだけど、敢えて良かった」

 あの時の懐かしい声が聞こえてくる。

「嘘、また会えるなんて――」

 ノートルダムの鐘楼の上で――私と彼は再び巡り合った。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...