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アフターストーリー
25 years later ~25年後~(1)
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私「ヴェロニカ・フォン・セラフィム」がセラフィム王国の王女の地位を剥奪され、ただの「ヴェロニカ」となってこの絶海の孤島にある修道院に入ってから早25年の月日が流れた。
最初は質素かつ不慣れな生活に四苦八苦していた私も、今ではすっかりと修道生活にも慣れ、修道院長というお役目を授かるにまでなっていた。
「皆さん、今日もいい天気ですね。それでは今日もお祈りと奉仕活動に励みましょう」
皆とともに毎日決まった通りに祈りを捧げ、変わらぬ奉仕活動を行い、1日2回の慎ましい食事をいただいて、静かに日々を過ごし一生を終える。
ここは一事が万事そういう場所だった。
私もここでこのまま静かに一生を終えるのだ。
既に私はそれらのことに何の疑問も持たなくなっていた。
もうよくは覚えてはいないけれど、この島に来た最初の頃はお父さまやセラフィム王国の貴族たちがそのうち助けにきてくれるのではないかと、そんなバカなことを考えていた気がする。
だけどこの変わり映えのしない『世界』で10年を過ごした頃には、余計なことを考える気力すら失われていた。
『諦め』によってヴェロニカという一人の人間の心が、少しずつ摩耗していったのだ。
そして心はこの生活をただただ受け入れるだけの小さな欠片だけとなって、そうして気が付けば25年の月日が流れてしまっていた。
そんな無味乾燥で穏やかすぎる日々が続いていたある日。
それは月に一度の物資運搬船の到着する日のことだった。
修道院を預かる修道院長として、いつものように物資の受け取りに立ち会い、検品をしていた私の前を、荷物を背負った一人の人夫が通り過ぎたのは。
20歳手前くらいの若い青年の人夫だった。
最近雇われたのだろう、今までに見たことのない新顔の若者。
人間にしては耳がやや長くエルフにしてはやや短いので、ハーフエルフだろうか。
青年の整った顔立ちもさることながら、しかし私の目を引いたのは強い意志を秘めた澄んだ瞳だった。
何かをなそうとする者だけが持つ、強い決意を帯びた目をしていたのだ。
そして私はその目にどうしようもなく見覚えがあった。
「破邪の聖女ミレイユ・アプリコット――」
とても懐かしい名前が、私の口からこぼれ落ちる。
青年の目を見た私は、かつてちょっとしたいざこざがあった相手の名前を思い出さずにはいられなかったのだ。
そしてそれはすぐに確信へと変わっていた。
少し観察すれば分かる。
どうにも隠し切れていない洗練された立ち居振る舞いと言葉遣い。
必死に平民の振りをしようとしているが、全然隠しきれていないのだ。
「うーん、残念だけど演技力はゼロ、大根役者ね」
既に私は、この青年がミレイユの血縁――おそらく子供なのだと直感的に理解していた。
遠い遠い記憶をひも解いていくと、ミレイユは確かエルフィーナ王国の王子と婚約していたはずだ。
つまりこの青年は王子様であり、何らかの『目的』があって平民の人夫として物資運搬船に潜り込んだのだ。
さらに言うなれば私はその『目的』にも見当がついていた。
ここに来て25年の間に、私は私と同じようにここに島流しにされた少なくない王侯・貴族の女子たちを見てきた。
彼女たちは大きく2つに分けることができる。
1つ目のタイプは、自分の無法がたたりその地位を剥奪された者。
我がまま放題好き放題したあげくにここに送られて、華やかな約束された人生を棒に振ったお馬鹿さん。
まぁありていに言えば昔の私だ。
このタイプは最初の1か月はぎゃーぎゃー騒ぐものの、散々食事を抜かれ、ここでは誰も助けてくれないのだと理解した後は、ひたすら死んだ魚のような目をして生活を送ることになる。
そしてもう1つのタイプが、本人の性格とは関係なく親類縁者が権力争いなどに破れその地位を奪われた者だった。
彼女たちは誰もが正しく育てられた良家の子女であり、躾が行き届いていて温厚で、こんな絶海の孤島に島流しにあったというのに、それでもなお生真面目にここでのルールを守って粛々と生きようとするのだ。
最初は質素かつ不慣れな生活に四苦八苦していた私も、今ではすっかりと修道生活にも慣れ、修道院長というお役目を授かるにまでなっていた。
「皆さん、今日もいい天気ですね。それでは今日もお祈りと奉仕活動に励みましょう」
皆とともに毎日決まった通りに祈りを捧げ、変わらぬ奉仕活動を行い、1日2回の慎ましい食事をいただいて、静かに日々を過ごし一生を終える。
ここは一事が万事そういう場所だった。
私もここでこのまま静かに一生を終えるのだ。
既に私はそれらのことに何の疑問も持たなくなっていた。
もうよくは覚えてはいないけれど、この島に来た最初の頃はお父さまやセラフィム王国の貴族たちがそのうち助けにきてくれるのではないかと、そんなバカなことを考えていた気がする。
だけどこの変わり映えのしない『世界』で10年を過ごした頃には、余計なことを考える気力すら失われていた。
『諦め』によってヴェロニカという一人の人間の心が、少しずつ摩耗していったのだ。
そして心はこの生活をただただ受け入れるだけの小さな欠片だけとなって、そうして気が付けば25年の月日が流れてしまっていた。
そんな無味乾燥で穏やかすぎる日々が続いていたある日。
それは月に一度の物資運搬船の到着する日のことだった。
修道院を預かる修道院長として、いつものように物資の受け取りに立ち会い、検品をしていた私の前を、荷物を背負った一人の人夫が通り過ぎたのは。
20歳手前くらいの若い青年の人夫だった。
最近雇われたのだろう、今までに見たことのない新顔の若者。
人間にしては耳がやや長くエルフにしてはやや短いので、ハーフエルフだろうか。
青年の整った顔立ちもさることながら、しかし私の目を引いたのは強い意志を秘めた澄んだ瞳だった。
何かをなそうとする者だけが持つ、強い決意を帯びた目をしていたのだ。
そして私はその目にどうしようもなく見覚えがあった。
「破邪の聖女ミレイユ・アプリコット――」
とても懐かしい名前が、私の口からこぼれ落ちる。
青年の目を見た私は、かつてちょっとしたいざこざがあった相手の名前を思い出さずにはいられなかったのだ。
そしてそれはすぐに確信へと変わっていた。
少し観察すれば分かる。
どうにも隠し切れていない洗練された立ち居振る舞いと言葉遣い。
必死に平民の振りをしようとしているが、全然隠しきれていないのだ。
「うーん、残念だけど演技力はゼロ、大根役者ね」
既に私は、この青年がミレイユの血縁――おそらく子供なのだと直感的に理解していた。
遠い遠い記憶をひも解いていくと、ミレイユは確かエルフィーナ王国の王子と婚約していたはずだ。
つまりこの青年は王子様であり、何らかの『目的』があって平民の人夫として物資運搬船に潜り込んだのだ。
さらに言うなれば私はその『目的』にも見当がついていた。
ここに来て25年の間に、私は私と同じようにここに島流しにされた少なくない王侯・貴族の女子たちを見てきた。
彼女たちは大きく2つに分けることができる。
1つ目のタイプは、自分の無法がたたりその地位を剥奪された者。
我がまま放題好き放題したあげくにここに送られて、華やかな約束された人生を棒に振ったお馬鹿さん。
まぁありていに言えば昔の私だ。
このタイプは最初の1か月はぎゃーぎゃー騒ぐものの、散々食事を抜かれ、ここでは誰も助けてくれないのだと理解した後は、ひたすら死んだ魚のような目をして生活を送ることになる。
そしてもう1つのタイプが、本人の性格とは関係なく親類縁者が権力争いなどに破れその地位を奪われた者だった。
彼女たちは誰もが正しく育てられた良家の子女であり、躾が行き届いていて温厚で、こんな絶海の孤島に島流しにあったというのに、それでもなお生真面目にここでのルールを守って粛々と生きようとするのだ。
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