61 / 66
アフターストーリー
第61話 ~エピローグ~ 見ずの呼吸――凪
しおりを挟む
今日のわたしはアンナをお共にジェイクに連れ添って、「青少年合唱コンクール」の特別審査員席に座っていた。
エルフィーナ王家が主催している毎年恒例のイベントだそうで、文字通り青少年たちが一生懸命歌っているのを聴いて審査をするのだ。
現在ヴァルス禍が一段落しエルフィーナが復興の真っ最中ということもあって、立役者である「救国の聖女」(自称じゃなくて今のわたしは国民からそんな風に呼ばれている)ミレイユ・アプリコットは、その特別審査員の顔としてお呼ばれしたんだけど――、
「改めてもう一度言わせてもらうけど、わたしは音楽の細かい良し悪しなんてさっぱり分からないんだけど……」
今歌っていたグループがちょうど歌い終わって、次のグループと交代するわずかの間に、隣に座るジェイクにだけ聞こえるようにそっと小さな声でわたしは話しかけた。
というのも、ここまでのわたしの感想は「みんなとても上手」としか言いようがなかったからだ。
今日歌っている合唱団はどれも各地の予選を勝ち抜いてきたツワモノたちであり、当然セミプロレベルの高い技術を持っている。
そんなハイレベルな合唱を、わたしのような音楽ド素人の耳で優劣をつけるなんてどう考えても不可能でしょう?
だっていうのに、
「ははっ、そんなに気張らなくてもミレイユが良いと思ったものを素直に選べばいいと思うぞ?」
ジェイクはゆるーい笑顔でそんなことを言ってくるのだ。
「ズブの素人が良いと思ってもねぇ……意味あるのかしらそれ……」
わたしはなおもそう言ったんだけど、
「いやいや、音楽の専門家ばかりだとそれはそれで採点の方向性が偏るだろ? 芸術は時に専門的になり過ぎて、大衆の感性や求めるものとズレてしまうものなんだ。だから一般大衆目線での評価っていうのは、芸術にとって意外と大事なんだよな」
「うーん、それはそうなのかもしれないけど、でもその道の専門家が多数いる中で、あえて素人が採点するなんて……プ、プレッシャーが……」
「おいおい、プレッシャーを感じるなんてミレイユらしくないな? いつもみたいに堂々と好きなように採点すればいいんだよ」
「そうは言ってもねぇ……」
自分が審査することをわたしがここまで気にするのには、もちろん理由があった。
話によるとこの合唱コンクールで優秀な成績を収めた者は、王宮にある王立音楽隊に推薦を貰って無試験で入れるのだとかなんとか。
つまり音楽に情熱を注いでいる青少年たちの未来を、何も分かってないわたしの採点が左右しかねないというわけなのだ。
これにはさすがのわたしもプレッシャーを感じざるを得ないのである……。
しかもだ。
ジェイクときたらわたしとは違って、明らかに「専門家の側」にいるんだもん。
『高音域が伸びやかで深みもあるな、低音パートとのハーモニーが実に心地いい』
とか、
『すごく難しい曲なのに完成度が高いなぁ。技術的には文句なしに今日一番だな』
とか。
どこからどう見ても、分かってる風な独り言を言ってるんだもん。
反対隣りに座っているアンナはお付きメイドで審査権は持っていないので、つまり今日の審査員で素人なのってわたしだけじゃん!(泣)
しかし一度引き受けてしまったものを今さら拒否することなんてできないし、わたしのプライド的にそんなことは絶対にしたくない。
なのでわたしはその後も必死に合唱を聴いた。
呼吸を整えて、心を凪にして、時には目をつむって見ずの呼吸でただひたすらに合唱を聴くことに全力集中した。
しかし結局わたしはそのハイレベルな争いの中のわずか差異をまったく感じ取ることができず、仕方なく全ての合唱に満点である10点を付けたのだった……。
エルフィーナ王家が主催している毎年恒例のイベントだそうで、文字通り青少年たちが一生懸命歌っているのを聴いて審査をするのだ。
現在ヴァルス禍が一段落しエルフィーナが復興の真っ最中ということもあって、立役者である「救国の聖女」(自称じゃなくて今のわたしは国民からそんな風に呼ばれている)ミレイユ・アプリコットは、その特別審査員の顔としてお呼ばれしたんだけど――、
「改めてもう一度言わせてもらうけど、わたしは音楽の細かい良し悪しなんてさっぱり分からないんだけど……」
今歌っていたグループがちょうど歌い終わって、次のグループと交代するわずかの間に、隣に座るジェイクにだけ聞こえるようにそっと小さな声でわたしは話しかけた。
というのも、ここまでのわたしの感想は「みんなとても上手」としか言いようがなかったからだ。
今日歌っている合唱団はどれも各地の予選を勝ち抜いてきたツワモノたちであり、当然セミプロレベルの高い技術を持っている。
そんなハイレベルな合唱を、わたしのような音楽ド素人の耳で優劣をつけるなんてどう考えても不可能でしょう?
だっていうのに、
「ははっ、そんなに気張らなくてもミレイユが良いと思ったものを素直に選べばいいと思うぞ?」
ジェイクはゆるーい笑顔でそんなことを言ってくるのだ。
「ズブの素人が良いと思ってもねぇ……意味あるのかしらそれ……」
わたしはなおもそう言ったんだけど、
「いやいや、音楽の専門家ばかりだとそれはそれで採点の方向性が偏るだろ? 芸術は時に専門的になり過ぎて、大衆の感性や求めるものとズレてしまうものなんだ。だから一般大衆目線での評価っていうのは、芸術にとって意外と大事なんだよな」
「うーん、それはそうなのかもしれないけど、でもその道の専門家が多数いる中で、あえて素人が採点するなんて……プ、プレッシャーが……」
「おいおい、プレッシャーを感じるなんてミレイユらしくないな? いつもみたいに堂々と好きなように採点すればいいんだよ」
「そうは言ってもねぇ……」
自分が審査することをわたしがここまで気にするのには、もちろん理由があった。
話によるとこの合唱コンクールで優秀な成績を収めた者は、王宮にある王立音楽隊に推薦を貰って無試験で入れるのだとかなんとか。
つまり音楽に情熱を注いでいる青少年たちの未来を、何も分かってないわたしの採点が左右しかねないというわけなのだ。
これにはさすがのわたしもプレッシャーを感じざるを得ないのである……。
しかもだ。
ジェイクときたらわたしとは違って、明らかに「専門家の側」にいるんだもん。
『高音域が伸びやかで深みもあるな、低音パートとのハーモニーが実に心地いい』
とか、
『すごく難しい曲なのに完成度が高いなぁ。技術的には文句なしに今日一番だな』
とか。
どこからどう見ても、分かってる風な独り言を言ってるんだもん。
反対隣りに座っているアンナはお付きメイドで審査権は持っていないので、つまり今日の審査員で素人なのってわたしだけじゃん!(泣)
しかし一度引き受けてしまったものを今さら拒否することなんてできないし、わたしのプライド的にそんなことは絶対にしたくない。
なのでわたしはその後も必死に合唱を聴いた。
呼吸を整えて、心を凪にして、時には目をつむって見ずの呼吸でただひたすらに合唱を聴くことに全力集中した。
しかし結局わたしはそのハイレベルな争いの中のわずか差異をまったく感じ取ることができず、仕方なく全ての合唱に満点である10点を付けたのだった……。
0
お気に入りに追加
92
あなたにおすすめの小説

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です

【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

嫁ぎ先(予定)で虐げられている前世持ちの小国王女はやり返すことにした
基本二度寝
恋愛
小国王女のベスフェエラには前世の記憶があった。
その記憶が役立つ事はなかったけれど、考え方は王族としてはかなり柔軟であった。
身分の低い者を見下すこともしない。
母国では国民に人気のあった王女だった。
しかし、嫁ぎ先のこの国に嫁入りの準備期間としてやって来てから散々嫌がらせを受けた。
小国からやってきた王女を見下していた。
極めつけが、周辺諸国の要人を招待した夜会の日。
ベスフィエラに用意されたドレスはなかった。
いや、侍女は『そこにある』のだという。
なにもかけられていないハンガーを指差して。
ニヤニヤと笑う侍女を見て、ベスフィエラはカチンと来た。
「へぇ、あぁそう」
夜会に出席させたくない、王妃の嫌がらせだ。
今までなら大人しくしていたが、もう我慢を止めることにした。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる