52 / 66
最終章 聖女凱旋
第52話 ~アンドレアス&ヴェロニカSIDE~ 3(4)
しおりを挟む
セラフィム王国の玉座の間で、
「聖女ミレイユを追放したのは、他でもないアンドレアス殿です。経緯が経緯ですし彼に近い者では聖女ミレイユも思うところがあるでしょう。アンドレアス殿はヴァルス禍にかかりっきりということもありますので、代わりに自分がエルフィーナ王国に参りましょう」
デルマイユ侯爵が、玉座に座るセラフィム王に進言した。
「おお、そなた自ら行ってくれると言うのかデルマイユ。やはりそなたは頼りになるな。そなたの力で、どうにか聖女ミレイユを説得して連れ帰って欲しい」
「もちろんでございます。ですがそのためには、我が国も過去の過ちを正さねばなりませぬ。聖女ミレイユも簡単には『はい、わかりました』とはならぬでしょうから」
「アンドレアスと、我が娘ヴェロニカのことか……」
セラフィム王はそう言うと、目を閉じてしばし黙考した。
「無礼を承知で申し上げます」
「構わぬ、申せ」
「では2点申し上げます。まず、アンドレアス伯爵の元ではこの国はもう持ちませぬ。先ほどご覧になった会議の議事録から、その無策ぶりは火を見るよりも明らかかと」
「……うむ」
セラフィム王は、その言葉を噛みしめるようにうなずいた。
「2つ目に、聖女ミレイユが帰還するための条件次第では、王にも相応のご覚悟をいただきたく思う所存です」
「覚悟、か……。そうだな、元はと言えば、余がヴェロニカをことさらに甘やかしすぎたことが全ての元凶よ。国とそこに生きる多くの民のためには、もはやその振る舞い、余も見てみぬふりはできぬであろうな」
「我が子を想う心中、お察しいたします。ですが王にはヴェロニカ様だけでなく、聡明な第一王女様もおられるではありませんか」
デルマイユ侯爵は、今の発言は少々踏み込み過ぎたかと思った。
だが第一王女が聡明かつ理知的で優れた人物あることは、誰もが認める紛れもない事実なのだ。
セラフィム王国の未来を考えれば、ここでヴェロニカ第二王女の権力も地位も何もかもを、徹底的に廃しておく必要があった。
あのどうしようもない愚物が万が一にでも女王になれば、セラフィム王国は亡びるかもしれない。
そしてそれはセラフィム王自身も、内心では気づいているはずだ。
セラフィム王はしばらく考え込んだ後、言った。
「……分かった。デルマイユにエルフィーナ王国との交渉および締結の全権を一任する。何をいくら譲歩してもかまわぬ。余の名代として、一刻も早く聖女ミレイユを連れ帰ってくるのだ」
「かしこまりてございます」
「ヴェロニカとアンドレアスについては余が手を回しておく故、交渉の材料としていかようにも使うがよい」
「はっ。王のご英断に感謝いたしまする」
◆
翌日。
「なっ! デルマイユ侯爵がエルフィーナへの使者になっただと!? しかもセラフィム王より全権を与えられた特命大使になって、既にエルフィーナ王国へ出立しただと!? そんな馬鹿なことが──」
配下の貴族から伝えられた報告に、執務室にいたアンドレアスは驚き過ぎて正気を失いそうになっていた。
「セラフィム王はボクの草案に見向きもせずに、デルマイユ侯爵の案を取り入れたというのか――」
それはつまるところ、アンドレアスがセラフィム王に見限られたということに他ならなかった。
アンドレアスを取り巻く状況は、既に最悪の中の最悪に陥っていた。
しかしアンドレアスが途方に暮れる間もなく、執務室のドアが乱雑に開けられると近衛兵がわらわらと入室してきたのだ。
「ノックもせずにいったい何事だ! ここを誰の部屋だと思っている!」
「アンドレアス伯爵ですな? 王命により、これより貴殿を国家反逆罪で拘束いたします」
「ボクが国家反逆罪だと……? くっ、これは何かの間違いだ!」
「間違いではありません」
「くっ、そうだヴェロニカに、ヴェロニカ王女にあわせてくれ!」
「残念ながらそれはできかねます」
「なんだと貴様!」
「なぜならヴェロニカ王女も既に、拘束されているからです」
「なっ、そんなまさか……ヴェロニカが拘束だと……?」
「貴殿が抵抗されなければ、こちらも貴族としての敬意をもって扱いましょう。しかし抵抗したその瞬間から、貴殿はすべての権利を失った逆賊の徒となります」
「て、抵抗は……しない……」
まさに天国から地獄へ――。
中流以下の貴族が務める近衛兵を相手に、失意と屈辱にまみれながら小さな声で絞り出すように言ったアンドレアスに、しかし更なる不幸が襲いかかる。
「けほっ、こほっ! ごほっ、げほ――っ!」
急激に不快感が身体を襲ってきたかと思うと、激しいせきが止まらなくなったのだ――!
ここ1週間ほど調子が悪く、それでもなんとか事態を打開しようと睡眠時間を削りに削って、ヴァルス対策にあたっていたのだが――。
「アンドレアス様? どうされたのですか? アンドレアス様? アンドレアス様!」
配下の貴族の必死の呼びかけにも、しかしアンドレアスは言葉を返すことはできないでいた。
もうこの時点ですでに、意識がなかったからだ。
ヴァルスの急激な重症化だった。
そのわずか半日後。
アンドレアスは意識が戻らぬまま、逆賊の汚名を背負って惨めに亡くなった。
「聖女ミレイユを追放したのは、他でもないアンドレアス殿です。経緯が経緯ですし彼に近い者では聖女ミレイユも思うところがあるでしょう。アンドレアス殿はヴァルス禍にかかりっきりということもありますので、代わりに自分がエルフィーナ王国に参りましょう」
デルマイユ侯爵が、玉座に座るセラフィム王に進言した。
「おお、そなた自ら行ってくれると言うのかデルマイユ。やはりそなたは頼りになるな。そなたの力で、どうにか聖女ミレイユを説得して連れ帰って欲しい」
「もちろんでございます。ですがそのためには、我が国も過去の過ちを正さねばなりませぬ。聖女ミレイユも簡単には『はい、わかりました』とはならぬでしょうから」
「アンドレアスと、我が娘ヴェロニカのことか……」
セラフィム王はそう言うと、目を閉じてしばし黙考した。
「無礼を承知で申し上げます」
「構わぬ、申せ」
「では2点申し上げます。まず、アンドレアス伯爵の元ではこの国はもう持ちませぬ。先ほどご覧になった会議の議事録から、その無策ぶりは火を見るよりも明らかかと」
「……うむ」
セラフィム王は、その言葉を噛みしめるようにうなずいた。
「2つ目に、聖女ミレイユが帰還するための条件次第では、王にも相応のご覚悟をいただきたく思う所存です」
「覚悟、か……。そうだな、元はと言えば、余がヴェロニカをことさらに甘やかしすぎたことが全ての元凶よ。国とそこに生きる多くの民のためには、もはやその振る舞い、余も見てみぬふりはできぬであろうな」
「我が子を想う心中、お察しいたします。ですが王にはヴェロニカ様だけでなく、聡明な第一王女様もおられるではありませんか」
デルマイユ侯爵は、今の発言は少々踏み込み過ぎたかと思った。
だが第一王女が聡明かつ理知的で優れた人物あることは、誰もが認める紛れもない事実なのだ。
セラフィム王国の未来を考えれば、ここでヴェロニカ第二王女の権力も地位も何もかもを、徹底的に廃しておく必要があった。
あのどうしようもない愚物が万が一にでも女王になれば、セラフィム王国は亡びるかもしれない。
そしてそれはセラフィム王自身も、内心では気づいているはずだ。
セラフィム王はしばらく考え込んだ後、言った。
「……分かった。デルマイユにエルフィーナ王国との交渉および締結の全権を一任する。何をいくら譲歩してもかまわぬ。余の名代として、一刻も早く聖女ミレイユを連れ帰ってくるのだ」
「かしこまりてございます」
「ヴェロニカとアンドレアスについては余が手を回しておく故、交渉の材料としていかようにも使うがよい」
「はっ。王のご英断に感謝いたしまする」
◆
翌日。
「なっ! デルマイユ侯爵がエルフィーナへの使者になっただと!? しかもセラフィム王より全権を与えられた特命大使になって、既にエルフィーナ王国へ出立しただと!? そんな馬鹿なことが──」
配下の貴族から伝えられた報告に、執務室にいたアンドレアスは驚き過ぎて正気を失いそうになっていた。
「セラフィム王はボクの草案に見向きもせずに、デルマイユ侯爵の案を取り入れたというのか――」
それはつまるところ、アンドレアスがセラフィム王に見限られたということに他ならなかった。
アンドレアスを取り巻く状況は、既に最悪の中の最悪に陥っていた。
しかしアンドレアスが途方に暮れる間もなく、執務室のドアが乱雑に開けられると近衛兵がわらわらと入室してきたのだ。
「ノックもせずにいったい何事だ! ここを誰の部屋だと思っている!」
「アンドレアス伯爵ですな? 王命により、これより貴殿を国家反逆罪で拘束いたします」
「ボクが国家反逆罪だと……? くっ、これは何かの間違いだ!」
「間違いではありません」
「くっ、そうだヴェロニカに、ヴェロニカ王女にあわせてくれ!」
「残念ながらそれはできかねます」
「なんだと貴様!」
「なぜならヴェロニカ王女も既に、拘束されているからです」
「なっ、そんなまさか……ヴェロニカが拘束だと……?」
「貴殿が抵抗されなければ、こちらも貴族としての敬意をもって扱いましょう。しかし抵抗したその瞬間から、貴殿はすべての権利を失った逆賊の徒となります」
「て、抵抗は……しない……」
まさに天国から地獄へ――。
中流以下の貴族が務める近衛兵を相手に、失意と屈辱にまみれながら小さな声で絞り出すように言ったアンドレアスに、しかし更なる不幸が襲いかかる。
「けほっ、こほっ! ごほっ、げほ――っ!」
急激に不快感が身体を襲ってきたかと思うと、激しいせきが止まらなくなったのだ――!
ここ1週間ほど調子が悪く、それでもなんとか事態を打開しようと睡眠時間を削りに削って、ヴァルス対策にあたっていたのだが――。
「アンドレアス様? どうされたのですか? アンドレアス様? アンドレアス様!」
配下の貴族の必死の呼びかけにも、しかしアンドレアスは言葉を返すことはできないでいた。
もうこの時点ですでに、意識がなかったからだ。
ヴァルスの急激な重症化だった。
そのわずか半日後。
アンドレアスは意識が戻らぬまま、逆賊の汚名を背負って惨めに亡くなった。
0
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる