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最終章 聖女凱旋
第51話 ~アンドレアス&ヴェロニカSIDE~ 3(3)
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会議が終わり自分以外の全員が出て行ったがらんとした部屋で、アンドレアスは一人ぽつんとイスに深く座り込んで、虚空を見つめていた。
「はぁ……」
口から出るのは重い重い、重すぎるため息だ。
「なんでなんだ……? ここまでずっと上手くいっていたじゃないか。財政再建もどうにかこうにか形にはしてたって言うのに。ヴァルスさえなければ……ヴァルスさえ……くそっ! くそくそくそっ!!」
バン!
いらだちのまま机を叩きつける音が、誰もいない会議室に鳴り響いた。
平民向けの医療費補助をカットした分の、既に100倍を超える金額をヴァルス対策に費やしていたが、もはやそれすらも焼け石に水だった。
「これでは財政再建などは、もはや夢のまた夢だ――」
そしておそらくアンドレアスの人生も。
そんな失意のアンドレアスのもとへ、ヴェロニカ王女がやってきた。
「ねぇアンドレアス様~、今日もお仕事が忙しいんですの? ヴェロニカ寂しいですぅ……」
のほほんとそう言って、椅子に座るアンドレアスをバックハグで抱きしめてくる。
まったく王女というものはどこまでも気楽なものだな。
ヴェロニカがあの時『破邪の聖女』をやるなどと言わなければ、少なくとも『破邪の聖女』がニセモノである可能性については、追及されることはないというのに――。
ボクが死罪になることもないというのに――。
それでもアンドレアスにとってヴェロニカは、絶対に欠けてはならないパズルのピースだった。
王女であるヴェロニカあってこその、アンドレアスなのだから。
だからアンドレアスは、内心のいら立ちを噛み殺しながら優しくヴェロニカに問いかけた。
「なぁヴェロニカ、一応の確認なんだけれど」
「はい、なんでしょうか?」
「ヴェロニカは『破邪の結界』を稼働させることはできないんだよな?」
「そんなの当たり前じゃないですか~。私は本物の聖女じゃないですもん、形だけですよぉ~」
「……だよな」
期待などはしていない。
してはいないのだ。
奇跡が起こってヴェロニカが『破邪の聖女』としての力に目覚める――などというのは、アンドレアスのありもしない妄想でしかないのだから。
けれど、
「でも早く結界を再起動させろって陰でアレコレ言ってる人がいるらしいので、もう『破邪の聖女』はいいです、面倒なので辞めます」
「な――っ」
その言葉に、アンドレアスは絶句した。
蝶よ花よとさんざん甘やかされて育ったヴェロニカの行動に、アンドレアスはこれっぽちも期待などはしていなかった。
いなかったが――。
まさかこんなことを言われるとは、さしものアンドレアスも思いもよらなかったのだ。
さすがにそりゃあないだろう?
できもしないことを自分からやると言いだしておいて、面倒なのでやっぱり辞めますなどと、そんな子供のワガママみたいなことが通じてたまるか!
ヴェロニカが『破邪の聖女』になったせいで、俺がどれだけ会議で火ダルマにされていると思ってるんだ!
――などとは口が裂けても言えないのが、アンドレアスの辛いところだ。
なにせ先代の『破邪の聖女』ミレイユを追放したあげく、新たにヴェロニカ王女をその地位に任命したのは――ヴェロニカのお願いを断れなかったからとはいえ――アンドレアス自身なのだから。
そして『破邪の結界』を再起動させられない以上、ここまで広がってしまったヴァルスを封じることはできず、全責任をとらされた自分は破滅するのだ。
「はっ、はは――」
どこで間違えたんだ――?
どこで――。
あのパーティでヴェロニカに見初められなければ――。
ヴァルスさえ起こらなければ――。
あの時ミレイユを追放しなければ――。
ん?
ミレイユ――?
ミレイユ……そうだ、ミレイユだ!!
ミレイユを呼び戻せば、『破邪の結界』を再起動させられるじゃあないか!
もうこの手しか残されてはいない。
ならばぐずぐずしている暇なぞ、ない!
すぐにでも行動に移さなければ――!
「すまないヴェロニカ、急用を思いだしたんだ」
そう言うや否や、アンドレアスはヴェロニカを振り払うようにはねのけると、媚びたような不満の声を背中で聞き捨てながら、足早に執務室へと向かった。
「そうだ、ミレイユだ――」
エルフィーナ王国に行ったところまでは足取りは追えている。
「エルフィーナ王国に大使を派遣するんだ。国交はないから、エルフの自治組合に話を入れないとな。ミレイユの追放の取り消しと、名誉の回復は最低限として……あとはミレイユが納得するだけの『お土産』を用意する必要があるか……」
なにせミレイユときたら執念深くて、やられたら10倍返しでやり返さないと気が済まない、負けん気のかたまりみたいな女だからな。
「派遣する大使はもちろん、ボクの息がかかった者を選ぶとして――」
この時、アンドレアスには一筋の光明が見えていた。
地獄に差し込んだ一筋の太陽の光が――。
だがしかし、アンドレアスは知らなかった。
外交上手でもあるデルマイユ侯爵はヴァルス対策会議が終わるとすぐに、最後の一矢として、聖女ミレイユの帰還をセラフィム王に進言し、自身が全権特命大使に任命されていたことを――。
「はぁ……」
口から出るのは重い重い、重すぎるため息だ。
「なんでなんだ……? ここまでずっと上手くいっていたじゃないか。財政再建もどうにかこうにか形にはしてたって言うのに。ヴァルスさえなければ……ヴァルスさえ……くそっ! くそくそくそっ!!」
バン!
いらだちのまま机を叩きつける音が、誰もいない会議室に鳴り響いた。
平民向けの医療費補助をカットした分の、既に100倍を超える金額をヴァルス対策に費やしていたが、もはやそれすらも焼け石に水だった。
「これでは財政再建などは、もはや夢のまた夢だ――」
そしておそらくアンドレアスの人生も。
そんな失意のアンドレアスのもとへ、ヴェロニカ王女がやってきた。
「ねぇアンドレアス様~、今日もお仕事が忙しいんですの? ヴェロニカ寂しいですぅ……」
のほほんとそう言って、椅子に座るアンドレアスをバックハグで抱きしめてくる。
まったく王女というものはどこまでも気楽なものだな。
ヴェロニカがあの時『破邪の聖女』をやるなどと言わなければ、少なくとも『破邪の聖女』がニセモノである可能性については、追及されることはないというのに――。
ボクが死罪になることもないというのに――。
それでもアンドレアスにとってヴェロニカは、絶対に欠けてはならないパズルのピースだった。
王女であるヴェロニカあってこその、アンドレアスなのだから。
だからアンドレアスは、内心のいら立ちを噛み殺しながら優しくヴェロニカに問いかけた。
「なぁヴェロニカ、一応の確認なんだけれど」
「はい、なんでしょうか?」
「ヴェロニカは『破邪の結界』を稼働させることはできないんだよな?」
「そんなの当たり前じゃないですか~。私は本物の聖女じゃないですもん、形だけですよぉ~」
「……だよな」
期待などはしていない。
してはいないのだ。
奇跡が起こってヴェロニカが『破邪の聖女』としての力に目覚める――などというのは、アンドレアスのありもしない妄想でしかないのだから。
けれど、
「でも早く結界を再起動させろって陰でアレコレ言ってる人がいるらしいので、もう『破邪の聖女』はいいです、面倒なので辞めます」
「な――っ」
その言葉に、アンドレアスは絶句した。
蝶よ花よとさんざん甘やかされて育ったヴェロニカの行動に、アンドレアスはこれっぽちも期待などはしていなかった。
いなかったが――。
まさかこんなことを言われるとは、さしものアンドレアスも思いもよらなかったのだ。
さすがにそりゃあないだろう?
できもしないことを自分からやると言いだしておいて、面倒なのでやっぱり辞めますなどと、そんな子供のワガママみたいなことが通じてたまるか!
ヴェロニカが『破邪の聖女』になったせいで、俺がどれだけ会議で火ダルマにされていると思ってるんだ!
――などとは口が裂けても言えないのが、アンドレアスの辛いところだ。
なにせ先代の『破邪の聖女』ミレイユを追放したあげく、新たにヴェロニカ王女をその地位に任命したのは――ヴェロニカのお願いを断れなかったからとはいえ――アンドレアス自身なのだから。
そして『破邪の結界』を再起動させられない以上、ここまで広がってしまったヴァルスを封じることはできず、全責任をとらされた自分は破滅するのだ。
「はっ、はは――」
どこで間違えたんだ――?
どこで――。
あのパーティでヴェロニカに見初められなければ――。
ヴァルスさえ起こらなければ――。
あの時ミレイユを追放しなければ――。
ん?
ミレイユ――?
ミレイユ……そうだ、ミレイユだ!!
ミレイユを呼び戻せば、『破邪の結界』を再起動させられるじゃあないか!
もうこの手しか残されてはいない。
ならばぐずぐずしている暇なぞ、ない!
すぐにでも行動に移さなければ――!
「すまないヴェロニカ、急用を思いだしたんだ」
そう言うや否や、アンドレアスはヴェロニカを振り払うようにはねのけると、媚びたような不満の声を背中で聞き捨てながら、足早に執務室へと向かった。
「そうだ、ミレイユだ――」
エルフィーナ王国に行ったところまでは足取りは追えている。
「エルフィーナ王国に大使を派遣するんだ。国交はないから、エルフの自治組合に話を入れないとな。ミレイユの追放の取り消しと、名誉の回復は最低限として……あとはミレイユが納得するだけの『お土産』を用意する必要があるか……」
なにせミレイユときたら執念深くて、やられたら10倍返しでやり返さないと気が済まない、負けん気のかたまりみたいな女だからな。
「派遣する大使はもちろん、ボクの息がかかった者を選ぶとして――」
この時、アンドレアスには一筋の光明が見えていた。
地獄に差し込んだ一筋の太陽の光が――。
だがしかし、アンドレアスは知らなかった。
外交上手でもあるデルマイユ侯爵はヴァルス対策会議が終わるとすぐに、最後の一矢として、聖女ミレイユの帰還をセラフィム王に進言し、自身が全権特命大使に任命されていたことを――。
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