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最終章 聖女凱旋
第49話 ~アンドレアス&ヴェロニカSIDE~ 3(1)
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~セラフィム王国 王都~
王宮ではこの日、アンドレアス伯爵を座長とするヴァルス緊急対策会議が開かれていた。
「すでにヴァルスは王都中に、いえ、セラフィム王国中に広がっております。アンドレアス伯爵、『破邪の結界』は一体全体どうなっているのでしょうかな?」
つい先日、厚生大臣に新しく就任したばかりの老貴族に、強い口調で問われたアンドレアスは、
「それは、その、結界の再構築に向けて現在、全力で取り組んでおりますので、もう少しお待ちいただけないかと……」
それに満足な答えを返せないでいた。
「それではお話になりませんぞ。事態は一刻を争うのです。こうして手をこまねいている間にも罪なき民が1人、また1人と亡くなっているのですぞ? そのことをお分かりか?」
「まったくもっておっしゃる通りで、言い訳しようもありません。ですが、なにとぞもう少しだけお時間をいただきたく……」
「アンドレアス殿は先ほどから『もう少しもう少し』とおっしゃられるが、つまり具体的にはいかほどですかな?」
「それは、ええっと、もう少しは、もう少しでして……」
「やれやれまったく、これでは埒があきませんな。ここは小学生の学級会ではないのですぞ? 座長であるあなたが、ヴァルス収束に向けたロードマップ1つ示せないとは」
「面目ありません……」
「謝罪すべきはワシではなく、苦しんでいる民でありましょうや」
「まことにおっしゃる通りで、返す言葉もありません……」
このような非生産的な問答が、会議が始まってからずっと延々と繰り返されているのだ。
いや、アンドレアスが答えを返せない質問ばかりを選んで、この老貴族は会議の冒頭からずっとあれこれ手を変え品を変え、アンドレアスを詰問しているのだった。
この新しく大臣になった老貴族は、第一王女派の中心と目される重鎮だった。
前任である、ヴェロニカ第二王女派の厚生大臣は、ヴァルスがセラフィム全土に広がったことの責任をとって辞任を余儀なくされ、その後釜に座ったのがよりにもよってこの男だったのだ。
いや辞任する流れを作ったのも、おそらくはこの男の差し金だろう。
現国王が若かりし頃から主に裏方として長年支え続け、国王からも厚い信頼を寄せられている重鎮。
既に政治の表舞台からは一線を引いていたとはいえ、今なお国内政財界だけでなく、各国の要人とも太いコネクションを持った底の見えない古狸。
名をデルマイユという。
地位は伯爵であるアンドレアスよりもさらに上の侯爵であり、ヴェロニカ王女の強力な後押しがあるアンドレアスといえども、強くは出られない相手だった。
しかもヴェロニカ王女の「お願い」やアンドレアスがどれだけ裏で手を回しても、このデルマイユ侯爵だけは、何をどうしても追い落とすことができなかったのだ。
それでも、第一王女派が次々と国政の中心から外されていく中、まったく抵抗の動きを見せなかったので、反抗する気は失せたものだと思っていたが――。
くっ、どうやら虎視眈々と反撃の機会をうかがっていたようだな。
そして今、眠れる獅子が絶好の好機と見て、猛然と牙をむいてきたのだ――!
「アンドレアス殿、すでに医療現場は限界ギリギリまでひっ迫しているのです。可及的速やかに手を打たねば、このままでそう遠くないうちに――下手をすれば明日、明後日にも我が国の医療体制は崩壊してしまいますぞ? この言葉の意味を貴殿はお分かりかな?」
「も、もちろん分かっておりますとも……」
「そもそもアンドレアス殿が目先の利益にとらわれて、国民向けの医療費補助をカットさえしなければ、もっと早くにヴァルスの広がりに気づくことができたでしょうになぁ」
「――っ、だからそんなことは百も承知だと言っているだろう! だからこそ、今こうやって寝る間も惜しんで対策に奔走しているんじゃないか!」
冒頭からネチネチ、ネチネチ、ネチネチ、ネチネチとうっとおしく続く厳しい質問攻めに、いい加減に我慢ならなくて、思わず声を荒げたアンドレアスだったが、
「そうでございますか、これは大変失礼いたしました。それではこの件はもう議題にはしますまい。ヴァルスに関するここまでの失政は全て座長であるアンドレアス殿に責任があると、いや、ここまではっきり言われてしまっては、ワシとしてもこれ以上は申しますまい」
「あ、いや、それは――」
「自らの非を素直に認めることができる。いやはやアンドレアス殿は実に素晴らしい心がけをもった人間ですな。きっとここにいる皆さまもそう思われていることでしょう」
一転して慇懃無礼なほどにアンドレアスを持ち上げてくるデルマイユ厚生大臣。
「ぐぬ――っ」
しまった、やられた──!
わずかの言い逃れも出来ないように、これまでの失態がアンドレアスに全責任があるのだと、ものの見事にヴァルス緊急対策会議という場で確認されてしまったのだ――!
王宮ではこの日、アンドレアス伯爵を座長とするヴァルス緊急対策会議が開かれていた。
「すでにヴァルスは王都中に、いえ、セラフィム王国中に広がっております。アンドレアス伯爵、『破邪の結界』は一体全体どうなっているのでしょうかな?」
つい先日、厚生大臣に新しく就任したばかりの老貴族に、強い口調で問われたアンドレアスは、
「それは、その、結界の再構築に向けて現在、全力で取り組んでおりますので、もう少しお待ちいただけないかと……」
それに満足な答えを返せないでいた。
「それではお話になりませんぞ。事態は一刻を争うのです。こうして手をこまねいている間にも罪なき民が1人、また1人と亡くなっているのですぞ? そのことをお分かりか?」
「まったくもっておっしゃる通りで、言い訳しようもありません。ですが、なにとぞもう少しだけお時間をいただきたく……」
「アンドレアス殿は先ほどから『もう少しもう少し』とおっしゃられるが、つまり具体的にはいかほどですかな?」
「それは、ええっと、もう少しは、もう少しでして……」
「やれやれまったく、これでは埒があきませんな。ここは小学生の学級会ではないのですぞ? 座長であるあなたが、ヴァルス収束に向けたロードマップ1つ示せないとは」
「面目ありません……」
「謝罪すべきはワシではなく、苦しんでいる民でありましょうや」
「まことにおっしゃる通りで、返す言葉もありません……」
このような非生産的な問答が、会議が始まってからずっと延々と繰り返されているのだ。
いや、アンドレアスが答えを返せない質問ばかりを選んで、この老貴族は会議の冒頭からずっとあれこれ手を変え品を変え、アンドレアスを詰問しているのだった。
この新しく大臣になった老貴族は、第一王女派の中心と目される重鎮だった。
前任である、ヴェロニカ第二王女派の厚生大臣は、ヴァルスがセラフィム全土に広がったことの責任をとって辞任を余儀なくされ、その後釜に座ったのがよりにもよってこの男だったのだ。
いや辞任する流れを作ったのも、おそらくはこの男の差し金だろう。
現国王が若かりし頃から主に裏方として長年支え続け、国王からも厚い信頼を寄せられている重鎮。
既に政治の表舞台からは一線を引いていたとはいえ、今なお国内政財界だけでなく、各国の要人とも太いコネクションを持った底の見えない古狸。
名をデルマイユという。
地位は伯爵であるアンドレアスよりもさらに上の侯爵であり、ヴェロニカ王女の強力な後押しがあるアンドレアスといえども、強くは出られない相手だった。
しかもヴェロニカ王女の「お願い」やアンドレアスがどれだけ裏で手を回しても、このデルマイユ侯爵だけは、何をどうしても追い落とすことができなかったのだ。
それでも、第一王女派が次々と国政の中心から外されていく中、まったく抵抗の動きを見せなかったので、反抗する気は失せたものだと思っていたが――。
くっ、どうやら虎視眈々と反撃の機会をうかがっていたようだな。
そして今、眠れる獅子が絶好の好機と見て、猛然と牙をむいてきたのだ――!
「アンドレアス殿、すでに医療現場は限界ギリギリまでひっ迫しているのです。可及的速やかに手を打たねば、このままでそう遠くないうちに――下手をすれば明日、明後日にも我が国の医療体制は崩壊してしまいますぞ? この言葉の意味を貴殿はお分かりかな?」
「も、もちろん分かっておりますとも……」
「そもそもアンドレアス殿が目先の利益にとらわれて、国民向けの医療費補助をカットさえしなければ、もっと早くにヴァルスの広がりに気づくことができたでしょうになぁ」
「――っ、だからそんなことは百も承知だと言っているだろう! だからこそ、今こうやって寝る間も惜しんで対策に奔走しているんじゃないか!」
冒頭からネチネチ、ネチネチ、ネチネチ、ネチネチとうっとおしく続く厳しい質問攻めに、いい加減に我慢ならなくて、思わず声を荒げたアンドレアスだったが、
「そうでございますか、これは大変失礼いたしました。それではこの件はもう議題にはしますまい。ヴァルスに関するここまでの失政は全て座長であるアンドレアス殿に責任があると、いや、ここまではっきり言われてしまっては、ワシとしてもこれ以上は申しますまい」
「あ、いや、それは――」
「自らの非を素直に認めることができる。いやはやアンドレアス殿は実に素晴らしい心がけをもった人間ですな。きっとここにいる皆さまもそう思われていることでしょう」
一転して慇懃無礼なほどにアンドレアスを持ち上げてくるデルマイユ厚生大臣。
「ぐぬ――っ」
しまった、やられた──!
わずかの言い逃れも出来ないように、これまでの失態がアンドレアスに全責任があるのだと、ものの見事にヴァルス緊急対策会議という場で確認されてしまったのだ――!
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