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第四章 王宮のミレイユ

第44話 無理、そんなの無理だもん! 絶対無理!ばかぁ!!

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 そうして見せられたジェイクの絵は、どれもこれもそれはもう見事なものだった。

「画家を目指してたって言ってたけど、本当だったのね。まるで本物をキャンバスに写し取ったみたいに上手だわ」

「昔から凝りしょうなところがあってさ。細かいところまでいつも描き込んでたんだよ」

 最初はそんな感じで美術の話をしてたんだけど、話題は次第に他へ他へと移っていく。

 というのも、わたしの美術的知識がゼロ過ぎて、

上手うまい」
上手じょうず
「本物そっくり」
「すごい」
「ヤバイ」

 くらいしか言えないから……。

 そして色々と話している内に『破邪の聖女』の話にもなって、

「かくかくしかじか――というわけで、することがないのよね。ジェイクはどうしたらいいと思う?」

「まぁ良いんじゃないか別に? 『破邪の結界』を構築してヴァルス禍から国を救ったってだけでも、一生分のおつりは来るだろうし」

「適当ねぇ……」

「それに王子の命も救ったしな」

「王子……? ああ、ジェイクのことね」

「おい……今、素で忘れてただろ……まぁいいけどな。ちなみにそれらの功績を称えて、最高位の黒鷲こくしゅう勲章くんしょう――シュヴァルツ・アードラの授与が近々決まるはずだから」

「シュヴァルツ・アードラ? 黒いわし? それってすごいの?」
 わたし、勲章とか叙勲じょくんってあまり詳しくないんだよね。

「エルフィーナで過去にもらった例は、確か5つもなかったんじゃないかな?」

「げ……それじゃよりいっそうニートしてると世間の目が厳しくなっちゃうじゃない……」

「国と王子を救った聖女が、その後しばらく暇してても、誰も文句は言わないと思うけどなぁ」

「それでも何もしないって言うのは、気が引けるのよね」

 わたしは遊んでばかりで、自分の快楽と他人の足を引っ張ることしか興味のない、ヴェロニカ王女のようにはなりたくないし。

「先のことは置いておくとしてさ、今もし時間があるっていうなら絵のモデルになってくれないかな? ミレイユを一度描いてみたいんだ」

「わたしの絵を描いてくれるの? いいわよ、暇だし。その代わりにバッチリ綺麗に描いてよね」

「もちろんありのままに描くよ。じゃあ今からでもいいかな?」

「構わないわよ。どんなポーズをとればいいのかしら?」

「じゃあまずは裸になってくれないか――」

 その瞬間、脊髄反射でわたしの右手は鋭く振りぬかれていた。
 バシンという音とともに、ジェイクの頬をわたしビンタがとらえる。

「アンタはいきなりなに言ってんのよ!? ぶつわよ!?」

「いや、もう既にぶたれてるんだが……」

「もう一発ぶつって意味よっ! なにが『へへへ、裸になれよ』よ! この変態王子! 昼間っから盛ってんの!?」

 やるなら昨日の夜にやりなさいよね!

「いや、絵を描くって言ったじゃないか。っていうか、そんな言いかたはしてないだろ?」

「絵のモデルってヌードモデルってこと!? そんなの聞いてないわよ!」

 だってヌードになっちゃったら、明るいところでジェイクにマジマジとわたしの全てを凝視されちゃうわけでしょ!?

 胸とかお尻とか、こ、股間とかを、ジェイクに舐めるように見られちゃうわけでしょ!?
 動けないのをいいことに、しげしげと先っぽからおへその穴まで観察されちゃうわけでしょ!?

 無理、そんなの無理だもん!
 絶対無理!

 ばかぁ!!

「わ、わかった、服は着ていていいから。とりあえずその手を下ろしてくれ、な?」

「ふー、ふー……。まったく、最初からそう言えばいいのよ」

 わたしは返答次第では2発目を放つべくふり上げていた右手を、そっと下ろした。

「じゃあそこの椅子に腰かけてくれるか? 膝の上で手を重ねて、ちょっとあごを引いて――うん、いいよ! すごくいい! 創作意欲がわいてくる!!」

 その後、ジェイクの真剣な目で情熱的に見つめられながらわたしは絵のモデルを全うしたのだった。


 後日完成した絵は実に見事なもので、特にジェイクの父である国王様が気に入って。
 『救国の英雄、破邪の聖女ミレイユ・アプリコット』のタイトルとともに、王宮の目立つ場所に飾られることになった。

 というか王宮の正門を入ってすぐの、王宮に来る全員が必ず通るホールに飾られることになった。

 でもこれって、まるでわたしが自分の実績を誇示するために、やらせてるみたいじゃない……?
 っていうかどう考えても、そうとられるよね?

 自己顕示欲の塊みたいで、かなり恥ずかしいんだけど……。
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