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第三章 恋する季節
第40話 ~アンドレアス&ヴェロニカSIDE~ 2
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~セラフィム王国 王都~
「ねぇアンドレアス様~、今日もお仕事が忙しいんですの?」
朝早くにベッドを抜け出したアンドレアスに、ヴェロニカ王女が甘えたように声をかけた。
「ごめんよ、愛しのヴェロニカ。だけど最近、市中で季節外れの風邪が流行っていてね。今日は専門家を連れて、現地調査に行く予定なんだ」
「風邪……ですか? そんなもの大したことじゃないのでは? 放っておいてもいいんじゃありませんか?」
「そういうわけにもいかないさ。まったく、財政再建の最中だというのに、医療費はかさむし、税収予測は低下するしで困ったものだよ」
「アンドレアス様、がんばってるのにかわいそうです~。ほんとに使えない平民どもですね! プンプンですよ!」
「ま、愚かな民草を導いていくのが、ボクたち選ばれし貴族の役目だからね」
「ふーん。あ、そうだ! 前から思ってたんですけど、平民向けの医療補助制度をやめてしまえばいいんじゃないですか? そうしたら国が支払う医療費はゼロになって、支出が大きく減りますよね?」
「さ、さすがにそれは……厚生大臣も首を縦には振らないよ」
「ええ~、いい考えだと思ったんだけどなぁ。だって支出が減ればアンドレアス様の財政改革は上手くいくじゃないですかぁ。そもそも平民なんて少しくらい死んでも、代わりなんていくらでもいるわけですし? あ、平民がいくらか死んだら、失業率だって改善されますよね?」
「こ、怖いことを言うね。平民は平民で多くいるに越したことはないんだよ。人口は国力の基盤なんだ」
「ふ~ん、わかりました。でも、なにかあったら言ってくださいね。またお父様にお願いしてみますから」
「ありがとうヴェロニカ。何かあったらまた、君の力を遠慮なく頼らせてもらうから」
「はい、なんなりとです! では、行ってらっしゃいませ! チュッ♪」
――などと、ヴェロニカ王女の顔を立てはしたものの。
アンドレアスは、今回の財政再建は自分だけの力で成し遂げなければならないと考えていた。
もしここで第二王女であるヴェロニカの力を借りようものなら、アンドレアスは王女の口添えがなければ何もできないと無能と言われかねないからだ。
間違いなく陰口を叩かれるだろう。
いや陰口で済めばいい。
最悪、反対派に引きずり落とすための口実を与える可能性まであった。
反対派=つまり第一王女派の主だった貴族たちは、すでに閑職に左遷されたり、遠方の地方に飛ばされるなど、アンドレアスの意向を受けたヴェロニカに「お願い」されたセラフィム王によって、ほぼほぼ力を失っていた。
「とは言え、こちらが弱味を見せれば、これ幸いと息を吹き返すやもしれないからな――」
ここは自分一人の力で財政再建をやり遂げることで、第二王女ヴェロニカの隣に立つ自分こそが次代の王に相応しいと、これでもかと見せつけてやらなければならないのだ。
「そのためにも、まずは街に広がっている風邪を抑え込まないとな。まったく、なんで忙しいボクが、こんなことまでしないといけないんだ――」
などと愚痴を言うものの。
その原因が、要職にあった第一王女派のベテラン貴族たちを追い落としたことからくる極度の人材不足であることは、当の追い落としたアンドレアス自身が誰よりも分かっていた。
完全に自業自得である。
「ま、これも生みの苦しみと言うものさ。些事はとっとと片づけて、本丸の財政再建に本腰を入れないとな。ボクはこの実績を手土産に、この国の王になるのだから――、けほっ、こほっ。んんっ……なんだ、ここしばらく喉の調子がよくないな……」
少し身体に倦怠感のような疲れを感じながらも、王になるという大望を胸に視察に向かったアンドレアスはしかし、知らなかった。
ヴェロニカ王女がこの後、愛しのアンドレアスのためにと気を利かせて、セラフィム王にとんでもない「お願い」をすることを――。
「お父さま~、お願いがあるんです~。エルフは下等な二等市民ですわよね? そこに国から医療費の補助を出すだなんて、そんなの無駄じゃありませんの? もっと有意義なお金の使いかたがあると思うんですけど~」
しかもヴェロニカは、エルフ以外の平民に対する医療費補助の減額までも「お願い」してしまっていたのだ。
なくすのはダメと言われちゃったけど、減らすのはダメって言われてないよね――これがヴェロニカの理論だった。
それもこれも、全ては大好きなアンドレアスのために――。
そうして突如として発令された国王の勅命を、ヴェロニカ派の厚生大臣が拒否するわけにはいかず。
その日のうちにエルフに対する医療費補助は全額カット、また一般平民に対する医療費補助は8割カットとすることが発表された。
結果として。
エルフや平民たちは少々体調が悪くても、医者にかからなくなってしまい。
一時的に「病人の数は大きく減少」することになった。
医者にかかって病気と認定されなければ、病人にはカウントされないからだ――。
アンドレアスは特に有能というわけではないが、決して無能というわけではない。
しかし最大の関心事である財政再建に気をとられていたこと。
さらに「病人の数が大きく減った」ことで、つい安心して見逃がしてしまった。
ヴァルスという病魔が、ジワリジワリと王都中に広がろうとしているその兆候を――。
「ねぇアンドレアス様~、今日もお仕事が忙しいんですの?」
朝早くにベッドを抜け出したアンドレアスに、ヴェロニカ王女が甘えたように声をかけた。
「ごめんよ、愛しのヴェロニカ。だけど最近、市中で季節外れの風邪が流行っていてね。今日は専門家を連れて、現地調査に行く予定なんだ」
「風邪……ですか? そんなもの大したことじゃないのでは? 放っておいてもいいんじゃありませんか?」
「そういうわけにもいかないさ。まったく、財政再建の最中だというのに、医療費はかさむし、税収予測は低下するしで困ったものだよ」
「アンドレアス様、がんばってるのにかわいそうです~。ほんとに使えない平民どもですね! プンプンですよ!」
「ま、愚かな民草を導いていくのが、ボクたち選ばれし貴族の役目だからね」
「ふーん。あ、そうだ! 前から思ってたんですけど、平民向けの医療補助制度をやめてしまえばいいんじゃないですか? そうしたら国が支払う医療費はゼロになって、支出が大きく減りますよね?」
「さ、さすがにそれは……厚生大臣も首を縦には振らないよ」
「ええ~、いい考えだと思ったんだけどなぁ。だって支出が減ればアンドレアス様の財政改革は上手くいくじゃないですかぁ。そもそも平民なんて少しくらい死んでも、代わりなんていくらでもいるわけですし? あ、平民がいくらか死んだら、失業率だって改善されますよね?」
「こ、怖いことを言うね。平民は平民で多くいるに越したことはないんだよ。人口は国力の基盤なんだ」
「ふ~ん、わかりました。でも、なにかあったら言ってくださいね。またお父様にお願いしてみますから」
「ありがとうヴェロニカ。何かあったらまた、君の力を遠慮なく頼らせてもらうから」
「はい、なんなりとです! では、行ってらっしゃいませ! チュッ♪」
――などと、ヴェロニカ王女の顔を立てはしたものの。
アンドレアスは、今回の財政再建は自分だけの力で成し遂げなければならないと考えていた。
もしここで第二王女であるヴェロニカの力を借りようものなら、アンドレアスは王女の口添えがなければ何もできないと無能と言われかねないからだ。
間違いなく陰口を叩かれるだろう。
いや陰口で済めばいい。
最悪、反対派に引きずり落とすための口実を与える可能性まであった。
反対派=つまり第一王女派の主だった貴族たちは、すでに閑職に左遷されたり、遠方の地方に飛ばされるなど、アンドレアスの意向を受けたヴェロニカに「お願い」されたセラフィム王によって、ほぼほぼ力を失っていた。
「とは言え、こちらが弱味を見せれば、これ幸いと息を吹き返すやもしれないからな――」
ここは自分一人の力で財政再建をやり遂げることで、第二王女ヴェロニカの隣に立つ自分こそが次代の王に相応しいと、これでもかと見せつけてやらなければならないのだ。
「そのためにも、まずは街に広がっている風邪を抑え込まないとな。まったく、なんで忙しいボクが、こんなことまでしないといけないんだ――」
などと愚痴を言うものの。
その原因が、要職にあった第一王女派のベテラン貴族たちを追い落としたことからくる極度の人材不足であることは、当の追い落としたアンドレアス自身が誰よりも分かっていた。
完全に自業自得である。
「ま、これも生みの苦しみと言うものさ。些事はとっとと片づけて、本丸の財政再建に本腰を入れないとな。ボクはこの実績を手土産に、この国の王になるのだから――、けほっ、こほっ。んんっ……なんだ、ここしばらく喉の調子がよくないな……」
少し身体に倦怠感のような疲れを感じながらも、王になるという大望を胸に視察に向かったアンドレアスはしかし、知らなかった。
ヴェロニカ王女がこの後、愛しのアンドレアスのためにと気を利かせて、セラフィム王にとんでもない「お願い」をすることを――。
「お父さま~、お願いがあるんです~。エルフは下等な二等市民ですわよね? そこに国から医療費の補助を出すだなんて、そんなの無駄じゃありませんの? もっと有意義なお金の使いかたがあると思うんですけど~」
しかもヴェロニカは、エルフ以外の平民に対する医療費補助の減額までも「お願い」してしまっていたのだ。
なくすのはダメと言われちゃったけど、減らすのはダメって言われてないよね――これがヴェロニカの理論だった。
それもこれも、全ては大好きなアンドレアスのために――。
そうして突如として発令された国王の勅命を、ヴェロニカ派の厚生大臣が拒否するわけにはいかず。
その日のうちにエルフに対する医療費補助は全額カット、また一般平民に対する医療費補助は8割カットとすることが発表された。
結果として。
エルフや平民たちは少々体調が悪くても、医者にかからなくなってしまい。
一時的に「病人の数は大きく減少」することになった。
医者にかかって病気と認定されなければ、病人にはカウントされないからだ――。
アンドレアスは特に有能というわけではないが、決して無能というわけではない。
しかし最大の関心事である財政再建に気をとられていたこと。
さらに「病人の数が大きく減った」ことで、つい安心して見逃がしてしまった。
ヴァルスという病魔が、ジワリジワリと王都中に広がろうとしているその兆候を――。
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