上 下
40 / 66
第三章 恋する季節

第40話 ~アンドレアス&ヴェロニカSIDE~ 2

しおりを挟む
~セラフィム王国 王都~


「ねぇアンドレアス様~、今日もお仕事が忙しいんですの?」

 朝早くにベッドを抜け出したアンドレアスに、ヴェロニカ王女が甘えたように声をかけた。

「ごめんよ、愛しのヴェロニカ。だけど最近、市中で季節外れの風邪が流行っていてね。今日は専門家を連れて、現地調査に行く予定なんだ」

「風邪……ですか? そんなもの大したことじゃないのでは? 放っておいてもいいんじゃありませんか?」

「そういうわけにもいかないさ。まったく、財政再建の最中だというのに、医療費はかさむし、税収予測は低下するしで困ったものだよ」

「アンドレアス様、がんばってるのにかわいそうです~。ほんとに使えない平民どもですね! プンプンですよ!」

「ま、愚かな民草を導いていくのが、ボクたち選ばれし貴族の役目だからね」

「ふーん。あ、そうだ! 前から思ってたんですけど、平民向けの医療補助制度をやめてしまえばいいんじゃないですか? そうしたら国が支払う医療費はゼロになって、支出が大きく減りますよね?」

「さ、さすがにそれは……厚生大臣も首を縦には振らないよ」

「ええ~、いい考えだと思ったんだけどなぁ。だって支出が減ればアンドレアス様の財政改革は上手くいくじゃないですかぁ。そもそも平民なんて少しくらい死んでも、代わりなんていくらでもいるわけですし? あ、平民がいくらか死んだら、失業率だって改善されますよね?」

「こ、怖いことを言うね。平民は平民で多くいるに越したことはないんだよ。人口は国力の基盤なんだ」

「ふ~ん、わかりました。でも、なにかあったら言ってくださいね。またお父様にお願いしてみますから」

「ありがとうヴェロニカ。何かあったらまた、君の力を遠慮なく頼らせてもらうから」

「はい、なんなりとです! では、行ってらっしゃいませ! チュッ♪」

 ――などと、ヴェロニカ王女の顔を立てはしたものの。

 アンドレアスは、今回の財政再建は自分だけの力で成し遂げなければならないと考えていた。

 もしここで第二王女であるヴェロニカの力を借りようものなら、アンドレアスは王女の口添えがなければ何もできないと無能と言われかねないからだ。

 間違いなく陰口を叩かれるだろう。

 いや陰口で済めばいい。

 最悪、反対派に引きずり落とすための口実を与える可能性まであった。

 反対派=つまり第一王女派の主だった貴族たちは、すでに閑職に左遷されたり、遠方の地方に飛ばされるなど、アンドレアスの意向を受けたヴェロニカに「お願い」されたセラフィム王によって、ほぼほぼ力を失っていた。

「とは言え、こちらが弱味を見せれば、これ幸いと息を吹き返すやもしれないからな――」

 ここは自分一人の力で財政再建をやり遂げることで、第二王女ヴェロニカの隣に立つ自分こそが次代の王に相応しいと、これでもかと見せつけてやらなければならないのだ。

「そのためにも、まずは街に広がっている風邪を抑え込まないとな。まったく、なんで忙しいボクが、こんなことまでしないといけないんだ――」

 などと愚痴を言うものの。

 その原因が、要職にあった第一王女派のベテラン貴族たちを追い落としたことからくる極度の人材不足であることは、当の追い落としたアンドレアス自身が誰よりも分かっていた。

 完全に自業自得である。

「ま、これも生みの苦しみと言うものさ。些事さじはとっとと片づけて、本丸の財政再建に本腰を入れないとな。ボクはこの実績を手土産に、この国の王になるのだから――、けほっ、こほっ。んんっ……なんだ、ここしばらく喉の調子がよくないな……」

 少し身体に倦怠感けんたいかんのような疲れを感じながらも、王になるという大望を胸に視察に向かったアンドレアスはしかし、知らなかった。

 ヴェロニカ王女がこの後、愛しのアンドレアスのためにと、セラフィム王にとんでもない「お願い」をすることを――。

「お父さま~、お願いがあるんです~。エルフは下等な二等市民ですわよね? そこに国から医療費の補助を出すだなんて、そんなの無駄じゃありませんの? もっと有意義なお金の使いかたがあると思うんですけど~」

 しかもヴェロニカは、エルフ以外の平民に対する医療費補助の減額までも「お願い」してしまっていたのだ。

 なくすのはダメと言われちゃったけど、減らすのはダメって言われてないよね――これがヴェロニカの理論だった。

 それもこれも、全ては大好きなアンドレアスのために――。

 そうして突如として発令された国王の勅命を、ヴェロニカ派の厚生大臣が拒否するわけにはいかず。

 その日のうちにエルフに対する医療費補助は全額カット、また一般平民に対する医療費補助は8割カットとすることが発表された。

 結果として。
 エルフや平民たちは少々体調が悪くても、医者にかからなくなってしまい。

 一時的に「病人の数は大きく減少」することになった。
 医者にかかって病気と認定されなければ、病人にはカウントされないからだ――。

 アンドレアスは特に有能というわけではないが、決して無能というわけではない。

 しかし最大の関心事である財政再建に気をとられていたこと。
 さらに「病人の数が大きく減った」ことで、つい安心して見逃がしてしまった。

 ヴァルスという病魔が、ジワリジワリと王都中に広がろうとしているその兆候を――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。

金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。 前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう? 私の願い通り滅びたのだろうか? 前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。 緩い世界観の緩いお話しです。 ご都合主義です。 *タイトル変更しました。すみません。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈 
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

処理中です...