24 / 66
第二章 エルフの国エルフィーナ
第24話 悲劇の主人公
しおりを挟む
近衛兵に案内されて向かったのは、王宮内にある王族専用の医療ルームだった。
わたしとアンナが中に入っていこうとするのを、
「申し訳ありません。現在この中は感染リスクが極めて高い汚染ゾーンですので、ご入室はお控えください」
門番のように入り口をの両脇を固めていた衛兵の片方が、両手を広げて遮ってきた。
「それなら安心しなさい、もうヴァルスが感染を広げることはないわ。エルフィーナ王国全土をおおう『破邪の結界』が既に起動済みだから」
わたしは一刻を争う逸る気持ちを抑えながら、衛兵さんを説得にあたる。
「しかし、そのような報告は受けておりませんが――」
「起動したのはついさっきだから、報告が行ってなくて当然よ」
「……分かりました。確認いたしますので、少々お待ちください」
くっ、そんな悠長なことを言ってたら、間に合わないかもしれないじゃない!
もちろん、この衛兵の対応は極めて正しい。
任務には忠実だし、だけど事態の変化に際してはこうやってちゃんとこっちの意見を聞いて、上に確認しようともしてくれる。
100点満点、文句なしの対応だった。
でも今だけは、それじゃ遅すぎるんだ。
ヴァルスは一度重症化すれば、早ければ半日も経たずに死に至る悪魔の病なのだから。
ジェイクは既に意識不明だって言う話だった。
なら急いで急ぎ過ぎることは絶対にない。
だからわたしは、
「わたしは賓客としてエルフィーナ王国に招かれた『破邪の聖女』ミレイユ・アプリコットよ? 今あなたと問答している時間はないの。事態は一刻を争うわ。ジェイク王子の命を助けるためにも、今すぐここを通してくれないかしら?」
あまりやりたくなかったんだけど、権力による強行突破を敢行した。
もちろんこう言われてしまったら、衛兵さんとしてはどうすることもできないわけで。
衛兵さんは、
「かしこまりました」
小さく礼をすると、即座に道をあけてくれた。
重体の王子が眠る部屋の最後の門番を任されているだけあって、権力で無理やり言うことを聞かされたっていうのに、不満そうな顔すら見せないのは本当に頭が下がる思いだった。
ごめんね、権力で頭ごなしにお仕事の邪魔をしちゃって。
でもこういう時だけしか使わないから許してね。
ううん、こういうここぞの場面で使うからこその権力なんだ。
衛兵さんには後で、感謝の気持ちと報奨金なり金一封を渡してもらうように伝えておくから、だから今だけは譲ってね。
そして衛兵さんに通してもらったわたしとアンナが医療ルームへと入室すると、そこにはベッドに寝かされたジェイクがいた。
すぐ脇には御殿医――王室専属のお医者さんが数名ついていたけど、その表情は一様に沈んでいた。
「ジェイク様、そんな――」
状況を察したアンナが、呆然としたようにつぶやく。
ジェイクの顔は土気色をしていて、もう死んでしまっているみたいだった。
まさか間にあわなかったの!?
だけど――、
「良かった……胸が上下しているからまだ生きてはいるわね……」
よく見ると、ジェイクは弱弱しくも、だけど間違いなく呼吸をしているのが見て取れたのだ。
わたしはジェイクの耳元に顔を近づけると、少し大きな声で呼びかけてみる。
「ジェイク、ジェイク! ……やっぱ意識はないか」
なんの反応も返ってこなくて落胆したわたしに、御殿医のリーダーっぽい人がジェイクの容態を説明してくれる。
「ジェイク殿下はおそらく5時間ほど前に重症化したと思われます。早めに休むと床に入っておられたので、気付くのに遅れてしまいました」
「やっぱり――」
あの時はもう既に悪化しはじめてたんだ。
「症状としては呼吸が極めて弱く、完全に意識不明で、時おり意味不明なうわ言を言い、なにより40℃近い高い発熱があります。間違いなくこれは――」
王家お抱えの超有能であろう医師の言葉に、わたしは小さく頷くと、言った。
「ええ、ヴァルスの末期重症状だわ……」
わたしの見立てに、
「そんな!?」
アンナが悲鳴のような叫び声を上げる。
「おそらく昨日あたりから、何かしらの違和感があったはずよ……ジェイクのやつ、無理をして隠してたんだわ。わたしが一日でも早く『破邪の結界』を完成させられるようにって。わたしが変に心配しないようにって――」
「ジェイク様は責任感がお強いですから……」
「まったく何してんのよ、あんたは……ポンコツ王子のくせに、なに無理してカッコつけてんのよ……!」
あんたは頭を下げるしかできない土下座王子じゃなかったの?
自分でそう言ってたじゃない。
なのになんで無理してんのよ!
なにしんどいくせに平気な振りして笑ってたのよ!
誰がそんなことしろって頼んだってのよ!
それでこんなことになって――。
これじゃあまるで、これじゃあまるで命を賭けて世界の平和を成しとげた、悲劇の主人公じゃないの!
「あんたは! あんたはそう言うんじゃないでしょ!」
ジェイクがそんなカッコつけの王子だなんて、わたしは許さないんだからね?
カッコつけたまま死なせたりなんか、このわたしが絶対にさせないんだから――!
わたしとアンナが中に入っていこうとするのを、
「申し訳ありません。現在この中は感染リスクが極めて高い汚染ゾーンですので、ご入室はお控えください」
門番のように入り口をの両脇を固めていた衛兵の片方が、両手を広げて遮ってきた。
「それなら安心しなさい、もうヴァルスが感染を広げることはないわ。エルフィーナ王国全土をおおう『破邪の結界』が既に起動済みだから」
わたしは一刻を争う逸る気持ちを抑えながら、衛兵さんを説得にあたる。
「しかし、そのような報告は受けておりませんが――」
「起動したのはついさっきだから、報告が行ってなくて当然よ」
「……分かりました。確認いたしますので、少々お待ちください」
くっ、そんな悠長なことを言ってたら、間に合わないかもしれないじゃない!
もちろん、この衛兵の対応は極めて正しい。
任務には忠実だし、だけど事態の変化に際してはこうやってちゃんとこっちの意見を聞いて、上に確認しようともしてくれる。
100点満点、文句なしの対応だった。
でも今だけは、それじゃ遅すぎるんだ。
ヴァルスは一度重症化すれば、早ければ半日も経たずに死に至る悪魔の病なのだから。
ジェイクは既に意識不明だって言う話だった。
なら急いで急ぎ過ぎることは絶対にない。
だからわたしは、
「わたしは賓客としてエルフィーナ王国に招かれた『破邪の聖女』ミレイユ・アプリコットよ? 今あなたと問答している時間はないの。事態は一刻を争うわ。ジェイク王子の命を助けるためにも、今すぐここを通してくれないかしら?」
あまりやりたくなかったんだけど、権力による強行突破を敢行した。
もちろんこう言われてしまったら、衛兵さんとしてはどうすることもできないわけで。
衛兵さんは、
「かしこまりました」
小さく礼をすると、即座に道をあけてくれた。
重体の王子が眠る部屋の最後の門番を任されているだけあって、権力で無理やり言うことを聞かされたっていうのに、不満そうな顔すら見せないのは本当に頭が下がる思いだった。
ごめんね、権力で頭ごなしにお仕事の邪魔をしちゃって。
でもこういう時だけしか使わないから許してね。
ううん、こういうここぞの場面で使うからこその権力なんだ。
衛兵さんには後で、感謝の気持ちと報奨金なり金一封を渡してもらうように伝えておくから、だから今だけは譲ってね。
そして衛兵さんに通してもらったわたしとアンナが医療ルームへと入室すると、そこにはベッドに寝かされたジェイクがいた。
すぐ脇には御殿医――王室専属のお医者さんが数名ついていたけど、その表情は一様に沈んでいた。
「ジェイク様、そんな――」
状況を察したアンナが、呆然としたようにつぶやく。
ジェイクの顔は土気色をしていて、もう死んでしまっているみたいだった。
まさか間にあわなかったの!?
だけど――、
「良かった……胸が上下しているからまだ生きてはいるわね……」
よく見ると、ジェイクは弱弱しくも、だけど間違いなく呼吸をしているのが見て取れたのだ。
わたしはジェイクの耳元に顔を近づけると、少し大きな声で呼びかけてみる。
「ジェイク、ジェイク! ……やっぱ意識はないか」
なんの反応も返ってこなくて落胆したわたしに、御殿医のリーダーっぽい人がジェイクの容態を説明してくれる。
「ジェイク殿下はおそらく5時間ほど前に重症化したと思われます。早めに休むと床に入っておられたので、気付くのに遅れてしまいました」
「やっぱり――」
あの時はもう既に悪化しはじめてたんだ。
「症状としては呼吸が極めて弱く、完全に意識不明で、時おり意味不明なうわ言を言い、なにより40℃近い高い発熱があります。間違いなくこれは――」
王家お抱えの超有能であろう医師の言葉に、わたしは小さく頷くと、言った。
「ええ、ヴァルスの末期重症状だわ……」
わたしの見立てに、
「そんな!?」
アンナが悲鳴のような叫び声を上げる。
「おそらく昨日あたりから、何かしらの違和感があったはずよ……ジェイクのやつ、無理をして隠してたんだわ。わたしが一日でも早く『破邪の結界』を完成させられるようにって。わたしが変に心配しないようにって――」
「ジェイク様は責任感がお強いですから……」
「まったく何してんのよ、あんたは……ポンコツ王子のくせに、なに無理してカッコつけてんのよ……!」
あんたは頭を下げるしかできない土下座王子じゃなかったの?
自分でそう言ってたじゃない。
なのになんで無理してんのよ!
なにしんどいくせに平気な振りして笑ってたのよ!
誰がそんなことしろって頼んだってのよ!
それでこんなことになって――。
これじゃあまるで、これじゃあまるで命を賭けて世界の平和を成しとげた、悲劇の主人公じゃないの!
「あんたは! あんたはそう言うんじゃないでしょ!」
ジェイクがそんなカッコつけの王子だなんて、わたしは許さないんだからね?
カッコつけたまま死なせたりなんか、このわたしが絶対にさせないんだから――!
0
お気に入りに追加
92
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる