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第6話 天はお嬢さまの上にお嬢さまを作らず――

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「~~~~~♪」

 桜子さまがお歌を歌い終わりました。

「では採点ですわね。わたくしどもの最高点は98.9点。つまり桜子さまが99点以上をお出しになればそちらの勝ちというわけですわ」

 そう説明するように仰られた麗華お嬢さまのお顔は、もう既に勝利を確信しておられました。
 というのも桜子お嬢さまは緊張でもなされていたのでしょうか、優雅ではあったもののあまりお上手にはお歌いになれなかったからです。

 決して下手というではございませんでしたが、先ほどの佐知子お嬢さまの聴く者全てを魅了してやまないお歌と比べれば、雲泥の差がございました。
 麗華お嬢さまが勝利を確信されたのも無理はありません。

 ですが――

「桜子さまの得点は――なっ、100点ですって!? どういうことですの!?」

 なんと桜子さまの得点は100点満点にあらせられたのです!

「どうやらわたくしたちの勝ちのようですわね」

 優雅に仰られた桜子お嬢さまに、

「桜子さま!」

 感極まった佐知子お嬢さまがひしと抱き着かれます。
 雅お嬢さまもシャオ・メイニャンお嬢さまもそれにお続きになられました。

 勝利を喜ぶ関西お嬢さま連合のお嬢さま方に、

「このようなこと到底納得がいきませんわ! 今のはどなたがお聞きになっても満点が出るようなお歌ではありませんでしたもの! さてはズルをしましたわね! 卑怯ですわよ!」

 勝利を確信していたのが一転、一敗地にまみれた麗華お嬢さまが抗議のお声をお上げになります。
 けれど桜子お嬢さまは極めて冷静に仰いました。

「かように驚くようなことではございませんわ。わたくしは上手に歌おうとしたのではなく、どのように歌えば機械採点で100点が出るのかを『富岳』でシミュレーションした通りにお歌いしただけなのですから」

「ふ、『富岳』ですって? まさか神戸にある――」

「ええ、兵庫県は神戸市にございます世界最高のスーパーコンピューター『富岳』ですわ。わたくしの歌う順番が来るまでに、どのように歌えばよろしいのかを『富岳』で計算いたしましたの」

 なんと桜子お嬢さまは『富岳』を使ってカラオケの機械採点で100点を取る歌い方をシミュレートなされて、その通りにお歌いになられたのです!

「そ、そんなことができるはずがありませんわ! だって『富岳』の使用は常に数週間待ちのはずですもの! 使用目的も厳しく制限されております! それを割り込んだあげくに、カラオケの100点を取る方法の計算などに使えるはずがないではありませんか!」

 麗華お嬢さまがはしたなく声を荒げられます。

「あら? 九州お嬢さま連合の皆さま方は『富岳』の順番を拝借することもおできになりませんの?」

 けれど桜子お嬢さまにさらりと言われてしまわれて、

「な――っ」
 お黙りになるより他はございませんでした。

 しばしの沈黙の後、桜子お嬢さまが仰られました。

「それでは『比べ合い』はわたくしども関西お嬢さま連合の勝利ということでよろしゅうございますわね?」

「うっ、は、はい……謹んで軍門にお下りいたしますわ」

 100点を出されて負けるという完敗をしたとあっては、どのような言い訳もすることはかないません。
 麗華お嬢さまは唇を噛みしめながら絞り出すように仰りました。

 ですが桜子お嬢さまは仰られました。

「そのようなお考えはわたくし好きではありませんの」

「どのような意味でしょうか?」

「お嬢さまとは常にエレガントにあらねばなりません。そこでは上も下もなく皆等しくお嬢さまなのですわ」

 桜子お嬢さまの言葉に麗華お嬢さまがハッとしたお顔をなされます。

「天はお嬢さまの上にお嬢さまを作らず、お嬢さまの下にお嬢さまを作らず。西園寺家の家訓でしてよ」

「桜子さま、わたくしが間違っておりました」

 麗華お嬢さまの目から宝石のように美しい一筋の涙がこぼれ落ちました。
 それは麗華お嬢さまが真にお嬢さまの何たるかをご理解なされた証にございます。

「わたくしの想いを麗華さまにもお分かりいただけて嬉しゅうございますわ。麗華さま、これから『お嬢さま道』を共に邁進してまいりましょう」

「ええ!」

 このようにして此度このたびの『比べ合い』は静かに幕を閉じられたのでした。 

 後日。
 毛利元子お嬢さまが復帰あそばされた中国お嬢さま連合と、麗華お嬢さまの九州お嬢さま連合。
 そして桜子お嬢さまの関西お嬢さま連合は手を取り合って『西日本お嬢さま共栄圏』を発足なされることになります。

 それはさておきまして。

「それでは皆さま方、『薔薇の園』に帰ってお茶にしましょう。わたくしも歌を歌って少し喉が渇いてしまいましたの。もちろん麗華さまたちもご一緒あそばせ」

「わたくしたちもご一緒させていただいてよろしいのですか?」

「もちろんですわよ」

「桜子さま、舶来品の珍しいフレーバーティーがございますの。素敵な香りがして、のどにもとても良いそうですわ」

「それはよろしいですわね。帰りましたら早速みなさんでいただきましょう」

 ロールスロイスにお乗り込まれた総勢8名のお嬢さま方は一路、『薔薇の園』へとお帰りあそばされたのでした。
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