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―最終章―
第78話 勝者と敗者
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「我は――負けたのだな」
俺を見るでもなく、なんとはなしに遠く空のかなたを見やりながら、《蒼混じりの焔》が小さくつぶやいた。
「ああそうだ」
事実を確認するためだけの問いかけに、俺も簡潔に肯定の言葉を返す。
「そうか、我は負けたのか。そしてこれが敗北というものか。ふむ、純粋に悔しくもありながら、同時に全てを出し切って清々しくもある……実に不思議な感覚だ」
そう言った《蒼混じりの焔》は、まるで全国大会の決勝で宿命のライバルに敗れたスポーツ選手のようで、初めての敗北を全身全霊で噛みしめているかのようだと俺は思ったのだった。
既に身体を覆っていた時おり蒼の混じった炎はその勢力を完全に失していて、消滅が間近であることは想像に難くなかった。
「剣部の継承者よ。世界すら欺く条理を超越したその力――見事であった。《最強》という言葉は、その力にこそ相応しい――」
そう語る《蒼混じりの焔》は、積年のしがらみから解放されたように、どこまでもすがすがしい表情をしている。
「だが――たとえ今、我が滅ぼうとも。必ず第二、第三の我が現れるだろう。強くなりたいという想いは、万世不変の生きる者の業であるがゆえに」
だからこの言葉も決して負け惜しみなどではなく、ただただ事実を伝えたにすぎなかったのだろう。
「《最強》とは、全ての生命に宿る根源的かつ普遍の願い。《真なる心剣》を継ぐ者よ、それは君の中にも存在する。いやここに至るまで強さを求め続けた君だからこそ、蒼き炎の火種を誰よりも強く確実に、その内に内包しているだろう。《最強》を求める飽くなき想い、そしてそれを束ねし蒼炎の獣は、いずれまた必ず現れる――」
「構わないさ。てめぇの二番煎じが何度現われようとも、その全てを俺が討滅する。剣部の《心剣》が悪しき想いをことごとく討ち払ってみせる――」
「良い気概だ。さすが我を討滅しただけのことはある――しかし、人に許された生はあまりに短いのだ。君とて百年を超えては生きられまいて」
「だから未来に託すんだろ。力だけでなく、志も未来に預けていくんだ。子供、孫、ひ孫、さらにその先へと、人の想いは次の世代、その次の世代へと受け継がれていくんだ。俺が死んだ後も、俺の意思を継いだ剣部がきっとお前らを討滅する。こんな悲劇は二度と起こさせない」
「本当に君は強い――だが強すぎる輝きは強すぎるがゆえに、時に周囲の全てを影へと変えてしまうのだよ。本人がどれだけ高潔であろうとも、周囲に渦巻くのは嫉妬と羨望だ。そうして強すぎる輝きは孤立し、光であったはずの自らをもいずれは影とし飲み込んでしまうのだ。《最強》は最強であるがゆえに、例外なく孤独という宿業に堕ちる」
なんとなく、それは《蒼混じりの焔》自身のことを言っているのだと、そう俺は直感していた。
きっとこいつにも色んなことがあって、それでこんな風になってしまったのだろう。
けどな――。
「悪いが俺に限ってそれはない」
俺は力強く断言した。
「だって俺は一人じゃないから。孤独に飲み込まれてしまったお前と違って、俺にはマナカがいる。マナカがいてくれたら俺はなんだって乗り越えられる――乗り越えてみせる。今ここでお前を乗り越えてみせたようにな」
「ふ――っ、いいだろう。勝者と敗者。どちらの言に信があるかは一目瞭然。その言葉、冥途で見届けさせてもらうとしよう。せいぜい頑張ってみせるがいい」
「勝手にしやがれ――言いたいことはそれだけか?」
「ああ、もはや敗者が語ることなどないさ――それに残された最後の時を、既に存在が薄れつつある我ごときにかまっている暇はないだろう?」
「……急に何の話だ?」
「ここで消えゆくのは敗れた我だけではない。我に勝ったことでその役目を果たしたその黒猫の《想念獣》も同じだろうて。大切な別れの時間を、これ以上我との問答に付き合って浪費する必要はない」
そう言ったきり《蒼混じりの焔》は一言もしゃべらなくなった。
あおむけに倒れたまま、ただただ静かに遠く夜空の向こうを見上げ続ける。
《最強》を求め続け、数百年に渡って世界に悪夢をばらまいてきた《想念獣》が、今まさに消滅しようとしていた。
――って、今はそんなことはどうでもいいんだ!
今大事なのは、
「おいクロ、お前が消えるってどういうことだよ!?」
俺を見るでもなく、なんとはなしに遠く空のかなたを見やりながら、《蒼混じりの焔》が小さくつぶやいた。
「ああそうだ」
事実を確認するためだけの問いかけに、俺も簡潔に肯定の言葉を返す。
「そうか、我は負けたのか。そしてこれが敗北というものか。ふむ、純粋に悔しくもありながら、同時に全てを出し切って清々しくもある……実に不思議な感覚だ」
そう言った《蒼混じりの焔》は、まるで全国大会の決勝で宿命のライバルに敗れたスポーツ選手のようで、初めての敗北を全身全霊で噛みしめているかのようだと俺は思ったのだった。
既に身体を覆っていた時おり蒼の混じった炎はその勢力を完全に失していて、消滅が間近であることは想像に難くなかった。
「剣部の継承者よ。世界すら欺く条理を超越したその力――見事であった。《最強》という言葉は、その力にこそ相応しい――」
そう語る《蒼混じりの焔》は、積年のしがらみから解放されたように、どこまでもすがすがしい表情をしている。
「だが――たとえ今、我が滅ぼうとも。必ず第二、第三の我が現れるだろう。強くなりたいという想いは、万世不変の生きる者の業であるがゆえに」
だからこの言葉も決して負け惜しみなどではなく、ただただ事実を伝えたにすぎなかったのだろう。
「《最強》とは、全ての生命に宿る根源的かつ普遍の願い。《真なる心剣》を継ぐ者よ、それは君の中にも存在する。いやここに至るまで強さを求め続けた君だからこそ、蒼き炎の火種を誰よりも強く確実に、その内に内包しているだろう。《最強》を求める飽くなき想い、そしてそれを束ねし蒼炎の獣は、いずれまた必ず現れる――」
「構わないさ。てめぇの二番煎じが何度現われようとも、その全てを俺が討滅する。剣部の《心剣》が悪しき想いをことごとく討ち払ってみせる――」
「良い気概だ。さすが我を討滅しただけのことはある――しかし、人に許された生はあまりに短いのだ。君とて百年を超えては生きられまいて」
「だから未来に託すんだろ。力だけでなく、志も未来に預けていくんだ。子供、孫、ひ孫、さらにその先へと、人の想いは次の世代、その次の世代へと受け継がれていくんだ。俺が死んだ後も、俺の意思を継いだ剣部がきっとお前らを討滅する。こんな悲劇は二度と起こさせない」
「本当に君は強い――だが強すぎる輝きは強すぎるがゆえに、時に周囲の全てを影へと変えてしまうのだよ。本人がどれだけ高潔であろうとも、周囲に渦巻くのは嫉妬と羨望だ。そうして強すぎる輝きは孤立し、光であったはずの自らをもいずれは影とし飲み込んでしまうのだ。《最強》は最強であるがゆえに、例外なく孤独という宿業に堕ちる」
なんとなく、それは《蒼混じりの焔》自身のことを言っているのだと、そう俺は直感していた。
きっとこいつにも色んなことがあって、それでこんな風になってしまったのだろう。
けどな――。
「悪いが俺に限ってそれはない」
俺は力強く断言した。
「だって俺は一人じゃないから。孤独に飲み込まれてしまったお前と違って、俺にはマナカがいる。マナカがいてくれたら俺はなんだって乗り越えられる――乗り越えてみせる。今ここでお前を乗り越えてみせたようにな」
「ふ――っ、いいだろう。勝者と敗者。どちらの言に信があるかは一目瞭然。その言葉、冥途で見届けさせてもらうとしよう。せいぜい頑張ってみせるがいい」
「勝手にしやがれ――言いたいことはそれだけか?」
「ああ、もはや敗者が語ることなどないさ――それに残された最後の時を、既に存在が薄れつつある我ごときにかまっている暇はないだろう?」
「……急に何の話だ?」
「ここで消えゆくのは敗れた我だけではない。我に勝ったことでその役目を果たしたその黒猫の《想念獣》も同じだろうて。大切な別れの時間を、これ以上我との問答に付き合って浪費する必要はない」
そう言ったきり《蒼混じりの焔》は一言もしゃべらなくなった。
あおむけに倒れたまま、ただただ静かに遠く夜空の向こうを見上げ続ける。
《最強》を求め続け、数百年に渡って世界に悪夢をばらまいてきた《想念獣》が、今まさに消滅しようとしていた。
――って、今はそんなことはどうでもいいんだ!
今大事なのは、
「おいクロ、お前が消えるってどういうことだよ!?」
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