上 下
50 / 83
第五章「プラスとマイナス」

第50話 私はプラスが好きなのです☆

しおりを挟む
「き、気を取り直して、もう一つ質問なんですけれど。どうしてアルマミースさんはファッションブランドを?」

「リアンでいいですよ☆」

「どうしてリアンさんはファッションブランドを? 本職はりゅーたいきんぞく? の研究者なんですよね? なんだか科学とファッションはあまり繋がらないといいますか」

 マナカがごくごく自然な疑問を呈した。

「いい質問です☆ もともと私は流体金属の研究を買われてこの『スーパーダイラタンシー』プロジェクトに参加したのですが☆」

「すーぱーだいらたんしー?」

「あとでまた説明しますね☆ そこで軍隊の余りに野暮ったい現状を目の当たりにしてしまいまして☆ まぁ話せば長くなりますが、要はつまり、軍隊があまりにもお洒落じゃなかったから、自分が変えようと思ったわけです☆」

「それは仕方ないだろう。軍隊は基本的に戦闘という唯一無二の機能に特化し画一化させることによって成立するものだ。必然、ファッションなどの不必要なものはそぎ落とされる」

 軍隊とは個性を排除することで成り立つ、絶対上意下達の究極系だからだ。
 だが、

「その考えはもはや過去の遺物ですよ☆ メンタルがフィジカルに影響を与えることは今や分野を問わぬ世界の常識です☆ 昨今は女性兵士も多くなっているというのに、美意識の欠片すら感じないモッサイ官給品ばかりなのは、あまりに前時代的にすぎます☆ お洒落の墓場です☆」

「ふむふむ」

「もちろん旧態依然とした考え方にも、一定の説得力があることは理解できなくもありません☆ ナンセンスな悪習は、よりナンセンスな悪習を淘汰するために生まれた、という言葉もあるくらいです☆ 古いというだけで廃していまうのは、それによって隠されいた軋轢あつれきを蒸し返すことになりかねません☆ 軋轢はマイナスしか生みません☆ 私はプラスが好きなのです☆」

 「私はプラスが好きなのです☆」
 これは出会ってから何度も聞かされた、彼女が生きる上での信念だった。
 なかなか真似できるものではないし、なによりそうあり続けるための高い実現能力が要求される。

 そんな彼女の高い志は出会った当初から変わることなく、俺は今でも彼女の生きざまに素直に感心させられるのだった。
 かなり――いやとても変な人だけど。

「であるならば2つの価値観をアウフヘーベンすればいいだけです☆ 機能美を最重要項目として、華美にならないよう最大限配慮しつつ、見る人が見ればお洒落を感じる官給品を、自分でデザインして提案したわけです☆」

「配給品の切り替えタイミングを狙って、非の打ち所がないプランを提出。お偉方相手に完璧なプレゼンをして満場一致で採用となったって話だ」

 『古き良き伝統』そのものを誇りとし、頭の固い事にかけては右に出る者のいない軍上層部を、いったいどうやって説き伏せたのか。

 魔法を使ったとまで言わしめた、博士の逸話の一つだった。

「そうしてデザイン関連のスキルと人脈が、図らずもできてしまいまして☆ せっかくなので、今度はこのコンセプトでもって一般社会にも進出してみたわけです☆ 軍との大口取引のおかげで金銭的には何の不自由もありませんでしたしね☆ 仮に受け入れられなかったとしても、ただ淘汰されるだけ☆ 私の資産の他にはマイナスはありません☆ しかし成功すれば、よりよいものをたくさんの人に広めることが可能です☆ 私はプラスが好きなのです☆」

「すごい行動力で格好いいです! わたしもリアンさんみたいになりたいなぁ」

「ふふっ、ありがとうございます☆ 女は度胸☆ 行動しなければ、何も生まれないのですよ☆」

「ふむふむ」

「そして世の中のたいがいのことは、やろうがやるまいが多かれ少なかれの後悔を伴うものです☆」

「ほぅほぅ!」

「であれば一度きりの人生、やることをやって、結果はどうあれ過程に対してだけは満足を得られるのなら、それはとても素敵なことだと思いませんか?☆ 私はプラスが好きなのです☆」

「ふぇーー」

 ちらりとマナカの表情をうかがうと、教祖様に拝謁はいえつした敬虔けいけんな信徒のような、憧れ一色に染まった表情をしていた。

 どうやら連れてきて正解だったようだな。

 ――そう思っていた時期が俺にもありました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

午前0時の転生屋

玖保ひかる
ファンタジー
 天界で死神と呼ばれる転生屋のディーと相棒の黒猫クロのお仕事物語。 ※この作品は小説家になろうでも掲載しています。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

錬金術師はかく語りき

三塚 章
ファンタジー
私はある飲み屋で高名な錬金術師イルミナとであう。彼女になぜ錬金術師になったのか訪ねてみると返ってきた答えは……他の投稿サイトでも掲載。 転生なしの異世界。

招かれざる獣たち~彼らとの出会いが少年の運命を変える。獣耳の少女と護り手たちの物語~

都鳥
ファンタジー
~落ちこぼれ少年が獣の姫の護り手となるまで~ 両親と妹を魔獣に殺され、その敵を討つ為に冒険者となった少年・ラウルは、草原で保護者とはぐれた兎耳の少女、アリアを助ける。 それが縁で、少女がパパと呼ぶ旅の凄腕冒険者一行、ジャウマ、セリオン、ヴィジェスとも知り合いになる。家族の敵である、魔獣の討伐に彼らの助力を得られる事になり、共に『悪魔の森』の奥へ向かった。 森の奥でラウルは『黒い魔獣』の正体と、人ならざる獣の力を持つ一行の正体を知る。そして彼らは、ラウルも自分たちの『仲間』だと告げた。 彼らの助力で敵を討ったラウルは、彼らと共に旅をする事になる。 それぞれ赤竜、鳥、白狐の力を持ち、半獣半人の姿にもなれる3人の青年。そして彼ら3人を「パパ」と呼ぶ兎耳の少女アリア。 彼らと共に、各地に棲まう『黒い魔獣』を倒して回る旅。その旅の中で彼らは何を求めるのか? 彼らの過去は? 何故『黒い魔獣』を倒すのか。 そして、不思議な力を持つ兎耳の少女は…… これは気弱な少年ラウルが、仲間たちとなし崩し的に魔獣退治の旅をする物語。 ★第2回『ドリコムメディア大賞』一次選考通過 ※戦闘シーンや魔獣に襲われた後のシーンがあるので、一応R-15に設定してありますが、文章表現は抑えてあります。過度な描写はありません。 ※この作品は、小説家になろう、ノベルアッププラス、カクヨム、noteにも掲載しております。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

亡国の草笛

うらたきよひこ
ファンタジー
兄を追い行き倒れた少年が拾われた先は…… 大好きだった兄を追って家を出た少年エリッツは国の中心たる街につくや行き倒れてしまう。最後にすがりついた手は兄に似た大きな手のひらだった。その出会いからエリッツは国をゆるがす謀略に巻きこまれていく。 ※BL要素を含むファンタジー小説です。苦手な方はご注意ください。

最強魔導師エンペラー

ブレイブ
ファンタジー
魔法が当たり前の世界 魔法学園ではF~ZZにランク分けされており かつて実在したZZクラス1位の最強魔導師エンペラー 彼は突然行方不明になった。そして現在 三代目エンペラーはエンペラーであるが 三代目だけは知らぬ秘密があった

処理中です...