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第四章「昔語り」
第43話 マナカのことをもっと知りたい
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まだ少し乱れている呼吸のなかで、現状についてどうにか指摘しようと試みた矢先。
「ほらユウトくん。わたしの心臓の鼓動が聞こえるでしょ?」
え、それ、わざとってこと――、
「小さい頃にね、わたしが泣くたびにお母さんにこうやって抱きしめてもらったんだ」
「あ――」
マナカの優しい声が降ってきて、俺は何も言えなくなってしまっていた。
確かマナカの母は、まだマナカが幼いころに亡くなったと言っていた。
今はもう心の整理がついていたとしても、マナカだってまだ高校生だ。
思い返すと悲しくなることだってあるだろう。
ふと気づくと考え込んでしまい喪失感で言いようもなく悲しくなる辛さなら、俺はこれ以上ないってくらいに知っているから――。
それなのに、俺を落ち着かせるためにと。
俺のためにと。
悲しみの扉を自ら開いてみせたのだ――。
頭上からそっと優しく耳朶に触れるマナカの声。
肌に触れる温かい体温。
なにより優しく包み込むようなその心臓の鼓動を聞いていると、信じられないくらいに心が落ち着いて、安心しはじめて。
心の安定と共に、あれだけ辛かった呼吸が完全に平常運転に戻っていることに気が付いた。
「お姉ちゃん――」
安らぐ意識の中で、思わず漏れたその懐かしい言葉を、
「ふふっ、なぁにユウトくん? ユウトくんは甘えんぼさんだね」
マナカは深く追求せずに、そっと優しく受け止めてくれた。
マナカに抱きしめられる中で、昔、姉にこうやって何度も抱きしめてもらったことを、俺は図らずも思い出してしまっていた。
姉のぬくもりを、優しさを、思い出していた。
こんな弱い自分を赤の他人に見せるのは初めてのことで。
でも戸惑いと共に、心の奥底からの安心感を嬉しく思う自分がいて。
しばらくそうして抱きしめてもらって――俺はいつの間にかマナカの背中に回していた両手の力をふっと緩めた。
それと合わせるように、マナカも俺の頭と背中をさすっていた手をそっと降ろす。
マナカの腕の中――というより胸の中から解放された俺は、密着状態のまま至近距離にてマナカの顔をまじまじと見つめた。
大きくてぱっちりとした、透き通るような瞳。
柔らかそうなもちもちした頬。
触れたら折れてしまいそうな華奢な首筋。
ゆるふわウェーブのおしゃれなサイドポニー。
今まで俺は、なんだかんだでそんな外見ばかりを見て、単にかわいい女の子だとしか思っていなかった。
だけど今、はじめて俺はマナカの心に接して――いや、違うな。
俺がマナカに対して真剣に向かい合おうとしてこなかっただけだ。
マナカはずっと――それこそ最初からずっと、その聖母のような優しさと、孟母のような強い想いでもって、頑なに閉ざした俺の心に何度も何度も触れようとしてくれていたのだから。
マナカの想いを、俺が一方的に取り合おうとしなかっただけだ。
俺は今、過去の自分が取った行為を恥じるとともに、マナカのことをもっと知りたいと思っていた。
そんな自分がいることをはじめて自分で認識したのだった。
マナカのことをもっと知りたい、マナカの心の在りように触れてみたい――そう強く思った。
この心の奥からくる感情がどういうものなのか、実のところ、まだよくはわかってはいない。
だけどただ一つ言えるのは、この気持ちは嫌なものなんかじゃ決してない――いや正直に言おう。
この気持ちはとても素敵なものだった。
「ほらユウトくん。わたしの心臓の鼓動が聞こえるでしょ?」
え、それ、わざとってこと――、
「小さい頃にね、わたしが泣くたびにお母さんにこうやって抱きしめてもらったんだ」
「あ――」
マナカの優しい声が降ってきて、俺は何も言えなくなってしまっていた。
確かマナカの母は、まだマナカが幼いころに亡くなったと言っていた。
今はもう心の整理がついていたとしても、マナカだってまだ高校生だ。
思い返すと悲しくなることだってあるだろう。
ふと気づくと考え込んでしまい喪失感で言いようもなく悲しくなる辛さなら、俺はこれ以上ないってくらいに知っているから――。
それなのに、俺を落ち着かせるためにと。
俺のためにと。
悲しみの扉を自ら開いてみせたのだ――。
頭上からそっと優しく耳朶に触れるマナカの声。
肌に触れる温かい体温。
なにより優しく包み込むようなその心臓の鼓動を聞いていると、信じられないくらいに心が落ち着いて、安心しはじめて。
心の安定と共に、あれだけ辛かった呼吸が完全に平常運転に戻っていることに気が付いた。
「お姉ちゃん――」
安らぐ意識の中で、思わず漏れたその懐かしい言葉を、
「ふふっ、なぁにユウトくん? ユウトくんは甘えんぼさんだね」
マナカは深く追求せずに、そっと優しく受け止めてくれた。
マナカに抱きしめられる中で、昔、姉にこうやって何度も抱きしめてもらったことを、俺は図らずも思い出してしまっていた。
姉のぬくもりを、優しさを、思い出していた。
こんな弱い自分を赤の他人に見せるのは初めてのことで。
でも戸惑いと共に、心の奥底からの安心感を嬉しく思う自分がいて。
しばらくそうして抱きしめてもらって――俺はいつの間にかマナカの背中に回していた両手の力をふっと緩めた。
それと合わせるように、マナカも俺の頭と背中をさすっていた手をそっと降ろす。
マナカの腕の中――というより胸の中から解放された俺は、密着状態のまま至近距離にてマナカの顔をまじまじと見つめた。
大きくてぱっちりとした、透き通るような瞳。
柔らかそうなもちもちした頬。
触れたら折れてしまいそうな華奢な首筋。
ゆるふわウェーブのおしゃれなサイドポニー。
今まで俺は、なんだかんだでそんな外見ばかりを見て、単にかわいい女の子だとしか思っていなかった。
だけど今、はじめて俺はマナカの心に接して――いや、違うな。
俺がマナカに対して真剣に向かい合おうとしてこなかっただけだ。
マナカはずっと――それこそ最初からずっと、その聖母のような優しさと、孟母のような強い想いでもって、頑なに閉ざした俺の心に何度も何度も触れようとしてくれていたのだから。
マナカの想いを、俺が一方的に取り合おうとしなかっただけだ。
俺は今、過去の自分が取った行為を恥じるとともに、マナカのことをもっと知りたいと思っていた。
そんな自分がいることをはじめて自分で認識したのだった。
マナカのことをもっと知りたい、マナカの心の在りように触れてみたい――そう強く思った。
この心の奥からくる感情がどういうものなのか、実のところ、まだよくはわかってはいない。
だけどただ一つ言えるのは、この気持ちは嫌なものなんかじゃ決してない――いや正直に言おう。
この気持ちはとても素敵なものだった。
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