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第三章「約束」
第35話 作り物の笑顔
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夕方。
日も暮れはじめた出口付近にて。
「いやー、久しぶりに一日エンジョイしたなぁ」
「ほんと、動物園がこんなに楽しいんだって、わたし知らなかったよ」
「これでマナカも晴れて動物園マイスターへの一歩を踏み出したな。今後とも精進するようにな――ってどうしたんだマナカ、えらく真剣な顔して?」
「あのさ、ユウトくん、その――今日はごめんね」
そう言って急に頭を下げてきたマナカ。
「なんで謝るんだよ? 無理に一緒に来たことなら気にしてないぞ。1人で見るのと違って、誰かにいろいろと説明しながら見るってのも楽しかったしな」
誰かと一緒に動物園をまわる――そんな懐かしい気持ちを、俺は今日、思い出していたのだから。
「確かに動物園は心底楽しんでたよね。笑顔がいつもと全然違ってたもん」
「……俺は割と普段から笑顔でいるつもりなんだが」
「いつもの作り笑いじゃなくて、心の底からの笑顔ってことだよ」
「せめて愛想笑いと言ってくれ。無駄に敵を作らない、社会性に長けた行動だろう」
「うーん、どっちも変わらないような……? どっちにせよ、今日のユウトくんはそういうのとは全然違ったすごくいい笑顔をしていたから。あ、こんな風に笑う男の子なんだなって思った」
「……そうかもな。昔から動物園は好きだったから」
「そうみたいだね――だから、ごめんなさい。わたしと一緒で」
「だからさっきから何を言ってんだよ?」
いい笑顔だったんだろ?
ならそれでいいじゃないか?
俺が心底分からないでいると、
「動物を見てる時は心からの笑顔だったけれど、わたしと話している時はいつもの作り物の笑顔だったよね」
「そんなことは、なかった、んじゃないか、と思う――」
思わず言い淀んだ俺に、
「そんなこと、あったよ。女の子ってさ、男の子が思っている以上に、そういうのって結構わかっちゃうもんなんだ。だからごめんなさい。わたしがいたことで、気を使わせちゃったよね」
マナカはずいっとさらに踏み込んで、さらなる指摘をしてくるのだ。
耳の痛いことでも、言わないといけないと思ったことはしっかりと言う。
普段は明るくにこやかな可愛い女の子だけれど、これが――この芯の通ったシンプルな価値基準こそが、愛園マナカの本質だった。
そしてその指摘はきっと、どうしようもないくらいに図星だったのだろう。
決してマナカといて楽しくなかったわけではない。
むしろこんな楽しい時間を過ごせたことに驚くくらいに、それはまるで宝物のような素晴らしい時間だった。
でも俺とマナカの間には、決して踏み込まない、絶対に踏み込ませない距離が、壁が確かに存在していて――。
「今日はもう帰るね。あ、でもすごく楽しかったってのは本当だ? 動物はみんな可愛かったし、動物園がいろんなイベントをやってることも教えてもらったし。なによりユウトくんの本当の笑顔も見れたしね! だから、気を使わせちゃって、ごめんなさいでした」
もう一度謝ってから歩き去っていくマナカを、俺はただじっと黙ったままで見送っていた。
今ならまだ間に合う。
マナカは気立てのいい女の子だ。
去りゆくマナカに何かしら声をかけるだけで、きっとマナカは振り向いて、またその輝くような笑顔をみせてくれることだろう。
そうすれば今まで通りの関係がこの先もきっと続いてゆく。
――だけど俺は最後まで声をかけなかった。
そうしてはいけなかったから。
そうすることは許されなかったから。
マナカといると楽しい――そんな風に心の底から自分が思っていることに、気が付いてしまったから――。
日も暮れはじめた出口付近にて。
「いやー、久しぶりに一日エンジョイしたなぁ」
「ほんと、動物園がこんなに楽しいんだって、わたし知らなかったよ」
「これでマナカも晴れて動物園マイスターへの一歩を踏み出したな。今後とも精進するようにな――ってどうしたんだマナカ、えらく真剣な顔して?」
「あのさ、ユウトくん、その――今日はごめんね」
そう言って急に頭を下げてきたマナカ。
「なんで謝るんだよ? 無理に一緒に来たことなら気にしてないぞ。1人で見るのと違って、誰かにいろいろと説明しながら見るってのも楽しかったしな」
誰かと一緒に動物園をまわる――そんな懐かしい気持ちを、俺は今日、思い出していたのだから。
「確かに動物園は心底楽しんでたよね。笑顔がいつもと全然違ってたもん」
「……俺は割と普段から笑顔でいるつもりなんだが」
「いつもの作り笑いじゃなくて、心の底からの笑顔ってことだよ」
「せめて愛想笑いと言ってくれ。無駄に敵を作らない、社会性に長けた行動だろう」
「うーん、どっちも変わらないような……? どっちにせよ、今日のユウトくんはそういうのとは全然違ったすごくいい笑顔をしていたから。あ、こんな風に笑う男の子なんだなって思った」
「……そうかもな。昔から動物園は好きだったから」
「そうみたいだね――だから、ごめんなさい。わたしと一緒で」
「だからさっきから何を言ってんだよ?」
いい笑顔だったんだろ?
ならそれでいいじゃないか?
俺が心底分からないでいると、
「動物を見てる時は心からの笑顔だったけれど、わたしと話している時はいつもの作り物の笑顔だったよね」
「そんなことは、なかった、んじゃないか、と思う――」
思わず言い淀んだ俺に、
「そんなこと、あったよ。女の子ってさ、男の子が思っている以上に、そういうのって結構わかっちゃうもんなんだ。だからごめんなさい。わたしがいたことで、気を使わせちゃったよね」
マナカはずいっとさらに踏み込んで、さらなる指摘をしてくるのだ。
耳の痛いことでも、言わないといけないと思ったことはしっかりと言う。
普段は明るくにこやかな可愛い女の子だけれど、これが――この芯の通ったシンプルな価値基準こそが、愛園マナカの本質だった。
そしてその指摘はきっと、どうしようもないくらいに図星だったのだろう。
決してマナカといて楽しくなかったわけではない。
むしろこんな楽しい時間を過ごせたことに驚くくらいに、それはまるで宝物のような素晴らしい時間だった。
でも俺とマナカの間には、決して踏み込まない、絶対に踏み込ませない距離が、壁が確かに存在していて――。
「今日はもう帰るね。あ、でもすごく楽しかったってのは本当だ? 動物はみんな可愛かったし、動物園がいろんなイベントをやってることも教えてもらったし。なによりユウトくんの本当の笑顔も見れたしね! だから、気を使わせちゃって、ごめんなさいでした」
もう一度謝ってから歩き去っていくマナカを、俺はただじっと黙ったままで見送っていた。
今ならまだ間に合う。
マナカは気立てのいい女の子だ。
去りゆくマナカに何かしら声をかけるだけで、きっとマナカは振り向いて、またその輝くような笑顔をみせてくれることだろう。
そうすれば今まで通りの関係がこの先もきっと続いてゆく。
――だけど俺は最後まで声をかけなかった。
そうしてはいけなかったから。
そうすることは許されなかったから。
マナカといると楽しい――そんな風に心の底から自分が思っていることに、気が付いてしまったから――。
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