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第一章「ボーイ・ミーツ・ガール」

第11話 えっへんマナカ

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「それと――」
「……まぁ、複数あるって言ってたな」

「うっ、ダメ、かな……?」
「あ、いや、俺にできることなら……」

 視界の隅に、嬉しそうにニヤついているクロ《バカネコ》の姿が映って、無性にイラッとした。

 よし決めた。
 今日のクロの晩飯は、かつおぶしご飯の刑だ。
 泣いて喚くがいい。

「えっとね、下の名前で呼び合うようになったんだし、私たち、もう友達だよね?」
「いや。それは、どうだろうか」

「って、なんでやねん!」
 俺のすげない答えに、ほぼノータイムで手の甲によるツッコミを入れてくるマナカ。

 このノリの良さと反応の速さ。
 関西人に必要な素養の一つとは言え、なかなかどうしてやるじゃないか。

 そしてその超速ツッコミを悠然と見切り、ギリギリまで引き付けてからのスウェーバックで華麗にかわす俺。

「むむっ? むむむむっ!?」
 ツッコミが不発に終わったマナカが眉を寄せた。

 だが悪いな。
 たとえ座った状態であろうとも、ど素人の攻撃にわざわざ当たってやるほど、俺は優しくはないのだ。

「女の子の軽いタッチを、いちいち本気出して避けないでいいのに……ユウトってば本当に負けず嫌いのお子様だねぇ」

 クロがやれやれとため息をつき、マナカがむぅーと恨めしそうに見上げてくるのを尻目に、

「せっかくだから貰うぞ」
 俺はそう言って唐揚げを一つまみした――のだが、

「美味い、なんだこれは……!」

 口の中にじゅわぁっと広がる深い旨み。

 あまりの美味しさを前にして、心からの素直な感想が口をついて出てしまった。

「ふっふーん。そうでしょう、そうでしょうともよ!」
 そんな俺の反応を見て、胸を張って得意げに言うマナカ。

 胸の下で腕を組んでいるせいで、持ち上げられた胸がそれはもう大きく強調されてしまい、

「んっ、んん……っ!」

 俺は目のやり場に困ってしまう。

 ……どうしても気にはなる、気にはなってしまうのだが、ここは唐揚げでも見て落ち着こう。

 しかしそれにしても立ち直りの早い性格だな。
 くるくる変わる表情は見ている方も楽しくて、とても好感が持てた。

「実はこの唐揚げは自信作なんだよね~」
 えっへんマナカが続ける。

「ミュンヘンの唐揚げを徹底して再現することにこだわった、わたしの自慢の逸品なんだから」

 超が付くほどのどや顔だった。

 ちなみにミュンヘンってのは、ドイツにある大都市の名前――ではなく、センター街と呼ばれる一大商業区域にあるお店の名前である。

 神戸ではかなり名の通った、そしてそれなりにお値段のする洒落たお店で、鶏の唐揚げが特に有名だった。

 俺も小さい頃に一度だけ両親に連れていってもらったことがある。

「いやほんと、こんな美味しいお手製唐揚げは生まれて初めてだ。素人のレベルを完全に超えている。正直びっくりした。本当にこれ、既製品じゃないのか?」

「えへへ――もっともーっと褒めてくれてもいいんだよ? だよ?」
 調子に乗ったマナカは実に可愛らしかったのだが、それにも増してこの唐揚げの美味しいことよ。

 ジューシーで芳醇。
 噛めば噛むほど、味わい深く広がる大海のごとき果てしない旨み。

 加えて絶妙な塩の加減に、思わず「胃袋を掴む」という言葉が頭をよぎるほどだった。
 そんな素晴らしい唐揚げを頂戴したことで、俺の心的ガードが甘くなってしまったことは否めない。

「でね、もう一つのお願いなんだけど……ライン交換しようよ」
 そう言っておずおずとスマホを取りだすマナカ。

 そういう面倒くさい人間関係は、普段の俺なら問答無用で拒否するところだったのだが、

「悪い、俺はガラケーだから」
 俺はいちいちそれらしい理由をつけてから、断っていた。

 美味しいものを食べさせてもらった手前、遠慮があったかもしれない。

 同時に、断ったことを残念に思っている自分に少しだけ驚かされた――。
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