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第一章「ボーイ・ミーツ・ガール」

第9話 ありがとうって言うの、そんなに変かな?

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 そうして俺は今、マナカとともに中庭にいた。

「やっぱり鶴木辺つるぎべ君じゃん」
「ああそうだ、俺だ。で、何のようだ。こんな目立つことしてくれて」

 中庭は教室から丸見えだ。
 今もクラスメイトから――どころか学校中の注目の的だった。

 男女問わず窓際に多くの生徒が張り付いては、俺たちのことを興味津々で見つめている。

 それでもまだ、声が届かない分だけまだマシだろう。
 周り全てが聞き耳を立てるであろう学食で、学園のアイドルお手製の手作り弁当で一緒にランチなど、目立ちすぎて論外中の論外である。

「あ、やっぱりそっちが地なんだね。っていうか教室の時と違いすぎだよぉ。別人だよ。猫かぶってる?」

「人聞きのわるいことを言わないでくれ。俺は社会性を発揮しているだけだ。自ら進んで軋轢あつれきを生む必要なんてない。人間はポリス的な動物だからな」

「ポリス? ……お巡りさん? まぁいいや、そんなことより」

 そんなことよりって、お前が聞いてきたんだろう!?
 しかもアリストテレスは世界史で先週やったところじゃないか!?

 先生、テストに出すって言ってたぞ?
 ちゃんと覚えておけよ!?

 あちこちふわふわなマナカワールド。
 しかしそれが不快かと問われれば、不思議とそうではない自分がいて。

 マナカは可愛いだけでなく、そんなちょっと不思議な女の子だった。

 そして――、
「昨日は助けてくれてありがとうございました」

 一本芯の通った女の子。

 マナカは正座したままで居住まいを正すと、しっかと地面に付きそうなほどに頭を下げた。

「……なんのつもりだ」
「なんのって、もちろん感謝の気持ちなのですが。大ピンチを救ってくれた命の恩人にありがとうって言うの、そんなに変かな?」

「……変じゃあない。とても大切なことだと思う」
 素直に感謝できるというのは、簡単なようでいて意外と難しい。

 それを苦もなく行えるのは、素晴らしい美徳といえるだろう。

 ただ一言、言わせてもらえるのであれば――、

「――できれば時と場合を選んでほしかった」
「……?」

 何度も言うが、愛園マナカは学園有数の美少女である。
 そんなマナカが俺に向かって今、深々と土下座をしていた。

 そしてそれを遠目とは言え、大多数の人間が見ている訳である。
 その結果起こるであろうことは、正直もう考えたくない。

「ユウト、諦めなよ。この子は完全に善意の塊だよ。下手に隠し通すのは下策じゃないかなぁ」
 ピョコッとクロが顔を出した。

「あ、昨日の喋る猫さんだ、にゃうー、おいでおいでー」
「おいこら、なに勝手に出てきてんだクロ」

「話が進まなそうだからさ、ボクがとりなしてあげようと思ってね」
「にしてもこんな明るいところで堂々と――」

「大丈夫、この位置なら校舎側からは見えないし、それに見えたとしても、まさか猫が話しているとは思わないでしょ?」
「それはそうだが……」

「えっと、クロちゃん、でいいんだよね? にゃうーにゃうー」
「っていうかお前もなに速攻で打ち解けてんだ。猫がしゃべったら普通はもっとびっくりするもんだろ」

「えーだって可愛いんだもん。ほらほら、にゃうー、にゃうにゃうー。にゃ? にゃにゃにゃー、にゃにゃん。ううっ、なんだかネコばんできたね!」

 昨日話した時も感じたが、こいつほんと大物だよなぁ。
 それともこの適応力の高さが、今時の女子高生の当たり前なんだろうか?

 ……あと「ネコばむ」ってなんだ「ネコばむ」って。
 言葉はコミュニケーションツールであって、伝わるように伝えるべきだと俺は思うんだ。

 推測するにあれか?
 「汗ばむ」とか「気色けしきばむ」のネコ版ってことなのか?

 ありなのか、そんな日本語?
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