222 / 440
RESTART──先輩と後輩──
終焉の始まり(その三十二)
しおりを挟む
──……この人……。
燻んだ金髪と、それと全く同じ色の瞳をした青年の顔を。彼に抱き留められたまま、ラグナは見上げ。その疑問を胸中に抱き、訝しみながら見つめ続けてしまう。
そんなラグナの、初対面の者に対して向けるべきではない視線を。しかし然程も気にする様子もなく、青年が言葉を続ける。
「それよりも足は平気ですか?挫いたりなどしてませんか?」
「……え、あ、はい。大丈夫、みたいです」
と、答えながら。ラグナは青年の胸からゆっくりと離れ、頭を下げた。
「迷惑をかけてしまってすみません。おかげで助かりました。ありがとうございます」
「気にしないでください。こちらは当然のことをしたまでですから。……ところで、お嬢さんはこの街にお住まいに?」
「え?えっと、そうですけど……?」
その質問に対してラグナが答えると、青年は少し考え込み。それから再度その口を開かせ、言った。
「でしたら是非、この街の案内をお願いできませんか?これも何かの縁と思って。もしくは先程のお礼代わりに」
「……その、別にそれは構わないんですが。私、そこまでこの街について詳しくないですし、その、上手に案内なんてできませんよ?」
と、自信なく不安そうに言うラグナに。青年は柔らかく微笑みながら────一歩その場から踏み出し、ラグナとの距離を詰め。
「申し訳ありません。実は案内というのは半ば口実で、本当のところは貴女と街を見て歩き回ってみたいんです。そう、可愛らしく麗しい貴女とね。……いけませんか?」
何の遠慮もせずにラグナのすぐ耳元にまで口を近づけ、彼は躊躇うことなく、ラグナに、そっと静かに。低い声音で、ラグナの鼓膜を擽るかのように、そう囁きかけたのだった。
「っ……!」
その時ラグナが悲鳴を上げなかったのは、殆ど奇跡のようなもので。しかし、無意識の内に多少顔が引き攣るのは、仕方のないことだった。
……否、いくら助けられたとはいえ。初対面の男性相手にいきなりこんなことをされては、それもまあ致し方ないのだが。
「どうでしょう?」
が、青年はそれを気にすることなく、返事を促し。数秒の沈黙を経てから、意を決したようにラグナは口を開いた。
「わ、わかりました。そういう、ことなら」
本当であれば断りたかったという心の本音と気持ちを誤魔化し抑えながら、胸中に抱いたその疑問を確かめる為に、ラグナはそう答えるのだった。
「いやあ、ありがとうございますお嬢さん。貴女のおかげで、今日という一日が素晴らしいものになりましたよ」
「そうですか……?なら、こちらとしても嬉しい限りです」
あの後、ある程度街を見て回ったラグナと金髪の青年の二人は。休憩がてら、喫茶店『ヴィヴェレーシェ』に訪れていた。
「ええ。自分も勇気を出して誘った甲斐がありました」
「……」
と、珈琲を飲みながら、そう呟く青年。そんな彼の顔を見つめるラグナ。
恐らく一時間か、それと少しか。どちらにせよ、そう短くはない時間を彼と共に過ごした訳で。
──やっぱり、この人は……。
それを踏まえて、ラグナは己の疑問が正しかったと、確信を得た。得て、そして憚られていた。
今日知り合ったばかりの自分が、果たしておいそれとそこに踏み込んでもいいのかと、ラグナは思い倦ねていた。
眼下のショコラケーキにフォークを突き刺し、抉り取ったその欠片を口腔へと運び入れ、味わい、嚥下しつつ。独り、ラグナは悩む。
──……どうしよう?
「何かお悩みでもあるのですか、お嬢さん?」
不意に、そう青年に訊ねられ。堪らず、ラグナは華奢な肩を小さく跳ねさせた。
「い、いいえ。別に、特には」
と、慌てながらもそう返したラグナを。青年は見つめ、ゆっくりと呟く。
「そうですか。なら、いいのですが」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「いえ。紳士たるもの、当然のことです」
という、側から聞いていれば少し珍妙な会話をしながら。青年は珈琲を飲み終え、ラグナはショコラケーキを食べ終え。
そうして二人は会計を済ませると、『ヴィヴェレーシェ』を後にする。
チリンチリリン──来店と退店を知らせる鈴の音色を背後から聴きながら、ラグナは青年に軽く頭を下げる。
「す、すみません。こちらのお会計も済ませてもらって……」
「気にしないでください。私が勝手に奢っただけのことですから。それでは、行きましょうか」
そう言って、歩き出した青年の背中を。その場に立ち止まったラグナは静かに見つめる。見つめて、考えて、迷う。
「あ、あの!」
迷い、躊躇った、その末に。ラグナは口を開いた。開いて、青年のことを呼び止めた。
青年が歩みを止め、ラグナの方に振り返る。彼の顔を真っ直ぐに見つめながら、ラグナは続け────
「ラグナ!」
────ようとした、その寸前。唐突にその声が、ラグナの鼓膜を震わせた。
「……え?メルネ……?」
そして咄嗟に声のした方を振り向いて見れば、一人の女性────メルネがそこには立っていて。彼女は安堵の表情を浮かべながら、こちらへと歩み寄る。
「早めに見つかってよかった。もうそろそろ準備しなくちゃよ?そんなに街を回るのが楽しかったのかしら?」
「い、いえその。実は街の案内を頼まれて、それで……」
言いながら、ラグナは振り返る────が、視線の先にはもう、誰もいなかった。
「え?あれ……?」
すぐさま周囲を見回すラグナに、メルネは微笑みながらもこう言う。
「もう。夢中だったならだったって、そう素直に言えばいいじゃない」
「……は、はい。そう、ですね。あはは……」
「それじゃあ『大翼の不死鳥』に戻りましょう、ラグナ」
言って、歩き出すメルネ。ラグナもまた続いて、その場から歩き出す。
──……そういえば、名前聞きそびれちゃったな……。
そのことに、後ろ髪を引かれる思いを抱きながら。
燻んだ金髪と、それと全く同じ色の瞳をした青年の顔を。彼に抱き留められたまま、ラグナは見上げ。その疑問を胸中に抱き、訝しみながら見つめ続けてしまう。
そんなラグナの、初対面の者に対して向けるべきではない視線を。しかし然程も気にする様子もなく、青年が言葉を続ける。
「それよりも足は平気ですか?挫いたりなどしてませんか?」
「……え、あ、はい。大丈夫、みたいです」
と、答えながら。ラグナは青年の胸からゆっくりと離れ、頭を下げた。
「迷惑をかけてしまってすみません。おかげで助かりました。ありがとうございます」
「気にしないでください。こちらは当然のことをしたまでですから。……ところで、お嬢さんはこの街にお住まいに?」
「え?えっと、そうですけど……?」
その質問に対してラグナが答えると、青年は少し考え込み。それから再度その口を開かせ、言った。
「でしたら是非、この街の案内をお願いできませんか?これも何かの縁と思って。もしくは先程のお礼代わりに」
「……その、別にそれは構わないんですが。私、そこまでこの街について詳しくないですし、その、上手に案内なんてできませんよ?」
と、自信なく不安そうに言うラグナに。青年は柔らかく微笑みながら────一歩その場から踏み出し、ラグナとの距離を詰め。
「申し訳ありません。実は案内というのは半ば口実で、本当のところは貴女と街を見て歩き回ってみたいんです。そう、可愛らしく麗しい貴女とね。……いけませんか?」
何の遠慮もせずにラグナのすぐ耳元にまで口を近づけ、彼は躊躇うことなく、ラグナに、そっと静かに。低い声音で、ラグナの鼓膜を擽るかのように、そう囁きかけたのだった。
「っ……!」
その時ラグナが悲鳴を上げなかったのは、殆ど奇跡のようなもので。しかし、無意識の内に多少顔が引き攣るのは、仕方のないことだった。
……否、いくら助けられたとはいえ。初対面の男性相手にいきなりこんなことをされては、それもまあ致し方ないのだが。
「どうでしょう?」
が、青年はそれを気にすることなく、返事を促し。数秒の沈黙を経てから、意を決したようにラグナは口を開いた。
「わ、わかりました。そういう、ことなら」
本当であれば断りたかったという心の本音と気持ちを誤魔化し抑えながら、胸中に抱いたその疑問を確かめる為に、ラグナはそう答えるのだった。
「いやあ、ありがとうございますお嬢さん。貴女のおかげで、今日という一日が素晴らしいものになりましたよ」
「そうですか……?なら、こちらとしても嬉しい限りです」
あの後、ある程度街を見て回ったラグナと金髪の青年の二人は。休憩がてら、喫茶店『ヴィヴェレーシェ』に訪れていた。
「ええ。自分も勇気を出して誘った甲斐がありました」
「……」
と、珈琲を飲みながら、そう呟く青年。そんな彼の顔を見つめるラグナ。
恐らく一時間か、それと少しか。どちらにせよ、そう短くはない時間を彼と共に過ごした訳で。
──やっぱり、この人は……。
それを踏まえて、ラグナは己の疑問が正しかったと、確信を得た。得て、そして憚られていた。
今日知り合ったばかりの自分が、果たしておいそれとそこに踏み込んでもいいのかと、ラグナは思い倦ねていた。
眼下のショコラケーキにフォークを突き刺し、抉り取ったその欠片を口腔へと運び入れ、味わい、嚥下しつつ。独り、ラグナは悩む。
──……どうしよう?
「何かお悩みでもあるのですか、お嬢さん?」
不意に、そう青年に訊ねられ。堪らず、ラグナは華奢な肩を小さく跳ねさせた。
「い、いいえ。別に、特には」
と、慌てながらもそう返したラグナを。青年は見つめ、ゆっくりと呟く。
「そうですか。なら、いいのですが」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「いえ。紳士たるもの、当然のことです」
という、側から聞いていれば少し珍妙な会話をしながら。青年は珈琲を飲み終え、ラグナはショコラケーキを食べ終え。
そうして二人は会計を済ませると、『ヴィヴェレーシェ』を後にする。
チリンチリリン──来店と退店を知らせる鈴の音色を背後から聴きながら、ラグナは青年に軽く頭を下げる。
「す、すみません。こちらのお会計も済ませてもらって……」
「気にしないでください。私が勝手に奢っただけのことですから。それでは、行きましょうか」
そう言って、歩き出した青年の背中を。その場に立ち止まったラグナは静かに見つめる。見つめて、考えて、迷う。
「あ、あの!」
迷い、躊躇った、その末に。ラグナは口を開いた。開いて、青年のことを呼び止めた。
青年が歩みを止め、ラグナの方に振り返る。彼の顔を真っ直ぐに見つめながら、ラグナは続け────
「ラグナ!」
────ようとした、その寸前。唐突にその声が、ラグナの鼓膜を震わせた。
「……え?メルネ……?」
そして咄嗟に声のした方を振り向いて見れば、一人の女性────メルネがそこには立っていて。彼女は安堵の表情を浮かべながら、こちらへと歩み寄る。
「早めに見つかってよかった。もうそろそろ準備しなくちゃよ?そんなに街を回るのが楽しかったのかしら?」
「い、いえその。実は街の案内を頼まれて、それで……」
言いながら、ラグナは振り返る────が、視線の先にはもう、誰もいなかった。
「え?あれ……?」
すぐさま周囲を見回すラグナに、メルネは微笑みながらもこう言う。
「もう。夢中だったならだったって、そう素直に言えばいいじゃない」
「……は、はい。そう、ですね。あはは……」
「それじゃあ『大翼の不死鳥』に戻りましょう、ラグナ」
言って、歩き出すメルネ。ラグナもまた続いて、その場から歩き出す。
──……そういえば、名前聞きそびれちゃったな……。
そのことに、後ろ髪を引かれる思いを抱きながら。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
声楽学園日記~女体化魔法少女の僕が劣等生男子の才能を開花させ、成り上がらせたら素敵な旦那様に!~
卯月らいな
ファンタジー
魔法が歌声によって操られる世界で、男性の声は攻撃や祭事、狩猟に、女性の声は補助や回復、農業に用いられる。男女が合唱することで魔法はより強力となるため、魔法学園では入学時にペアを組む風習がある。
この物語は、エリック、エリーゼ、アキラの三人の主人公の群像劇である。
エリーゼは、新聞記者だった父が、議員のスキャンダルを暴く過程で不当に命を落とす。父の死後、エリーゼは母と共に貧困に苦しみ、社会の底辺での生活を余儀なくされる。この経験から彼女は運命を変え、父の死に関わった者への復讐を誓う。だが、直接復讐を果たす力は彼女にはない。そこで、魔法の力を最大限に引き出し、社会の頂点へと上り詰めるため、魔法学園での地位を確立する計画を立てる。
魔法学園にはエリックという才能あふれる生徒がおり、彼は入学から一週間後、同級生エリーゼの禁じられた魔法によって彼女と体が入れ替わる。この予期せぬ出来事をきっかけに、元々女声魔法の英才教育を受けていたエリックは女性として女声の魔法をマスターし、新たな男声パートナー、アキラと共に高みを目指すことを誓う。
アキラは日本から来た異世界転生者で、彼の世界には存在しなかった歌声の魔法に最初は馴染めなかったが、エリックとの多くの試練を経て、隠された音楽の才能を開花させる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる