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RESTART──先輩と後輩──

終焉の始まり(その十三)

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 今日も今日とて、特に目に映る変化は見当たらない、オールティアの街道を歩く────一人ではなく、二人で。

「いやありぃな、買い出しに付き合わせちまって」

「いえ、気にしないでください。僕なんかで良ければいつでも付き合いますよ。買い出しも荷物持ちも」

「おう。おかげさまでこっちも助かるぜ」

 住人は勿論のこと、商人や観光客、そして冒険者ランカー────そういった無数の人々が入り乱れながら行き交うこの街道であっても、きっと埋もれることはなく、遠目からでも十二分に目立つだろう。

 燃え盛る炎をそのまま流し入れたかのような、紅蓮の赤髪。燦々とした煌めきを灯す、紅玉の双眸。

 肌理きめ細かな肌。僅かに朱が差す、弾力のある頬。手で触れずとも目で見てわかる、仄かに赤い唇。

 それら全ての要素から成り立っているのは、まるで一流を超えた最高峰の人形作家ドールメイカーの手による人形ドールのような。或いは現世《げんせ》の存在モノとは思えない、人間から隔絶されているような。可憐にして流麗なる、絶世の美貌。

 性別も、そして年齢も問わず。老若男女誰しもを魅了し、虜にし、囚えて放さない。万人からでられあいされる、正真正銘最高最強の美少女なのだから。

 そんな美少女が今、僕の隣に並んで歩いている。無邪気で、天真爛漫とした笑顔を浮かべながら。

 時折背中に突き刺さる、羨望や嫉妬が込められた熱い眼差しに多少辟易としながらも。気を取り直し、そこら中の至るところから視線を集めていることに全く気づかないでいる、『大翼の不死鳥フェニシオン』期待の新人受付嬢に声をかける。

「それで、買い出しはまだ続くんですか?」

「ん、えっとな……しょっ、と」

 こちらに訊ねられた彼女はそう言った直後、何を考え思ったのかこの衆目環境下にも関わらず、自身の胸元に手を突っ込んだ。

 誰しもの度肝を抜くだろうこの行動を、しかし遺憾ながら僕は予想できており。咄嗟に身体と外套コートを以て、周囲からの目線を遮断するのだった。

「後はロブの店に寄って、そんで終わり……って。お前何してんだ?」

 胸の中に突っ込んだその手を動かし、少し遅れて取り出した一枚の紙を見ながら言い、そして紙から視線を戻すと。文字通り身を挺して衆人から庇う僕を目の当たりにしながら、至極疑問そうに胡乱げな声で訊ねる彼女に。僕はほとほと困り果てた声で、切実に訴える。

「僕言いましたよね?それ、いい加減止めてくださいって、あれ程、散々言い聞かせましたよね」

 すると少女は一瞬きょとんとした表情を浮かべたかと思えば、ハッとしたものに変わり、それからばつが悪そうに僕から顔を逸らして。そしてやや引き攣った声で僕に答える。

「い、いや……あー、うん。その、便利で、な?だから、さ……」

 と、なけなしで説得力皆無な弁明を図ろうとする彼女を。僕はただ黙って、無言のまま静かに見つめる。

「…………ごめん、なさい」

 やがて沈黙から生じる圧に屈した彼女は、小さな声で申し訳なさそうに、謝罪の意を僕に述べるのであった。

「……全く。次からは気をつけてくださいね」

 そのしゅんと縮こまった姿に、これ以上責めるのは気が憚られる罪悪感を抱き。僕が嘆息を挟みつつ、苦笑しながらもそう返すと。彼女もまた苦笑いを浮かべて、僕に小さく頷いた。

「じゃ、じゃあ早くロブの店行って、とっとと買い出し終わらせちまおうぜっ」

 と、言うや否や。外套コートを押し退け、彼女がその場から威勢良く駆け出し。その小さな背中を見下ろしながら、僕は慌てて言う。

「転ばないように気をつけてくださいねーっ!」

 そして僕もまた、その場から歩き出した。

 ──一体、どれくらいの人が信じて、そして受け入れるのだろう。

 彼女の背中を目で追い、その足跡を歩いて辿りながら。呆然とする意識の最中にて、内心独りちる。そう、きっと大半の人々は信じられない。そして受け入れられないでいる者が、少なくとも一人ここにいる。

 今目の前を歩くその少女が。かつては世界オヴィーリス最強と謳われた、未だ世界に三人しか確認されていない《SS》冒険者ランカーの一人。

『炎鬼神』の通り名で畏れ敬われる男、その名を──────────





「………………」

 思い出した────否、、全ての記憶を見せつけられながら、買い物袋を持って一歩先を進む少女を呼び止め。そして有無を言わせず、彼女を人気のない裏路地へと連れ込み。

「どうしたんだよ。いきなりこんな場所に連れて来て……」

 と、疑問と不安が入り混じる声で漏らす少女の背後に立ち。彼女の頭へと、手を伸ばし。

 一切迷わず躊躇うことなく、クラハ=ウインドアは少女の首を圧し折った。
















「……」

 手に掴んだ、未だ脊髄が繋がったままの、黒毛のデッドリーベアの頭部の重みを感じながら。独り、その場に立ち尽くすクラハ。彼の傍らには首から上が丸ごと失い、首無しとなった黒毛のデッドリーベアの死骸が倒れていた。

 数秒、何をするでもなく立っていたクラハは。徐に掴んでいるデッドリーベアの頭部を、自分の眼前にまで持ち上げ。その死に顔と、白濁に淀んだ双眸を見つめ────そうしてあらぬ方向へと、無造作に放り投げる。

 揺れる脊髄から滴る血が周囲に飛び散る最中、放物線を描いて宙を飛んだ頭部は深い茂みの中へと落下し。

 遅れて、その茂みを発生源として────無数の。とてもではないが数え切れない程の、おどろおどろしい騒めきが響き出し。それは瞬く間に、クラハを囲むようにして全体へと波及する。

 無理矢理、是が非でも人に恐怖を抱かせる、人ならざる魔の存在モノたちによる悍ましい合唱を聴きながら。しかし、クラハは平然した様子で、静かに呟く。

「本当に、この森の夜は騒がしくて忙しい」










「やあやあやあ……いやぁ、今日も今日とて派手だねえ。ご苦労様ご苦労様」

 静けさを取り戻した森に、そんなあっけらかんとした能天気な声が響き渡る。

 声のした方へとクラハが顔を向けると、視線の先に立っていたのは、今は馬車で休んでいるはずの少女────ユア。彼女の姿を捉え、認識したクラハは口を開く。

「貴女は馬車の中にいてください。護衛対象なんですから」

「えー?だって暇なんだもーん。それにもう周囲は片付いたんでしょー?」

 苦言を呈するクラハに、この場を埋め尽くさんばかりに転がる魔物モンスターの死骸を面白可笑しそうに見下ろし。赤と紫で黒に汚らわしく染め上げられた地面を、構うことなく踏み締め歩きながら、ユアはそう言う。

「……そうですね」

 そんなユアにクラハは半ば諦めたようにそう呟いて、そして彼は地面と同様に染まり尽くした、魔物の血と肉と油に塗れた両腕を見やり。そうして、木々の方へと視線をやる。

「そういえばさー、前々から訊こう訊こうとは思ってたんだけどさー」

 そんなクラハにユアは興味本位の声音でそう言って、彼女は木々を見つめる彼に訊ねる────



「君って、?」



 ────数秒後、木々の方に顔を向けたまま、クラハが言う。

「貴女には見えているんですか」

 クラハの言葉に対し、ユアはすぐに答えず。焦らすように、勿体振るように間を置いて。

「どうかな」

 口端を吊り上げ、口元を僅かに歪ませながら。クラハと同じ方向を見つめ、まるで試すかのように。ユアは彼にそう言うのだった。
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