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RESTART──先輩と後輩──

終焉の始まり(その十)

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 立場上、『世界冒険者組合ギルド』からの召集でもかかってない限り、長い時間『大翼の不死鳥フェニシオン』を留守にする訳にもいかない為、一足先に戻ることにしたグィンと別れた後。メルネとロックスの二人はある病室へと向かっていた。

 コンコンコン──その病室の前に立ったメルネが扉を軽く叩き、それから優しげな声色で彼女は扉越しに訊ねた。

「ラグナ?私よ。さっき話したロックスを連れて来たわ。入ってもいいかしら?」

 すると少しの間を置いて、扉の向こうから声が返ってくる。

「だ、大丈夫です。どうぞ」

 柔らかで、嫋やかで。そして穏やかな声色────その声自体は、今では十二分に聴き馴染んだ、聴き覚えのあるはずのものだというのに。しかし、ロックスにとってそれは今、初めて耳にするものであった。

 ──……。

 一瞬、ロックスは躊躇ってしまう。目の前の病室に足を踏み入れることに、彼は躊躇いを覚えてしまう。

 だがすぐさま、ロックスは即座にその躊躇を頭から振り払い。そしてそれとほぼ同時に、メルネが病室の扉を開く。

 そのまま、メルネは何の気なしに病室の中へと進み。ロックスもまた、彼女に続くようにして中に入り────不覚にも、彼は息を呑んだ。



「…………」



 少女だった。一人の少女が上半身だけを起こして、病室の寝台ベッドに座っていた。

 燃え盛る炎をそのまま流し入れたような赤髪。燦々とした煌めきを溢す紅玉が如き双眸。男女問わず誰もを振り返らせる、可憐にして美麗な美貌────容姿に微々たる変化があった訳ではない。それどころか、ロックスの記憶が正しければ変化など全くしていない。

 ……ただ、その雰囲気は。ロックスが信じられない程に、それこそまるで別人であるかのように一変していた。

 少しでも目を離したその隙に。或いは、吹けば飛んで消えてしまいそうな。そんな危うげで、浮世離れした儚さ。

 その所為でロックスは気づけなかった────否、。その少女が、ラグナだと。彼女がラグナ=アルティ=ブレイズであると、彼はそう認識するのに数秒を要してしまった。

 ──……ッ、俺ぁクズだな……!

 それは決してあってはならないことで。不甲斐なさ極まる己に対し、内心ロックスは罵倒を吐き捨て。そしてそれを目の前の少女────ラグナには絶対に気取られないよう、日常いつも通りであることを装い、意識する。

 そんなロックスのことを、ラグナは見ていた。何処か遠慮するように、憚られているように────少し、怯えるように。

 ──……意外と、堪えるものがあるな。

 それは言うまでもなく、初対面の人間に対する反応と態度で。そのことに複雑とした気持ちを覚えながらも、ロックスは至って平然でいることに努めながら、口を開く。

「よお、ラグナ。少しは休めたか?」

 と、ロックスに声をかけられ、ラグナは。驚いたように小さく肩を跳ね上げさせ、それから恐る恐ると、その口を開かせる。

「は、はい……」

 と、消え入りそうな声で言うラグナ。おどおどしたその様子に、ロックスは面食らいかけ。が、即座に気を取り直し言葉を続ける────前に、メルネが先に口を開くのだった。

「ごめんねラグナ。彼……ロックスは悪い人じゃないの。ただちょっと配慮に欠けるところがあって。だからそんな不安にならないで」

 そう言いながら、目の前のラグナには気づかれない巧妙さで以て。隣に立つロックスへと鋭い、責めるような視線を向けるメルネ。無論向けられている当人たるロックスがそれに気づけないはずもなく、それに対し堪らず冷や汗を流し、焦りそうになりながらも。彼は弁明の言葉をラグナにかける。

「わ、悪い悪い。怖がらせちまったな」

「……いいえ。あの、その……気にしないで、ください」

 このような会話を、他の誰でもないラグナとする日が来るとは、ロックスは夢にも思っていなかった。というより、あのラグナが自分に対してこうも敬語を使うこと自体が、青天の霹靂の如くあり得ないことで。そのことに、この確かな現実を前に、ロックスは調子を崩されそうになる。

 ──参ったぜ……。

 故にだからこそ、改めてロックスは思い知る────

「ラグナ。そんな畏まらなくてもいいわよ。言ったでしょ、私たちはそんな遠慮をする関係なんかじゃないって」

「いや、でも……」

「もう。仕方ないわね」

 ────メルネ=クリスタという女性の、器の広さ。そしてその格を。

 ──流石だな、姐さん。

 こうも容易く、情けなく動揺している自分とは違い。こうして見ている限り、メルネは平然としていた。そうしようと装っている訳でもなく、当然意識している訳でもない。彼女は何処までも、自然体のままだった。





『……………クラハ=ウインドアッ!!!!』

『よくも、よくもッ!ラグナをっ、私をっ!ラグナと私をこんな目に遭わせてくれたわねッ!?こんな風にしてくれたわねッ!?』

『離して!ロックスッ!!私の邪魔、しないでよぉッ!!!』

『お前だけは!お前だけは!!私がッ!!私の手でッ!!!』

『お前が壊した!お前が壊したのよ、クラハ!クラハ=ウインドアッ!全部全部全部!何もかも!ラグナもぉッ!お前と、私がぁ!だから、もう!壊すしかないじゃないッ!壊れるしかないじゃないッ!お前も!!私も!!』





 ……正直、取り乱すと考えていた。或いは、もう目の前に立てないのではないかと思っていた。そう考え思う程に、ここ数日のメルネは情緒不安定で、放っておいたら何をするのか全くわからない程だったのだ。

 そんなところに、まるで駄目押しの止めの如き、この事態。あろうことか、他の誰でもないラグナに忘れられてしまうという、考え得る限り最悪の現実と直面し。

 いよいよ、メルネは────そう危惧していたロックスであったが。そんな彼の予想を裏切って、彼女は自然体のままに、記憶を失い全くの別人のようになってしまったラグナと、こうして接していることができていた。

 ──まだまだか、俺は……まあ、そりゃそうか。

 と、己の浅はかさをロックスが痛感している傍らで、未だ困惑の表情を浮かべる他にないでいるラグナに、メルネが訊ねる。

「それはそうと、どう?ラグナ。ロックスと会ってみて」

 メルネにそう訊かれたラグナが、再びロックスのことを遠慮がちに見つめるが。数秒後、その顔を曇らせ、申し訳なさそうに首を小さく横に振るのだった。

「すみません。やっぱり、何も思い出せません……」

 消え入りそうな声で謝罪するラグナのことを、メルネは何も言わず見つめ────不意に、彼女はラグナを自らの元に引き寄せ、抱き締めた。

「ク、クリスタさん……っ!?」

 突然の出来事に目を白黒とさせ、酷く狼狽した様子で上擦って震える声をラグナが絞り出し。そんなラグナの頭を胸元に沈めさせながら、優しげな声音でメルネが言う。

「メルネ、でしょ?……大丈夫よ、ラグナ。あなたは悪くない。悪いことなんてしてないの。だから気にすることなんて何もないわ。記憶だってその内、思い出せるから……」

 と、当惑するラグナに囁いて、メルネは微笑む。

 ──姐さん……?

 ロックスにはその微笑みが────ほんの少し、歪んでいるように見えた。
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