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RESTART──先輩と後輩──
終焉の始まり(その三)
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「わぁーお」
確かに。確かに、馬車の外には目も当てられない、それこそ常人の十人中十人が見たら胃の中身を吐いてしまうような。そんな惨状が広がってはいたが────しかし、それは凡そ少女が想像していた内容とは、些か剥離していたのだった。
まず、周囲に転がっている、人の腕や足、六つ。それらがそれぞれに付いていた、腹を裂かれ臓腑を溢す、頭のない胴体、三つ。合わせて、計九個の肉塊。
そして明後日の方向を向いている、半分程圧壊している男の頭部と。雑に噛み砕かれ食い荒らされた別の男の頭部。最後にまるで花が咲いたように分たれた、また別の男の頭部────そこまでは、少女が予め想像していた惨状であり。
それに加わって────魔狼の死骸もまた、地面に転がされていた。
首を圧し折られ、だらんと舌を伸ばす魔狼。首を引き千切られた魔狼。腹部から背中まで大穴を穿たれ、そこから空が見えるようになっている魔狼。上顎から身体の半分までが裂かれた魔狼。まるで紙のように、縦に引き裂かれた魔狼────兎にも角にも、そのように様々な死に様を晒してはいるが、一貫して共通していることは。それらが全て例外なく、惨たらしい魔狼の死骸であるということ。
そしてこれらを、少女は想像していなかった。その為に、最初それを目にした彼女は、堪らず感嘆の吐息を漏らしたという訳だ。
──すっご……。
と、心の中で呟きながら、更に少女は周囲を見渡す。彼女がその光景を目の当たりにするのに、そう時間はかからなかった。
「え……え、え嘘!?」
その時、少女が目にしていたのは──────────この森の、当代の主たる巨狼と。そして対峙する、両手を血で染め肉をこびりつかせる、一人の青年の姿であった。
「…………」
相対する、巨狼と青年。睨め合う訳でもなく、牽制し合っている訳でもなく。ただ呆然と、互いに互いを眺め合う、その一匹とその一人。
数秒か、或いは数分だったか。しかし、そんなことは巨狼にとっても青年にとっても、至極些細で。そしてどうだっていいことだろう。
一匹と一人の周囲を取り囲むようにして漂う霧が、不意に。まるで石を投じられた水面のように揺らぎ、乱れて────一段とより深く、濃さを増す。
灯りのない夜闇とは違った、視界の不自由さ。だがそれに青年が動じることはない。そんな彼を巨狼は試すように見つめ────そうして、霞に巻かれた。
つい先程、今し方までそこにいたはずの巨狼の姿は、今やどこにもなく。今まで以上に濃くなった霧が周囲を、青年を漂い、流れる。
……風もないというのに。
明らかに不自然で不可解極まりなく、そしてこの霧が自然的なものなどではないことも一目瞭然となったが。しかし、それでも青年は動揺した様子を噯にも出さない。至って平然としている────というよりかは、ただただ無関心で、興味なさげにその場に突っ立っている。
そんなある意味では下手な魔物よりも不気味な青年の、すぐ横を。濃淡のある霧が通り抜け────瞬間。
青年の側に、先程姿を消したはずの巨狼が立っており。人間の上半身程度ならば丸ごと喰い千切れるばかりに大口を開け。爪以上に鋭い牙を、彼に突き立てんとしていた。
ゴッ───そして、大口を開けている巨狼の横面に、目に留められない疾さで青年の裏拳が、深々と突き刺さるようにして減り込んだ。
「ギャッ」
という、短い悲鳴に尾を引かせながら。巨狼の巨躯が軽々と、まるで重力を忘れてしまったかのように吹き飛び、宙を滑る。そうして進路の先にあった大木に激突し、折り砕いて、巨狼は力なく地面に倒れるのだった。
「ガ、ガァ……!」
が、すぐさま己の巨躯を起こそうと、四肢に力を込めて立ち上がり。
「グォッ」
そして距離を詰めた青年に、首を掴まれた。喉を潰さんばかりの力で捕まれ、巨狼はろくに抵抗もできないでいる。彼はそんな巨狼を、大の男よりも二回りはおろか、四回りを優に超える巨狼を。まるで意に介さず、容易く片腕一本で、己の顔とほぼ同じ高さまで持ち上げるのだった。
「グ、ルルルガァ……!」
群れの長としての自尊心故にか、それとも己以上の強者に少しでも食い下がろうとした為にか。まるで地獄の底から響くような唸り声を漏らしながら、尚も巨狼は青年に己が牙を突き立てんとする。が、
ズドッ──それよりも、青年の左の貫手が巨狼の腹部に突き刺さるのが先だった。
透かさず、青年は今し方突き入れたばかりの左手を引き抜く。直後、巨狼が大きく跳ね震えた。
青年の左手に握られていたのは、真っ赤な塊。数本の管のようなものが伸び、引き千切れた先端から鮮血が滴り落ちる────言うまでもなく、それは巨狼の心臓であった。
未だ時折脈動を続け、その度に血管から血を噴かせるその心臓を。青年は少し眺めて、それから乱雑に地面へと放り捨てる。
心臓を抜かれ、もはや死から逃れられない定めに置かれた巨狼。既に脱力し、急激に弱っていくその巨狼を。
青年はそのまま────地面に。遠慮容赦なく、躊躇わずに叩きつけるのだった。
確かに。確かに、馬車の外には目も当てられない、それこそ常人の十人中十人が見たら胃の中身を吐いてしまうような。そんな惨状が広がってはいたが────しかし、それは凡そ少女が想像していた内容とは、些か剥離していたのだった。
まず、周囲に転がっている、人の腕や足、六つ。それらがそれぞれに付いていた、腹を裂かれ臓腑を溢す、頭のない胴体、三つ。合わせて、計九個の肉塊。
そして明後日の方向を向いている、半分程圧壊している男の頭部と。雑に噛み砕かれ食い荒らされた別の男の頭部。最後にまるで花が咲いたように分たれた、また別の男の頭部────そこまでは、少女が予め想像していた惨状であり。
それに加わって────魔狼の死骸もまた、地面に転がされていた。
首を圧し折られ、だらんと舌を伸ばす魔狼。首を引き千切られた魔狼。腹部から背中まで大穴を穿たれ、そこから空が見えるようになっている魔狼。上顎から身体の半分までが裂かれた魔狼。まるで紙のように、縦に引き裂かれた魔狼────兎にも角にも、そのように様々な死に様を晒してはいるが、一貫して共通していることは。それらが全て例外なく、惨たらしい魔狼の死骸であるということ。
そしてこれらを、少女は想像していなかった。その為に、最初それを目にした彼女は、堪らず感嘆の吐息を漏らしたという訳だ。
──すっご……。
と、心の中で呟きながら、更に少女は周囲を見渡す。彼女がその光景を目の当たりにするのに、そう時間はかからなかった。
「え……え、え嘘!?」
その時、少女が目にしていたのは──────────この森の、当代の主たる巨狼と。そして対峙する、両手を血で染め肉をこびりつかせる、一人の青年の姿であった。
「…………」
相対する、巨狼と青年。睨め合う訳でもなく、牽制し合っている訳でもなく。ただ呆然と、互いに互いを眺め合う、その一匹とその一人。
数秒か、或いは数分だったか。しかし、そんなことは巨狼にとっても青年にとっても、至極些細で。そしてどうだっていいことだろう。
一匹と一人の周囲を取り囲むようにして漂う霧が、不意に。まるで石を投じられた水面のように揺らぎ、乱れて────一段とより深く、濃さを増す。
灯りのない夜闇とは違った、視界の不自由さ。だがそれに青年が動じることはない。そんな彼を巨狼は試すように見つめ────そうして、霞に巻かれた。
つい先程、今し方までそこにいたはずの巨狼の姿は、今やどこにもなく。今まで以上に濃くなった霧が周囲を、青年を漂い、流れる。
……風もないというのに。
明らかに不自然で不可解極まりなく、そしてこの霧が自然的なものなどではないことも一目瞭然となったが。しかし、それでも青年は動揺した様子を噯にも出さない。至って平然としている────というよりかは、ただただ無関心で、興味なさげにその場に突っ立っている。
そんなある意味では下手な魔物よりも不気味な青年の、すぐ横を。濃淡のある霧が通り抜け────瞬間。
青年の側に、先程姿を消したはずの巨狼が立っており。人間の上半身程度ならば丸ごと喰い千切れるばかりに大口を開け。爪以上に鋭い牙を、彼に突き立てんとしていた。
ゴッ───そして、大口を開けている巨狼の横面に、目に留められない疾さで青年の裏拳が、深々と突き刺さるようにして減り込んだ。
「ギャッ」
という、短い悲鳴に尾を引かせながら。巨狼の巨躯が軽々と、まるで重力を忘れてしまったかのように吹き飛び、宙を滑る。そうして進路の先にあった大木に激突し、折り砕いて、巨狼は力なく地面に倒れるのだった。
「ガ、ガァ……!」
が、すぐさま己の巨躯を起こそうと、四肢に力を込めて立ち上がり。
「グォッ」
そして距離を詰めた青年に、首を掴まれた。喉を潰さんばかりの力で捕まれ、巨狼はろくに抵抗もできないでいる。彼はそんな巨狼を、大の男よりも二回りはおろか、四回りを優に超える巨狼を。まるで意に介さず、容易く片腕一本で、己の顔とほぼ同じ高さまで持ち上げるのだった。
「グ、ルルルガァ……!」
群れの長としての自尊心故にか、それとも己以上の強者に少しでも食い下がろうとした為にか。まるで地獄の底から響くような唸り声を漏らしながら、尚も巨狼は青年に己が牙を突き立てんとする。が、
ズドッ──それよりも、青年の左の貫手が巨狼の腹部に突き刺さるのが先だった。
透かさず、青年は今し方突き入れたばかりの左手を引き抜く。直後、巨狼が大きく跳ね震えた。
青年の左手に握られていたのは、真っ赤な塊。数本の管のようなものが伸び、引き千切れた先端から鮮血が滴り落ちる────言うまでもなく、それは巨狼の心臓であった。
未だ時折脈動を続け、その度に血管から血を噴かせるその心臓を。青年は少し眺めて、それから乱雑に地面へと放り捨てる。
心臓を抜かれ、もはや死から逃れられない定めに置かれた巨狼。既に脱力し、急激に弱っていくその巨狼を。
青年はそのまま────地面に。遠慮容赦なく、躊躇わずに叩きつけるのだった。
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