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RESTART──先輩と後輩──
崩壊(その終)
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──…………ん、ぁ……れ……?
突如として、ラグナ=アルティ=ブレイズの意識が覚醒する。覚醒するとほぼ同時に、ラグナは意識と共に閉ざしていたその瞼を。重たげに、気怠げに、面倒そうに開ける。
直後、解放されたラグナの視界、紅蓮に燃ゆるその瞳が映し出したのは。一寸先ですらも見通せない程の、深過ぎる闇中であった。
未だ微睡みが抜け切らないでいる意識の最中でも、ラグナは無意識の内に自分の周囲を見渡す。だが、やはりというべきか。上下左右、そして前後も。例外なく、全てが暗澹たる闇が広がり、覆われており。こちらのことを余すことなく隅々まで、包み込んでしまっていた。
──……ここ、どこだ……?一体、何なんだ……?
この場所────というよりは空間なのだろうか。ともかく、何もかもが意味不明で、理解不能な状況に直面し。とりあえずどうにかしようと、寝起き直後の頭を無理矢理に働かせるラグナ。
──水の、中……か。
少し遅れて、まるで宙にでも浮いているような感覚と、肌を濡らす感触から。どうやらここは水中なのではないかと、ラグナは推察する。
──でも全然苦しくねえ。息、できるし。
しかし、ラグナがそう思う通り。ここは息苦しくもなければ、呼吸も問題なくできている。水中であれば、まずあり得ないことだ。その事実から、水中と似通った、謎の空間なのだろうと結論を出して──────────
──ああ、そうか。俺の心なんだな、これ。
──────────直後、とっくの最初から、わかり切っていたことのように。とうの初めから、理解していたことのように。疑う余地もない、考える必要もない、当然の事実だったことのように。
呆然自失としながらも、ここが。これが、他の何ものでもない、己の心の内なのだと。
そのことをラグナが認識した、その瞬間────ラグナは、ゆっくりと、沈み始める。
沈む。沈んでいく。どうすることもできずになすがままに、見えない奈落の底へと、ラグナが沈んでいく。その道中、その最中にて。呆然と、ラグナは考える。まるで今際の際に垣間見る、走馬灯に最期の想いを馳せるように。
──俺、どうなるんだろ。このまま、どうなっちまうんだろうな……。
恐らく、消える。心の底を目指し、ずっと沈んで、永遠に沈み続けながら。自分は────ラグナ=アルティ=ブレイズは、消える。消えて、失われ、そして死ぬ。
そんな確信を抱くラグナだが、不思議なことに怖いとは思わなかった。恐ろしいと、怯えもしていなかった。
人であれば、否命を宿す全て存在が、等しく。怖がり、恐れ、怯えるだろう死に対して。死を目前にして。酷く歪なことに、ラグナは何の感慨も持たなかった。持てないでいた。
──……ぁ。
ふと何気なく、何を思うでもなく。再度、頭上を仰いだラグナは見た────光を。
先程見た時は、闇しかなかった。果てしない闇だけが何処までも、終わりなく広がり続けていた────が、其処に今在るのは。明るい、目が眩む程に輝く、光。
その光を目の当たりにしたラグナは、直感する。再び確信を抱く。
その光に触れれば、或いは掴めれば。此処から、己の心の闇から抜け出せると。刻一刻と迫る死から、逃れることができるのだと。
──……。
その為にこの手足を必死に動かし、往生際悪く踠いて足掻かなければならない。そうしないと、自分は浮上することができないし、当然光にも届かない。だが、己の手足が動くかどうか。動かせるのどうかは、わからない。確かめてみないことには、全くわからない────
──…………もう、いい。
────けれど、それを確かめる気力など、ラグナには残されていなかった。湧くこともなければ、無理にでも振り絞ろうとすら、ラグナは思わなかった。
とどのつまり、もはやどうでもよくなっていたのだ。ラグナはもう何もかもが全て、死ぬことですらも、どうでもいいと思っていたのである。
──もういいや。もういいんだよ……全部。
決して覆りはしない、絶対の諦観に。身も心も、そして意思も。己の全て、全部、何もかもを。まるで棄てるかのように委ねて、ラグナは。こちらを照らすその光を見つめながら、そっと瞳を閉ざし──────────
「待って」
──────────そして、そんな声を耳にするのだった。
──あ……?
よく聴く声だった。誰の、どんな者の声よりも、それは聴いてきた声だった。
当然だろう、何故ならばその声は──────────自分の声だったのだから。
──俺の声……?俺の、声……。
いや、正確には違う。確かにそれは自分の声だ。紛れもなく、寸分と違わない、ラグナ=アルティ=ブレイズの声には間違いない。
ないが、あくまでもそれは────今のラグナだ。《SS》冒険者で、先輩で、そして男のラグナ=アルティ=ブレイズの声ではない。
『大翼の不死鳥』の受付嬢として。他の冒険者たちを、己がそれぞれ引き受けた依頼の為に発つ彼らを。そして捨て鉢になって、身を削り心を潰し、そうまでして死に急ごうとする後輩の為に。何もできない、何もしてやれない、そんな無力な無価値な────女の自分の声であった。
そのことに気がつき、ラグナは今し方閉ざしたばかりの瞳を再び、億劫そうにしながらも、ゆっくりと開かせる。
瞬間、視界に映り込んだそれに。ラグナはまるで鏡を眺めているような気分に陥る。が、それも無理はない。
一糸纏わぬその裸。触れて靡くその髪。紅蓮に煌めくその瞳。そして、その顔────声に覚えがあれば、当然姿にだって覚えはある。というより、忘れようがないだろう。
ラグナの目の前にいたのは────少女だったのだから。
──……女。女の……俺。
憐憫か、または悲哀か、それとも寂寥か。そのどれでもないようで、あるかのような。そんな複雑極まる表情で、こちらを見つめる少女。
ラグナは少女を放心したように見つめ、彼女の瞳を覗き込む。
そこに映るのは、同じもの。同じ裸、同じ髪、同じ瞳────同じ顔。これ以上ない程に瓜二つで、それこそ鏡合わせの。
──ああ、そっか。
そうして合点がいった。ようやっと腑に落ちた。故にだからこそ────
──もう俺は、女なんだな。
────ラグナはとうとう、全てを受け入れた。ラグナ=アルティ=ブレイズはとうとう、全てを諦めた。
再び瞳を閉ざしたラグナが、沈んでいく。透かさず少女は手を伸ばそうとして、しかし止めてしまう。
「来るから」
そして口を開き、彼女はそう言う。
「クラハは来るから」
──………………。
その言葉に対し、ラグナは瞳を閉ざしたまま。投げやりにそう呟く。
──だったら、いいな……。
呟いて、ラグナは沈んでいった。底なき奈落の果てに行き着くまで、沈み続けるのだった。
突如として、ラグナ=アルティ=ブレイズの意識が覚醒する。覚醒するとほぼ同時に、ラグナは意識と共に閉ざしていたその瞼を。重たげに、気怠げに、面倒そうに開ける。
直後、解放されたラグナの視界、紅蓮に燃ゆるその瞳が映し出したのは。一寸先ですらも見通せない程の、深過ぎる闇中であった。
未だ微睡みが抜け切らないでいる意識の最中でも、ラグナは無意識の内に自分の周囲を見渡す。だが、やはりというべきか。上下左右、そして前後も。例外なく、全てが暗澹たる闇が広がり、覆われており。こちらのことを余すことなく隅々まで、包み込んでしまっていた。
──……ここ、どこだ……?一体、何なんだ……?
この場所────というよりは空間なのだろうか。ともかく、何もかもが意味不明で、理解不能な状況に直面し。とりあえずどうにかしようと、寝起き直後の頭を無理矢理に働かせるラグナ。
──水の、中……か。
少し遅れて、まるで宙にでも浮いているような感覚と、肌を濡らす感触から。どうやらここは水中なのではないかと、ラグナは推察する。
──でも全然苦しくねえ。息、できるし。
しかし、ラグナがそう思う通り。ここは息苦しくもなければ、呼吸も問題なくできている。水中であれば、まずあり得ないことだ。その事実から、水中と似通った、謎の空間なのだろうと結論を出して──────────
──ああ、そうか。俺の心なんだな、これ。
──────────直後、とっくの最初から、わかり切っていたことのように。とうの初めから、理解していたことのように。疑う余地もない、考える必要もない、当然の事実だったことのように。
呆然自失としながらも、ここが。これが、他の何ものでもない、己の心の内なのだと。
そのことをラグナが認識した、その瞬間────ラグナは、ゆっくりと、沈み始める。
沈む。沈んでいく。どうすることもできずになすがままに、見えない奈落の底へと、ラグナが沈んでいく。その道中、その最中にて。呆然と、ラグナは考える。まるで今際の際に垣間見る、走馬灯に最期の想いを馳せるように。
──俺、どうなるんだろ。このまま、どうなっちまうんだろうな……。
恐らく、消える。心の底を目指し、ずっと沈んで、永遠に沈み続けながら。自分は────ラグナ=アルティ=ブレイズは、消える。消えて、失われ、そして死ぬ。
そんな確信を抱くラグナだが、不思議なことに怖いとは思わなかった。恐ろしいと、怯えもしていなかった。
人であれば、否命を宿す全て存在が、等しく。怖がり、恐れ、怯えるだろう死に対して。死を目前にして。酷く歪なことに、ラグナは何の感慨も持たなかった。持てないでいた。
──……ぁ。
ふと何気なく、何を思うでもなく。再度、頭上を仰いだラグナは見た────光を。
先程見た時は、闇しかなかった。果てしない闇だけが何処までも、終わりなく広がり続けていた────が、其処に今在るのは。明るい、目が眩む程に輝く、光。
その光を目の当たりにしたラグナは、直感する。再び確信を抱く。
その光に触れれば、或いは掴めれば。此処から、己の心の闇から抜け出せると。刻一刻と迫る死から、逃れることができるのだと。
──……。
その為にこの手足を必死に動かし、往生際悪く踠いて足掻かなければならない。そうしないと、自分は浮上することができないし、当然光にも届かない。だが、己の手足が動くかどうか。動かせるのどうかは、わからない。確かめてみないことには、全くわからない────
──…………もう、いい。
────けれど、それを確かめる気力など、ラグナには残されていなかった。湧くこともなければ、無理にでも振り絞ろうとすら、ラグナは思わなかった。
とどのつまり、もはやどうでもよくなっていたのだ。ラグナはもう何もかもが全て、死ぬことですらも、どうでもいいと思っていたのである。
──もういいや。もういいんだよ……全部。
決して覆りはしない、絶対の諦観に。身も心も、そして意思も。己の全て、全部、何もかもを。まるで棄てるかのように委ねて、ラグナは。こちらを照らすその光を見つめながら、そっと瞳を閉ざし──────────
「待って」
──────────そして、そんな声を耳にするのだった。
──あ……?
よく聴く声だった。誰の、どんな者の声よりも、それは聴いてきた声だった。
当然だろう、何故ならばその声は──────────自分の声だったのだから。
──俺の声……?俺の、声……。
いや、正確には違う。確かにそれは自分の声だ。紛れもなく、寸分と違わない、ラグナ=アルティ=ブレイズの声には間違いない。
ないが、あくまでもそれは────今のラグナだ。《SS》冒険者で、先輩で、そして男のラグナ=アルティ=ブレイズの声ではない。
『大翼の不死鳥』の受付嬢として。他の冒険者たちを、己がそれぞれ引き受けた依頼の為に発つ彼らを。そして捨て鉢になって、身を削り心を潰し、そうまでして死に急ごうとする後輩の為に。何もできない、何もしてやれない、そんな無力な無価値な────女の自分の声であった。
そのことに気がつき、ラグナは今し方閉ざしたばかりの瞳を再び、億劫そうにしながらも、ゆっくりと開かせる。
瞬間、視界に映り込んだそれに。ラグナはまるで鏡を眺めているような気分に陥る。が、それも無理はない。
一糸纏わぬその裸。触れて靡くその髪。紅蓮に煌めくその瞳。そして、その顔────声に覚えがあれば、当然姿にだって覚えはある。というより、忘れようがないだろう。
ラグナの目の前にいたのは────少女だったのだから。
──……女。女の……俺。
憐憫か、または悲哀か、それとも寂寥か。そのどれでもないようで、あるかのような。そんな複雑極まる表情で、こちらを見つめる少女。
ラグナは少女を放心したように見つめ、彼女の瞳を覗き込む。
そこに映るのは、同じもの。同じ裸、同じ髪、同じ瞳────同じ顔。これ以上ない程に瓜二つで、それこそ鏡合わせの。
──ああ、そっか。
そうして合点がいった。ようやっと腑に落ちた。故にだからこそ────
──もう俺は、女なんだな。
────ラグナはとうとう、全てを受け入れた。ラグナ=アルティ=ブレイズはとうとう、全てを諦めた。
再び瞳を閉ざしたラグナが、沈んでいく。透かさず少女は手を伸ばそうとして、しかし止めてしまう。
「来るから」
そして口を開き、彼女はそう言う。
「クラハは来るから」
──………………。
その言葉に対し、ラグナは瞳を閉ざしたまま。投げやりにそう呟く。
──だったら、いいな……。
呟いて、ラグナは沈んでいった。底なき奈落の果てに行き着くまで、沈み続けるのだった。
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