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RESTART──先輩と後輩──
崩壊(その五十一)
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絶対的な隙。そう、絶対的な隙である。そして致命的な隙でもある。
どのような玄人であれ。如何な達人であれ。
一騎当千の古兵でさえ。空前絶後の強者でさえ。
その全員が全員、その瞬間にだけは────否、仕留めようとする堅固な意志と。確実に止めを刺すという揺不の殺意によって。どうしても、どうあってもその隙を晒す。その気がなくとも、気づかない内に晒してしまう。
それは言うまでもなく────攻撃の寸前だ。絶好の機会か、或いは確信を以てか。
どんな玄人でも、どんな達人でも、どんな古兵でも、どんな強者でも。
必殺の一撃を放つ、その直前。寸前の瞬間にだけ晒す、その隙。しかしそれは秒にも満たず、刹那にも満たない、限りなく零に近い猶予。
これは所詮机上の空論から成り立つ、言葉だけの結論ではあるが。仮にもし、その絶対的かつ致命的な隙を見極め、そして突けるのであれば。防御のことなど考えず、攻撃だけに全意識を集中させている為に。これ見よがしと無防備になっている急所へ一撃を与えられるのであれば。
例え赤子であっても、その者らを悉く打ち倒してみせるだろう。
「……」
と、昔ふと耳にしたそんな戦学を今、呆然と思い出しながら。今し方クライドの鳩尾に突き入れた貫手を、ゆっくりと引き戻し。直後、こちらに向かって倒れ込んでくる彼の身体を、クラハは気怠そうにして避ける。
ゾッと怖気が背筋を駆け抜けていくような、悍ましい満面の嗤顔を晒したまま。白目を剥いて失神しているクライド。だがしかし、自分が今そうなっていることに。自分がそんな無様極まりない醜態を晒していることに、彼は気づいてすらいない。気づくことなど、できやしない。
何せ攻撃の瞬間。攻撃に全意識が集中させ、彼が己の全てを擲ち、その身を犠牲にした【閃瞬刺突・超過刹那】を放つその瞬間。その寸前に。
こちらの認識を掻い潜りながら一瞬にして間合いを詰め切ったと同時に。人体の急所の一つ、鳩尾に。貫手をクラハに抉るように、鋭く深く突き込まれ。忽ち、瞬く間に意識を刈り取られたのだから。
そしてあまりにも短く、あっという間の出来事であったが故に。きっとクライドにはその現実が認識できず、それを埋め合わせるかのように。彼は今自分にとって都合の良い、何処までも自分本位な幻想を見ている────否、見せられて。それに溺れて、囚われていることだろう。
白目を剥いたクライドが浮かべるその嗤顔が、そのことを如実に物語っていた。そんな彼が力なく路地裏の冷たく薄汚れた地面に倒れる、その一部始終に。クラハは目もくれず、一片たりとも視線をやらず。背を向けたまま、彼は心の中で呟く。
──ライザーだったら、難なく反応してただろうな。
今回は相手がクライドだった為に、その戦法を取ったクラハであるが。彼自身がそう分析している通り、相手がライザー程の実力者ともなればこの戦法は通用しない。こちらの狙いを容易く看破され、咄嗟に防御されるだろう。
ともあれ。そうしてクライドを降たクラハは。前方に視線を向け、初めて気づく。つい先程までそこに立っていたはずの、ヴェッチャ=クーゲルフライデーの姿が。今や影も形も、そこから消え失せていることに。
瞬間、流れるように周囲にへと。クラハが視線を配らせた、その直後。
「ヒョアアアアアアアオオオオオオオオッ!!!」
と、頭上から奇声と紙一重な裂帛の絶叫が迸り。透かさず、クラハが頭上を見やる。
その時クラハが目撃したのは、こちら目掛けて宙から落下する、拳を振り上げたヴェッチャの姿であった。
──恐ろしく疾いその貫手、俺でなきゃぁ見逃しちまうなぁ……!!
そう心の中で呟き慄きながらも。ヴェッチャは振り上げた拳に満身の魔力と渾身の力を込めて、【強化】と併用する形でその魔法を発動させる。
──『鋼鉄の巨人』所属《S》冒険者、ガラウ=ゴルミッド師匠直伝ッ!【金剛体】ッ!!
本来であれば全身にかかるその効果を、今この時限り。硬く握り締めた己が拳に限定し、留める形で。
──【金剛体】は【強化】を遥かに凌ぐ、それこそ別次元の防御力と引き換えに、発動者は解除するかされるまでその場から一歩も動けなくなるぅ……がぁ!俺ぁこうしたぁ!防御力が真髄たるこの魔法を、俺ぁ攻撃力に変えたぁ!
狙うはただ一点。狙うは、クラハの脳天ただ一つ。
──最硬とは即ち最高!この世のどんなものよりも硬いってことはぁ、この世のどんなものでも絶対にぶち壊せるってぇことさぁぁぁああああッ!!
最硬の防御力を最高の攻撃力に変換したその技────【絶壊拳】。ヴェッチャが『壊撃』と呼ばれる所以である。
ヴェッチャの言っていることに間違いはない。時として身を守る為の盾が、身を砕く鈍器と化すように。絶対の防御力を誇る【金剛体】を、彼の【絶壊拳】のように攻撃力へと転ずれば。名工の手により作られた至高の防具であれ、最優の魔法士による防御魔法であれ。
その悉くを例外なく、粉砕し破壊してみせることだろう。それは覆しようのない、歴とした確かな事実に他ならない。
そしてそれは、クラハもわかっている。十二分に理解した、その上で。彼が取った行動は────
「……あぁ!?」
────何もなかった。無駄な徒労に終わると思われても、【強化】を用いた防御もせず。彼はただ、その場に突っ立つだけだった。そんな姿を、自殺行為でしかないそんな行動を前にして。堪らず、ヴェッチャは素っ頓狂な声を上げてしまう。
──そうかいぃ……んじゃぁ、脳漿脳髄ぶち撒けろぉぉぉぉぉぉおッッッ!!!
そして【金剛体】経て手にした攻撃力に、たたでさえそれだけで大抵の勝負は決するその攻撃力に。駄目押しのありったけの【強化】を乗せた、ヴェッチャ=クーゲルフライデー史上最強の【絶壊拳】が今、目下のクラハに炸裂するのだった。
どのような玄人であれ。如何な達人であれ。
一騎当千の古兵でさえ。空前絶後の強者でさえ。
その全員が全員、その瞬間にだけは────否、仕留めようとする堅固な意志と。確実に止めを刺すという揺不の殺意によって。どうしても、どうあってもその隙を晒す。その気がなくとも、気づかない内に晒してしまう。
それは言うまでもなく────攻撃の寸前だ。絶好の機会か、或いは確信を以てか。
どんな玄人でも、どんな達人でも、どんな古兵でも、どんな強者でも。
必殺の一撃を放つ、その直前。寸前の瞬間にだけ晒す、その隙。しかしそれは秒にも満たず、刹那にも満たない、限りなく零に近い猶予。
これは所詮机上の空論から成り立つ、言葉だけの結論ではあるが。仮にもし、その絶対的かつ致命的な隙を見極め、そして突けるのであれば。防御のことなど考えず、攻撃だけに全意識を集中させている為に。これ見よがしと無防備になっている急所へ一撃を与えられるのであれば。
例え赤子であっても、その者らを悉く打ち倒してみせるだろう。
「……」
と、昔ふと耳にしたそんな戦学を今、呆然と思い出しながら。今し方クライドの鳩尾に突き入れた貫手を、ゆっくりと引き戻し。直後、こちらに向かって倒れ込んでくる彼の身体を、クラハは気怠そうにして避ける。
ゾッと怖気が背筋を駆け抜けていくような、悍ましい満面の嗤顔を晒したまま。白目を剥いて失神しているクライド。だがしかし、自分が今そうなっていることに。自分がそんな無様極まりない醜態を晒していることに、彼は気づいてすらいない。気づくことなど、できやしない。
何せ攻撃の瞬間。攻撃に全意識が集中させ、彼が己の全てを擲ち、その身を犠牲にした【閃瞬刺突・超過刹那】を放つその瞬間。その寸前に。
こちらの認識を掻い潜りながら一瞬にして間合いを詰め切ったと同時に。人体の急所の一つ、鳩尾に。貫手をクラハに抉るように、鋭く深く突き込まれ。忽ち、瞬く間に意識を刈り取られたのだから。
そしてあまりにも短く、あっという間の出来事であったが故に。きっとクライドにはその現実が認識できず、それを埋め合わせるかのように。彼は今自分にとって都合の良い、何処までも自分本位な幻想を見ている────否、見せられて。それに溺れて、囚われていることだろう。
白目を剥いたクライドが浮かべるその嗤顔が、そのことを如実に物語っていた。そんな彼が力なく路地裏の冷たく薄汚れた地面に倒れる、その一部始終に。クラハは目もくれず、一片たりとも視線をやらず。背を向けたまま、彼は心の中で呟く。
──ライザーだったら、難なく反応してただろうな。
今回は相手がクライドだった為に、その戦法を取ったクラハであるが。彼自身がそう分析している通り、相手がライザー程の実力者ともなればこの戦法は通用しない。こちらの狙いを容易く看破され、咄嗟に防御されるだろう。
ともあれ。そうしてクライドを降たクラハは。前方に視線を向け、初めて気づく。つい先程までそこに立っていたはずの、ヴェッチャ=クーゲルフライデーの姿が。今や影も形も、そこから消え失せていることに。
瞬間、流れるように周囲にへと。クラハが視線を配らせた、その直後。
「ヒョアアアアアアアオオオオオオオオッ!!!」
と、頭上から奇声と紙一重な裂帛の絶叫が迸り。透かさず、クラハが頭上を見やる。
その時クラハが目撃したのは、こちら目掛けて宙から落下する、拳を振り上げたヴェッチャの姿であった。
──恐ろしく疾いその貫手、俺でなきゃぁ見逃しちまうなぁ……!!
そう心の中で呟き慄きながらも。ヴェッチャは振り上げた拳に満身の魔力と渾身の力を込めて、【強化】と併用する形でその魔法を発動させる。
──『鋼鉄の巨人』所属《S》冒険者、ガラウ=ゴルミッド師匠直伝ッ!【金剛体】ッ!!
本来であれば全身にかかるその効果を、今この時限り。硬く握り締めた己が拳に限定し、留める形で。
──【金剛体】は【強化】を遥かに凌ぐ、それこそ別次元の防御力と引き換えに、発動者は解除するかされるまでその場から一歩も動けなくなるぅ……がぁ!俺ぁこうしたぁ!防御力が真髄たるこの魔法を、俺ぁ攻撃力に変えたぁ!
狙うはただ一点。狙うは、クラハの脳天ただ一つ。
──最硬とは即ち最高!この世のどんなものよりも硬いってことはぁ、この世のどんなものでも絶対にぶち壊せるってぇことさぁぁぁああああッ!!
最硬の防御力を最高の攻撃力に変換したその技────【絶壊拳】。ヴェッチャが『壊撃』と呼ばれる所以である。
ヴェッチャの言っていることに間違いはない。時として身を守る為の盾が、身を砕く鈍器と化すように。絶対の防御力を誇る【金剛体】を、彼の【絶壊拳】のように攻撃力へと転ずれば。名工の手により作られた至高の防具であれ、最優の魔法士による防御魔法であれ。
その悉くを例外なく、粉砕し破壊してみせることだろう。それは覆しようのない、歴とした確かな事実に他ならない。
そしてそれは、クラハもわかっている。十二分に理解した、その上で。彼が取った行動は────
「……あぁ!?」
────何もなかった。無駄な徒労に終わると思われても、【強化】を用いた防御もせず。彼はただ、その場に突っ立つだけだった。そんな姿を、自殺行為でしかないそんな行動を前にして。堪らず、ヴェッチャは素っ頓狂な声を上げてしまう。
──そうかいぃ……んじゃぁ、脳漿脳髄ぶち撒けろぉぉぉぉぉぉおッッッ!!!
そして【金剛体】経て手にした攻撃力に、たたでさえそれだけで大抵の勝負は決するその攻撃力に。駄目押しのありったけの【強化】を乗せた、ヴェッチャ=クーゲルフライデー史上最強の【絶壊拳】が今、目下のクラハに炸裂するのだった。
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