上 下
174 / 440
RESTART──先輩と後輩──

崩壊(その四十五)

しおりを挟む
 ──な、ぐられた……殴られた?殴られた、殴られた殴られた……僕が父上に殴られたァッ!?そんなこと今までなかったのに、一度も殴られたことなんてなかったのにィ……ッ!?

 騒然混迷を極めんとす心境に相反し、呆然自失とするしかない面持ちを浮かべ、ただその場に突っ立つ他にないクライド。

 そんな彼に対して、カイエルは静かに、けれど有無を言わせない確かな迫力と凄まじい気魄をこれでもかと押し出しながら。遠慮なく、容赦なく怒声を浴びせかける。

「見損なったぞ我が息子よ……よもや、お前ともあろう者が、そのような腐った世迷言を口にするとは……クライドッ!二年も見ない間に、こうも見下げ果てた男になるとはな!!」

 それは嘘偽りのない、紛れもない心の底からの本音。純然たる怒りの本音。それは呆然とするクライドを更に硬直させるには充分で、そして十二分に過ぎた。あまりにも過剰であった。

 殴られた頬を手で押さえ、放心するしかないでいるクライドに、もはや一瞥すらもくれず。彼のことなど捨て置いて。カイエルは彼に背を向け、窓の方を見やりながら。

「……クライド。このことを知ってから、ずっと考えていた。そうしようか、しまいか……決めあぐねていた。が、今のお前を見て、今し方の言葉を聞いて……私は決めたぞ」

 と、先程の怒りはまるで消え失せた────あくまでもそのように思えるだけだが────声音で。淡々と言い、そして淡々と告げる。何の躊躇もなく、クライドへと伝える。

「お前にはシエスタの家名を捨ててもらう。今後一切、お前がシエスタを名乗ることを私は許容しない。決して……決してな、クライド。我が息子めが」

 ……それこそ、クライドが最も恐れていたこと。そうであってほしくはなかった、最悪の結果。どうしようもない、結末。

 そうして今や、それは確かな、覆らない現実と化し。こうして今や、それと対面し、直面したクライドは。

「…………」

 何も、言わなかった。一言も、発さなかった。そんなクライドに対して、カイエルもただ一言、最後の言葉を贈る。

「話は以上だ。く去れ、息子よ。そして二度と、この屋敷の敷居を跨ぐな……クライド」

 父、カイエル=シエスタ直々に。面と向かって────はないが、しかし。他の誰でもない父当人から勘当を言い渡され。

 クライドはやはり何も言わず。ただの一言も返すことなく。まるで錆の浮いた古い機械人形マシンドールのようなぎこちなさで、身を翻し、踵を返し。

「……」

 そして沈黙したままに、この執務室から去るのであった。それ故に、クライドは知る由もない────窓に顔をやるカイエルが今、まるで苦虫を噛み潰したかのような表情を。言いしれようのない後悔と罪悪感に、苦しげに歪んだその表情を浮かべていたことなど。



















 屋敷の侍女メイドや、彼女たちを統括する執事バトラーであるジョーンズに見送られ。そうして、オールティアへと再び戻って来たクライドは。周囲から向けられる視線や、声を潜めて何やら言い合っていることなど、まるで眼中になく。

 ──どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。

 ただひたすらに、そう心の中で呟く。

 ──何で何で何で何で何で何で何で何で。何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故。一体何で一体何故一体何で一体何故一体何で一体何故一体何で一体何故。

 ただそれだけで、頭の中を埋め尽くす。

 ──誰が悪い誰が悪い誰が悪い誰が悪い誰が悪い誰が悪い誰が悪い誰が悪い。父上父上父上父上父上父上父上ラグナ=アルティ=ブレイズラグナ=アルティ=ブレイズラグナ=アルティ=ブレイズ。

 クライドの中で、もはやそれしかなくなる。

 ──違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。

 それしか、なくなっていく。

 ──クラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハ。

 そうして、クライドは行き着く。彼は辿り着く。

 ──クラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハ。あの塵芥ゴミあの塵芥あの塵芥あの塵芥あの塵芥あの塵芥あの塵芥あの塵芥あの塵芥あの塵芥あの塵芥あの塵芥あの屑滓クズカスあの屑滓あの屑滓あの屑滓あの屑滓あの屑滓あの屑滓あの屑滓あの屑滓あの屑滓あの屑滓あの屑滓あの屑滓あの屑滓あの屑滓あの屑滓あの屑滓あの屑滓あの屑滓。

 正気の崖際、そこから身を投げ出し。狂気の谷底へと、そうして落ちていく。

 ──塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓。

 そして落ちる最中。クライドは、人で在る為のそれを。本来であればどんなものよりも、何ものよりも代え難いそれすらも、彼は──────────





「……」

「ん?なんだお客さんか?アンタ運が良い。実に幸運だ。もしよかったら見てってくれよ。俺ぁしがない絵描きでね、こうやって道端に布敷いて、絵を描いて、そんで売ってるんだがよ。気に入った絵があったら遠慮なく言ってくれ。あ、ちなみに今のオススメは……ずばりこれだ。今何かと話題になってる、『大翼の不死鳥フェニシオン』の若い冒険者ランカーさ」

 ふとした拍子に視界に留めたそれを、店主の男が手に取り、こちらの眼前に無遠慮にも突きつける。他のことなど眼中になかったクライドであったが、それは。それだけは、そればかりは。否応にもなく、見てしまった。

「……おや?ところでお客さん、こっちの見間違いとかじゃあなきゃ、もしやアンタ……」

 と、呆れたことに今頃になって、こちらの顔をよく見て確認し出した店主の男。しかし、そんな彼には目もくれず、突如クライドは魔法を発動させる。

 それは物体であれば如何様なものでも収納を可能にする、世間でも一般的であり冒険者ランカーであれば誰だって当然のように使っている汎用魔法────【次元箱《ディメンション》】。それを応用したもの。

 ジャララララッ──虚空に空いたその穴から、大量に滑り落ちてくる金貨。その金貨は瞬く間に黄金の小山を築き上げるのだった。

「……えっ?あ?ア、アンタ……?」

 人生の最中で、こんな文字通りの大金の山を目にするのは初めてだということを、これ以上になくわかりやすい反応で教えてくれる店主の男に。淡々と、クライドは告げる。

「寄越せ。ありったけ全部、寄越せ」

 そして店主がこちらの眼前に突きつけてきたその一枚の絵を────クラハ=ウインドアが描かれた絵を指差すのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

声楽学園日記~女体化魔法少女の僕が劣等生男子の才能を開花させ、成り上がらせたら素敵な旦那様に!~

卯月らいな
ファンタジー
魔法が歌声によって操られる世界で、男性の声は攻撃や祭事、狩猟に、女性の声は補助や回復、農業に用いられる。男女が合唱することで魔法はより強力となるため、魔法学園では入学時にペアを組む風習がある。 この物語は、エリック、エリーゼ、アキラの三人の主人公の群像劇である。 エリーゼは、新聞記者だった父が、議員のスキャンダルを暴く過程で不当に命を落とす。父の死後、エリーゼは母と共に貧困に苦しみ、社会の底辺での生活を余儀なくされる。この経験から彼女は運命を変え、父の死に関わった者への復讐を誓う。だが、直接復讐を果たす力は彼女にはない。そこで、魔法の力を最大限に引き出し、社会の頂点へと上り詰めるため、魔法学園での地位を確立する計画を立てる。 魔法学園にはエリックという才能あふれる生徒がおり、彼は入学から一週間後、同級生エリーゼの禁じられた魔法によって彼女と体が入れ替わる。この予期せぬ出来事をきっかけに、元々女声魔法の英才教育を受けていたエリックは女性として女声の魔法をマスターし、新たな男声パートナー、アキラと共に高みを目指すことを誓う。 アキラは日本から来た異世界転生者で、彼の世界には存在しなかった歌声の魔法に最初は馴染めなかったが、エリックとの多くの試練を経て、隠された音楽の才能を開花させる。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...