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RESTART──先輩と後輩──
崩壊(その三十六)
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結果だけ先に述べるなら、この件でクライドが咎められることはなかった。何故ならば、彼が一方的にけしかけた決闘に対し、クラハが表立って苦言を呈することも、大衆に言い触らすこともなかったからだ。
また、この件によりクライドは間違いなく厳罰、下手をすれば最悪『大翼の不死鳥』から除名された後、半永久的な冒険者の資格剥奪もあり得た。今回、彼がしでかしたことはそれだけ重大な規則違反で。
そんなクライドの今後悪化するだろう状況と潰れる面子に損なわれる社会的地位を案じてか。クラハはこの件を、GMたるグィンに告発もしなかった。
彼はクライドに決闘を挑まれたこと、その理由は自分を『大翼の不死鳥』から追いやりたいから────そういった諸々、丸ごと全てを。何事もなかったかのように水に流したという訳である。
故に揺らがない、覆らない事実として。クライドは、自分が最も嫌悪し、排除しようとした相手に。情けなく惨めにも、庇われてしまった────だけでなく。
「俺の後輩に何してんだ、お前……?」
その命もまた、彼は救われたのだ。
クライドがあの時身に染みて感じた、形を持った死────それは他の誰でもない、ラグナ。『大翼の不死鳥』に所属し、世界最強と謳われる三人の《SS》ランクの冒険者。『炎鬼神』の通り名で畏れ敬われる存在、ラグナ=アルティ=ブレイズに他ならず。
突如としてその場に現れたラグナは、自分の唯一の後輩であるクラハが。今し方害されたのだと察し、その害した当人────クライドに対し。
逃げようも避けもない、決して免れることのできない絶対的な死の予感を、無理矢理にでも抱かせる程の殺気を当て。
そしてそれを現実にせんと、己が拳を振り上げ、クライドのすぐ背後にまで迫り詰め。
これから死ぬ恐怖で固まって動けないでいるその背中に、振り上げた拳を振り下ろす────その直前、寸前で。
「待ってくださいッ!!」
と、これ以上にない程の危機感を込め、クラハが叫び。彼に呼び止められたラグナは、クライドの背中に振り下ろさんとした拳を、既のところで静止させるのだった。
……流石にラグナとて、本気で命を奪うつもりはなかった。だからといって、クライドに浴びせたその殺気は紛れもない、嘘偽りのない純真な殺意からのものであったのは本当で。
そして殺す気はなくとも、少なくともクライドには半年を病院の寝台の上で大人しく過ごしてもらうつもりではいた。
が、結果はそうはならなかった。これも偏に、ラグナを呼び止め。自分は全く気にしていないし大丈夫ですからと、静かに猛る彼をクラハが必死に説得し、どうにか宥めたおかげで。
そうして、クライドは社会的にも物理的にも、クラハに救われた。それが、その事実がわからない程、クライドも幼稚ではない。
……故にだからこそ、到底、絶対に。もはや理屈どうこうではなく、クライド=シエスタはクラハ=ウインドアを許せなくなり。ただひたすらに恨み、ただひたすらに憎んだ。
「クソッ!クソクソクソクソクソォオオッ!!凡人の分際でッ!何の取り柄もない、取るに足らない凡夫の分際でェッ!!この僕を!よりにもよってシエスタ家十二代目当主!『閃瞬』!このクライド=シエスタをォ!!」
バンッバンッバンッ──机を殴り割り、椅子を蹴り割り、壁を叩き割りながら。クライドはあらん限りの怨嗟と憎悪をその口から吐き散らす。
「ああ、ああッ!さぞかし気分が良かっただろうな!愉快で愉快で、それはもうどうしようもなく愉しかっただろうなァ!?僕を擁護して!僕を庇って!僕を救って!その、つもりになってェッッッ!!!」
ここが今、自分が宿泊している宿屋の一室だということも忘れて。クライドはいつ吐血してもおかしくない、その勢いのままに。手当たり次第に、所構わずに暴力を振り撒きながら、ひたすらに叫び続ける。
「ふざけるなふざけるなふざけるな!!気分を良くしていいのも愉悦に浸るのも僕だ!このクライド=シエスタだぞッ!?それをそれをそれをぉ……あの、凡骨風情のォ!!ド底辺の馬の骨ェ!!腐れ畜生の輩めがァァァァ!!ああああ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁァァアアア゛ッ!!!!!」
常軌を逸したクライドの、凶気と狂気の端境に在る暴走は止まることを知らず。延々、永遠と彼は続ける────かに、思われたのだが。
不意に、恐ろしく凄まじいまでに暴れ散らかしていたクライドは、急に静止した。今までの行動が、まるで全くの嘘だったかのように。彼はその場で立ち尽くし、沈黙した。
突如としてこの場に訪れた静寂────言うまでもなく、それを破ったのは。
「じゃあそんな奴に負けた僕は……!一体、何なんだ……ッ!?」
そんな、苦渋と懊悩に塗れて染まった、クライドの独り言であった。
荒らしに荒らし尽くした部屋から出て、宿屋を後にしたクライドが。オールティアの街道を行き交う人々の、こちらに注がれる視線が。何時になくおかしいことに気づくのに、そう時間はかからなかった。
というのも、彼が常日頃浴びていたのは羨望や尊敬、賞賛が含まれていた、もはや雨と表現するに相応しい程の、無数の眼差しで。
しかし、今は浴びているのではなく、どちらかというと刺さる。不躾で無遠慮な視線を、ただこちらに一方的に向けているのだ。
しかもそれらに含まれているのは────侮蔑。失望。非難。そういった、人間の醜悪さと救えなさを凝縮させたような、負の感情。
──何だ。何だ、何だ何だ何なんだこいつら……僕が一体誰なのかわかっていて、そんな目で見ているというのか……!!
それがクライドをこれ以上になく不快にさせ、ただでさえ荒んでいる彼の心を掻き乱すのは言うまでもなく。
そして虎の尾を踏むが如く、それが一体どれだけ命知らずで愚かな行為であるのか。人々の大半は考えもしないし、理解を示そうとも思わない。
──ならば、致し方ないよな?
故に、クライドは考えた。自ら、その無礼千万が。万死に値することなのだと、そう考え。歩きながらに無意識の内、腰に下げる刺突剣の柄に手を伸ばす────直前。
「へい。へいへいへーい」
突如、歩くクライドの前方を。数人の男たちが阻むように立ち、その中の一人が進み出て、気安く彼を呼び止めた。
──あ……?
己が道を遮っただけに留まらず、自らの下賤で何の価値もなく、塵芥の屑滓な身分の分際で。罪深くもそれを自覚することもなく、またそれを全く以て弁えることなく、分不相応極まりなく悍ましいことに、呼び止めたことに対して。
瞬間、クライドは己の中でプツン、と。何かが引き千切れた音を聴いた。
──わかった、わかった……もういい。ああ、もういいとも。
顳顬に極太の青筋を走らせ、血が薄ら滲む程までにキツく刺突剣の柄を握り込み。際限なく沸き上がり続ける憤怒と、邪悪なまでにドス黒い殺意を抱き。しかしそれを噯にも出すことなく、不自然なまでに満面の笑みを浮かべ、クライドが口を開く。
「おま……君たち。この僕が一体どこの誰で、どういった存在なのか。それを承知の上での、行為か……?」
クライドは自分を褒めてやりたい。表情に出さないだけでも相当な負担と無茶を強いているのに、それに加えて日常通りと何ら変わらない、至って平常心に富み余裕に満ち溢れている声音を。こうして問題なく出せているのだから。
今すぐにでも刺突剣を鞘から抜き放ち、目の前に立つ塵芥の屑滓の、下水に浮かぶ汚物以下の脳髄に突き立てたい、凄まじく強烈で堪え難い衝動を。奇跡的にも抑えられているクライドに。
そんな彼の猛獣も脇目も振らずに逃げ出すような、快楽目的の殺人鬼よりもずっと恐ろしいその心境を察することも、推して図ることもせず。まるで足の踏み場もない断崖絶壁で激動するかのように、クライドの前に立ちはだかった男が言った。
「ああ。俺らの中の常識中の常識だもんな。知らねえ訳がねえよ────《E》冒険者の雑魚相手におめおめ無様に負けた、『閃瞬』のクライド=シエスタ、サマ?ギャハハハハッ!」
「……………」
その男の発言に、クライドは怒りと殺意を一瞬忘れ。が、直後すぐさま取り戻し、馬鹿笑いを続ける糞尿の詰まった肉袋相手に、静かにその言葉を吐き捨てた。
「場所変えようか」
また、この件によりクライドは間違いなく厳罰、下手をすれば最悪『大翼の不死鳥』から除名された後、半永久的な冒険者の資格剥奪もあり得た。今回、彼がしでかしたことはそれだけ重大な規則違反で。
そんなクライドの今後悪化するだろう状況と潰れる面子に損なわれる社会的地位を案じてか。クラハはこの件を、GMたるグィンに告発もしなかった。
彼はクライドに決闘を挑まれたこと、その理由は自分を『大翼の不死鳥』から追いやりたいから────そういった諸々、丸ごと全てを。何事もなかったかのように水に流したという訳である。
故に揺らがない、覆らない事実として。クライドは、自分が最も嫌悪し、排除しようとした相手に。情けなく惨めにも、庇われてしまった────だけでなく。
「俺の後輩に何してんだ、お前……?」
その命もまた、彼は救われたのだ。
クライドがあの時身に染みて感じた、形を持った死────それは他の誰でもない、ラグナ。『大翼の不死鳥』に所属し、世界最強と謳われる三人の《SS》ランクの冒険者。『炎鬼神』の通り名で畏れ敬われる存在、ラグナ=アルティ=ブレイズに他ならず。
突如としてその場に現れたラグナは、自分の唯一の後輩であるクラハが。今し方害されたのだと察し、その害した当人────クライドに対し。
逃げようも避けもない、決して免れることのできない絶対的な死の予感を、無理矢理にでも抱かせる程の殺気を当て。
そしてそれを現実にせんと、己が拳を振り上げ、クライドのすぐ背後にまで迫り詰め。
これから死ぬ恐怖で固まって動けないでいるその背中に、振り上げた拳を振り下ろす────その直前、寸前で。
「待ってくださいッ!!」
と、これ以上にない程の危機感を込め、クラハが叫び。彼に呼び止められたラグナは、クライドの背中に振り下ろさんとした拳を、既のところで静止させるのだった。
……流石にラグナとて、本気で命を奪うつもりはなかった。だからといって、クライドに浴びせたその殺気は紛れもない、嘘偽りのない純真な殺意からのものであったのは本当で。
そして殺す気はなくとも、少なくともクライドには半年を病院の寝台の上で大人しく過ごしてもらうつもりではいた。
が、結果はそうはならなかった。これも偏に、ラグナを呼び止め。自分は全く気にしていないし大丈夫ですからと、静かに猛る彼をクラハが必死に説得し、どうにか宥めたおかげで。
そうして、クライドは社会的にも物理的にも、クラハに救われた。それが、その事実がわからない程、クライドも幼稚ではない。
……故にだからこそ、到底、絶対に。もはや理屈どうこうではなく、クライド=シエスタはクラハ=ウインドアを許せなくなり。ただひたすらに恨み、ただひたすらに憎んだ。
「クソッ!クソクソクソクソクソォオオッ!!凡人の分際でッ!何の取り柄もない、取るに足らない凡夫の分際でェッ!!この僕を!よりにもよってシエスタ家十二代目当主!『閃瞬』!このクライド=シエスタをォ!!」
バンッバンッバンッ──机を殴り割り、椅子を蹴り割り、壁を叩き割りながら。クライドはあらん限りの怨嗟と憎悪をその口から吐き散らす。
「ああ、ああッ!さぞかし気分が良かっただろうな!愉快で愉快で、それはもうどうしようもなく愉しかっただろうなァ!?僕を擁護して!僕を庇って!僕を救って!その、つもりになってェッッッ!!!」
ここが今、自分が宿泊している宿屋の一室だということも忘れて。クライドはいつ吐血してもおかしくない、その勢いのままに。手当たり次第に、所構わずに暴力を振り撒きながら、ひたすらに叫び続ける。
「ふざけるなふざけるなふざけるな!!気分を良くしていいのも愉悦に浸るのも僕だ!このクライド=シエスタだぞッ!?それをそれをそれをぉ……あの、凡骨風情のォ!!ド底辺の馬の骨ェ!!腐れ畜生の輩めがァァァァ!!ああああ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁァァアアア゛ッ!!!!!」
常軌を逸したクライドの、凶気と狂気の端境に在る暴走は止まることを知らず。延々、永遠と彼は続ける────かに、思われたのだが。
不意に、恐ろしく凄まじいまでに暴れ散らかしていたクライドは、急に静止した。今までの行動が、まるで全くの嘘だったかのように。彼はその場で立ち尽くし、沈黙した。
突如としてこの場に訪れた静寂────言うまでもなく、それを破ったのは。
「じゃあそんな奴に負けた僕は……!一体、何なんだ……ッ!?」
そんな、苦渋と懊悩に塗れて染まった、クライドの独り言であった。
荒らしに荒らし尽くした部屋から出て、宿屋を後にしたクライドが。オールティアの街道を行き交う人々の、こちらに注がれる視線が。何時になくおかしいことに気づくのに、そう時間はかからなかった。
というのも、彼が常日頃浴びていたのは羨望や尊敬、賞賛が含まれていた、もはや雨と表現するに相応しい程の、無数の眼差しで。
しかし、今は浴びているのではなく、どちらかというと刺さる。不躾で無遠慮な視線を、ただこちらに一方的に向けているのだ。
しかもそれらに含まれているのは────侮蔑。失望。非難。そういった、人間の醜悪さと救えなさを凝縮させたような、負の感情。
──何だ。何だ、何だ何だ何なんだこいつら……僕が一体誰なのかわかっていて、そんな目で見ているというのか……!!
それがクライドをこれ以上になく不快にさせ、ただでさえ荒んでいる彼の心を掻き乱すのは言うまでもなく。
そして虎の尾を踏むが如く、それが一体どれだけ命知らずで愚かな行為であるのか。人々の大半は考えもしないし、理解を示そうとも思わない。
──ならば、致し方ないよな?
故に、クライドは考えた。自ら、その無礼千万が。万死に値することなのだと、そう考え。歩きながらに無意識の内、腰に下げる刺突剣の柄に手を伸ばす────直前。
「へい。へいへいへーい」
突如、歩くクライドの前方を。数人の男たちが阻むように立ち、その中の一人が進み出て、気安く彼を呼び止めた。
──あ……?
己が道を遮っただけに留まらず、自らの下賤で何の価値もなく、塵芥の屑滓な身分の分際で。罪深くもそれを自覚することもなく、またそれを全く以て弁えることなく、分不相応極まりなく悍ましいことに、呼び止めたことに対して。
瞬間、クライドは己の中でプツン、と。何かが引き千切れた音を聴いた。
──わかった、わかった……もういい。ああ、もういいとも。
顳顬に極太の青筋を走らせ、血が薄ら滲む程までにキツく刺突剣の柄を握り込み。際限なく沸き上がり続ける憤怒と、邪悪なまでにドス黒い殺意を抱き。しかしそれを噯にも出すことなく、不自然なまでに満面の笑みを浮かべ、クライドが口を開く。
「おま……君たち。この僕が一体どこの誰で、どういった存在なのか。それを承知の上での、行為か……?」
クライドは自分を褒めてやりたい。表情に出さないだけでも相当な負担と無茶を強いているのに、それに加えて日常通りと何ら変わらない、至って平常心に富み余裕に満ち溢れている声音を。こうして問題なく出せているのだから。
今すぐにでも刺突剣を鞘から抜き放ち、目の前に立つ塵芥の屑滓の、下水に浮かぶ汚物以下の脳髄に突き立てたい、凄まじく強烈で堪え難い衝動を。奇跡的にも抑えられているクライドに。
そんな彼の猛獣も脇目も振らずに逃げ出すような、快楽目的の殺人鬼よりもずっと恐ろしいその心境を察することも、推して図ることもせず。まるで足の踏み場もない断崖絶壁で激動するかのように、クライドの前に立ちはだかった男が言った。
「ああ。俺らの中の常識中の常識だもんな。知らねえ訳がねえよ────《E》冒険者の雑魚相手におめおめ無様に負けた、『閃瞬』のクライド=シエスタ、サマ?ギャハハハハッ!」
「……………」
その男の発言に、クライドは怒りと殺意を一瞬忘れ。が、直後すぐさま取り戻し、馬鹿笑いを続ける糞尿の詰まった肉袋相手に、静かにその言葉を吐き捨てた。
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