上 下
155 / 440
RESTART──先輩と後輩──

崩壊(その二十六)

しおりを挟む
「止めろぉ!そこまでだァッ!!」

 ロックスは怒声を張り上げると共に、今にもクラハの脳天に向け、振り上げていた戦鎚を振り下ろさんとしていたメルネを羽交締めにし、どうにか既のところで彼女の凶行を阻止してみせた。

「離して!ロックスッ!!私の邪魔、しないでよぉッ!!!」

 極力、メルネの身体が痛まないように。しかしそれでも常人では身動みじろぎ一つすらできない程度の力を、ロックスは己の両腕に込めている訳だが。

 それにも関わらず、メルネはそう叫びながら、彼の拘束から抜け出そうと必死の形相でもがき暴れる。

 既に引退している身とはいえ、流石はかつての『六険』の一人であり、『戦鎚』の異名で多くの冒険者ランカーに畏れられた《S》冒険者、メルネ=クリスタ────とてもではないが女性のものとは思えない、その剛力を前に。

 ほんの少し、僅かばかりにこの両腕から力を抜いたその瞬間。メルネは強引に抜け出し、そして今度こそ己が得物をクラハへ振り下ろすだろうことを。否が応にも、ロックスは確信させられる。故にだからこそ、彼は両腕の拘束を一切緩めることなく、メルネに言葉をぶつける。

「落ち着けメルネの姐さん!あんた正気……じゃあないよなあッ!?たかが一時の感情に振り回されやがって!らしくもねえッ!!」

「お前だけは!お前だけは!!私がッ!!私の手でッ!!!」

「しっかり!しろッ!してくれ姐さんッ!!」

「離してっ!離して!離せぇええええッッッ!!!」

 けれど、今のメルネにロックスの言葉は届かない。否、例えここで言葉をかけたのがグィンであっても、彼女には届かなかっただろう。

 未だ暴れながらに、狂ったようにメルネが叫び散らす。

「お前が壊した!お前が壊したのよ、クラハ!クラハ=ウインドアッ!全部全部全部!何もかも!ラグナもぉッ!お前と、私がぁ!だから、もう!壊すしかないじゃないッ!壊れるしかないじゃないッ!お前も!!私も!!」

 メルネの憎悪に浸り切り、怨嗟で染め尽くされた叫びを受けても。それでも、クラハがこちらに振り向くことはない。何も言わずただ無言のままに背を向けて、その場に立っているだけだ。それはもはや堂々だとか、図太いだとかではなく。ましてや、度胸があるという訳でもない。

 そこから感じ取れるのは────無関心。ひたすらに興味がないという、無関心さだけだ。そしてそれから導き出される、クラハの心情。

 もう、

 どうなろうと、どうなったとしても。構わないと、構やしないと。少なくともクラハにとっては、もうどうでもいいことなのだ。どんな結果にどう転ぼうが、どうだっていいことなのだ。この状況も、この現実も。何もかも、全て。

 故にだからこそ、クラハは逃げ出すことも隠れることもせず、無抵抗のままに。こうして、黙ってメルネの手にかかろうとした。彼女に、ころされようとしていた。

 そうした結果、メルネが一体どうなるのか。選択を誤り、道を踏み外し、もう二度と戻れなくなってしまった彼女が。果たして最後に、一体どうなってしまうのか────それをわかっていながら、確と理解していながら。

 ロックスにクラハを助ける気など毛頭、微塵たりともない。今、この現状のクラハを助ける程、彼はお人好しの慈善家ではない。

 ではロックスは何故メルネを止めたのか────実に簡単で単純なことだ。彼はただ、彼女を助けたかったのだ。

「馬鹿げたこと言ってんじゃあねえぞ姐さん!!そんなことしても、そんなことになっても!何の解決にも、何の意味もねえことは!あんたが一番よくわかってんだろうがァ!!!」

 ここで選択を誤らせる訳にはいかない。ここで道を踏み外させる訳にはいかない。ここで戻れなくさせる訳にはいかない。

 メルネの為にも。そして──────────





『悪い。メルネのこと、よろしく頼む』





 ──────────交わしたその約束を守り通す為にも。ただその一心で、懸命に。ロックスはメルネを諭し、説得しようとする。

「うあああああぁぁぁッ!!!!壊す!壊す!壊す壊す壊す壊す壊すッ!!壊れる壊れる壊れる壊れる壊れるッ!!ああああああああ!!!」

 しかし、もはや諦観と絶望に暮れ。狂気の渦中に取り込まれたメルネには。どんな言葉も、何も届かない。そのことに己の無力さを痛感し、歯痒い挫折感を味わいながら。

 ──メルネの姐さん……!

 これで駄目ならば終わりだと半ば自暴自棄に、ロックスは叫んだ。



「あんたは!今ここでクラハをこわして!それでどんな面して!!ラグナに会うつもりだッ!?」



 その瞬間、メルネは止まった。喉奥から引き攣った掠れ声を短い悲鳴のように漏らして、今し方の暴れぶりから一転して、まるで時が止まったかのように、彼女は静止した。

 今すぐにでも縁から零れ落ちてしまいそうな程に、限界までに見開かれた瞳を震わせながら。呆然とした様子でメルネが呟く。

「ラ、グナ……?ラグ、ナ。ラグナ……ラグナラグナラグナ……ぅぅぅ、ぐううううぅぅぅぅ……っ!!」

 けれども、すぐさま深々とした怨念の呻き声を上げると同時に。またしてもメルネの表情が歪み、戦鎚の柄を握るその手に力が込められる。再び、クラハに対するありとあらゆる負の感情が再燃し、彼女をもう一度狂気に走らせ、破滅へと駆り立てる。

 ……決して、ロックスの言葉が届かなかった訳ではない。現に、ほんの一瞬だったとはいえ、メルネは止まった。それが何よりの証拠だ。

 そして先程とは違って────憎悪と怨恨に彩られたメルネの顔には今、苦渋の懊悩もまた浮かんでいるのだ。

 ラグナの為にも復讐を果たすべきと唆す悪性と、ラグナの為にも堪えるべきだと訴える善性。

 その二つが、今。メルネの中で互いを押し退け合い、せめぎ合っているのだ。

「ぅぅぅぅぅぅ…………!」

 まるで地獄の底から上げているかのような呻き声を、血が滲むまでに噛み締めている唇の隙間から、小さく漏らすメルネ。

 迷っている。メルネは未だかつてない程に迷っている。一瞬で一気に、どちらかに全てが傾く天秤を前にしている。

 ──私たちは……!私は……ッ!!

 ラグナを壊した報いを受けなければならない。ラグナを壊した償いをしなければならない。

 復讐か、赦免か。裁くのか、赦すのか────この究極の二択を突きつけられた、その末に──────────










「メルネ!」










 ──────────満開に咲き誇る花のような。眩しく晴れやかな太陽のような。そんな、ラグナの笑顔が脳裏に浮かんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

女体化入浴剤

シソ
ファンタジー
康太は大学の帰りにドラッグストアに寄って、女体化入浴剤というものを見つけた。使ってみると最初は変化はなかったが…

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

処理中です...