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RESTART──先輩と後輩──
崩壊(その十七)
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「クラハッ!!お前……っ!?」
その場にロックスが駆けつけた時には、状況は既に終了していた。
彼の足が遅かった訳ではない。寧ろ疾い方である。
何せここは人の手も碌に加えられていない、正に在りの儘の自然が。生まれ、拡がり、作られた森。その奥の奥の、普段であれば誰であろうと決して近寄り踏み入ろうとはしない最奥。そこへ訪れる存在はこの森に昔から棲まう動物や魔物くらいなもので、それ故に人が通れるような道などあるはずもなく。あるのは悪路極まった獣道、ただそれだけ。
常人は元より立ち入れないとして、並の冒険者では一日、二日費やしても踏破できないだろうその道を、ロックスはものの一時間足らずで踏破してみせた。そんな彼を遅いと謗り蔑むのは余りにも酷で、そして身勝手な話というものである。
……だが、そんなロックスよりも。同じ《S》冒険者の尺度からしても十二分に抜きん出ている一人に数えられるであろう《S》冒険者ロックス=ガンヴィルよりも。
クラハ=ウインドアはずっと疾かった。
──……おいおい。おいおいおいおい…………こいつは、マジかよ……?
些か血で汚れた衣服。上から半ばまで折れた、血と肉と油に塗れた剣。足元に広がり、地面を覆い尽くしかねない程に巨大な血の湖。
そしてそこに沈んでいる────恐らくデッドリーベアと思われるも、同種とは全く別の進化を遂げているのだろう魔物の死骸。
もう、状況は終了してしまっている。これらがそのことを如実に指し示している。つまりは、だ。
──クラハが、やりやがった……一人で、こいつを……ッ!
恐らく、十分にも満たない。ロックスのような一流の上澄である卓越者でさえ、全身体能力を駆使し酷使して、体力を限界まで擦り減らし擦り切らすまでに費やし、そこまでしてようやく一時間を少し切れる程度。
当然、その直後に戦闘行為に移れるはずもない。最低限三分の完全休憩でも挟まない限り、絶対に無理なのだ。
だと、いうのに────今目の前に立つクラハはどうだろうか?
僅か十分足らずでこの場に辿り着き、剰えその後休憩も取らずにこの恐ろしい化け物を斃してしまったのだ。戦々恐々とするロックスにはそれがわかる。わかってしまう。
何故ならば仮にこの場で休憩を取ろうものなら、もれなくこの魔物に喰い殺されることは確実だろうし。何よりも、今クラハが手に持つ得物が、その事実を雄弁に物語っている。
そもそも、もはや武器としての体を成していないそれで。斃したということが嘘に思えるが。しかし、だとしたらそこまで血と肉と油に塗れているはずもない。
故に、クラハが斃した────もう、そう考える他にないのである。
それに加えて、彼はほぼ無傷だ。目立った外傷もない。着ている衣服も返り血で少々汚れているだけで、別に破れもしていなければ裂けもしていない。そのことから、ロックスはクラハは無傷であると判断せざるを得ない。
──…………。
言いたいことは多々あった。色々と、本当に色々とあった。しかし、それら全てをロックスは飲み込んで。彼はようやっと、絶句させていたその口を開かせた。
「まあ何はともあれ、だな。とにかく、お前が無事に生きててくれて良かったぜ。何せクラハ、お前には……?」
そう、第一はそれだ。生きているのなら、生きていてくれるのなら、それに越したことはない。だからこそ、余計な言葉を挟まず、ロックスはただそう告げるのだった。
しかし、そんな彼を引っかからせたのは。そうしてそこに突っ立つクラハの、その態度に他ならなかった。
今の、それこそ最近のクラハの様子がおかしいのはロックスも承知している。
──…………。
『その子を僕は殺しました』
もっと早く、気づくべきだった。だからこそ、ロックスは行動する。これ以上、踏み誤らせない為に。後悔しない為に。
「言いたいことあるんなら、吐き出せ。俺が全部受け止めてやっから、クラハ」
そのロックスの言葉に、クラハは反応を示した。一体何処の虚空を見つめているのかも定かではないその眼差しを、チラリと一瞬だけ向けて。それからまた元に戻すと、唐突に彼は口を開いてこう言った。
「死にたかった」
ロックスは思う。もし自分が勘の鈍い男だったのなら、或いは生まれつき聴力がない人間だったのなら。その発言を聞き逃せたし、そもそも聞こえなかったはずだと。
そんなありもしないもしもを、これ程までに強く切望したことはないし。そして今後もすることはないだろうな、と。まるで他人事のように思いながら────
「……今、お前……何言ったよ……ああ…………ッ!?」
────ロックスは殺気を乗せて、そう言っていた。
そんな彼に、まるで火に油を注ぐように、クラハは平然と続ける。
「僕は死ぬべきなんです。ここで死ぬべき人間でした。でも死ねなかった。ここでも死ぬことができなかった。どうして、どうしてどうしてどうして……僕は、死にたいのに……」
誰でも容易にわかることだっただろう。その瞬間、ロックスの堪忍袋の尾が音を立てて引き千切れることは。
「死人が死にてえほざいてんじゃあねぇぞこのクソボケがあッ!!!」
激昂したロックスは怒りに突き動かされるようにしてクラハとの距離を詰め、透かさず躊躇なく彼の胸倉を鷲塚む。直後、彼の鼓膜を破かんばかりの怒声を浴びせた。
「冗談ってのはなあ!面白えから冗談って成り立つんだよ!!ああ!?つまんねえ冗談抜かすなあァアッ!!!!」
「……」
クラハはされるがまま、言われるがままで。反抗も抵抗もしない。そんな無気力な彼に、ロックスは舌打ちをしてからこう続ける。
「てか死にてえ死にてえじゃあねえんだよコラ!!なあ、お前!クラハッ!!忘れたのか?なあおい忘れちまったのかよォ!!『大翼の不死鳥』にはお前の!クラハの帰りを────
トゥルルリリリリンリンリン────が、その時。ロックスの言葉を遮るようにして、彼の懐からそんな素っ頓狂な音が響いた。
────……誰だよッ!!」
と、怒髪天を突いたままにロックスは懐に手を突っ込み、そこから拳大の碧色を帯びた石を取り出す。
そうして流れるようにその石に少しの魔力を流した後、石を耳元にやってロックスは叫んだ。
「もしもぉしィッ!?こちらロックス!悪りいんだが今取り込み………………」
ブチ切れた表情のままに、固まるロックス。そんな彼を他所に、淡い光で明滅を繰り返す石。そして胸倉を鷲掴みにされたままでいるクラハ────側から見れば即座に逃げ出したくなるような光景が、そこには確かに広がっていた。
それはさておき。そうして数分が過ぎた、その後のことだった。
「……チッ!クッソが。クッッッソが」
明滅を繰り返していたが、今や何の変化も見せなくなった石を再度懐に仕舞って。怒りの形相のままに、未だ胸倉を掴んだままのクラハに。
「戻るぞ。……GMがお呼びだ」
と、ロックスは告げるのだった。
その場にロックスが駆けつけた時には、状況は既に終了していた。
彼の足が遅かった訳ではない。寧ろ疾い方である。
何せここは人の手も碌に加えられていない、正に在りの儘の自然が。生まれ、拡がり、作られた森。その奥の奥の、普段であれば誰であろうと決して近寄り踏み入ろうとはしない最奥。そこへ訪れる存在はこの森に昔から棲まう動物や魔物くらいなもので、それ故に人が通れるような道などあるはずもなく。あるのは悪路極まった獣道、ただそれだけ。
常人は元より立ち入れないとして、並の冒険者では一日、二日費やしても踏破できないだろうその道を、ロックスはものの一時間足らずで踏破してみせた。そんな彼を遅いと謗り蔑むのは余りにも酷で、そして身勝手な話というものである。
……だが、そんなロックスよりも。同じ《S》冒険者の尺度からしても十二分に抜きん出ている一人に数えられるであろう《S》冒険者ロックス=ガンヴィルよりも。
クラハ=ウインドアはずっと疾かった。
──……おいおい。おいおいおいおい…………こいつは、マジかよ……?
些か血で汚れた衣服。上から半ばまで折れた、血と肉と油に塗れた剣。足元に広がり、地面を覆い尽くしかねない程に巨大な血の湖。
そしてそこに沈んでいる────恐らくデッドリーベアと思われるも、同種とは全く別の進化を遂げているのだろう魔物の死骸。
もう、状況は終了してしまっている。これらがそのことを如実に指し示している。つまりは、だ。
──クラハが、やりやがった……一人で、こいつを……ッ!
恐らく、十分にも満たない。ロックスのような一流の上澄である卓越者でさえ、全身体能力を駆使し酷使して、体力を限界まで擦り減らし擦り切らすまでに費やし、そこまでしてようやく一時間を少し切れる程度。
当然、その直後に戦闘行為に移れるはずもない。最低限三分の完全休憩でも挟まない限り、絶対に無理なのだ。
だと、いうのに────今目の前に立つクラハはどうだろうか?
僅か十分足らずでこの場に辿り着き、剰えその後休憩も取らずにこの恐ろしい化け物を斃してしまったのだ。戦々恐々とするロックスにはそれがわかる。わかってしまう。
何故ならば仮にこの場で休憩を取ろうものなら、もれなくこの魔物に喰い殺されることは確実だろうし。何よりも、今クラハが手に持つ得物が、その事実を雄弁に物語っている。
そもそも、もはや武器としての体を成していないそれで。斃したということが嘘に思えるが。しかし、だとしたらそこまで血と肉と油に塗れているはずもない。
故に、クラハが斃した────もう、そう考える他にないのである。
それに加えて、彼はほぼ無傷だ。目立った外傷もない。着ている衣服も返り血で少々汚れているだけで、別に破れもしていなければ裂けもしていない。そのことから、ロックスはクラハは無傷であると判断せざるを得ない。
──…………。
言いたいことは多々あった。色々と、本当に色々とあった。しかし、それら全てをロックスは飲み込んで。彼はようやっと、絶句させていたその口を開かせた。
「まあ何はともあれ、だな。とにかく、お前が無事に生きててくれて良かったぜ。何せクラハ、お前には……?」
そう、第一はそれだ。生きているのなら、生きていてくれるのなら、それに越したことはない。だからこそ、余計な言葉を挟まず、ロックスはただそう告げるのだった。
しかし、そんな彼を引っかからせたのは。そうしてそこに突っ立つクラハの、その態度に他ならなかった。
今の、それこそ最近のクラハの様子がおかしいのはロックスも承知している。
──…………。
『その子を僕は殺しました』
もっと早く、気づくべきだった。だからこそ、ロックスは行動する。これ以上、踏み誤らせない為に。後悔しない為に。
「言いたいことあるんなら、吐き出せ。俺が全部受け止めてやっから、クラハ」
そのロックスの言葉に、クラハは反応を示した。一体何処の虚空を見つめているのかも定かではないその眼差しを、チラリと一瞬だけ向けて。それからまた元に戻すと、唐突に彼は口を開いてこう言った。
「死にたかった」
ロックスは思う。もし自分が勘の鈍い男だったのなら、或いは生まれつき聴力がない人間だったのなら。その発言を聞き逃せたし、そもそも聞こえなかったはずだと。
そんなありもしないもしもを、これ程までに強く切望したことはないし。そして今後もすることはないだろうな、と。まるで他人事のように思いながら────
「……今、お前……何言ったよ……ああ…………ッ!?」
────ロックスは殺気を乗せて、そう言っていた。
そんな彼に、まるで火に油を注ぐように、クラハは平然と続ける。
「僕は死ぬべきなんです。ここで死ぬべき人間でした。でも死ねなかった。ここでも死ぬことができなかった。どうして、どうしてどうしてどうして……僕は、死にたいのに……」
誰でも容易にわかることだっただろう。その瞬間、ロックスの堪忍袋の尾が音を立てて引き千切れることは。
「死人が死にてえほざいてんじゃあねぇぞこのクソボケがあッ!!!」
激昂したロックスは怒りに突き動かされるようにしてクラハとの距離を詰め、透かさず躊躇なく彼の胸倉を鷲塚む。直後、彼の鼓膜を破かんばかりの怒声を浴びせた。
「冗談ってのはなあ!面白えから冗談って成り立つんだよ!!ああ!?つまんねえ冗談抜かすなあァアッ!!!!」
「……」
クラハはされるがまま、言われるがままで。反抗も抵抗もしない。そんな無気力な彼に、ロックスは舌打ちをしてからこう続ける。
「てか死にてえ死にてえじゃあねえんだよコラ!!なあ、お前!クラハッ!!忘れたのか?なあおい忘れちまったのかよォ!!『大翼の不死鳥』にはお前の!クラハの帰りを────
トゥルルリリリリンリンリン────が、その時。ロックスの言葉を遮るようにして、彼の懐からそんな素っ頓狂な音が響いた。
────……誰だよッ!!」
と、怒髪天を突いたままにロックスは懐に手を突っ込み、そこから拳大の碧色を帯びた石を取り出す。
そうして流れるようにその石に少しの魔力を流した後、石を耳元にやってロックスは叫んだ。
「もしもぉしィッ!?こちらロックス!悪りいんだが今取り込み………………」
ブチ切れた表情のままに、固まるロックス。そんな彼を他所に、淡い光で明滅を繰り返す石。そして胸倉を鷲掴みにされたままでいるクラハ────側から見れば即座に逃げ出したくなるような光景が、そこには確かに広がっていた。
それはさておき。そうして数分が過ぎた、その後のことだった。
「……チッ!クッソが。クッッッソが」
明滅を繰り返していたが、今や何の変化も見せなくなった石を再度懐に仕舞って。怒りの形相のままに、未だ胸倉を掴んだままのクラハに。
「戻るぞ。……GMがお呼びだ」
と、ロックスは告げるのだった。
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