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RESTART──先輩と後輩──
崩壊(その十四)
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『滅戮の暴威』が人間を目にするのは、別にこれが初めてという訳ではない。かと言って、多い訳でもないが。
だが『滅戮の暴威』にとって人間というのは、己が最も忌み嫌う────脆くて弱い存在だった。
故に人間を視界の片隅に入れるだけで。苛立ちは瞬く間に頂点に達し、怒髪天を突き抜け、激情が噴火する────その、はずだった。
人間を目にすると同時にその全てを例外なく破壊してきた『滅戮の暴威』は、今目の前に立つその人間に対して。怒りではない、未知の感情を抱いていた。これが一体何なのか、『滅戮の暴威』は知らない。知る由もない。
今までであれば、『滅戮の暴威』は間髪入れずにすぐさま襲いかかり、先程のデッドリーベアたちと同様にその人間を屠っていたことだろう。
だがしかし、そんな『滅戮の暴威』は今、その場に留まっている。行動を起こすことなく、今はただ距離を取ったまま、その人間を眺めている。息を潜ませ、じっと静かに。
その生涯に於いて、今の今まで『滅戮の暴威』はそれをしてこなかった。しようとしなかった。する必要に駆られることがなかった。
それとはつまり────警戒、である。あり得ないこと、信じられないことだが。けれど、『滅戮の暴威』に限ってはそうではないのである。
何故ならば、頂点に座す存在なのだから。母の胎より生まれ落ちたその瞬間から、圧倒的にして絶対的なまでの強者として。生まれてまだ間もない仔の時から、他に比肩するものが皆無であった生物として。
そうして今も頂点に座する『滅戮の暴威』は、己以外取るに足りない存在をわざわざ警戒などしたりはしない。しなくとも、どうとでもなるのだから。
故にこれが『滅戮の暴威』にとっての、初めて行う警戒。迂闊に手を出すことなく、相手の出方を窺う────己以外の弱者が当然のように行ってきたそれを、『滅戮の暴威』は今こうして初めて行う訳だが。それでも当たり前のようにできているのは、もはや天性のものとしか言いようがないだろう。
そんな『滅戮の暴威』が警戒をせざるを得ない程に、眼前に立つその人間は異質で異様で────異常であった。
「…………」
発せられるその雰囲気。その身に纏う空気。そして第一に、その表情
『滅戮の暴威』は二つ、憶えている。今まで目にしてきた哀れな餌食たちの、顔を。こちらに殺されるまでに浮かべていた、その表情を。
恐怖か、虚勢。すぐ側にまで迫り来る確実で絶対の死を前に、最期まで怯え切った表情。恐怖を誤魔化す為、または望み極薄の生還を果たす為に己を奮い立たせ無謀な蛮勇を以て立ち向かうその表情────その二つだけが、『滅戮の暴威』の脳裏に刻み込まれている。
だが、しかし。その人間が浮かべているのはどちらでもない。この時、『滅戮の暴威』は初めて知ったのだ────それこそが、何の感情も宿していない、無表情なのだと。
己以外は取るに足りない弱者。矮小でしかない塵芥の屑。『滅戮の暴威』にとってそれが当たり前の認識であり、そしてそれは間違っていない────否、間違っていなかった。
けれど確信する。その認識が、常識は。今や覆されようとしていると。目の前に立っている、この一人の人間によって。
それは度し難いことだった。『滅戮の暴威』にとってそれは許し難いことのはずだった。
……しかし、一体どうしたことか。あの身を焼き心を焦がす怒りは、荒れ狂いながら暴れ狂うあの怒りが。何故か微塵も、僅かたりとも噴き出してくることはない。
それもまた『滅戮の暴威』にとっては初めてのことで、故に戸惑う。この生涯の最中で今初めて、困惑する。
それと同時に、言い知れない感情に揺れ動かされていた。それもまた、『滅戮の暴威』にとっては初めてのこと。
怒涛の如く押し寄せる未知の連続。それもまた『滅戮の暴威』にとっては煩わしいことこの上なく、癪に障って腹立たしさ極まりない。
……が、今だけは違う。今、『滅戮の暴威』を満たしているのは、怒りではない。怒りではない、全く別の何か。それが一体何なのか、『滅戮の暴威』はわからない。知らない。
ただ、確かなのは。今までの生涯の最中で、あれ程までに自らを苛み続けていた怒りが────薄まり出していること。
頭の中を、そして心の中を。余すことなく満たしていたその怒りが、激しく燃え盛る烈火の如き憤怒が。徐々に消えていく。ゆっくりと失われていく。そうしてできた穴と隙間を埋めるように、『滅戮の暴威』が知らないもので満たされていく。
『滅戮の暴威』が戸惑い、困惑する最中。かの人間が、ようやっと動き出した。
「────」
何か言っている。けれど魔物である『滅戮の暴威』には、言葉ではなくただの音としか届かない。
何かしらを言い終えたのだろうその人間は、やがて腰に手を伸ばす。そこに下げられていたのは、一振りの剣。
それには『滅戮の暴威』も見覚えがあった。自分と相対した何人かの人間が持っていた、謂わば自分たちで言うところの爪────即ち、武器。
しかし『滅戮の暴威』にとってそれは、何の役にも立たないもの。何故ならば、今まで例外なく、この身体に傷をつけられたものはないのだから。
故にその剣に対して、特段『滅戮の暴威』が注意を向けることはない。その必要がない────今までであれば、そのはずだった。
生涯の中で今初めて抱いた警戒を、『滅戮の暴威』はその人間だけでなく、その剣にも向ける。そうしなければならないと、野生の本能が訴えていた。
『滅戮の暴威』に余すことなく警戒されながら、しかしそれを大して気にした様子も見せずに、その者は伸ばしたその手で剣の柄を握り。
スッ──そして静かに抜いた。
ゴッ──直後、駆け出した『滅戮の暴威』が開いていた距離を一瞬で詰め終え。抜いたその剣をろくに構える間も与えずに、既に振り上げていた剛腕で以て、人間を吹っ飛ばした。
だが『滅戮の暴威』にとって人間というのは、己が最も忌み嫌う────脆くて弱い存在だった。
故に人間を視界の片隅に入れるだけで。苛立ちは瞬く間に頂点に達し、怒髪天を突き抜け、激情が噴火する────その、はずだった。
人間を目にすると同時にその全てを例外なく破壊してきた『滅戮の暴威』は、今目の前に立つその人間に対して。怒りではない、未知の感情を抱いていた。これが一体何なのか、『滅戮の暴威』は知らない。知る由もない。
今までであれば、『滅戮の暴威』は間髪入れずにすぐさま襲いかかり、先程のデッドリーベアたちと同様にその人間を屠っていたことだろう。
だがしかし、そんな『滅戮の暴威』は今、その場に留まっている。行動を起こすことなく、今はただ距離を取ったまま、その人間を眺めている。息を潜ませ、じっと静かに。
その生涯に於いて、今の今まで『滅戮の暴威』はそれをしてこなかった。しようとしなかった。する必要に駆られることがなかった。
それとはつまり────警戒、である。あり得ないこと、信じられないことだが。けれど、『滅戮の暴威』に限ってはそうではないのである。
何故ならば、頂点に座す存在なのだから。母の胎より生まれ落ちたその瞬間から、圧倒的にして絶対的なまでの強者として。生まれてまだ間もない仔の時から、他に比肩するものが皆無であった生物として。
そうして今も頂点に座する『滅戮の暴威』は、己以外取るに足りない存在をわざわざ警戒などしたりはしない。しなくとも、どうとでもなるのだから。
故にこれが『滅戮の暴威』にとっての、初めて行う警戒。迂闊に手を出すことなく、相手の出方を窺う────己以外の弱者が当然のように行ってきたそれを、『滅戮の暴威』は今こうして初めて行う訳だが。それでも当たり前のようにできているのは、もはや天性のものとしか言いようがないだろう。
そんな『滅戮の暴威』が警戒をせざるを得ない程に、眼前に立つその人間は異質で異様で────異常であった。
「…………」
発せられるその雰囲気。その身に纏う空気。そして第一に、その表情
『滅戮の暴威』は二つ、憶えている。今まで目にしてきた哀れな餌食たちの、顔を。こちらに殺されるまでに浮かべていた、その表情を。
恐怖か、虚勢。すぐ側にまで迫り来る確実で絶対の死を前に、最期まで怯え切った表情。恐怖を誤魔化す為、または望み極薄の生還を果たす為に己を奮い立たせ無謀な蛮勇を以て立ち向かうその表情────その二つだけが、『滅戮の暴威』の脳裏に刻み込まれている。
だが、しかし。その人間が浮かべているのはどちらでもない。この時、『滅戮の暴威』は初めて知ったのだ────それこそが、何の感情も宿していない、無表情なのだと。
己以外は取るに足りない弱者。矮小でしかない塵芥の屑。『滅戮の暴威』にとってそれが当たり前の認識であり、そしてそれは間違っていない────否、間違っていなかった。
けれど確信する。その認識が、常識は。今や覆されようとしていると。目の前に立っている、この一人の人間によって。
それは度し難いことだった。『滅戮の暴威』にとってそれは許し難いことのはずだった。
……しかし、一体どうしたことか。あの身を焼き心を焦がす怒りは、荒れ狂いながら暴れ狂うあの怒りが。何故か微塵も、僅かたりとも噴き出してくることはない。
それもまた『滅戮の暴威』にとっては初めてのことで、故に戸惑う。この生涯の最中で今初めて、困惑する。
それと同時に、言い知れない感情に揺れ動かされていた。それもまた、『滅戮の暴威』にとっては初めてのこと。
怒涛の如く押し寄せる未知の連続。それもまた『滅戮の暴威』にとっては煩わしいことこの上なく、癪に障って腹立たしさ極まりない。
……が、今だけは違う。今、『滅戮の暴威』を満たしているのは、怒りではない。怒りではない、全く別の何か。それが一体何なのか、『滅戮の暴威』はわからない。知らない。
ただ、確かなのは。今までの生涯の最中で、あれ程までに自らを苛み続けていた怒りが────薄まり出していること。
頭の中を、そして心の中を。余すことなく満たしていたその怒りが、激しく燃え盛る烈火の如き憤怒が。徐々に消えていく。ゆっくりと失われていく。そうしてできた穴と隙間を埋めるように、『滅戮の暴威』が知らないもので満たされていく。
『滅戮の暴威』が戸惑い、困惑する最中。かの人間が、ようやっと動き出した。
「────」
何か言っている。けれど魔物である『滅戮の暴威』には、言葉ではなくただの音としか届かない。
何かしらを言い終えたのだろうその人間は、やがて腰に手を伸ばす。そこに下げられていたのは、一振りの剣。
それには『滅戮の暴威』も見覚えがあった。自分と相対した何人かの人間が持っていた、謂わば自分たちで言うところの爪────即ち、武器。
しかし『滅戮の暴威』にとってそれは、何の役にも立たないもの。何故ならば、今まで例外なく、この身体に傷をつけられたものはないのだから。
故にその剣に対して、特段『滅戮の暴威』が注意を向けることはない。その必要がない────今までであれば、そのはずだった。
生涯の中で今初めて抱いた警戒を、『滅戮の暴威』はその人間だけでなく、その剣にも向ける。そうしなければならないと、野生の本能が訴えていた。
『滅戮の暴威』に余すことなく警戒されながら、しかしそれを大して気にした様子も見せずに、その者は伸ばしたその手で剣の柄を握り。
スッ──そして静かに抜いた。
ゴッ──直後、駆け出した『滅戮の暴威』が開いていた距離を一瞬で詰め終え。抜いたその剣をろくに構える間も与えずに、既に振り上げていた剛腕で以て、人間を吹っ飛ばした。
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