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RESTART──先輩と後輩──

崩壊(その二)

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「自己責任よ?」

「はい」

 クラハとメルネ、二人の会話に耳を傾けつつ。ロックスも受付台カウンターに広げられた依頼書に目を通す。

 その内容を確かめ、メルネが表情を険しく(親しい付き合いがなければまず気づけない)させた理由を即座に理解し、納得すると同時に、ロックスもまた彼女のように嘆息しかけた。

 ──こいつは新手の自殺か?笑えねえな。……ちっとも笑えねえ。

 もし、仮に自分がこれらの依頼クエストを受けるのならば。《S》冒険者ランカーを二人、最低でも《A》冒険者を五人連れて行くだろう。それ以下の実力しか持ち合わせていない冒険者など、何十人いようがいるだけ無駄である。

 そして、こんな依頼クエストを。それもクラハのように複数を単独で受けようなどとは。ロックスは気が狂っても絶対に思いもしない。自殺するにしても、もっと手軽で楽な方法を選ぶ。

 昨日飲んだ安酒による二日酔いが今頃になって出てきたのか、それとも最近募らせてしまっているこの心労に起因するものなのだろうか。

 とにもかくにも、顳顬を刺すような頭痛がロックスを苛む。

「…………はぁ」

 と、その時。自己責任と言いながらも、暗にここは引き返し冷静になって考え直せと。その身を案じるが故の忠告を、無下にするかのようなクラハの即答に対し、メルネは深いため息を吐いて。

 それから不服そうに受付台の依頼書を手に取り。そしてその三枚全てに受理の証である判印を、メルネが半ば投げやりに押し。

「受理するわ」

 それだけ言って、クラハに依頼書を返すのだった。

 その光景を目の当たりにして、ロックスは心中にて乾いた笑いをどうしようもなさそうに溢す。

 ──マジかよ……。

 こればかりはロックスでなくとも、親しい付き合いがなくてもわかるだろう。メルネはクラハに愛想を尽かしたのだと。彼女は彼を突き放したのだと。

 しかし、ロックスには。その態度はこう見えていた。その口調はこう聞こえていた────メルネは諦めた、と。

 もはや自分ではどうすることもできないと、メルネが諦めそう悟ってしまったのだと。

 実際、そんな彼の見解は。見事に的を得ていた。

 ──こうなったら仕方ねえ。いっちょ、一肌脱いでやるとするか。

 そうして今、ロックスが動く。表面上は呆れて愛想を尽かしたように諦めていながらも、その実どうにかしてでもクラハを止めたいと思ってしまって、どうしようもなくなっているメルネの為に。

 そして何よりも──────────










 ある日を境に、クラハとラグナが会話している場面を目にする機会が、露骨に減った。他の誰がそうは思わずとも、ロックスはそうだと思わざるを得なかった。

 聞いた話によれば、ラグナが『大翼の不死鳥フェニシオン』の新人受付嬢として働き始めた三日の間、クラハは冒険者組合ギルドには顔を出さなかったらしい。





『……………ロックスさんには関係ないでしょう。僕も、もうどうだっていい』





 しかし、そんなことはないだろうとロックスは考えている。でなければ、クラハの口からあんな台詞がまず吐き出される訳がない。

 恐らく、クラハは見ていた。見つからないよう、気づかれないよう。ずっと、影から見ていたのだ。

 見守るのではなく、見定める為に。そうした故が末の、あの台詞だったのだろう。

 その言葉が一時の迷いだとか、狂気の類などではなく。心の底からの本音であることを、まるで証明するかのように。

 それから、ラグナに対するクラハの態度は一変した。

 あくまでも冒険者ランカーと受付嬢という、何処か一線を引いた態度を。クラハはラグナの思慮や意思ですら無下に無視して、意固地に取り始めたのだ。



「お、おはよう。クラハ」

「おはようございます」



「ク、クラハ。今日も元気か?なんか変なこととか、あったりしない、のか……?」

「特にないです。……これから依頼クエストに行くので」

「えっ?あ、ああ……そうか。邪魔して、悪かったな……」



 ラグナも最初の頃は健気だった。クラハにどれだけ素っ気なくされようと。どれだけ冷たくあしらわれようとも、めげることなく。

 健気に直向ひたむきに、ラグナなりのやり方で。以前と変わらない様子で、ラグナはクラハと接しようとしていた。

 だが、残酷にも。



「……ラグナさん」



 そのラグナの慮りが────





「止めてください。用もないのに、僕に話しかけるのは。僕は冒険者ランカーで、あなたは受付嬢。依頼以外で話すことなんて、特にない。仕事以上の付き合いだって、必要ない」





 ────報われることはなかった。

 そうして、この言葉が決定打となり。その日から、受付台にでも立たない限り。クラハもラグナも、互いに話すことはなくなった。

 ラグナの心に傷が刻まれた。大きな傷が、深く刻み込まれたのだ。

 果たして、それすらもクラハは承知の上だったのか。

 或いは────それをクラハは望んでいたのだろうか。

 そんなぞっとしないことを、ロックスは思わず考えてしまった。










「クラハ。時に相談なんだが、俺にも行かせてくれよ。その依頼クエスト

 周囲によく聞こえるよう、わざとらしく大きく通る声で。今まさに受付台付近から離れようとしていたクラハに、ロックスが気さくに話しかけた。

「……」

 ロックスに依頼同行の話を突如持ちかけられ、やはり律儀なことにクラハはその場に立ち止まる。

 そんな彼の方に顔を向けつつ、ロックスは。まるで確かめるように、一瞬だけ視線をにやった。

 ──……なるほど。

 その視線の先にいたのは────ラグナである。今、ラグナは黙々とテーブルを拭いており。しかし、ロックスは既に気づいていた。

 クラハが広間ホールに足を踏み入れた、その時から。彼が依頼表クエストボードに赴き、依頼書を持ってメルネが立つ受付台に向かうまでに。

 テーブルを拭きつつ、チラチラと。いじらしくも、クラハの様子を窺っていたことを。

 確かに、クラハに言われて以来、無闇矢鱈にラグナが彼に話しかけることはなくなった。だからといって、それはラグナが彼に失望した訳でも、見放した訳でもない。

 クラハが止めろと言うから、止めただけ。クラハがするなと言うから、しないだけ。

 そして、ロックスは確信している。

 ラグナがクラハに対して失望することも、ましてや見放すはずがないと。

 故にロックスは行動に移す────否、

「まあこいつは真面目な話……死ぬぞ。クラハ」

 死ぬ、という部分だけ露骨に語気を強めて。クラハにそう言いながらも、ロックスは見逃さなかった。

 その瞬間、ラグナの肩がビクリと跳ね。テーブルを拭くその手が、止まったことを。

 ──さて、こっからはお前次第だぞ……ラグナ。

 と、口には出さず心の中でラグナのことを激励し。そこから、ロックスはラグナに意識を割くのを止めた。

「報酬も一割程度でいい。なんなら全部お前にくれてやるよ。まあ、あれだな。こいつは俺なりの無償奉仕ボランティアだ」

「……」

「悪い話じゃあないだろ?お前は必要以上に命を賭けなくてもよくなる。そんでもって楽しながら金儲けもできちまう。どうだ?」

「…………」

 依然として、クラハはその口を閉ざし、黙り込んだままで。一体何を考えているのかを汲み取ろうにも、その無表情からではそれも難しい。

 そのことに苦心しながらも、しかしロックスは根気強く粘る。

「おいおいなんだよ。別に怪しいことは企んじゃいねえよ。俺とお前の仲だろ?そう警戒すんなって」

 が、ロックスの思いも虚しく。クラハは押し黙ったまま、彼の提案に一向に頷こうとしない。

 ──……拙いな。

 と、ロックスがそう思ったのも束の間。今の今まで押し黙っていたクラハが不意に口を開いた。

「折角の御厚意ですが、すみません」

 クラハの言葉は、大方ロックスの予想通りだった。渋い表情が浮かびそうになるを堪えて、ロックスはクラハに食い下がる。

「まあまあそう言うなって。人の厚意は遠慮せず、素直に受け取っとくのが上手い処世術だぜ?クラハ」

「…………すみません」

 だがクラハも譲らない。こちらとの同行を避けたいというその意思は、ロックスが予想していた数倍程は固く。これは簡単には曲げられそうにないな、と。ロックスは内心草臥くたびれる。

 しかし、それでも。ロックスはまだ引き下がる訳にはいかない。

「ったく、しょうがねえな……まあ聞けよクラハ。俺はな、こんな手前テメェの命投げ捨てるような真似なんざ、してもらいたくないんだよ」

 なので、ここで切り札を切ることにした。……とは言っても、クラハの心を動かす為の、策謀の言葉などではなく。それは紛うことなきロックスの本音ではあるのだが。

「お前が何考えて、どういう結論出して、こんなことしてんのかは知らん。けどな、こればっかりは言わせてもらうぞ」

 そこでロックスは確かな口調で、力強くクラハに告げた。

「死のうとするな、クラハ」

「……」

 余計な飾り気など何一つとしてない、ありのままの。ロックスの言葉だったが────





「すみません」





 ────それがクラハに届くことは、なかった。

「……そうかい」

 こうなってしまえば、もはやロックスに打つ手はない。故にもう、引き下がるしかない。

 けれど、ロックスは

 ──後はお前だ。頼むぞ、ラグナ……!

 そう、ロックスが祈るように心の中で呟くのと。ほぼ、同時のことだった。





「ちょ、ちょっと……その、いいか……?」





 そこでようやく、ロックスが待ち望んでいた声が聞こえた。
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