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RESTART──先輩と後輩──
懐疑
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「…………」
メルネに一方的に別れを告げ、来賓室から離れたクラハ。独り、彼は廊下を歩き進んでいく。
誰かに呼び止められることはおろか、誰ともすれ違うこともなく。故に何の滞りなく、クラハはあっという間に『大翼の不死鳥』の広間へと戻ることができた。
つい先程と同じく、広間は相も変わらず忙しくなく、喧しく、騒がしい。
「……」
クラハにとって、別に見るのも初めてではないその景色、光景────が、今だけはどうしようもない程無性に、苛立たしい。頭の中を掻き回されるようで、とてもではないが堪えられたものではない。
だから、すぐさまこの場からも離れようと。クラハは歩みをまた、足早に再開させる。
広間に入った時と同様、今この場にいる誰もが気づけないままに。『大翼の不死鳥』を後にする為、クラハが広間から出て行く────
「おいおい。俺に挨拶もしないで出るつもりかよ?なあ、クラハよぉ」
────その直前、出口に一番近い席に座る男が声をかけ、彼のことを呼び止めた。
声をかけられ、呼び止められたことで。メルネの時と同じように、やはり律儀にもその場でクラハは立ち止まる。そして、ゆっくりと声がした方に顔を向ける。
その席に座っている男の顔を目で見て確認し、クラハが口を開く。
「……すみません。気がつきませんでした、ロックスさん」
と、クラハにそう謝られて。その男────冒険隊『夜明けの陽』の隊員の一人、ロックス=ガンヴィルが仕方なさそうな苦笑を浮かべるのであった。
「気がつきませんでした、って……俺ぁ、そんなに影薄かねえぞってな。まあ別にいいけどよ」
「では僕はこれで」
と、即座に。冷淡にそう言って。今すぐにでもこの場から離れようと、出口を抜けようとするクラハ。そんな彼にまたしてもロックスは慌てて声をかけ、呼び止めようと試みる。
「お、おい!だからちょっと待てって!クラハ!!」
「…………はい」
ロックスに呼び止められ、再度その場に立ち止まるクラハ。そんな彼の様子に流石のロックスも浮かべていたその苦笑から一転、真剣な表情となって。表情と同じく真面目な声色で訊ねる。
「一体何があった。クラハ、お前……どうしたってそんな、死人よか酷え面晒してんだ」
「……死人…………」
ロックスにそう言われ、クラハが呆然とそれだけ呟く。その声音も口調も、まるで何処かの他人事のようで。実際、クラハにとってはそうだったのかもしれない、と。ロックスは思わざるを得ない。
しかし、それはとんだ勘違いであったことを。すぐさま、ロックスは思い知らされる。
「……いっそのこと死んでしまえたのなら、どれだけ良かったんだろう……」
一瞬、聞き間違いかと。自分の耳を疑い、それが事実かどうかを確かめる為に、即座にロックスは再度クラハに訊ねる。
「は?クラハ、今何言って……」
が、それに対してクラハが言葉を返すことはなく。無視したまま、今度こそ『大翼の不死鳥』を後にしようと、扉に手を押し当て、そのまま開く──────────
「ラグナはどうした。何だって今日は一緒じゃねえんだ」
──────────その寸前、ロックスにそう言われ。瞬間、クラハが固まった。
「……………ロックスさんには関係ないでしょう。僕も、もうどうだっていい」
そして数秒の間を挟んで、クラハはロックスにそう言うのだった。
「おいッ!!」
が、その言葉を。よりにもよってクラハ当人から聞いてしまっては、平気でいられるロックスではなく。堪らず声を荒げ、テーブルを蹴飛ばす勢いで彼は椅子から思い切り立ち上がる。そしてその場から駆け出そうとした、その時のことだった。
「どうだっていい?どうだっていいって、言ったなあ?確かにそう言ったよなあ、クラハぁ!?」
という声が、ロックスの背後から喧しくも広間に響き渡った。
──ああ!?誰だ……!?
声の主を確かめるべく、ロックスは視線だけ背後にやる。……その声の主を見つけるのに、そう大して時間は取られなかった。
──あいつは確か……ロンベルの野郎か。よりにもよって、また七面倒な奴が……。
そうぼやくロックスの背後に立っていたのは、ロンベル=ハウザーという名の男。彼もまた『大翼の不死鳥』に所属する冒険者で、そのランクも《A》という、優秀な部類に当たる。
……しかし、優秀ではあるもののその素行はお世辞にも良いとは言えず。大酒飲みで、よく女性絡みの問題を引き起こしていた。
辟易せずにはいられないロックスのことなど眼中にも入れず、ロンベルは依然喧しい声量で、まるで怒鳴り散らすように。周囲の視線を気にも留めずに叫ぶ。
「そんじゃあ好きにしても構わねえってことだよなあ!お前は文句ねえってことだよなあ!!我らが『大翼の不死鳥』の、期待の新人受付嬢……ラグナちゃんを俺の好きにしたって、よおッ!?」
と、無遠慮かつ不潔極まりなくも、薄ら汚い唾と共に。己の下卑た欲望を少しも包み隠そうともせず、叫び撒き散らすロンベル。そんな彼に対し、ロックスは眉を顰めざるを得なかった。
──何ふざけたこと抜かしてやがんだこの野郎が……!
そして腹の奥底から煮え滾る怒りをロックスは────クラハにも向けた。
──そんでもって、こんな野郎にこんなこと言わせやがってよぉ……クラハよぉ……ッ!!
クラハとラグナの間に起きたことを、ロックスはまだ知らない。知らないが故の、その義憤を彼は抱き。
「はっはあ!いんやぁ今から楽しみだぜえ……あの生意気な乳、俺のこの手でどう弄ったもんかな……!」
「ロ、ロンベルさん……流石に拙いですって。ラグナさんに対してそんなこと言っちゃあ拙いですって……っ」
「ああッ!?んだおめぇ……俺に意見するって、かぁ!?」
「へ……?べぇげぇ、え゛ッ」
その矛先をまずはロンベルに向ける。己の発言が如何に下劣で下衆で、最低最悪であるかを全く自覚せずに。
その上彼の今後を案じ、わざわざ注意してくれた者を。同じ冒険者組合に所属する仲間を。何の躊躇いもなく平気で殴り飛ばす彼に、その鋭き切先を真っ直ぐ突きつける。
──けどまあ、まずぁ先にこいつを〆なきゃなあ……!!
そして話は全てそれか、と。ロックスが動く────その直前のこと。
「第一ラグナさんラグナさんってなあ……あんな乳と尻だけのあんなガキが、ブレイズさんな訳ねえだろうが馬鹿が。デマ、デマなんだよどうせよ。何の為だかは知らねえし知る気もねえけど、天下の『世界冒険者組合』サマが言いふらした大嘘だ、どうせな。あのガキだって『世界冒険者組合』が用意したブレイズさんの影武者か何か────
バキャッ──瞬間、突如として床が割れ砕ける音がした。
────ぶご、げがあっ?!」
それとほぼ同時に、ロンベルの間の抜けた、しかし苦しげな悲鳴が。喧しく、広間に響き渡った。
「……な、んだと……!?」
その時目の当たりにした光景を、恐らく生涯────は言い過ぎだろうが。しかし、当分の間は忘れられないだろうと。慄きながらにロックスはそう確信する。否、させられた。
つい先程まで『大翼の不死鳥』の出入口たる扉の前に、さらに言うのならばロックスの背後に立っていたはずの。
クラハ、が。その片手で以てロンベルの顔を掴み、そして────彼を広間の床に叩き伏せていた。
「ぐべあ、ごろ、ず……ごろ゛じで、やる゛……ぞッ」
ロンベルはクラハの一回りはおろか、二回りはその背丈を越す巨漢である。そんな彼は今、二回りも小さいクラハによって。ろくな抵抗も許されず、床に叩きつけられ、不甲斐なく押さえられてしまっている。
無論、こんなことを、それもこのような衆目の面前でされて。それで黙っていられるようなロンベルではなく。彼はせめてもの抵抗となけなしの意地を振り絞り、剥き出しにした殺意を丸出しに。躊躇いもなくそれをクラハへとぶつけてみせる。
だがしかし、もはやそんな程度のものでは。今のクラハは僅かにも恐れることもなければ、当然のように怯えもしない。
「少しでも手を出してみろ。ロンベルさん」
と、その言葉だけ聞けば至極冷静そうに。けれどその行動は誰が側からどう見ても、激情に駆られ突き動かされたのだろうクラハが。
そっと静かに、聴いた者全員が身の毛もよだつ程に低い声で、自らが取り押さえているロンベルに告げる。
「その時は、遠慮も容赦もしない……!!」
ミシ──そしてそれとほぼ同時に、何かが。軋んではいけない何かが、鈍く軋んだような音が小さいながらにした。
「ぎあ、っえ」
直後、まるで轢き潰された小型の魔物のような。そんな情けない悲鳴をロンベルが漏らし。彼のすぐ下にある床が僅かに凹んで。瞬間、即座にロックスが叫んでいた。
「止めろクラハッ!もういいやり過ぎだ!」
あくまでも今はまだ脅しのつもりで、元々本気でそうするつもりはなかったのか。それとも、ロックスに言われたからか。
「……」
驚く程素直に、あっさりとクラハは引き下がった。
クラハの手が離れたロンベルの顳顬には、はっきりと彼の五指の跡が残されており。その上、若干陥没もしていた。
ちなみに先程悲鳴を上げたばかりのロンベルだったが、今はもう気絶してしまっている。
己がすぐ目の前で起きた出来事に、広間にいる『大翼の不死鳥』の冒険者たちは唖然とする他になく。それを気にする様子を少しも見せずに、クラハはその最中を通り抜けていく。
そうして最後まで平然としたままに、まるで何事もなかったかのように。クラハは改めて『大翼の不死鳥』の扉の前に立ち、今度こそ押し開けて、そのまま出て行った。
クラハを送り出した扉はゆっくりと閉ざされ、完全に閉じたその時。未だに多くの者が唖然とし、その皆が恐れ慄くように押し黙る中。
唯一、あの場面。表面上はクラハを制することができたロックスだけが、その口を開かせることができた。
「お前、か……?本当にクラハだったのか、お前は……?」
しかし、そんな彼でさえも。戦慄し、僅かにとはいえその声を震わせずにはいられなかった。
メルネに一方的に別れを告げ、来賓室から離れたクラハ。独り、彼は廊下を歩き進んでいく。
誰かに呼び止められることはおろか、誰ともすれ違うこともなく。故に何の滞りなく、クラハはあっという間に『大翼の不死鳥』の広間へと戻ることができた。
つい先程と同じく、広間は相も変わらず忙しくなく、喧しく、騒がしい。
「……」
クラハにとって、別に見るのも初めてではないその景色、光景────が、今だけはどうしようもない程無性に、苛立たしい。頭の中を掻き回されるようで、とてもではないが堪えられたものではない。
だから、すぐさまこの場からも離れようと。クラハは歩みをまた、足早に再開させる。
広間に入った時と同様、今この場にいる誰もが気づけないままに。『大翼の不死鳥』を後にする為、クラハが広間から出て行く────
「おいおい。俺に挨拶もしないで出るつもりかよ?なあ、クラハよぉ」
────その直前、出口に一番近い席に座る男が声をかけ、彼のことを呼び止めた。
声をかけられ、呼び止められたことで。メルネの時と同じように、やはり律儀にもその場でクラハは立ち止まる。そして、ゆっくりと声がした方に顔を向ける。
その席に座っている男の顔を目で見て確認し、クラハが口を開く。
「……すみません。気がつきませんでした、ロックスさん」
と、クラハにそう謝られて。その男────冒険隊『夜明けの陽』の隊員の一人、ロックス=ガンヴィルが仕方なさそうな苦笑を浮かべるのであった。
「気がつきませんでした、って……俺ぁ、そんなに影薄かねえぞってな。まあ別にいいけどよ」
「では僕はこれで」
と、即座に。冷淡にそう言って。今すぐにでもこの場から離れようと、出口を抜けようとするクラハ。そんな彼にまたしてもロックスは慌てて声をかけ、呼び止めようと試みる。
「お、おい!だからちょっと待てって!クラハ!!」
「…………はい」
ロックスに呼び止められ、再度その場に立ち止まるクラハ。そんな彼の様子に流石のロックスも浮かべていたその苦笑から一転、真剣な表情となって。表情と同じく真面目な声色で訊ねる。
「一体何があった。クラハ、お前……どうしたってそんな、死人よか酷え面晒してんだ」
「……死人…………」
ロックスにそう言われ、クラハが呆然とそれだけ呟く。その声音も口調も、まるで何処かの他人事のようで。実際、クラハにとってはそうだったのかもしれない、と。ロックスは思わざるを得ない。
しかし、それはとんだ勘違いであったことを。すぐさま、ロックスは思い知らされる。
「……いっそのこと死んでしまえたのなら、どれだけ良かったんだろう……」
一瞬、聞き間違いかと。自分の耳を疑い、それが事実かどうかを確かめる為に、即座にロックスは再度クラハに訊ねる。
「は?クラハ、今何言って……」
が、それに対してクラハが言葉を返すことはなく。無視したまま、今度こそ『大翼の不死鳥』を後にしようと、扉に手を押し当て、そのまま開く──────────
「ラグナはどうした。何だって今日は一緒じゃねえんだ」
──────────その寸前、ロックスにそう言われ。瞬間、クラハが固まった。
「……………ロックスさんには関係ないでしょう。僕も、もうどうだっていい」
そして数秒の間を挟んで、クラハはロックスにそう言うのだった。
「おいッ!!」
が、その言葉を。よりにもよってクラハ当人から聞いてしまっては、平気でいられるロックスではなく。堪らず声を荒げ、テーブルを蹴飛ばす勢いで彼は椅子から思い切り立ち上がる。そしてその場から駆け出そうとした、その時のことだった。
「どうだっていい?どうだっていいって、言ったなあ?確かにそう言ったよなあ、クラハぁ!?」
という声が、ロックスの背後から喧しくも広間に響き渡った。
──ああ!?誰だ……!?
声の主を確かめるべく、ロックスは視線だけ背後にやる。……その声の主を見つけるのに、そう大して時間は取られなかった。
──あいつは確か……ロンベルの野郎か。よりにもよって、また七面倒な奴が……。
そうぼやくロックスの背後に立っていたのは、ロンベル=ハウザーという名の男。彼もまた『大翼の不死鳥』に所属する冒険者で、そのランクも《A》という、優秀な部類に当たる。
……しかし、優秀ではあるもののその素行はお世辞にも良いとは言えず。大酒飲みで、よく女性絡みの問題を引き起こしていた。
辟易せずにはいられないロックスのことなど眼中にも入れず、ロンベルは依然喧しい声量で、まるで怒鳴り散らすように。周囲の視線を気にも留めずに叫ぶ。
「そんじゃあ好きにしても構わねえってことだよなあ!お前は文句ねえってことだよなあ!!我らが『大翼の不死鳥』の、期待の新人受付嬢……ラグナちゃんを俺の好きにしたって、よおッ!?」
と、無遠慮かつ不潔極まりなくも、薄ら汚い唾と共に。己の下卑た欲望を少しも包み隠そうともせず、叫び撒き散らすロンベル。そんな彼に対し、ロックスは眉を顰めざるを得なかった。
──何ふざけたこと抜かしてやがんだこの野郎が……!
そして腹の奥底から煮え滾る怒りをロックスは────クラハにも向けた。
──そんでもって、こんな野郎にこんなこと言わせやがってよぉ……クラハよぉ……ッ!!
クラハとラグナの間に起きたことを、ロックスはまだ知らない。知らないが故の、その義憤を彼は抱き。
「はっはあ!いんやぁ今から楽しみだぜえ……あの生意気な乳、俺のこの手でどう弄ったもんかな……!」
「ロ、ロンベルさん……流石に拙いですって。ラグナさんに対してそんなこと言っちゃあ拙いですって……っ」
「ああッ!?んだおめぇ……俺に意見するって、かぁ!?」
「へ……?べぇげぇ、え゛ッ」
その矛先をまずはロンベルに向ける。己の発言が如何に下劣で下衆で、最低最悪であるかを全く自覚せずに。
その上彼の今後を案じ、わざわざ注意してくれた者を。同じ冒険者組合に所属する仲間を。何の躊躇いもなく平気で殴り飛ばす彼に、その鋭き切先を真っ直ぐ突きつける。
──けどまあ、まずぁ先にこいつを〆なきゃなあ……!!
そして話は全てそれか、と。ロックスが動く────その直前のこと。
「第一ラグナさんラグナさんってなあ……あんな乳と尻だけのあんなガキが、ブレイズさんな訳ねえだろうが馬鹿が。デマ、デマなんだよどうせよ。何の為だかは知らねえし知る気もねえけど、天下の『世界冒険者組合』サマが言いふらした大嘘だ、どうせな。あのガキだって『世界冒険者組合』が用意したブレイズさんの影武者か何か────
バキャッ──瞬間、突如として床が割れ砕ける音がした。
────ぶご、げがあっ?!」
それとほぼ同時に、ロンベルの間の抜けた、しかし苦しげな悲鳴が。喧しく、広間に響き渡った。
「……な、んだと……!?」
その時目の当たりにした光景を、恐らく生涯────は言い過ぎだろうが。しかし、当分の間は忘れられないだろうと。慄きながらにロックスはそう確信する。否、させられた。
つい先程まで『大翼の不死鳥』の出入口たる扉の前に、さらに言うのならばロックスの背後に立っていたはずの。
クラハ、が。その片手で以てロンベルの顔を掴み、そして────彼を広間の床に叩き伏せていた。
「ぐべあ、ごろ、ず……ごろ゛じで、やる゛……ぞッ」
ロンベルはクラハの一回りはおろか、二回りはその背丈を越す巨漢である。そんな彼は今、二回りも小さいクラハによって。ろくな抵抗も許されず、床に叩きつけられ、不甲斐なく押さえられてしまっている。
無論、こんなことを、それもこのような衆目の面前でされて。それで黙っていられるようなロンベルではなく。彼はせめてもの抵抗となけなしの意地を振り絞り、剥き出しにした殺意を丸出しに。躊躇いもなくそれをクラハへとぶつけてみせる。
だがしかし、もはやそんな程度のものでは。今のクラハは僅かにも恐れることもなければ、当然のように怯えもしない。
「少しでも手を出してみろ。ロンベルさん」
と、その言葉だけ聞けば至極冷静そうに。けれどその行動は誰が側からどう見ても、激情に駆られ突き動かされたのだろうクラハが。
そっと静かに、聴いた者全員が身の毛もよだつ程に低い声で、自らが取り押さえているロンベルに告げる。
「その時は、遠慮も容赦もしない……!!」
ミシ──そしてそれとほぼ同時に、何かが。軋んではいけない何かが、鈍く軋んだような音が小さいながらにした。
「ぎあ、っえ」
直後、まるで轢き潰された小型の魔物のような。そんな情けない悲鳴をロンベルが漏らし。彼のすぐ下にある床が僅かに凹んで。瞬間、即座にロックスが叫んでいた。
「止めろクラハッ!もういいやり過ぎだ!」
あくまでも今はまだ脅しのつもりで、元々本気でそうするつもりはなかったのか。それとも、ロックスに言われたからか。
「……」
驚く程素直に、あっさりとクラハは引き下がった。
クラハの手が離れたロンベルの顳顬には、はっきりと彼の五指の跡が残されており。その上、若干陥没もしていた。
ちなみに先程悲鳴を上げたばかりのロンベルだったが、今はもう気絶してしまっている。
己がすぐ目の前で起きた出来事に、広間にいる『大翼の不死鳥』の冒険者たちは唖然とする他になく。それを気にする様子を少しも見せずに、クラハはその最中を通り抜けていく。
そうして最後まで平然としたままに、まるで何事もなかったかのように。クラハは改めて『大翼の不死鳥』の扉の前に立ち、今度こそ押し開けて、そのまま出て行った。
クラハを送り出した扉はゆっくりと閉ざされ、完全に閉じたその時。未だに多くの者が唖然とし、その皆が恐れ慄くように押し黙る中。
唯一、あの場面。表面上はクラハを制することができたロックスだけが、その口を開かせることができた。
「お前、か……?本当にクラハだったのか、お前は……?」
しかし、そんな彼でさえも。戦慄し、僅かにとはいえその声を震わせずにはいられなかった。
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