123 / 444
RESTART──先輩と後輩──
資格
しおりを挟む
「話がしたいからです。……ラグナさんと」
その言葉を聞いた瞬間、直感した────否、嫌な予感がした。それはいけない、させてはならないと。メルネの何かが彼女に知らせていた。
冒険者の勘か。それとも女の勘か。或いは、その両方共か。とにもかくにも、今ラグナとクラハを話し合わせてはならない。どころか、一緒にするのですら駄目な気がしてならない。
──……だけど。
その嫌な予感を他所に、メルネは言う。
「貴方が先輩って呼ばずに名前で呼ぶの、いつ以来になるのかしらね。ラグナのこと」
「……」
クラハは何も言わない。口を開かず、ただ黙ってこちらを見るだけだ。
クラハの瞳は漆黒で満たされていた。重く、昏い闇が其処には広がっていた。それは眼差しにも表れていて、彼が今どんなことを考え、そしてどう思っているのか。全く以て、読み取れない。
そもそも、クラハは一体ラグナと何を話すつもりなのだろうか。それがどうにもわからないのが不安で、メルネはとにかく怖かった。
周囲の日常通りの騒めきの最中、メルネとクラハの二人の間だけには、沈黙から成る静寂が流れている。側からすれば浮き世離れした、異常な空間が広がっているのだが。不思議なことに────いや、不自然なことに誰も気づかない。
しかし、それは無理もないだろう。何故ならば、初めから今に至るまで────メルネとラグナを除く、この場にいる誰もが皆、クラハが『大翼の不死鳥』の広間へ入ったことに気がついていないのだから。
そう、クラハと入れ違いになったあの冒険隊の面々ですら。
誰もが気がつけず、故に日常通りでいられる『大翼の不死鳥』の冒険者たちを横目に。口を噤んでいたクラハが、またしても不意にその口を開かせた。
「少しでいいです。ラグナさんとの時間、僕にください」
……その台詞を馬鹿正直に、ただ表面的に捉えれば。嘸かし情熱的で、ロマンスに満ち溢れていた。が、生憎メルネはそこまで能天気ではないし、今はそう楽観的に思えなかった。
──話……今のクラハが、今のラグナと……。
白状してしまえば、させたくはない。もうこれ以上、妙な刺激をラグナには与えたくない。
クラハの言葉にはすぐに答えず、メルネはラグナの方へ視線をやる。クラハとて先程そうしたのだから、メルネがそうしたところでこちらが気にする道理はない。
ラグナはまだ冒険者の対応をしていた。しかし、丁度終わるところだったようだ。その冒険者に対しても、ラグナは笑顔を贈る。
あの駆け出し冒険者の時も。あの冒険隊の時も。同じ笑顔を浮かべていた。……が、メルネにはわかる。その笑顔に隠された、固苦しいぎこちなさが。
幸い、その冒険者がそれに気づくことはなく。ラグナに見送られて『大翼の不死鳥』を発った。
冒険者の背中が遠去かり、そして見えなくなるその時まで。笑顔のままでいたラグナだったが、それが翳り曇るのに時間はかからなかった。
そして、困ったように。気不味そうにラグナはこちらの方を一瞥する。さらに詳しく言うのであれば、クラハの方を。
メルネと同じく、クラハの気配と進入に気づけたラグナ。だがそれはある意味当然とも言える。何故ならば二人の間柄はただの知人同士以上で、同じ冒険者組合に所属する冒険者以上の。謂わば師弟とも言い換えられる、先輩と後輩なのだから。
……まあ話に聞いた限りでは、ラグナがクラハのことを半ば無理矢理に後輩にしたらしいのだが。
それはともかく。なので、ラグナが気づかないはずがない。気づけない訳がないのである。そして普段であれば、日常通りであったのならば、二人はまず挨拶を交わし。そうしてラグナがほぼほぼ強引に自らが受けた依頼にクラハを付き合わせる────が。
今や、そうではない。メルネがそうであるように。クラハがそうであるように。
ラグナもまた、普段通りでもなければ日常通りでもないのだから。
一瞥をくれたラグナは、それだけに留めて。もしくはこちらが何やら話し込んでいると──事実その通りだが──思ってか。すぐさま誤魔化すように、受付台の裏に隠されながら重ねられていた、既に達成された依頼書の確認を始めた。
その様を目の当たりにして、メルネは胸を締めつけられるような息苦しさを覚える。
──……どうすれば、いいの?
もしここに鏡があったのなら、そこにはもれなく苦虫を噛み潰したかのような顔が映り込んでいたのだろう。
今この時、自らが取るべき選択がわからず。苦心し懊悩するメルネの脳裏で。
『うっっっさいッ!!…………メルネは、関係ねえから……!』
不意に、この言葉が生々しく残響した。
「…………」
黙り込むメルネ。だが、そんな彼女に対してクラハが返事を催促することはなく。そのまま互いに無言の時間が流れていく。
ここに来て黙り込んでしまったメルネであるが、この最中に彼女は呆然と思い出していた。
『今の俺って、一体何なんだ……?』
『あんなこと、クラハだけには言われたくなかったぁぁぁぁ……っ!』
『何か、あんのかな。今の俺ができることって、なんだろうな』
──…………そういえば、そうだったんじゃないの。
その瞬間に、メルネは諦めるように悟っていた。
今のクラハに今のラグナと話をさせたくない。互いに面向かって話し合わせたくなどない。そう、メルネは思っていた。
だが、彼女はそのラグナの記憶を思い出すと同時に。自らにそう思う資格がないことも、思い出した。
自分は何なのか。自分ができることは何なのか。思いに思い詰めて、悩みに悩み抜いて。その末に繰り出された、ラグナの苦悶に満ち溢れた疑問。
それに対し、メルネは救えなかった。
そればかりか──────────
『じゃあ……『大翼の不死鳥』の受付嬢、やってみる?』
──────────取り返しのつかない間違いを、押しつけた。
故に甘くて、狡いだけの女。そんな女にどうこう────否、どうこうできるできない以前に。どうこうする資格など、とうの最初からなかったのである。
「わかった」
であれば、もう委ねるべきだろう。ここはもう、譲るべきなのだろう。
思考停止と蔑まれても。責任放棄と罵られても。他力本願と呆れられても。
そうすることが、正しいというのなら。
「来賓室で待ってて頂戴。……ラグナとの時間、用意するから」
であればもう、そうすべきなのだ。
その言葉を聞いた瞬間、直感した────否、嫌な予感がした。それはいけない、させてはならないと。メルネの何かが彼女に知らせていた。
冒険者の勘か。それとも女の勘か。或いは、その両方共か。とにもかくにも、今ラグナとクラハを話し合わせてはならない。どころか、一緒にするのですら駄目な気がしてならない。
──……だけど。
その嫌な予感を他所に、メルネは言う。
「貴方が先輩って呼ばずに名前で呼ぶの、いつ以来になるのかしらね。ラグナのこと」
「……」
クラハは何も言わない。口を開かず、ただ黙ってこちらを見るだけだ。
クラハの瞳は漆黒で満たされていた。重く、昏い闇が其処には広がっていた。それは眼差しにも表れていて、彼が今どんなことを考え、そしてどう思っているのか。全く以て、読み取れない。
そもそも、クラハは一体ラグナと何を話すつもりなのだろうか。それがどうにもわからないのが不安で、メルネはとにかく怖かった。
周囲の日常通りの騒めきの最中、メルネとクラハの二人の間だけには、沈黙から成る静寂が流れている。側からすれば浮き世離れした、異常な空間が広がっているのだが。不思議なことに────いや、不自然なことに誰も気づかない。
しかし、それは無理もないだろう。何故ならば、初めから今に至るまで────メルネとラグナを除く、この場にいる誰もが皆、クラハが『大翼の不死鳥』の広間へ入ったことに気がついていないのだから。
そう、クラハと入れ違いになったあの冒険隊の面々ですら。
誰もが気がつけず、故に日常通りでいられる『大翼の不死鳥』の冒険者たちを横目に。口を噤んでいたクラハが、またしても不意にその口を開かせた。
「少しでいいです。ラグナさんとの時間、僕にください」
……その台詞を馬鹿正直に、ただ表面的に捉えれば。嘸かし情熱的で、ロマンスに満ち溢れていた。が、生憎メルネはそこまで能天気ではないし、今はそう楽観的に思えなかった。
──話……今のクラハが、今のラグナと……。
白状してしまえば、させたくはない。もうこれ以上、妙な刺激をラグナには与えたくない。
クラハの言葉にはすぐに答えず、メルネはラグナの方へ視線をやる。クラハとて先程そうしたのだから、メルネがそうしたところでこちらが気にする道理はない。
ラグナはまだ冒険者の対応をしていた。しかし、丁度終わるところだったようだ。その冒険者に対しても、ラグナは笑顔を贈る。
あの駆け出し冒険者の時も。あの冒険隊の時も。同じ笑顔を浮かべていた。……が、メルネにはわかる。その笑顔に隠された、固苦しいぎこちなさが。
幸い、その冒険者がそれに気づくことはなく。ラグナに見送られて『大翼の不死鳥』を発った。
冒険者の背中が遠去かり、そして見えなくなるその時まで。笑顔のままでいたラグナだったが、それが翳り曇るのに時間はかからなかった。
そして、困ったように。気不味そうにラグナはこちらの方を一瞥する。さらに詳しく言うのであれば、クラハの方を。
メルネと同じく、クラハの気配と進入に気づけたラグナ。だがそれはある意味当然とも言える。何故ならば二人の間柄はただの知人同士以上で、同じ冒険者組合に所属する冒険者以上の。謂わば師弟とも言い換えられる、先輩と後輩なのだから。
……まあ話に聞いた限りでは、ラグナがクラハのことを半ば無理矢理に後輩にしたらしいのだが。
それはともかく。なので、ラグナが気づかないはずがない。気づけない訳がないのである。そして普段であれば、日常通りであったのならば、二人はまず挨拶を交わし。そうしてラグナがほぼほぼ強引に自らが受けた依頼にクラハを付き合わせる────が。
今や、そうではない。メルネがそうであるように。クラハがそうであるように。
ラグナもまた、普段通りでもなければ日常通りでもないのだから。
一瞥をくれたラグナは、それだけに留めて。もしくはこちらが何やら話し込んでいると──事実その通りだが──思ってか。すぐさま誤魔化すように、受付台の裏に隠されながら重ねられていた、既に達成された依頼書の確認を始めた。
その様を目の当たりにして、メルネは胸を締めつけられるような息苦しさを覚える。
──……どうすれば、いいの?
もしここに鏡があったのなら、そこにはもれなく苦虫を噛み潰したかのような顔が映り込んでいたのだろう。
今この時、自らが取るべき選択がわからず。苦心し懊悩するメルネの脳裏で。
『うっっっさいッ!!…………メルネは、関係ねえから……!』
不意に、この言葉が生々しく残響した。
「…………」
黙り込むメルネ。だが、そんな彼女に対してクラハが返事を催促することはなく。そのまま互いに無言の時間が流れていく。
ここに来て黙り込んでしまったメルネであるが、この最中に彼女は呆然と思い出していた。
『今の俺って、一体何なんだ……?』
『あんなこと、クラハだけには言われたくなかったぁぁぁぁ……っ!』
『何か、あんのかな。今の俺ができることって、なんだろうな』
──…………そういえば、そうだったんじゃないの。
その瞬間に、メルネは諦めるように悟っていた。
今のクラハに今のラグナと話をさせたくない。互いに面向かって話し合わせたくなどない。そう、メルネは思っていた。
だが、彼女はそのラグナの記憶を思い出すと同時に。自らにそう思う資格がないことも、思い出した。
自分は何なのか。自分ができることは何なのか。思いに思い詰めて、悩みに悩み抜いて。その末に繰り出された、ラグナの苦悶に満ち溢れた疑問。
それに対し、メルネは救えなかった。
そればかりか──────────
『じゃあ……『大翼の不死鳥』の受付嬢、やってみる?』
──────────取り返しのつかない間違いを、押しつけた。
故に甘くて、狡いだけの女。そんな女にどうこう────否、どうこうできるできない以前に。どうこうする資格など、とうの最初からなかったのである。
「わかった」
であれば、もう委ねるべきだろう。ここはもう、譲るべきなのだろう。
思考停止と蔑まれても。責任放棄と罵られても。他力本願と呆れられても。
そうすることが、正しいというのなら。
「来賓室で待ってて頂戴。……ラグナとの時間、用意するから」
であればもう、そうすべきなのだ。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
一般トレジャーハンターの俺が最強の魔王を仲間に入れたら世界が敵になったんだけど……どうしよ?
大好き丸
ファンタジー
天上魔界「イイルクオン」
世界は大きく分けて二つの勢力が存在する。
”人類”と”魔族”
生存圏を争って日夜争いを続けている。
しかしそんな中、戦争に背を向け、ただひたすらに宝を追い求める男がいた。
トレジャーハンターその名はラルフ。
夢とロマンを求め、日夜、洞窟や遺跡に潜る。
そこで出会った未知との遭遇はラルフの人生の大きな転換期となり世界が動く
欺瞞、裏切り、秩序の崩壊、
世界の均衡が崩れた時、終焉を迎える。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
エデンワールド〜退屈を紛らわせるために戦っていたら、勝手に英雄視されていた件〜
ラリックマ
ファンタジー
「簡単なあらすじ」
死んだら本当に死ぬ仮想世界で戦闘狂の主人公がもてはやされる話です。
「ちゃんとしたあらすじ」
西暦2022年。科学力の進歩により、人々は新たなるステージである仮想現実の世界に身を移していた。食事も必要ない。怪我や病気にもかからない。めんどくさいことは全てAIがやってくれる。
そんな楽園のような世界に生きる人々は、いつしか働くことを放棄し、怠け者ばかりになってしまっていた。
本作の主人公である三木彼方は、そんな仮想世界に嫌気がさしていた。AIが管理してくれる世界で、ただ何もせず娯楽のみに興じる人類はなぜ生きているのだろうと、自らの生きる意味を考えるようになる。
退屈な世界、何か生きがいは見つからないものかと考えていたそんなある日のこと。楽園であったはずの仮想世界は、始めて感情と自我を手に入れたAIによって支配されてしまう。
まるでゲームのような世界に形を変えられ、クリアしなくては元に戻さないとまで言われた人類は、恐怖し、絶望した。
しかし彼方だけは違った。崩れる退屈に高揚感を抱き、AIに世界を壊してくれたことを感謝をすると、彼は自らの退屈を紛らわせるため攻略を開始する。
ーーー
評価や感想をもらえると大変嬉しいです!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
導きの暗黒魔導師
根上真気
ファンタジー
【地道に3サイト計70000PV達成!】ブラック企業勤めに疲れ果て退職し、起業したはいいものの失敗。公園で一人絶望する主人公、須夜埼行路(スヤザキユキミチ)。そんな彼の前に謎の女が現れ「承諾」を求める。うっかりその言葉を口走った須夜崎は、突如謎の光に包まれ異世界に転移されてしまう。そして異世界で暗黒魔導師となった須夜埼行路。一体なぜ異世界に飛ばされたのか?元の世界には戻れるのか?暗黒魔導師とは?勇者とは?魔王とは?さらに世界を取り巻く底知れぬ陰謀......果たして彼を待つ運命や如何に!?壮大な異世界ファンタジーが今ここに幕を開ける!
本作品は、別世界を舞台にした、魔法や勇者や魔物が出てくる、長編異世界ファンタジーです。
是非とも、気長にお付き合いくだされば幸いです。
そして、読んでくださった方が少しでも楽しんでいただけたなら、作者として幸甚の極みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる