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RESTART──先輩と後輩──

資格

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「話がしたいからです。……ラグナさんと」

 その言葉を聞いた瞬間、直感した────否、嫌な予感がした。それはいけない、させてはならないと。メルネの何かが彼女に知らせていた。

 冒険者の勘か。それとも女の勘か。或いは、その両方共か。とにもかくにも、今ラグナとクラハを話し合わせてはならない。どころか、一緒にするのですら駄目な気がしてならない。

 ──……だけど。

 その嫌な予感を他所に、メルネは言う。

「貴方が先輩って呼ばずに名前で呼ぶの、いつ以来になるのかしらね。ラグナのこと」

「……」

 クラハは何も言わない。口を開かず、ただ黙ってこちらを見るだけだ。

 クラハの瞳は漆黒で満たされていた。重く、昏い闇が其処には広がっていた。それは眼差しにも表れていて、彼が今どんなことを考え、そしてどう思っているのか。全く以て、読み取れない。

 そもそも、クラハは一体ラグナと何を話すつもりなのだろうか。それがどうにもわからないのが不安で、メルネはとにかく怖かった。

 周囲の日常通りの騒めきの最中、メルネとクラハの二人の間だけには、沈黙から成る静寂が流れている。側からすれば浮き世離れした、異常な空間が広がっているのだが。不思議なことに────いや、なことに誰も気づかない。

 しかし、それは無理もないだろう。何故ならば、初めから今に至るまで────メルネとラグナを除く、この場にいる誰もが皆、クラハが『大翼の不死鳥フェニシオン』の広間ホールへ入ったことに気がついていないのだから。

 そう、クラハと入れ違いになったあの冒険隊チームの面々ですら。

 誰もが気がつけず、故に日常通りでいられる『大翼の不死鳥』の冒険者ランカーたちを横目に。口を噤んでいたクラハが、またしても不意にその口を開かせた。

「少しでいいです。ラグナさんとの時間、僕にください」

 ……その台詞を馬鹿正直に、ただ表面的に捉えれば。さぞかし情熱的で、ロマンスに満ち溢れていた。が、生憎メルネはそこまで能天気ではないし、今はそう楽観的に思えなかった。

 ──話……今のクラハが、今のラグナと……。

 白状してしまえば、させたくはない。もうこれ以上、妙な刺激をラグナには与えたくない。

 クラハの言葉にはすぐに答えず、メルネはラグナの方へ視線をやる。クラハとて先程そうしたのだから、メルネがそうしたところでこちらが気にする道理はない。

 ラグナはまだ冒険者の対応をしていた。しかし、丁度終わるところだったようだ。その冒険者に対しても、ラグナは笑顔を贈る。

 あの駆け出し冒険者の時も。あの冒険隊の時も。同じ笑顔を浮かべていた。……が、メルネにはわかる。その笑顔に隠された、固苦しいぎこちなさが。

 幸い、その冒険者がそれに気づくことはなく。ラグナに見送られて『大翼の不死鳥』を発った。

 冒険者の背中が遠去かり、そして見えなくなるその時まで。笑顔のままでいたラグナだったが、それが翳り曇るのに時間はかからなかった。

 そして、困ったように。気不味そうにラグナはこちらの方を一瞥する。さらに詳しく言うのであれば、クラハの方を。

 メルネと同じく、クラハの気配と進入に気づけたラグナ。だがそれはある意味当然とも言える。何故ならば二人の間柄はただの知人同士以上で、同じ冒険者組合ギルドに所属する冒険者ランカー以上の。謂わば師弟とも言い換えられる、先輩と後輩なのだから。

 ……まあ話に聞いた限りでは、ラグナがクラハのことを半ば無理矢理に後輩にしたらしいのだが。

 それはともかく。なので、ラグナが気づかないはずがない。気づけない訳がないのである。そして普段であれば、日常通りであったのならば、二人はまず挨拶を交わし。そうしてラグナがほぼほぼ強引に自らが受けた依頼にクラハを付き合わせる────が。

 今や、そうではない。メルネがそうであるように。クラハがそうであるように。

 ラグナもまた、普段通りでもなければ日常通りでもないのだから。

 一瞥をくれたラグナは、それだけに留めて。もしくはこちらが何やら話し込んでいると──事実その通りだが──思ってか。すぐさま誤魔化すように、受付台カウンターの裏に隠されながら重ねられていた、既に達成された依頼書の確認を始めた。

 その様を目の当たりにして、メルネは胸を締めつけられるような息苦しさを覚える。

 ──……どうすれば、いいの?

 もしここに鏡があったのなら、そこにはもれなく苦虫を噛み潰したかのような顔が映り込んでいたのだろう。

 今この時、自らが取るべき選択がわからず。苦心し懊悩するメルネの脳裏で。



『うっっっさいッ!!…………メルネは、関係ねえから……!』



 不意に、この言葉が生々しく残響した。

「…………」

 黙り込むメルネ。だが、そんな彼女に対してクラハが返事を催促することはなく。そのまま互いに無言の時間が流れていく。

 ここに来て黙り込んでしまったメルネであるが、この最中に彼女は呆然と思い出していた。



俺って、一体何なんだ……?』

『あんなこと、クラハだけには言われたくなかったぁぁぁぁ……っ!』

『何か、あんのかな。今の俺ができることって、なんだろうな』



 ──…………そういえば、そうだったんじゃないの。

 その瞬間に、メルネは諦めるように悟っていた。

 今のクラハに今のラグナと話をさせたくない。互いに面向かって話し合わせたくなどない。そう、メルネは思っていた。

 だが、彼女はそのラグナの記憶すがたを思い出すと同時に。自らにそう思う資格がないことも、思い出した。

 自分は何なのか。自分ができることは何なのか。思いに思い詰めて、悩みに悩み抜いて。その末に繰り出された、ラグナの苦悶に満ち溢れた疑問。

 それに対し、メルネはこたえなかった。

 そればかりか──────────





『じゃあ……『大翼の不死鳥フェニシオン』の受付嬢、やってみる?』





 ──────────取り返しのつかない間違すくいを、押しつけた。

 故に甘くて、狡いだけの女。そんな女にどうこう────否、どうこうできるできない以前に。どうこうする資格など、とうの最初からなかったのである。

「わかった」

 であれば、もう委ねるべきだろう。ここはもう、譲るべきなのだろう。

 思考停止と蔑まれても。責任放棄と罵られても。他力本願と呆れられても。

 そうすることが、正しいというのなら。

「来賓室で待ってて頂戴。……ラグナとの時間、用意するから」

 であればもう、そうすべきなのだ。
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