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RESTART──先輩と後輩──
直感
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──……クラハ。
正直、ゾッとした。背筋を走る怖気を止められず、思わず無意識に片腕を掻き抱こうとした自分を、メルネは既のところでどうにか制するので精一杯だった。
一体、どこでそんな気配の隠し方を学んだのか。いつから、そのような歩き方ができるようになったのか。メルネは、不気味に思ってしまった。
自らが知る雰囲気が払拭され、引退しいくらか鈍ったはずの、メルネの冒険者としての勘が警鐘を鳴らす程までに。異質で異様で、恐ろしく悍ましい。
メルネにとって、今目の前に立つクラハは、それ程までの存在だったのである。
その姿形までもが変わった訳でもないのに、まるで全くの別人。確かに気圧されたことは事実。しかし、だからとて臆するメルネではない。
否、臆している場合などではないのだ。
「クラハ……いいえ、クラハ=ウインドア。貴方には訊きたいことがあるわ。色々とたくさん……山程よ」
メルネの声音は、もはや普段通りではなかった。クラハへ向けられる、日常通りのものではなかった。
其処にあった温もりと柔らかな穏やかさは薄れ。その代わりと言わんばかりに何処かに圧と棘を感じさせる毅然さが前面に出されている。
謂わば普段の場合は『大翼の不死鳥』の代表受付嬢。だが今のメルネは嘗ての、第三期『六険』の一人に数えられ、その中でも一番の武闘派と畏れられ。『戦鎚』の二つ名を大いに轟かせていた────冒険者である。
現役を退いてなお、未だにその気迫は衰えを見せていない。これを受けて、平然としていられる冒険者はそうはいない。そしてそれはクラハも例外ではない────本来であれば。
「…………」
だがしかし、今のメルネがそうであるように。クラハもまた、普段通りではなく。日常通りからとは、遠くかけ離れている。
まるで、幾百の修羅場を潜り抜け。幾千の場数を踏み続けた、歴戦の古兵。今のクラハには初々しさが欠片程もなければ、誰に対しても一歩退いた思慮も遠慮もない。
メルネとクラハ。互いが互いに普段通りではない。日常通りではない。何もかもが違う二人だが、共通していることがただ一つある。
それは──────────互いが互いに、今は違うということだ。
メルネの言葉に対して、沈黙するクラハ。彼の人となりを見知る者からすれば、全く以て信じられない行為。その行動。
だが、メルネはそれを咎めたりはしない。咎めず、ただ藍色の瞳を向けるだけだ。藍色の視線を注ぐだけに留めている。
数秒続き、数分続くと思われた沈黙を。クラハは不意に破った。
「すみません。それは後にしてもらえますか、メルネさん」
一瞬、メルネは耳を疑った。クラハのその言葉が信じられなかった。
そして同時に────確信に至った。やはり今のクラハは今までとは明らかに違う。今までと同じように、接する訳にはいかない、と。
緊張と警戒で固まりそうになるのを誤魔化して、メルネがクラハに訊ねる。
「何故かしら」
まるで他人行儀のような言い方になるのは仕方ない。詰問と捉えられるのは承知の上だ。
メルネの言葉に、今度は。クラハは沈黙を挟むことなく、即答する。
「話がしたいからです。……ラグナさんと」
メルネは見逃さなかった。その名を付け加える直前、クラハが。今、またしても冒険者の対応をしているラグナに視線をやったことを。
それはいけない、と。そう、直感がメルネに無遠慮に告げていた。
正直、ゾッとした。背筋を走る怖気を止められず、思わず無意識に片腕を掻き抱こうとした自分を、メルネは既のところでどうにか制するので精一杯だった。
一体、どこでそんな気配の隠し方を学んだのか。いつから、そのような歩き方ができるようになったのか。メルネは、不気味に思ってしまった。
自らが知る雰囲気が払拭され、引退しいくらか鈍ったはずの、メルネの冒険者としての勘が警鐘を鳴らす程までに。異質で異様で、恐ろしく悍ましい。
メルネにとって、今目の前に立つクラハは、それ程までの存在だったのである。
その姿形までもが変わった訳でもないのに、まるで全くの別人。確かに気圧されたことは事実。しかし、だからとて臆するメルネではない。
否、臆している場合などではないのだ。
「クラハ……いいえ、クラハ=ウインドア。貴方には訊きたいことがあるわ。色々とたくさん……山程よ」
メルネの声音は、もはや普段通りではなかった。クラハへ向けられる、日常通りのものではなかった。
其処にあった温もりと柔らかな穏やかさは薄れ。その代わりと言わんばかりに何処かに圧と棘を感じさせる毅然さが前面に出されている。
謂わば普段の場合は『大翼の不死鳥』の代表受付嬢。だが今のメルネは嘗ての、第三期『六険』の一人に数えられ、その中でも一番の武闘派と畏れられ。『戦鎚』の二つ名を大いに轟かせていた────冒険者である。
現役を退いてなお、未だにその気迫は衰えを見せていない。これを受けて、平然としていられる冒険者はそうはいない。そしてそれはクラハも例外ではない────本来であれば。
「…………」
だがしかし、今のメルネがそうであるように。クラハもまた、普段通りではなく。日常通りからとは、遠くかけ離れている。
まるで、幾百の修羅場を潜り抜け。幾千の場数を踏み続けた、歴戦の古兵。今のクラハには初々しさが欠片程もなければ、誰に対しても一歩退いた思慮も遠慮もない。
メルネとクラハ。互いが互いに普段通りではない。日常通りではない。何もかもが違う二人だが、共通していることがただ一つある。
それは──────────互いが互いに、今は違うということだ。
メルネの言葉に対して、沈黙するクラハ。彼の人となりを見知る者からすれば、全く以て信じられない行為。その行動。
だが、メルネはそれを咎めたりはしない。咎めず、ただ藍色の瞳を向けるだけだ。藍色の視線を注ぐだけに留めている。
数秒続き、数分続くと思われた沈黙を。クラハは不意に破った。
「すみません。それは後にしてもらえますか、メルネさん」
一瞬、メルネは耳を疑った。クラハのその言葉が信じられなかった。
そして同時に────確信に至った。やはり今のクラハは今までとは明らかに違う。今までと同じように、接する訳にはいかない、と。
緊張と警戒で固まりそうになるのを誤魔化して、メルネがクラハに訊ねる。
「何故かしら」
まるで他人行儀のような言い方になるのは仕方ない。詰問と捉えられるのは承知の上だ。
メルネの言葉に、今度は。クラハは沈黙を挟むことなく、即答する。
「話がしたいからです。……ラグナさんと」
メルネは見逃さなかった。その名を付け加える直前、クラハが。今、またしても冒険者の対応をしているラグナに視線をやったことを。
それはいけない、と。そう、直感がメルネに無遠慮に告げていた。
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