119 / 440
RESTART──先輩と後輩──
あなたは
しおりを挟む
「────は、っ……?」
見慣れた床。見慣れた椅子。見慣れたテーブル。見慣れた窓。見慣れた天井。見慣れた依頼掲示板。見慣れた受付台。見慣れた広間。
気がつけばもう、周囲を取り囲んでいた漆黒の影も暗澹の闇も。彼方へ消えていて。何処かに失せていて。
ラグナは今、確かな現実の最中にいた。冒険者組合『大翼の不死鳥』の中に立っていた。
意識は否応もなく呆然とし。床にきちんと足をつけているにも関わらず、不安に駆られて仕方なくなる程の浮遊感に包まれ。鉛のように重い頭は、どうしようもなく思考を鈍らせている。
故に、まず。最初にラグナができたことといえば。呆気に取られ、衝撃が抜け切れないその表情のまま。そしてそれをそのまま模るような声を漏らすことであり。
「違、う…………ッ」
なので、今もこうして『大翼の不死鳥』の床に膝をつき、片手で頭を押さえ、苦渋と苦悶に苛まれ、声を押し殺すように。ラグナのすぐ目の前で呻く後輩────クラハ=ウインドアの痛ましい姿に気づくのに。あろうことか、ラグナは数秒を要してしまった。
「……クラハ!」
瞬間、冷水を頭から浴びせかけられたように。ラグナはそう叫ぶや否や、止めてしまっていたその足を振り上げ、クラハに向かってその腕を伸ばす────直前。
「僕に近づくなァッ!!」
こちらの鼓膜を破かんばかりの、クラハの絶叫が広間を貫いた。
「っ……!?」
そも、クラハの絶叫など。ラグナは初めて耳にするもので。初めてだからこそ、ラグナは堪らず目を見開き、足も伸ばしたその腕も止めてしまうのは、仕方のないことで。
そこから続いたのは、静寂だった。やたらに重苦しい、沈黙であった。そしてそれは、実に数秒続いたのだった。
「………………」
床に膝をついていたクラハだったが、不意に。ゆっくりと、その場から立ち上がり。頭を押さえていた片手をそのまま顔にやり、そして未だ固まっているラグナの方に向いた。
凄まじい、表情をしていた。心労を重ね、精魂尽き果て、疲れ切り途方に暮れた表情を。今、クラハは浮かべていたのだ。
その見るに堪えない、とてもではないが放っておけない表情を前にして。ラグナは────何も言えなかった。何を言えばいいのか、全くと言っていい程にラグナはわからないでいたのだ。
助けたいのに。救いたいのに。手を差し伸べたいのに。だというのに────────
『消えてしまえばいい』
────────怖くなる。否定され、拒絶され、この手を跳ね除けられるのではないかと。そう不安に思う程に。思う度に。憚られて、躊躇われて、どうしようもないくらいに怖くなって。何もわからなくなってしまって。
言葉を交わすことなく、互いに黙り込んだまま。数秒が過ぎた後に。
「……すみません」
先に口を開いたのはクラハだった。クラハはそれだけ言って、背を向け、歩き出す。ふらふらと、まるで幽鬼のように。今すぐにでも倒れそうな、危なげなその足取りで。
一歩一歩が遅く、しかし着実に遠去かるその背中を見せつけられ────そうしてようやっと、ラグナは我に返ったかのように。慌てて、その口を開かせたのだった。
「ま、待て!待てよ!?……クラハっ!」
焦燥に駆られた、切実な叫びを散らし。ラグナもまたその場から駆け出そうとする。だが、そうする寸前で。
──っ!
驚くべきことに、クラハがその足を止めた。歩くことを止め、その場に留まるという選択をしてくれたクラハに、ラグナは思わず安堵しその顔を綻ばせる。そしてすぐさま二の次に声をかけ──────────
「違う」
────────ようとしたが、まるでそれを遮るかのように。ラグナがそうするであろうと見透かしたように、背を向けたままクラハがそう言った。
「あなたは違う」
ラグナに振り返らず、クラハはそう続けて。そして止めていた歩みを再開させる。歩調こそ先程と全く変わらずゆっくりとした遅いもので。しかし、今度は一切止まることなどなく。
ギィ──やがて、つい先程と同じように。『大翼の不死鳥』の門を抜け、クラハはこの場から去っていった。行ってしまった。
その一連の光景を、ラグナは。
「……………………」
その場に呆然と立ち尽くしながら、黙って見ることしかできなかった。
「ラグナッ!?どうしたの?何があったの?さっきの声って……!」
そして遅れて背後で扉がやや乱暴に押し開けられる音がして、間髪入れずにメルネの声が背中越しにラグナに届いた。
見慣れた床。見慣れた椅子。見慣れたテーブル。見慣れた窓。見慣れた天井。見慣れた依頼掲示板。見慣れた受付台。見慣れた広間。
気がつけばもう、周囲を取り囲んでいた漆黒の影も暗澹の闇も。彼方へ消えていて。何処かに失せていて。
ラグナは今、確かな現実の最中にいた。冒険者組合『大翼の不死鳥』の中に立っていた。
意識は否応もなく呆然とし。床にきちんと足をつけているにも関わらず、不安に駆られて仕方なくなる程の浮遊感に包まれ。鉛のように重い頭は、どうしようもなく思考を鈍らせている。
故に、まず。最初にラグナができたことといえば。呆気に取られ、衝撃が抜け切れないその表情のまま。そしてそれをそのまま模るような声を漏らすことであり。
「違、う…………ッ」
なので、今もこうして『大翼の不死鳥』の床に膝をつき、片手で頭を押さえ、苦渋と苦悶に苛まれ、声を押し殺すように。ラグナのすぐ目の前で呻く後輩────クラハ=ウインドアの痛ましい姿に気づくのに。あろうことか、ラグナは数秒を要してしまった。
「……クラハ!」
瞬間、冷水を頭から浴びせかけられたように。ラグナはそう叫ぶや否や、止めてしまっていたその足を振り上げ、クラハに向かってその腕を伸ばす────直前。
「僕に近づくなァッ!!」
こちらの鼓膜を破かんばかりの、クラハの絶叫が広間を貫いた。
「っ……!?」
そも、クラハの絶叫など。ラグナは初めて耳にするもので。初めてだからこそ、ラグナは堪らず目を見開き、足も伸ばしたその腕も止めてしまうのは、仕方のないことで。
そこから続いたのは、静寂だった。やたらに重苦しい、沈黙であった。そしてそれは、実に数秒続いたのだった。
「………………」
床に膝をついていたクラハだったが、不意に。ゆっくりと、その場から立ち上がり。頭を押さえていた片手をそのまま顔にやり、そして未だ固まっているラグナの方に向いた。
凄まじい、表情をしていた。心労を重ね、精魂尽き果て、疲れ切り途方に暮れた表情を。今、クラハは浮かべていたのだ。
その見るに堪えない、とてもではないが放っておけない表情を前にして。ラグナは────何も言えなかった。何を言えばいいのか、全くと言っていい程にラグナはわからないでいたのだ。
助けたいのに。救いたいのに。手を差し伸べたいのに。だというのに────────
『消えてしまえばいい』
────────怖くなる。否定され、拒絶され、この手を跳ね除けられるのではないかと。そう不安に思う程に。思う度に。憚られて、躊躇われて、どうしようもないくらいに怖くなって。何もわからなくなってしまって。
言葉を交わすことなく、互いに黙り込んだまま。数秒が過ぎた後に。
「……すみません」
先に口を開いたのはクラハだった。クラハはそれだけ言って、背を向け、歩き出す。ふらふらと、まるで幽鬼のように。今すぐにでも倒れそうな、危なげなその足取りで。
一歩一歩が遅く、しかし着実に遠去かるその背中を見せつけられ────そうしてようやっと、ラグナは我に返ったかのように。慌てて、その口を開かせたのだった。
「ま、待て!待てよ!?……クラハっ!」
焦燥に駆られた、切実な叫びを散らし。ラグナもまたその場から駆け出そうとする。だが、そうする寸前で。
──っ!
驚くべきことに、クラハがその足を止めた。歩くことを止め、その場に留まるという選択をしてくれたクラハに、ラグナは思わず安堵しその顔を綻ばせる。そしてすぐさま二の次に声をかけ──────────
「違う」
────────ようとしたが、まるでそれを遮るかのように。ラグナがそうするであろうと見透かしたように、背を向けたままクラハがそう言った。
「あなたは違う」
ラグナに振り返らず、クラハはそう続けて。そして止めていた歩みを再開させる。歩調こそ先程と全く変わらずゆっくりとした遅いもので。しかし、今度は一切止まることなどなく。
ギィ──やがて、つい先程と同じように。『大翼の不死鳥』の門を抜け、クラハはこの場から去っていった。行ってしまった。
その一連の光景を、ラグナは。
「……………………」
その場に呆然と立ち尽くしながら、黙って見ることしかできなかった。
「ラグナッ!?どうしたの?何があったの?さっきの声って……!」
そして遅れて背後で扉がやや乱暴に押し開けられる音がして、間髪入れずにメルネの声が背中越しにラグナに届いた。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる